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マキア  作者: ヤマト
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戦士マキア





玄関を飛び出して、少女は叫ぶ。


「ち、遅刻!遅刻よーーー!!!!」


パンを咥えて、バッグを片手に、ひた走る。今日は大事な日なのだ。友人の生徒会立候補の応援演説に私が登壇しなければならない。「私がやるよー!」と意気揚々と言ってしまったはいいものの、なかなか体のいい文句が決まらず、深夜までかかってしまった。そのせいで、この様である。


「やばい、やばい、やばいっ!!」


私は赤信号を前に足踏みする。隣のサラリーマンが腕時計を見ている。額からは汗が流れ、焦った表情が窺える。彼も遅刻しているのだろうか。彼には段々と焦りが見え、足先を上げて、地面にトントンと音を立てる。しまいには舌打ちまでし出した。


(はぁ……………もう。)


周りに人がいるのに、気を遣って欲しいものである。私だって、舌打ちしたいわよ。このままじゃ、どう考えたって間に合わない。友人の心配そうな顔が頭に浮かぶ。


(しーちゃん……待っててね。)


私は体感あまりにも長い信号を待つ。



その時だった。



「もう、待ってられるか!」



先ほどのサラリーマンが足を前に出し、駆け出し始めた。やけに映像がスローで映る。それもそのはず。腕時計を見ていた彼は気づかなかっただろうが、大型トラックが猛スピードで迫ってきていたのである。



「危ないっ!!」



キキーッ!!とけたたましい音が鳴る。




(………………えっ?なにしてるの、私?)


気づけば、私は道路に飛び出し、トラックに撥ねられるはずのサラリーマンを押し退けていた。


ドンッ!!と、突然感じた、途方もない衝撃と共に、辺りの景色が宙返りし始めて、気づけば目の前が真っ赤に染まっていた。痛みも感じない。何だか、ふわふわする。薄れ行く意識の中で、私は思った。





(ああ…………そっか。)




私、このまま死んじゃうんだ。




















眩しい光に意識が呼び覚まされる。


「………まこ………まこよ。」


頭上から声が聞こえる。


「……………うっ!?」


頭が割れるように痛い。しかし、先ほど見えた景色とは違い、目の前には果てしない真っ白な地面が広がる。街中の賑やかな喧騒も聞こえない。ここは一体どこだろうか?


「あなたはよく頑張りましたね。」


私を褒めるのは誰かと顔をあげてみれば、そこには神とも見紛うほどの美しい女性がいた。頭に輪っかをつけ、白いベールを纏った、とても柔和な笑顔の女性。


「ええっと、どちら様でしょうか?」


「私は神の遣いであり、天界の使者です。」


その言葉に私はキョトンとし、目をパチクリする。

テ、テンカイノ、シシャ?


「あなたは諸事情により、生き返らせることになりました。その代わり、異世界で『マキア』として人々を導き、世界に平和をもたらしてもらいます。」


唐突に出てきた『異世界』や『マキア』と言った言葉に、私はいろんな疑問を浮かべる。


………というか、


「い、生き返れるんですか!!?」


「えぇ、天の導きによりあなたは幸運にも、再び生を受けることができます。しかし、あなたの体は現在、仮死状態。意識を取り戻すには至っていません。何故なら、あなたの意識は下界ではく、ここにあるから。そこで、今からあなたの意識を、神性を宿したあなたの仮の身体と共に、異なる世界へ飛ばします。」


「…………………」


突然の宣告に、戸惑うが、しかし生き返るチャンスがあるのなら、こんな話乗るしかない。それに……


「な、なんだか、ワクワクする!!」


私は両の手をぎゅっと握り、目をキラキラとさせて、天使様を見た。天使様は戸惑っている。


「で、では、そういうことでよろしいですね?」


「はい!お願いします!」


「それでは………」


彼女が手のひらを私の前に掲げると、気づけば暖かい光が私を包み込み、意識はその中へと微睡んでいく。


(なんだか、眠たい………)


私はそのぬくもりの中で、ゆっくりと目を閉じた。


















暖かな光が瞼の裏に差し込む。


「…………う……ん…?」


私は、目を開ける。


「起きたか?」


顔にかかる大きな鼻息に、緑色の鱗、ギザギザの細かい牙に、大きな口。


そこにいたのは、爬虫類と人間をハイブリッドさせたかのような、二速歩行の化け物だった。


「ぎゃあぁぁーー!!!化け物ーーー!!!!」


「誰が化け物だ!!!失礼な!!!!」


目の前のその人物は顔を真っ赤にして憤慨する。しかし、よく見るとどこかで見たような………


「あっ………!」


アニメで見たことある!友好的な爬虫類系男子、クピタンにそっくりだ!!


「ク、クピタン……ですか?」


「はぁ?」


そのクピタンは目を細めながら、私の顔をグッと覗き込む。


「お前、どこのもんだ?」


私は返答する。


「私?日本から来たのよ。」


「ニ、ニホン………?」


クピタンは首を傾げて、顎に手を当てる。そして、私の顔をまじまじと見て、立ち上がり、とりあえず、ついてくるように言った。


「まぁ、ともかくこんな所にいたら魔物に喰われちまうからな。俺の家にでも来るといい。………飯は用意してやる。」


クピタンはそういうと、荷台のある馬車に乗って、親指で後ろを指し、荷台に乗るように言ってきた。


私はおずおずと、荷台に乗る。


「それで、何でこんな所で気絶してたんだ?」


振り向いて彼は言う。


「何でって…………それは…………。」


あの光景を思い出す。


(異世界で『マキア』として人々を導き、世界に平和をもたらすのです。)


「………………………。」


返答のない私に、クピタンは目を細め再び前を向く。


「別に言いたくないのならいいけどよ。」


私は、どこから説明すべきか、うーんと唸る。


「えーっと、その、私一度死んじゃって………。」


その発言に、クピタンは、ピタッ………と動きを止める。馬から降り、彼はゴクリと息を飲み込んで、ゆっくりとこちらへ、来た。


「お前、も、もしかして、異世界から来たのか?」


「えぇ、まぁ。」


「マキア……‥じゃないか?」


その言葉に私はハッとする。あの時聞いた言葉。


「多分、その、はい。多分そうです。」


「………………………。」



しばらくの静寂の後、クピタンはわなわなと震え、私にこう言った。


「100年だ。」


「…………………?」


「100年間、お前を待っていた。」


声が、震えている。


「予言書の一節、『天から遣わされた戦士によって、世界は再び安寧を得る。』と。」


「……………あははっ、そんな大げさな。」


「大袈裟じゃない!!!」


クピタンは荷台の横から手を突っ込んで、地図を取り出した。そして、私の前に立って、地図を指差し、真剣な眼差しで言う。


「『48』あった国のうち、既に『40』もの国と人々が、滅びた。大昔にやってきた『災禍の大魔女』によってだ!!!」


クピタンは手を震わせる。


「見ろ!これが昔の地図だ。肥沃な大地に囲まれ、種族が手を取り合って、平和に暮らしてた。それが魔女に襲われてからは、ここも、ここも!」


ペンを取り出して、彼は罰をつけていく。


「ここも!ここも!ここ……も!」


段々と声が震えて、地図が濡れる。


「俺の小さい頃からの友人も、魔物に殺された!!!優しい人間だった!!!子どもの頃1人だった俺に、手を差し伸べてくれた!!親友だった!!!それもこれも!全部全部全部!!!!」


彼は手を下げる。


「『魔女』に、全部壊された。」


彼の声音から滲む絶望の表情は、その惨状を私に伝えるには十分で、思わず私は息を呑む。


「なぁ、だからどうかお願いだ。天からの使者よ。」


彼は膝をつき、頭を地面に付けて言った。


「魔女から、世界を救ってくれ。」
















馬車に揺られる。この世界のことを聞いてしばらくが経った。だけど、未だによく実感ができない。だって、それもそうだ。


「朝学校に出かけたら、車に轢かれて死んじゃって。そしたら、天使様に命を救ってあげるって言われて…………この世界に飛んできて、急に世界を魔女の手から救って、なんて…………」


とてもではないが上手く飲み込めない。それでも、私にもしそんな力があるのなら、少しでも力になりたい……………とは思うけど。


「…………………。」


私は、手をグーパーする。


とてもでないが、自分にそんな力が備わっているとは思えない。



「ついたぞ。」


クピタンは振り返り、私を見る。私は、手をついて荷台を降りる。地面のにおいや、感触はあの世界と変わらなくて、夢や幻じゃないことを、実感させられる。


「何か食べたいものはあるか?」


「………食べたいもの?」


「そうだ。何でも作るぞ。これから世界を救ってもらおうってんだ。腕によりをかけるぞ。」


クピタンは袖を捲って、腕を見せる。


「じゃあ、コロッケ…………とか?」


「…………コロッケ?」


クピタンは少し考えたそぶりを見せた後、閃いたように指をピンと立てて、家に向かう。


「ほら、入れ。」


クピタンの言う通り家に入る。


「お邪魔します。」


家は正直言ってすこし簡素だった。木製の丈夫そうな家だ。椅子に座る。暖炉の上には一枚の写真が飾られている。家族の写真だ。子どもの頃のクピタンと思われる姿と、その父と母の姿が映っている。


コトッ、とコップを置く音が目の前に聞こえた。


「もう随分と懐かしいよ。」


そう言ってクピタンは語り出した。


「忘れられない、思い出さ。」


彼は思い出すように、そして、少し寂しい顔をした。


「…………そうなんだ。」


彼の口ぶりだと、きっとご両親は、もう…………。

私が俯き暗い顔をしたのを見て、彼はもう過ぎたことだというように、フッと笑みを浮かべた。


「父も母も軍の人間でな。市民を庇って死んじまった。………でもな、後悔はしちゃいないだろうさ。しっかりと任務をまっとうして、人のために死んだ。」


目の前のコップにコーヒーが注がれる。 


「きっと天国で2人とも幸せにやってる。」


ニッと、優しく笑いかける彼。私はそんな彼に、笑顔でこたえた。


「うん。私も、そう思うわ。」


すると、クピタンは興奮したように続けて言った。


「まぁ!両親も驚くだろうな!俺が予言の救世主、『マキア』に出会ったなんて言ったら!きっと、大喜びするはずさ!!」


「そ、そうね。」


そう言われると、少し後ろめたいというか、実感が薄くて、申し訳ないんだけど………。それでも彼らの期待に応えられるなら応えたいと言う想いが、私の中でグングンと湧き立っていた。


「ま、まぁ、任しておいて!で、できる限りのことはやってみるわ!できる限りのことは!!」


「あぁ!本当に期待してるぜ!!お前は、この世界に残された最後の希望だ!!」


そう言って、ルンルンとキッチンに戻っていったクピタンは、ポールでじゃがいもをつぶし、パン粉を取って、まぶして油の中に放り込んだ。


(………案外元の世界と、かっては変わらないのかな?)


不安だけど、それでもやっていけるかもしれない。………少なくとも食に関しての知識や常識は今のところ、向こうとあまり変わりないみたいだ。


「ほら、できたぞ!」


皿いっぱいに盛り付けられたあつあつのコロッケに私の心は高鳴る。


「わぁーっ!!」


キラキラと綺麗に輝いて見えたそれに、私のお腹がぐぅーっと鳴った。


「さぁ、どんどん食べてくれよ!」


「あ、ありがとう!!お、美味しい!!!」


私は無我夢中で、頬張っていく。久しぶりに食事を口に運んだ気がする。朝パンを食べてからそんなに時間は経った感覚はないんだけれど、不思議なものだ。


クピタンは食事をする、私の様子を嬉しそうに眺めている。


「そんなに美味しそうに食べてくれる人を見るのは、久しぶりだよ。」


「そう?それは、ハフッ、よかった。」


私は返事も片手間に、ガツガツと頬張る。

………と、その時だった。


ドンッ、と勢いよく家の扉が開かれる。


見ると、扉には、ハァハァと息をつく、真面目そうな青年。少し薄汚れた衣服を着た、茶色の髪に、碧眼の青年が血相を変えてやってきた。


「アレン!!!魔女だ!」


「何っ!?」


「魔女が来たぞ!!!」


途端、家の窓ガラスが割れ、熱風が吹き込んでくる。窓の外から、向こうに見える町が激しく燃えている。


「あぁ………。そんなっ!!?」


クピタンは絶望の表情で尻餅をついている。


「ついに、ついに来てしまったのか。魔女の軍団が!!?」


すると、クピタンはキッと歯を食いしばり、勢いよく立ち上がる。そして、私の方を見て言った。


「一緒に来てくれ!!あそこには、みんながいるんだ!!!」


私は、クピタンに応える。


「……えぇ!!」


荷台を外した馬に乗って、平原を駆ける。隣には、呼びに来たクピタンの仲間が馬に乗り、並走している。





「アレン!!今回の襲撃はマジなやつかもしれん!!ラバラン公国が滅んだ、あれと一緒だ!!」


「ああっ!分かってる!………そういえば、名前!!」


クピタンは振り向き、それが、私に言っているのだと気づく。


「名前は!?」


「わ、私は飯田まこ。」


「マコって呼べばいいか?」


「えぇ、そうして。」


「俺は、ランページ・ド・アレン。アレンと呼んでくれ!」


「アレンね!分かったわ!」


馬は平原を駆け抜けて、すぐに町に辿り着いた。


「な、何だよこれ………。」


アレンの友人が呆然とする。それもそうだ。目の前にあるのは、果てしなく燃え広がった町と、その中央には、いくつもの樹木が複雑に絡まり合ってできた、あまりにも巨大な木樹。そして、その頂上に輝く光がひとつ。その中心には、魔女と思わしき人物がこちらを見て、妖艶に微笑んでいた。


「くそっ!くそぉぉぉーーっっ!!!!!」


「待て!!アレン!!」


アレンは自らの危険を顧みず、燃え盛る炎の中へと突っ込んでいく。そして、瓦礫を掻き分け、人を救け出す。


「大丈夫か!?」


「…………………」


「くっ!?」


反応のない住人に、アレンは歯がみする。絶望的な状況。それでもアレンは諦めない。救助した人を比較的安全な場所で寝かせて、次の救出にあたった。


(私も、わたしも、何かしなきゃ!!)


私はからだを動かそうとする。しかし、足がすくみ、想いとは裏腹に、そこにはただ呆然と、何もできず、立ち尽くしている、自分がいた。


町のあちこちから阿鼻叫喚の悲鳴が上がる。子どもを必死に呼ぶ母親の声、ただこの絶望的な状況に泣き叫ぶ声、苦痛にもがき苦しみ、うめくような声。


「君は、ここから逃げろ!!!」


一緒に来た、アレンの仲間が私に言う。しかし、私はまだその場から、動くことができずにいた。体の震えが止まらない。今にも次々と、多くの命の灯火が目の前で失われようとしている。その中で、その標的がいつ自分に向くかわからないという、圧倒的な恐怖。どうして私がこんなことに巻き込まれているのか、何故今私はここにいるのか、頭の中で様々な疑念が渦巻いた。




その時だった。


巨大な樹木の頂上から、何かが向かってくる。


「えっ?」


走馬灯のようなゆっくりとした光景。


目の前には、剣で私を刺し貫こうとする、魔女がいた。樹木と同化した身体。それが伸びて、こちらに一直線に、目の前に迫っていた。


(あぁ………そっか。私、また、死ぬんだ。)


何もできなかった。当然だ。だって、ただの人間だもの。この世界を救う救世主でも、英雄でも、『マキア』でもない。私はただの人間。






ドスッ、と目の前で鈍い音が鳴る。


「大丈夫………か?」


聞いたことのある声。

強く瞑った目をゆっくりと開ける。


「………………えっ?」


ポタポタと地面に血が垂れる。


そこには、魔女の剣で刺し貫かれたアレンの姿があった。剣を抜くと、血は夥しく流れて、アレンは膝をつく。私はアレンの元へ駆け寄る。


「アレンっ………!!!」


魔女はそれを見て、恨めしそうな、憎しみの表情を浮かべて、木樹の頂上へと帰っていく。


私は、アレンに駆け寄る。アレンは虚ろな目で項垂(うなだ)れている。血は広く地面を染め上げ、しかし、彼は振り絞るようにして、言った。


「すまな、かったな………。」


私は言った。


「違う………ちがうのっ!!」


こんなはずじゃなかった。


私は、期待を向けられるような英雄じゃないって、言えなかった。はっきり言っていれば、こんな事になっていなかったかもしれないのに。私は後悔の念で押し潰れそうになる。


すると、アレンは優しい声音で、呟いた。


「知ってたさ。」


その言葉に私はハッと顔を上げてアレンを見た。


「見れば分かった。でも、希望に縋りたかった。」


ガフッ………と口から血を地面に吐き出す。


「アレンッ!!!!」


彼は振り絞るように、言葉をだした。


「…………不安そうな表情や、自信のない言葉も、見て見ぬ振りをした。この世界の重責を、悲しみを、お前に背負わせようとした。」


アレンは、私の目を見て、言う。


「生きろ。そして、元の世界に必ず帰るんだ。」


すると、程なくして、アレンの手は力無く落ちた。その目はもう、光を映さなかった。


「………………アレン?嘘よ、ねぇ。」


私はもはや力無く倒れた彼の身体に触れる。すでに冷たくなっている。私は頭を抱え、ヘタリと座り込み、地面を見つめながら、呟いた。


(どうして、どうして、こんな事に………。)





熱気に顔を上げる。



突如現れたモノ。魔女の上空に浮く、それは、山ほどの巨大な火球。私は、それを見て、ただ絶望するしかなかった。


「なによ、これ…………?」


こんなのに勝てるわけがない。

一体どうしてただの人間である自分が、世界を滅ぼそうとする魔女に勝てるなどと思ったのだろうか。


魔女が剣を振り下ろすと、ゆっくりとその火球は地上へ降り注ぐ。私は、何も、できずに、ただ、その光景を眺めているしかなかった。


魔女の高笑いが、響き、町にこだまする。


「アレ、ン…………………。」


私は彼の亡骸に手を伸ばす。眩しい光と、強烈な熱波と共に、意識ごと全てを奪い去っていった。
































「こちら、モルト王国先鋭部隊、現場の状況を報告する。生存者一名。この町の住人では、ないものと思われる。」


何処からか声が聞こえる。


「う、ん…………?」


私は、重くなった身体を持ち上げる。


(生き、てる……………?)


瞼を開けて、あたりを見渡す。しかしその光景は、悲惨だ。人も、建物も、何ひとつ映さない。黒く、一面が灰に染まっている。



「あ、ははっ………」


頭がおかしくなりそうだ。夢であって欲しい。私は打ちひしがれ、頭を抱えて、地面に伏した。


遠くから声がきこえる。


「………了解した。生存者一名を、災厄の大魔女と断定する。各自、万全の準備を期して、捕えよ。」
















「あうっ………!?」


ドスッ、と私の身体は放り出される。


そこは、薄暗く、湿った血のような臭いが立ち込める地下牢。ギギィ、と扉の閉じる音がする。


身体は縄で括りつけられている。兵士は不躾(ぶしつけ)に私に言った。


「明日(みょうじつ)処刑が行われる。魔女め。」


兵士は唾を吐き捨てた。


「これで世界も安泰だな。」


兵士は憎々しい表情を向け、立ち去る。違う、私じゃない。それは、何度も言った。叫んだ。それでも、その言葉を、誰も聞き入れようとはしなかった。私は暗い牢屋の中で、再び、意識を微睡の中に落とす。放り投げられた時に、頭を打ったようだった。また、意識が薄れていく。












「………………うぅん。」


私は、冷たい地下牢の床に、体を身じろぎさせた。手と足が不思議な紋様のついた枷で、縛られているため、起き上がることもできない。私は、意識を失う前に聞いた、兵士の処刑という言葉を飲み込めずにいた。


(処刑?………処刑って、私、死ぬってこと?)


そんな馬鹿な。わたしは何もしていない。できなかった。そう。何も、できなかったんだ。


(…………そうか。それが理由かも知れない。)


わたしは愚かだった。救えると何の根拠もない言葉を息巻いて、彼に希望を持たせた。きっと、その報いなのだ。


「くっ………!?」


私は、力の限りで身体を何とか起こす。目の前を向くとそこには牢屋の柵があり、その向こうには、何もない石の壁だけがあった。


「アレン……………。」


あの光景が思い浮かぶ。


(生きろ。そして、元の世界に必ず帰るんだ。)


私は涙を堪える。絶対に、死んでたまるもんか。


すると、ガンッ!ガンッ!と遠くで金属を叩く音が聞こえた。


(…………なにっ?)


その後、コツコツとゆっくりとした足取りで何者かが近づいてきていた。わたしはぐっと身構える。その人影は、私の牢の前で立ち止まった。私は思わず恐怖で、目を閉じてしまう。しかし、聞こえてきたのはどこかで耳にしたことのある声だった。


「大丈夫か?」


心配する声に、目を開ける。すると、そこには、見たことのある人間がいた。アレンと私、そしてもう1人。一緒に町に向かった、真面目そうな青年。彼だ。


「あっ!その、えーっと………。」


名を呼ぼうとするが、しかし、わたしは彼の名前をまだ聞いていなかったことに気づく。


「カラルだよ。」


「カラルさん!」


私は彼に尋ねる。


「カラルさん!カラルさんは、無事だったんですか!?」


カラルさんは左右を見渡し、兵士がいないことを確認する。


「話は後だ。とりあえずここを出よう。」


彼はそう言うと、懐から鍵を取り出した。そして、私の牢の扉を開け、枷を取り外す。


「あ、ありがとうございま…………。」


「しーっ、静かに。」


私は口を摘んで、手早く牢を出る。廊下の奥を見ると、兵士が何人か地面に倒れていた。あの時のガンッ!と言う音は、カラルさんが兵士を倒した音だったのだ。


「俺も、もう後には、引けない。」


彼は覚悟をした表情で、光の差す方向を見つめる。


「ついてきてくれ。」


私はコクリと頷き、彼についていく。


廊下の奥、後ろから他の兵士たちの足音が段々と近づいてきた。声が聞こえる。


「な、何だこれはっ!?」


兵士たちの声が響く。そして、彼らが私達に気づくとともに、カラルさんは走り出した。


「走れっ!!!」


私はコクリと頷き、ともに走り出す。


「待て!!そいつらを引っ捕らえろ!!!」















城の城壁を兵士が囲む。


「災厄の大魔女が脱走した!!!決して逃すな!!我が国の威信に懸けて、必ず捕えよ!!!」


モルト王国の王は、頭を抱えて言った。


「魔女よ。何ということだ。己の行いを悔いて、捕まったのではないのか?まだやりようはあったと言うのに………。」











私たちは、裏路地を通って、街を抜け、池のほとりに向かって走る。


「はぁ、はぁ………」


私は息を切らして、膝に手をつく。カラルさんはそんな私を心配して振り返る。


「大丈夫か?」


「えぇ。なんとか。」


私は、顔を上げて、目の前の景色を見た。

綺麗な緑黄の森林と澄んだ池、そしてその向こうに見える、眩しい日の光。綺麗な光景。


私がその景色に見惚れていると、カラルは追っ手を警戒するように、後ろををチラチラと窺い、私に言った。


「もう少し遠くに逃げようか。」


「えぇ。」


兵士たちがいつ向かってくるかわからない。なるべく人通りの少ない場所を通り抜けてきたが、誰にも見られなかったというわけではない。街の人々の証言から、すでに街を抜けたということがバレていても、おかしくはないだろう。


「隣町まで行けば、とりあえずは身を潜められるだろう。走れそうか?」


「はい。いけます。」


息を切らしていたが、不思議と体に疲れはなかった。わたしはコクリと頭を下げ、彼について行く。


















ランプに火が灯る、暗がりの一室。


彼女は憎々しげに言葉を発した。


「何故あの時、殺せなかった!」


魔女は、水晶に映る少女を睨む。部屋の奥の扉がギギギッと開き、杖を持った老人が現れる。


「大魔女様、如何なさいますか?」


その老人に、魔女は告げた。


「今すぐに殺せ。捕まえなくともよい。その場で八つ裂きにしろ。私はその様子をここから見ている。」


「………畏まりました。」


そう言って老人はギギギッと扉を閉め、部屋を後にする。大魔女は、顔を顰(しか)め、爪を噛み、呟いた。


「天使よ、今さら何をしようとしたところで、手遅れだ。必ず、私は私の望みを叶える。」


椅子から立ち上がり、窓の外を見上げた。雷が酷く鳴り響き、豪雨と強い風が窓を強く揺らしている。


(………………………。)


大魔女は、閉まった窓の外から垂れる、雨の雫を、静かに撫でようとする。しかし彼女の手から溢れるように落ちたその雫に、魔女は俯く。そして、物憂げに呟いた。


「待っててね、あなた。」


















カラルは言った。


「大魔女は昔、聖女だった。」


「えっ?せ、聖女ですか?」


カラルは道中で、話し始める。世界を滅ぼそうとしている、魔女の話。出自、そして、そのあらましを。


「あぁ、何でも君と同じ異なる世界から来た、聖女様だったらしい。」


「私と、同じ………違う世界から?」


カラルは頷く。


「あぁ。実は異なる世界から来たという人間は、この世界では、度々現れているのだと聞く。そもそも元々違う世界から来た者たちによって、この世界が形作られてきたのだ、という人もいるんだ。」


「………そうなんですね。」


じゃあ、私と同じ世界から来た人間にも会えるかもしれないってことよね。期待はしすぎない方が良いかもしれないけど。


カラルは続けて言った。


「ある書物によると、600年前に突如、聖女だった彼女は自らの棲まう王国の司教を殺害した。」



「ろ、600年前………………!?」



「あぁ、そうだ。奴は不老不死。」



「不老………不死…………?」



「だから、これまで誰も止められなかった。司教を殺害した後、それを皮切りに魔女は、更なる凶行に及んだ。聖の力を悪用し、王国を混乱に陥れ、呪詛を吐きながら、最後には王を殺害した。」


「呪詛…………ですか?」


「あぁ、王国側に、何らか因縁があったことは確かだろう。…………でも、だからと言って、こんなこと、絶対に許しちゃいけない。罪のない人々を、国を、世界を、滅ぼそうとしている。」


「……………そうですね。」


私はアレンの最後や、人々の悲鳴、町が炎に燃える様子を思い返す。あんな………あんな悲劇は、もう二度とごめんだ。


「彼女は、自らの国を滅ぼし、そこから出た後、仲間を集い、今では誰も止められない程の強大な勢力をつくった。」


私は、唾をゴクリと飲み込む。


「彼女の勢力は主に4つ。」




『大魔導士ゴーサック』



孤独な魔導士だった彼は、類稀な才能を持ち、人々を救うために多くの魔術を生み出した。だが、ある時大魔女に唆され、悪の道へと堕ちてしまったのだと言う。大国を2つ滅ぼし、彼はその場所を拠点としている。秘密の研究を行っているそうだ。彼の率いる軍団は、魔術にとても優れ、居城を中心とした防衛戦を得意としている。






『黒騎士ベルギルス』



王国騎士だった彼は、竜と契約し、大魔女の討伐戦線の筆頭だった。だが、第三次抗戦の際に突如裏切り、大魔女の配下に降ってしまった。理由は定かではないが、彼の愛する者が亡くなったことが原因ではないかと言われている。彼が率いる軍団は、剣術に優れ、何より竜の扱いに長けている。国に不満を持って抜けた、各国の精鋭が集められていて、一筋縄ではいかない強大な戦力となっているんだ。






『月老のワーラット』



年老いた彼は月から得られるという特殊な魔力を使い、異空間を作り出し、そこに隠居しているため、滅多に姿を現さない。その実力は、歴代最高の魔術師と謳われ、ゴーサックの師であり、魔女に対抗する候補の筆頭のひとりだった。だが、ゴーサックが魔女の下に付いたことで、彼もその軍門に降ることになったのだろうと言われている。






『死病のレインゼイム』


存在すると言われているが、近年でいまだに見たものはほとんどいない、謎に包まれた伝説の剣士だ。大魔女が保有する最高最大の戦力だとも言われている。彼女1人で、大魔女を含めた他の総戦力よりも遥かに大きいという、嘘みたいな噂が実しやかに囁かれているんだ。………彼女には出会わないことが好ましいだろう










彼は、言った。


「正直、ひとつの勢力に対してさえ、今残っている国で、力を合わせても勝てるかどうか怪しい。大魔女の気分次第で、いつ世界が滅びでもおかしく無いんだ。」


「そんな…………」


アレンの言葉が思い起こされる。


(「ほんの少しの希望に縋りたかった。」)


最後に残したあの言葉。私が、希望………?正直実感なんて湧かない。でも、命をかけて守ってくれた人に何も恩返しをしないなんてこと、できるわけがない。


私は歯を食いしばり、心を奮い立たせる。


「私が、希望にならなきゃ。」


「えっ?」


「私が希望にならないと、アレンが報われない。彼の命を懸けた想いは、必ず、私が。」


「………………………。」


すると、カラルさんはポケットから蒼色のネックレス取り出す。そして、それを私に差し出した。


「こ、これは?」


私は尋ねる。


「もらってくれ。」


彼は微笑んでそう言った。私はそれを受け取る。


「いざという時に守ってくれる、守護の力が宿っている。………少し聞いたんだ。一緒にアレンと瓦礫に埋まっている人たちを救助していたとき。」


(「あの子は、この世界最後の希望かもしれない。もし俺に何かあったときは、お前が彼女を守ってやってくれ。」)


「アレンは、君のことを気にかけていた。」


「……………アレン。」


私は胸がぎゅっと締まる想いで、ネックレスを首に付け、服の中にそれをしまう。カラルさんは前を向いて言った。


「それじゃあ、行こうか。隣町はもうすぐだ。」


「はい。」


















人々の悲鳴が聞こえる。


「ヒヒッ………………。」


王国への襲来。パチパチと燃え盛る中、杖を持った老人。歴代最高の魔術師と謳われたその傑物は、ゆっくりと血に染まった床を踏みしめる。


「ハァ、それにしても大魔女様もひとづかいの荒い………。この老骨に鞭打って、ここまで来たというのに。」


国が激しく燃えている。玉座の下には、王の遺体。数々の兵士はなす術もなく、地面に倒れ伏していた。


「よいしょ、と………。」


王の遺体を足で押し退けて、彼は玉座に腰を掛ける。頬に手を付き、不敵な笑みを浮かべた。


「この月老のワーラット自らが出向くことなど、そう無いというのに。ヒヒッ、さて………どこに逃げたかな?」
















「やっとついたな。」


カラルさんが汗を拭い、目の前の喧騒に、ふぅ、とひとつ、ため息を吐く。ワァー、ワァーと賑わいを立てているのは、隣町サバル。町の市場には、人が溢れ、隠れるには格好の場所だった。


「腹は空いていないかい?」


「お腹………ですか?いえ、今は。」


流石に追われている身で、今、物を食す気にはならない。それに、隠れるよりも、やはりここを先に抜ける方が先決だろう。


(とても賑やかな場所…………。)


一度落ち着いて辺りを眺めてみると、まるで元の世界に戻ってきたんじゃないか、錯覚しそうな程に、そこには、ありふれた光景が広がっていた。


(魚に、肉に、野菜………どれも、美味しそう。)


鼻腔をくすぐるメニューの数々。それは外の世界で見たようなものばかり。やはり、外の世界から、来た者たちでこの世界が作られたと言うのも、あながち、間違いではないのではないだろうか?


(……………あっ!そういえば。)


私はあることに、ふと気付く。カラルさんに話し始めた。


「そうだ。私、まだ名前言ってなかった。飯田まこ。まこって言います。」


「…………あぁ、マコだね。名前は、その、以前に聞いたよ。」


カラルさんは少し寂しげな表情で答える。………そう言えば、アレンに名前を話したとき隣にカラルさんもいたから、その時に聞こえてたのだろうか?


「まこは、飲み物も本当にいらないのかい?」


カラルさんは心配そうに、私に尋ねた。確かに、ここまで走ってきて喉が渇いていないかと言われれば、そんな事はない。言われるまで気づかなかったが、喉がカラカラに渇いている。


「じゃ、じゃあ、飲み物をひとつ………」


その時だった。遠方からの叫び声が、町に響いた。尋常ではない、焦った様子で、街の人々に叫び伝えた。



「大変だぁーーッッッッ!!!!モルト王国が、燃えているぞーーッ!!!!!!!!」



人々がザワザワと騒ぎ始める。遠くを見ると、確かにモルト王国から火の手が立ち昇っている。兵士が肩から血を流しながら、向こうからやってくるのが見えた。兵士はその場に倒れ、言葉を発する。


「み、みんな。に、逃げろ。」


「きゃ、きゃあぁーーーーっ!!!!!!」


人々が悲鳴を上げて、街から飛び出して行く。私達はすぐに倒れた兵士に駆け寄る。カラルさんは兵士の体を支えて、声を掛けた。


「どうした!?何があった!?」


兵士は震えた声で言葉を紡ぐ。


「と、突然夜になって………つ、月が…………月が落ちてきたんだ。」


「なに?それはどういうことだ?」


「わ、分からない。ただ、気づけば仲間達がみな、倒れていた。何も、できなかっ………ガハッ!?」


兵士は血を吐いて、身体から力が抜ける。


「…………そんな、しっかりしてください!!」


私は兵士の身体に触れると、その体温が冷たく、息をしていない。カラルは首に手を当てるが、顔を横に振った。


「ダメだ。」


私は口を両手で押さえる。人が死んだ。人生のなかで経験した事のない………いや、既に私は多くの人の死を目にしていた。魔女の侵略、巨大な炎の塊が救けを求めて、叫ぶ人々の頭上に降り注いだ。恐らく、生き残った人間はそう多くないだろう。もしかしたら、私とカラルさんだけだったかも知れない。


「…………それにしても、この兵士の言葉。」


いまいち的を得ないさきほどの兵士の言葉に、カラルさんは考え込むように、顎に手をやり、視線を下に向け、唸る。そして、推測からひとつの答えに辿り着く。


「幻術?……………そのような大規模な魔術を扱えるものは、ごく限られている。月……………まさか、ワーラット!?しかし、かの導師は滅多に出てくることのない、重鎮のはず!?何故、このタイミングで出てきた!?」


「………………………。」


私は遠くに燃え盛る王国を見つめる。


あの時………アレンが救けてくれた、あの時の光景。魔女の目は明らかに私に殺意を持って、向かってきていた。きっと、気のせいじゃない。………もしかすると、私が、天使から遣わされた存在だと知っていたのかもしれない。


「………………行かなきゃ。」


だとすれば、あの町は近くにいた、私のせいで狙われたのかもしれない。私のせいで、たくさんの人が死んだんだ。そして、きっと、今もまた。


わたしは、目を閉じ、ふぅーっと息を吐いて、覚悟を決める。


「私、王国に戻ります。」


カラルさんは驚き、言葉を発する。


「何だって!?」


カラルさんの静止する手をよそに、私は自分の心と身体に、鞭を打って、勢いよく走り出した。


「待て!!死ぬぞ!!!戻れ!!!」


私は、カラルさんの言葉を振り切って、元来た道をグングンと走り、戻っていく。戻っていくにつれ、王国の火の手は段々と増しているように見えた。


「はぁ、はぁっ……………グッ!?」


私は、地面に生えた木の根に転ぶ。しかし、止まれない。地面の土を握りしめ、私は、すぐに立ち上がり、また走り始めた。


(死ぬかもしれない。でも、立ち止まるわけにはいない。だって、私は…………)







走馬灯のように、私は私の人生を思い返す。


(あぁ、何でいつもこうなんだろう。)




中学校の時だ。私は、先生に怒られた日、トボトボと1人、帰りの道についていた。そんな私に、後ろから優しく声を掛けてくれたのは、幼馴染みの親友だった。


「まこちゃん。」


「…………しーちゃん。」


彼女に、悲しんでいるところを見られたくなくて、涙を拭い、無理やり、笑顔を作りながら振り返る。


「えへへ、先生に怒られちゃった。」


「……………………。」


しーちゃんはムスッとした顔をして、言った。


「まこちゃんは、間違った事なんてしてない。」


それは、学校で先生ですら、見て見ぬフリをしていた酷いイジメ。男子生徒が、気の弱そうな女子生徒を狙って、殴ったり、蹴ったり、血が出るまでの暴行を加えていた。男子生徒たちは、身を屈(かが)めるその子に、吐き捨てるようにして言った。


「オメェ、親いねぇもんな。」


「庇ってくれる人がいねぇ。だから、俺たちもやりたい放題ってわけだ。」


「先公も俺たちにビビって、何もできねぇしな。」


「うぅ……………。」


女子生徒は頬に涙を浮かべながら、ただ耐える事しかできなかった。そんな時。


「あんたたちね。馬鹿な事やってるのは。」


腕を組み、そいつらを睨みつける。ニタニタとした笑みを浮かべていたそいつらは、ピリッとした空気を漂わせ、振り返る。


「誰だオメェは。」


「誰だっていいのよ。あんたたち恥ずかしくないの?」


「恥ずかしい?恥ずかしいって、何が?」


「その子はね、あんたたちより強いわよ。」


私は身を屈める、その子に指を差して言う。その子は、顔を上げ、私の方を見た。


「これだけやられても、手を出さないんだもの。」


ゆっくりと歩みを進め、男子生徒たちの間を抜け、彼女のもとに辿り着く。そして、その頭を優しく撫でた。


「もう大丈夫よ。あとは任せて。」


「な、なんだお前。やろうってのか!?」


男子生徒たちは、私を睨み、構えを取る。私は振り返りざまに、近くにいた男子生徒を、蹴りで1人、吹き飛ばした。


「ぐあぁっ!?」


「当たり前でしょ。」


私は、男子生徒たちを強く睨んだ。


「観念しなさい。」


「かかれ!たかだか、女がひとりだ!!3人でやれば、絶対に勝てる!!!」


倒れた男子生徒も立ち上がり、一斉に襲いかかってくる。私は最初に大振りで殴り掛かってきた男子生徒のそれをかわし、足を振り上げ、金的を入れる。


「ぐ、ぐわぁ〜〜ーーッッッ!!!」


「こ、この女ッ!!」


次に掴みかかってきた生徒の襟袖を取り、足を引っ掛けて背負い投げで、吹き飛ばした。


「ば、馬鹿なッ!!?」


「ふぅ…………腕っぷしが強いのよ、私。」


私は、手をクイッと上にあげる。


「さぁ、かかってきなさい。」


「く、くそっ!?お、お前ら!!逃げるぞ!!!」


真っ先に逃げ出した残った1人の男子生徒。その後を追うように倒れた2人も、立ち上がり、教室から逃げ出して行った。


「ふぅ…………。」


私は手をパンッ、パンッと払い、女子生徒に手を伸ばす。


「もう大丈夫だよ。怖くなかった?」


「う、うん。あ、ありがとう。」


その子は、私の手を握る。その後のこと、力で勝てないと見るや、あいつらはすぐに先生に嘘をでっち上げ…………まぁ、私が手を出したことは本当なんだけど、結局、私が悪いことにさせられた。先生達も面倒ごとを抱えたくないようで、男子生徒達の言いなりだったようだ。



「まこッ!!お前は、いつも面倒ごとを…………」


こっぴどく叱られ、その、今に至るわけだ。


「いつも格好いいよ!私は、絶対まこちゃんの味方だからね!!」


私はその言葉に、涙を拭い、笑顔で言った。


「うん!ありがとう、しーちゃん!!」


その後に起こることも知らずに私は、ただ多少嫌がらせが来る程度だと思っていた。だけど、その考えはすぐに甘かったことに気づく。









「しーちゃん…………?」


休み時間に、彼女の元を訪れると、机への落書き、そして花瓶に花が添えられ、教室の隅で嘲笑うように話をしている『あの』男子生徒達が、こちらに目を向け、ニヤニヤと見ていた。


「お前ら……………ッ!!!!」


「待って!!」


向かおうとする私の手を取り、しーちゃんは無理につくり笑いを浮かべながら言った。


「大丈夫だから。」


彼女は口をぎゅっと結び、悔しさを押し込めて、俯く。チャイムが鳴る。私は牽制の意味も込めて、再びそいつらをきつく睨みつけ、教室から出ていった。



(こんなことになるなんて…………。)



危険なことに足を突っ込む度に、大人の人に注意され、怒られては後悔してきた。それはある意味正しかったのかも知れない。私は、私が正しいと思うことを貫いて、生きてきた。それでも心の中では自分でもやめておけばいいのにって、何度も考えた。それでも自然と体を止めることはできなかった。


(まこちゃんは、私のヒーローだね。)


しーちゃんが、私にいつも言ってくれていた言葉だ。授業中、その言葉が頭に思い起こされる。放課後、私は嫌な予感がして、階段を駆け上がる。屋上の扉を開けて、飛び込んできた光景に目を見開いた。


「しーちゃん…………。」


およそ10人程だろうか。昨日の3人も含めた、メンバーが、頭を抱えるしーちゃんを取り囲んでいる。私はすぐに走り出し、しーちゃんを庇うように前に出た。


「何やってんだ!!!」


「おう、呼ばなくても来てくれたな。」


「本当は、こいつに呼ばせて、油断したところを袋叩きにするつもりだったけど。まぁ、いいや。この人数に勝てるわけねぇんだからな。」


「アンタら………………」


奴らはズンズンと近づき、私に殴る、蹴るの暴行を加える。私は、ひたすら耐え凌いだ。


「まこちゃん!!お願い!!逃げて!!」


「大丈夫よ。安心して。ぜったい、守るから。」












まだ私たちが、小学生だった頃。


親友のしーちゃんは体が弱かった。そのせいで、なかなかみんなに馴染めずに、無視されたり、酷い時には暴力を振るわれたりもした。


「やめなさい!!あんたたち!!!」


しーちゃんが大人数に囲まれたとき、私は、いじめっ子達の前に立ちふさがった。そのときも、私は、奴らの容赦ない攻撃を受け止めた。痛くって、痛くって仕方がなかった。いじめっ子は、言った。





「なんで、立ち上がるんだよ?」









「ハァ、ハァ……………。」



「こ、こいつまだ倒れねぇぞ。」


「不気味だぜ。一体何の為にここまで…………」


「友達が………怖い思いして、悲しい思いをして………それだけで私は胸が張り裂けるくらい、死ぬほど辛いから。」


私は拳を振りかぶり、目の前に振るう。しかしその拳は、ポスッと男子生徒の胸に軽く触れるだけで、いつもの力はなかった。


「アンタ達も本当は分かってるんでしょ?」


その言葉に、男子生徒たちはたじろぐ。




すると、バンッと屋上の扉が開き、異変を察知して知らせてくれた生徒と、先生がやってきた。



「お前ら!!!何してる!!!!」


男子生徒たちは「やべっ!」と言う顔をして、屋上から立ち去っていく。先生と生徒は私に駆け寄ると

心配そうに声をかける。


「大丈夫か?」


「…………はい。」


「まこちゃん。」


しーちゃんは涙で酷く目を腫らせる。私は、笑って彼女の頭を撫でた。


「もう大丈夫。」


「……………まこちゃん。ごめんなさい。」


「うぅん、こちらこそ気づけなくてごめん。」


(私は、目の前で困ってる人を放っておけない。でも、そのせいで、しーちゃんを巻き込んでしまった。私は……………。)



俯く私に、しーちゃんは優しく手を取ってくれた。


「ありがとう、まこちゃん。」


彼女は微笑んで、言う。


「でもね、無理はしないで。私は、まこちゃんが元気でいてくれれば、それでいいの。」


私は、言葉を溢す。


「…………私は。」


すると、しーちゃんは言った。


「ヒーローでいてくれてありがとう。でもね、まこちゃんは私のヒーローである前に、大切な、たった1人の親友なんだよ。逃げて欲しい。危ないときは、逃げてほしいのよ。私はどうなってもいいから、あなたには無事でいてほしいの。」


「しーちゃん……………。」



私は、溢れる涙を抑えきれず、腕で瞼をおさえる。



「まこちゃん。無理をしないで。あなたが逃げ出して、責める人なんて、世界中のどこにもいないわ。例え、世界中が敵になったって、私はまこちゃん味方になる。だからね。」









「辛くなったときは、逃げるんだよ。」





















「はぁ、はぁ………………」



ますます目の前の火の手は上がる。町が燃え盛り、あの時の悪夢の光景が蘇る。


(しーちゃん、ごめん。やっぱり私、逃げることなんてできない。だって、私は……………。)



歯を食いしばって、絡まりそうになる足を何とか前に進ませる。


(アレン………私、どうしたらいいかな?しーちゃん、ごめんね。ごめん。私、頑張るから。精一杯、頑張るから、どうかお願い。力を貸して。)



その時だった。


空に眩しい明かりが灯ったような気がした。気のせいかもしれないと思ったけど、やはり目の前の、空は輝きを帯びていた。


私は、その光に手を伸ばす。

光から声が届く。


『何を望む?』


その言葉に、私は答える。


「私は!みんなを救ける力を!みんなが笑顔になれる、みんなを守れる力を!!!」


その声の主はその答えに微笑み、優しく手を差し出す。私は、その手を取った。


その瞬間、はげしい光が私を照らす。そして、その中から現れた、小さな精霊が私の胸のなかに飛び込み、艶やかな虹色の輝きが身体を染めた。


白と黒のベールが私を包み込み、それは気づけば長いドレスとなって私に身を纏わせる。ドレスは螺旋状に渦巻いて、収束し、短くなり、より動き易く、身軽になった。



「これは………っ!?」


私は驚愕する。体から力が溢れ、握りしめた拳が、大地のエネルギーを掴むように、力強く、迸っている。その衝撃波は森林を光の速さで駆け抜けた。


「よし…………!!!」


私は走り出す。森を抜け、裏口から抜け出た道をそのまま辿ってきたため、街の人には殆ど出会わないまま、街の中に入った。そして、門をくぐり、火の燃え盛る城の中へと突入する。


「な、何これ……………?」


そこは、まるで別空間だった。


月の光が湖面を照らす。浅い湖が地平線まで果てしなく広がり、上空には、巨大な月が浮かんでいる。そこは、幻想的な夜の光景。そして、その先には杖を持った老人がいた。


「おや?」


老人は振り返り、不気味な笑みを浮かべる。


「まさか、向こうから来てくれるとは。」


老人は、杖を掲げ、私にそれを向ける。


「死ぬ覚悟はできたか?」


私は好戦的な笑みで答える。


「全っ然!!!」


老人が、掲げた杖を振り下ろす。すると、私の周囲に強烈な重力が、『重さ』が降り注いだ。すると、老人は、勝利を確信した様に髭をさすりながら、見下す様に話し出す。


「これに耐えられたものは誰一人としておらん。この空間に入った時点で、お前の負けだ。」


私は、体に掛かる、その『重み』を感じながら、あの光景を思い出す。死んでいった、殺された人々の苦痛を、悲しみを。それに比べれば、こんなもの。


「ぐうぅぅ………………ッ!!!」


歯を噛み締め、一歩を踏み出す。


「なっ!?まだ足りぬか!?」


老人が再び杖を掲げると、さらに大きな負荷が体に掛かる。それでも、わたしは折れるわけにはいかない。


アレンの言葉が頭に思い浮かぶ。


(俺の小さい頃からの友人も、魔物に殺された!!!全部全部全部!!!!魔女に、壊された!!!)



(肥沃な大地に囲まれ、種族が手を取り合って、平和に暮らしてた。それが魔女に襲われてからは、ここも、ここも…………ここも、ここも、ここも!!!!)


一歩、また一歩と歩く度に、人々の想いが、悲鳴が、苦痛が、無念が、あの光景が蘇る。生きたかった人々の、最後まで諦めなかった人々の想いが、心が、わたしの体を強く、突き動かす。


「く、来るなぁっ!?来るなぁーーッッッ!!!!!!!」








『生きろ。そして、元の世界に必ず帰るんだ。』



アレン。ありがとう。私は、アレンみたいに強くないから、きっと大切な親友がいなくなったら、立ち直れないと思う。両親が帰ってこなかったら、寂しくて、きっとダメになると思う。それでも、それでも、アレンは最後まで魔女に立ち向かった。理不尽に、暴力に、最後まで。


私は拳を振りかぶる。


「や、やめっ…………………ッ!!!」


「うおらぁぁーーッッッ!!!!!!!」


勢いよく振るった拳は、杖をへし折り、その顔面を穿ち、果てしない水面の地平線に向かって、相手を吹き飛ばした。


「ぐわぁあぁぁぁーーーッッッ!!!!!!」


空間がひび割れていく。月が砕け散り、光り輝くカケラが、地上に降り注いだ。気づけば、そこは城の中の光景に戻っていた。




「ハァ…………ハァ…………。」


終わった。アレンが、しーちゃんが、私に力を貸してくれた。いや、それだけじゃない。色んな人の想いがこの拳に宿っていたような気がした。これまで無念に耐え抜いてきた、たくさんの人々の想いが。





「…………………………。」


城壁にめり込んだ、相手は声を上げない。



見ると、周囲に倒れていた傷だらけの人々が私を呆然と見つめている。しばらくの沈黙の後、状況を把握した人々は、轟音のように鳴り響く大きな歓声を上げた。


やっと、終わった。


私は、ふっと意識が途切れるように、倒れる。アレン、しーちゃん。私…………やったよ。


























暗き部屋の灯火が揺れる。机を叩き、憤怒の表情を浮かべながら、水晶の中を覗くのは、災禍の大魔女であった。


「ば、馬鹿な………そんなことが!?」


大魔女は椅子から、重い腰を上げる。四天王の1人であるワーラットが敗れた。ここまで来て、目論見が破れようなど、微塵も考えてはいなかった。早急に、次なる手を打たなければならない。そして、やはり天使の気を微かに感じた、あの娘は力を隠し持っていたのだ。


「………………………。」


魔女はしかし、憂いの表情を浮かべ、ゆっくりと目を閉じる。そして、戸棚の上にある古びた一枚の写真を手に取った。そして、その写真に映る、2人の人物を、優しく指で撫でる。



「もう、戻れないの。………もう少しよ、待っててね。」



魔女は、写真を胸に抱きしめる。窓から光る稲光が、部屋を照らし、光る涙をその影に映した。


















まぶたの裏に光が差し込む。


「……………ん、あれ?」


私は、目を覚ます。視界に映ったのは、宮殿のような一室。豪華絢爛な装飾が、辺りを彩り、壁際には、給仕らしい人々や、テールコートに身を包んだ執事のような人々が並んでいる。






「やぁ、目が覚めたかい?」



聞き慣れない声に、私は目を向ける。そこには、高貴な衣装に身を包んだ、青年がいた。透き通る金髪に、蒼い眼、そして、王族と思われる特別な衣装。ダイヤの指輪に、銀の靴、自信満々の表情まで………。いかにも王子様というような、そんな風貌の青年が、私を心配するように見ていた。





「あの、どちら様ですか?」


私がそう言うと、その青年は、「あぁ、失礼した。」というように、一歩身を引いて、片手を、恭(うやうや)しく、胸の前にやり、頭を下げた。そして、彼は名を名乗る。


「私は、モルト王国次期国王、リベルトだ。」


そして、彼は膝をついて、私の手を取った。


「此度は、国を救ってくれたこと心から感謝する。」


「………………………。」


私は、この状況に、戸惑う。そもそも、魔女と間違われて、私は捕まっていたのだ。牢屋に入れられ、処刑するとまで言われていた。しかし、見るに、誤解はすでに解かれているのだろうと思う。




(倒したん………だよね?)


私は、手のひらを見つめる。俄には実感出来ないが、手の中に残る感触があの瞬間を思い起こさせる。



「………あっ!?そう言えば、カラルさんは!?」


せっかく連れ出してくれたのに、置いて戻って来てしまったのだ。きっと心配しているはず。


(……………よし!)


私は、ベッドから素早く、身を降ろし、駆け出した。


「ま、待て!!まだ、話が………………。」


「また後で!私を連れ出してくれた人に、会いに行かなくちゃ!!」


「あ、あぁ。それは……………。」


リベルトは何か言おうとしたが、途中で口を噤(つぐ)んだ。気まずそうに視線を逸らしている。それは給仕や執事の人たちも同様だった。


「何?カラルのこと、何か知ってるの?」


「………………。」


彼らは答えない。私は嫌な予感がして、部屋を飛び出す。そして、廊下を走った。リベルトの呼び止める声が聞こえたが、知った事ではない。廊下の途中、兵士たちの驚く表情がみえる。私は兵士の1人、勢いよく、声をかけた。


「カラルは、どこ!?」


「か、カラル様、でございますか?………恐らく、地下牢の方に。」


「やっぱり!!!」


嫌な予感は的中していた。わたしは一目散に再び、走り出す。抜け出す際に、見た城の中の景観を少し覚えていたおかげで、地下への行き方は理解していた。


「ちょっと!?お待ちください!!」


入り口に無理やり侵入しようとした私を、牢屋の番は掴みに掛かるが、身を屈め、勢いよく通り抜けた。


私は、牢の前に辿り着く。


「………………まこ!?」


カラルは驚き、目を丸くして、私を見ている。


「お待たせ!出るよ!!」


遅れて、ゼェゼェと息を吐きながら、牢屋の番が私の後ろからやってくる。


「ちょ、ちょっとお待ちください………。」


そんな彼の前に、私は勢いよく手を出した。


「鍵、出して。」


「なっ!?何を……………。」


私は牢屋の番の腰に、鍵の束がかけられていることに横目で気づく。27番牢………あった!


「あっ!!リベルト王子!!」


「えっ!!?」


私は、背中越しに指を差し、一瞬、牢屋の番が、後ろを向き目を離した隙に、彼の腰から鍵を奪う。そして、素早くカラルの牢屋の鍵を開けた。


「し、しまっ…………」


カラルは見越したように素早く、身を起こし、牢を飛び出した。掴みかかろうとする牢屋の番をひらりと身を翻して、かわし、私たちはあのときの同じように、駆け出した。


「すまない、助けられたね。」


「えへへ、どういたしまして。」


カラルさんと共に地下から外へ出る。兵士たちが慌てた様子で止めにはいるが、また捕まっては何をされるか分からないので、私たちは一目散に城の外へと駆け出した。そして、門を開こうとしたその時だった。




「お待ちなさい。」


聞いたことのある声。そして、決して聞こえるはずのない声が、聞こえる。


「そう、焦る必要はない。」


その声は、聞きたくもない………そう。この国に災禍を齎(もたら)した張本人。私は愕然とする。


(まだ悪夢は終わっていなかった?)


冷や汗が頬を伝う。


(そんな、あの時倒したはず。そうじゃなかった?まだ………)


私は恐るおそる振り返る。


しかし私の杞憂を他所に、その老人の後ろには、何ということもない表情で、兵士たちが、立ち並んでいた。私達は、訳もわからず、呆然と立ち尽くす。そんな時、階段の上から声が聞こえた。


「洗脳が解けたのさ。」


リベルトがやってくる。彼は、階段を降りて、コツコツと足音を響かせ、老人の隣に立つと、心配ないというように、彼としっかり握手を交わした。


「洗、脳………………?」


私はそんな状況を見て、怪訝(けげん)な表情を向ける。しかし、何事もないというように、彼は説明を始めた。


「そう。洗脳だよ。ワーラット老は魔女に洗脳にされていた。無理やり従わされていたんだ。」


リベルトは俯き、過去を思い出すように言った。


「わたしは彼のことをよく聞いていた。父上からね。とても、穏和な人間だと。だから、魔女に与したときもそんなはずはないと、話していたんだ。そして、まさにその通りだった訳だ。」


ワーラット老は、粛々と言葉を紡いだ。


「モルト王を手にかけた償いは………この国の人々を手にかけた愚かな過ちの償いは、必ず致します。このワーラット、モルト王国に尽くしましょう。」


ワーラットが深々と頭を下げる。すると、リベルトはそれを見て、優しく微笑んだ。


「そういうことだ。」


そして、リベルトはカラルのほうを一瞥し、それからまた私のほうを見て、言った。


「カラル氏を無闇に牢に閉じ込めてしまった事は、私が心の底から詫びよう。」


彼は私の元まで歩み寄り、手を取って、フッと微笑んだ。そして、私の目を見て、言った。


「案内するよ。」













「それでは、ごゆっくりと。」


執事が扉を閉める。カラルと私は、金装飾に彩られた豪華絢爛な部屋へと案内された。部屋には高そうな壺や、西洋画のような絵が飾られている。


(はぁ、それにしても…………。)



私は、ふぅーっと大きく息を吐いた。ともかく、ようやくひと安心だ。私は椅子に座り、足を大っぴらに広げて、からだの全身から力を抜いた。カラルも息をつき、天井を見上げ、しばらく呆けていた。私は、ボソッと呟く。


「よかったね。」


カラルも、苦笑いを浮かべて言った。


「いや、本当に。」


私たちはふとおかしくなって、笑いが溢れる。無理もない。死ぬかどうかの瀬戸際を何とか潜り抜けて来たのだ。しばらく笑った後、少しして、私は疑問に思っていたことを尋ねた。


「それにしても、どうして私を助けにきたの?」


すると、カラルは答える。


「処刑されると思ったからさ。」


「処刑!?」


私は驚いたように、椅子から立ち上がった。そうだ。そう言えば、私は魔女と勘違いされて、翌日には処刑される予定だったのだ。しかし、ワーラットを倒し、誤解が解けて何とかいまに至る。よく考えると、本当に背筋の凍るような思いだ。


カラルは続けて言った。


「そう。君は魔女と認定されてしまって、それからワーラット老が攻め込んできたろ?そしたら、この国、モルト国からすれば魔女を取り返しにワーラット老が攻め込んできたことなるわけだ。君はますます人々から憎まれる。だから、一刻もはやく救けださないと、と思った。」



私は納得がいく。


「そ、そうだったのね。ごめんなさい。」


「いや、いいんだ。」


カラルは微笑み、床に寝転がる。よく見ると、カラルの目の下にはクマができ、頬が酷くこけている。相当疲れが溜まっているようにみえる。


(………そうだよね。)


カラルは故郷の町が滅ぼされ、それからすぐに私を救けにきた。それから、ワーラットに王国が燃やされて、それからまた私を救けに来て………。


(本当に救けられてばっかりだわ。)


アレンに、カラルに本当に私はこの世界にきて、人に恵まれている。


「カラル。」


「ん?なんだい?」


「ありがとう。」


そう言うと、カラルはきょとんとした顔をしてから、優しく微笑んで言った。


「どういたしまして。」


それから、しばらくの沈黙の中で、私は、ふと考える。正直、あそこまで国を陥れたワーラットをあっさりと、みんなが許すなんて、何だか私には腑に落ちなかった。


「………………………。」


私が思案する様子を見かねてか、何かを察したカラルはわたしに聞いた。


「何か気になることでもあるのかい?」


「えっ?………あぁ、ワーラット、とかいうあの老人、あれだけ国を滅茶苦茶にしたのに、どうしてみんな…………‥許せるのかなって。」


「…………リベルト王子やみんなだって、もちろん本音は憎くて仕方がないと思うよ。」


「そ、そう………よね。」


しかし、そんな風には見えなかったのだ。リベルト王子やみんなも毅然として、友好的な態度をワーラットに向けていた。


「ただね、やはり、ワーラット老の力はあまりにも大きいんだ。あまりにも、ね。だから、自分の国を守るという意味でも、彼に赦しを与えて、味方にしたほうがいい。それが、何より、この国の人々の為になるというわけさ。」


「……………そうなんだ。」


操られたし、しょうがない部分はあると思うけれど、憎くて仕方がない気持ちは、きっとこの国の多くの人々が拭えていないと思う。それなのに、それでも、みんな少しずつ、前を向いてるんだ。








「まこ。」



カラルは改まるように、こちらに体を向ける。



「ありがとう。」


カラルは、私に深々と頭を下げる。彼は下を向いたまま、私に言った。


「俺はさ、9歳の頃親を亡くした。親の工房を10才で継いで、死に物狂いになりながら、何とか命を繋ぐ日々だった。…………そんな中でも、やって来れたのは国のみんなにたくさん助けてもらったからだ。」


気づけば、カラルは声を震わせていた。


「…………俺はもうダメだと思ってた。それは、この国のみんなも、いや、この世界に生きるすべての人々がきっと、希望を失っていたと思う。」


彼は椅子から降り、膝をついて、頭を地面につけた。


「心から感謝する。ありがとう。」



「カラル………………。」


私は少し、小っ恥ずかしくなって、彼に言った。


「そんなに改まらなくて、大丈夫よ!ほら!」


私は彼の体を起こす。


私は言った。


「カラル、あなたも捕まったらどうなるか分からないのに、救けてくれたでしょ。」


「それは、まぁ……………。」


「じゃあ、お互い様よ。ほら!」


カラルは、私を見て言った。


「そうだな。ありがとう、まこ。」


「いいえ、どういたしまして。」














コンコンッと部屋のノックが鳴る。


「失礼します。」


先程と同じ、執事の方が、一礼してから、ベッドのある寝室へと、私たちを案内する旨を伝えた。まだ夜には随分と早いが、ゆっくり休むにはやはり自室で過ごすのが最適だろう。私たちは案内され、それぞれ別の部屋に入る。わたしは、両手を広げて、ベッドの上にダイブした。


「はぁ………………。」


まだ、疲れが溜まっていたのだろうか。目が覚めてから、それほど時間は経っていないはずなのに、段々と瞼が重くなってきた。そして、気づけば私は眠りについていた。












眩しい日の光が、瞼の裏にさす。


「うぅん…………。あれ?寝ちゃってた?」


どれくらい経っただろうか?コンコンと、窓を叩く音が聞こえる。その、小気味よい音にわたしは目を向けた。すると、そこには、雀に似た小さな鳥が、窓辺にいた。


いつまでも叩き続けるので、不思議に思った私は、窓を開ける。するとその小さな鳥は部屋の中に入ってきて、私の手に止まった。そして、しばらく辺りを見渡した後、毛繕いを始める。


「ふふっ…………。」


なんだか可愛い。私がしばらく、その小鳥を眺めていると、外庭から歩く音がした。小鳥はその音に反応して、窓から外に出て行き、城下のお庭、花の綺麗に咲く花壇のそばへと降りていく。


「あれ?」


そこには1人の女性がいた。凛として、思わず見惚れてしまうような、美しい、相貌。黒色のドレスに、艶やかな赤の線で身を包んだ、まるで堕天使を思わせるようなその風貌は、西洋画の一枚のように美しく、感動さえ覚えさせられた。


「綺麗な人…………。」






「パーティのご用意ができました。」


「うわぁっ!!!」


唐突に後ろから聞こえた声に、私はびっくりする。後ろを振り返ると、そこにいたのは、先ほどの執事の方だった。


「も、申し訳ございません。何度もノックをしたのですが、反応がなかったので、つい心配になり……………。」


「こ、こちらこそすいません!」


私は、頭を下げた。見惚れるあまり、ノックにすら気づかないなんて。


「……………………。」


わたしは、もう一度窓の外を見てみる。しかし、そこにはもう彼女の姿はなかった。


「はぁ……………。」


何故か残念そうにしている自分がいる。あんなに美しく、容姿の整っている人を見るのは初めてだった。また、何処かで会えたらいいなぁ、なんて。













城の中央広場。階段を降りた先に広がるその光景に、私は呆気に取られた。怒号のような歓声が鳴り響き、人々が歓喜に身を包み、驚くほど賑やかな様相を呈していた。城内は、祝福の修飾にあでやかに彩られている。


「「「ビール持ってこーい!!!」」」


兵士たちが肩を組み、喜びを分かち合っている。会場には、涙を流すものや、はしゃぎ過ぎてすっ転げるもの、自らの武勇伝を猛々しく語るもの。豪華な食事に夢中になって、我を忘れるものもいた。おのおのが夢のようなひとときを過ごしている。


一方で、私はというと………


「お気に召さないかな?」


「い、いえ、その…………」


ワイングラスを片手に、壇上にリベルトと2人。気まずい時間を過ごしていた。


(ふつうに、

みんなとガツガツご飯を食べたい。)


私は友人と楽しそうに話しながら、ご飯を食べているカラルを羨ましそうに、眺めていた。


「……………………。」


リベルトがそんな私の様子を見かねてか、手を『パンパン!』と叩くと、ウェイターやシェフが次々と現れ、見たこともないような豪華な料理が並べられる。


「さぁ、好きなだけ食べておくれ。」


わたしは恐るおそるフォークとナイフを手に取り、テーブルの上に並んだ食事を口に入れる。


(う、美味い………)


見た目通り………いや、それ以上に口の中でとろけるような肉の感触と、これまでに食べたことがないような野菜の甘みが舌を包み込んだ。そして、海鮮料理は特有の塩味(えんみ)を含んだ旨みが口の中に広がっていく。まさに至福のひと時だ。


わたしが、頬っぺたに手をやりながら、モグモグとご飯を食べていると、リベルトは私に尋ねた。


「美味しいかい?」


私は口いっぱいにご飯を頬張りながら、話そうとしたが、上手く話せなかったので、一度よく噛んで飲み込んでから、返事をすることにした。


(モグモグ、ゴクンッ!)


「えぇ!すごく!!」


「そうかい?それはよかった。」


彼は嬉しそうに、笑みを向ける。そして、彼は少し俯き、ゆっくりと私に話し始めた。


「君のおかげだよ。」


「わたしの?」


リベルトは目を瞑り、穏やかな表情で話を続ける。


「あぁ。……………この国はね、一見裕福そうに見えて、実はそうじゃないんだ。一人ひとりの懸命な努力によって、支えられている。」


「………………。」


「いつ魔女や魔物が襲ってくるか分からない。そんな不安の中で、人々は日々過ごしている。希望を失いかけても、踏ん張って、地に足をつけ、毎日を、必死に生きているんだ。日々の安心と未来への希望が薄れゆく中で…………。」


私を見つめて、リベルトは言った。


「君という光が現れた。」


リベルトは立ち上がり、私の前に来て膝をついた。


「どうか私とともに、この国を導いてはくれないか?………すぐにとは言わない。君の存在が、この国を、ひいてはこの絶望に彩られた世界の希望となるだろう。」


彼は、懐からちいさな箱を取り出し、それを開けた。そこには、煌めく美しいダイヤの指輪があった。


「君を、我が妃として、迎えたい。」


「…………………?」


私はしばらく脳がフリーズした。なにを言われたのか、全く脳の処理が追いつかなかったからだ。


(キサキ?きさきって、何だ?キサキキサキ………妃!?!?)


私は気づく。彼から、突然の告白を受けたことに。


「い、いやいやいやっ!!!無理!!!そんな急に言われても!!!!」


しかし、私は手を出してブンブンと横に振り、断った。すると、リベルトは驚いた表情をする。そして、もう一度真剣に私の方に向き直り、言った。


「すぐに結論を出す必要はない。今しばらくこの国に留まってくれるだけでもいい。この国には、君が必要だ。」


私は深呼吸をしてから、はっきりと言った。


「ごめんなさい。リベルト。あなたの気持ちには応えられないわ。」


頭を下げて、私は会場を後にする。

会場が静寂に包まれた。


リベルトはふぅ、と息を吐き、後ろに立つ、執事に言った。


「ベルト、振られたよ。」


少しばかり声が震えている。すると、その執事は、諭すように言った。


「坊ちゃま。何事も経験でございます。」

















「はぁ………。」


私はベッドに仰向けで天井を見上げる。まさか告白されるとは。


「とんだ出来事ね。」


告白されるなんて、もっといいものだと思ってたけど。べつに好きでもない人に言い寄られても、わたしの心はちっとも動かなかった。


「よしっ!」


私は気分を変えるために、体をバッと跳ねさせて起こし、改めて案内された豪華な部屋を眺め、目をキラキラさせた。


「あっ!」


私は顔を青ざめさせる。そう言えば、パーティ会場のあんなに美味しかったご飯、たくさん残してきちゃった………。


そう思って、しょぼんと顔を俯かせていたとき、コンコンッ、と部屋のノックが鳴った。「はーい!」とドアを開けるとそこには、カラルがいた。


「やぁ、大丈夫かい?」


「カラル!」


なんと、先ほど私が残した夕食を台に乗せて、持ってきてくれていた。それだけじゃない。デザートも増えてる。


「もしかしたら、残念がってるんじゃないかと思って。お願いして持ってきたんだよ。」


「あ、ありがとう!食べていいの?」


「もちろんだよ。」


わぁ〜!とルンルン気分で自分の部屋に台を持ち運ぶ。これ、全部食べていいんだ………。涎が溢れそうになる。


「……………ふふっ。」


カラルはそんな私を微笑ましいように、優しく眺めていた。そして、わたしに言う。


「それじゃあ、俺は部屋に戻るよ。何かあったら、また呼んでくれ。」


「うん!分かったわ!!ありがとう、カラル!」


「うん、どういたしまして。」


そうして、わたしは部屋で残りの夕食とケーキを貪り食った。大満足だった。










気づけば、わたしは月の光の差すベッドの上で、爆睡していた。


「……………うぅん、エピとパンが飛んでる……。」


むにゃむにゃと寝言を言いながら、ベットに寝返りを打つ。本当に色々あったけど、こうしてふかふかのベッドの上で寝れていることが何よりの幸せだ。


段々と眠りが深くなる。微睡のなかで、気づけばわたしは、この世界に来る前、最初に見た、真っ白な一面の光景を目にしていた。もしかして…………。


「よく頑張りましたね。」


私が後ろを振り返ると、そこには天使様がいた。


「天使様……………。」


すると、天使様は嬉しそうに微笑み、私にこう、告げた。


「力の覚醒。あの出来事は、あなたの強き心が眠る力を呼び起こしました。これからあなたが道を違えることのない限り、あなたの力として、行使することができます。」


わたしは光の球体を天使様から受け取る。


「それは、あなたがイメージしたものに移り変わる。そして、あなたが変身を望むとき、それは力を貸してくれるでしょう。」


「……………………。」


私はイメージする。


(エビフライ……肉………いやいや、違う違う。うーん、何がいいんだろ。)


私はふと首にずっと掛けていた、カラルから貰った蒼色のネックレスのことを思い出した。すると、それはイメージした通り、ネックレスに移り変わる。天使様は少し驚いたように、そのネックレスを見つめた。


「それは………守護獣が封印されていますね。きっと、その者は、あなたを救けてくれる。封印は私が解いておきましょう。」


天使様が手を翳すと、ネックレスが光に包まれ、私の前にそれは、姿を現した。


『……………………。』


蒼い立て髪に、一角を頭に据え、鋭い牙を持ったライオンのような獣。それはあまりにも雄々しく、最初は思わずのけ反ってしまうほどだった。天使様は言う。


「大丈夫ですよ。その者は所有者を主として、認めています。」


私は、恐るおそる、近づいてその身体に触れる。


「………も、モフモフしてる!」


私は目を輝かせる。その毛並みは極上で、思わずわたしの頬を緩めさせた。そして、四方八方からその動物を眺める。


「その者は、これからあなたに、尽くし、力を貸してくれるでしょう。名前を付けてあげてはどうですか?」


「モコ!!」


「…………モコ、ですか?」


「えぇ!モコがいいです!!」


「それでは、モコ。この方があなたの主人です。これからはよく尽くすのですよ。」


『…………………。』


モコは何かを訴えるように、私と天使様を交互に見た。一体何を伝えたいのだろうか?


(我が名は、ガリウス。元から名前がある。)


天使様は何かを感じ取ったように、少し額から汗を流して、それを手で拭ってから言った。


「それでは、モコ。ネックレスに戻りなさい。」


ガーンッ!!と落ち込んだように、モコは項垂(うなだ)れる。そして、光に包まれ、ネックレスへと戻っていった。


「変身の際は、そのネックレスに強く念じるとよいでしょう。モコは名前を呼べば、出てくると思いますよ。」


「は、はい。ありがとうございます。」


「それでは、マキアよ。またどこかで。」


天使様がそういうと、辺りは眩しい光に包まれた。気づけば元の部屋に戻っている。朝日が差し込んでまぶしい。


「うぅん………………。」


私は、眠い目を擦る。ドアを見ると、1枚の紙が挟んであった。わたしはぐっと背伸びをして、ベッドから跳び降りる。そして、ドアに挟まった1枚の紙を手に取った。


「えーっと、なになに。」


『午前九時より朝食をお持ちします。続いて、午前十一時より勲章の授与を行いますので、部屋でお待ちください。執事ベルトが伺います。その後、午後二時より円卓において、世界同盟の円卓会議が行われますので、続けてお迎えに上がります。ご容赦の程よろしくお願い致します。』


「………なんだか、大変そうね。」


紙を机に置き、軽く髪を整える。部屋のノックが鳴った。


「失礼します。朝食をお持ち致しました。」


「はーい!ありがとうございます!」


扉を開けると、執事の方が一礼して、部屋へと入ってくる。朝食がテーブルに並べられていく。


「それでは、失礼します。」


執事の方は、頭を下げて部屋を出ていった。


「うわぁ〜っ!!!」


涎が出てしまうほどの、豪華な朝食が机に並ぶ。焼きたての芳ばしい香りのたつパンに、透き渡った海鮮のスープ、むね肉の玉ねぎソース仕立てに、コーンサラダとポテト、フルーツの盛り合わせ!!私は朝食を、食べながら、感動していた。


(し、幸せ…………。)




「ごちそうさまでした!!」


至福の時間をたっぷりと味わって、再びベッドにダイブしよう………と思ったが、気になる本が棚に置かれていたので、見ることにした。


『オーンテイルの眼差し』


優雅な読書の時間である。豪華な椅子に腰掛け、ページを捲る。10ページほど読んで、パタンッと本を閉じた。


「うん、もういいかな!」


わたしはベッドの上にダイブした。しばらくの時間を、ベッドの上でだらだら過ごす。






コンコンッ、と音が鳴る。


ノックの音に、目が覚めた。


「勲章授与の時間でございます。」


わたしは、立ち上がる。執事ベルトは、わたしの衣服と髪の乱れた様子を見ると、パチンッと指を鳴らし、合図をした。すると、何人かの給仕の方が部屋に入って来て、私の身なりを瞬く間に、整えていく。


「わぁ〜っ!!」


私は、お姫様のように着飾る。こう言うのは慣れていないが、意外とそれほど悪い気分はしない。むしろ嬉しい。私は、鏡の前で両の手を、腰に当て、『よし!!』と気合いを入れる。給仕の方はそれを見て、満足そうに微笑みを浮かべていた。執事ベルトは言う。


「それでは、参りましょう。」











コツコツと足音が響く。


廊下は静かで、私は緊張の面持ちでゴクリと唾を飲み込んでいた。暫く歩いたのち、大きな扉の前に辿り着く。執事ベルトは私の方に向き直り、深々と頭を下げてから、その扉を開いた。


『ワァッ!』と広い会場に、歓声がわく。盛大な拍手が巻き起こり、指笛が鳴る。白い鳩が空に舞った。


『これより勲章の授与を行います。』


わたしは辺りを見渡しながら、ゆっくりと前に進む。途中でカラルが嬉しそうにこちらを見ているのが、見えた。わたしはカラルに向けて、軽く手を振る。


私は、壇上に上がった。


モルト国の宰相が、私に頭を下げる。私もそれを見て、同じ様に頭を下げた。目の前の彼はコホンッ、とひとつ咳をして、読み上げた。


『貴公は、我が国モルトにおいて、世界的脅威、魔女の侵攻を撃ち崩し、世界に大変名誉ある貢献をなされた。その功績は讃えられるべきものであり、今ここに、大いなる勲章を授ける。』


私は、手渡された、賞状を手に取り、バッジを受け取った。会場には割れんばかりの拍手が巻き起こる。私は少し緊張で身体を固くしながらも、一礼をし、壇上を下りて、ゆっくりと会場を後にする。


「見事でございました。」


執事ベルトは嬉しそうに、やさしく拍手して、私を迎える。


「あ、ありがとうございます。」


私はそうして、ベルトに連れられて、部屋へと戻っていく。その最中、廊下である人物にすれ違った。キリッとした、強そうな女性だ。容姿端麗で、西洋的な銀の鎧を身につけた、まさに女騎士ともいえる、格好をしている。碧の透き通った瞳に、綺麗な金色の長髪、ロングブーツを身につけ、懐には剣を差している。彼女と目が合う。


「………………フッ。」


彼女は私を嘲笑うように、見下すような視線を向け、それからすぐ興味を失ったように、スッと目をそらした。わたしはその態度に思わず、ムッとする。




ベルトはそんな様子を見て、通りすぎた後、彼女について教えてくれた。


「失礼。彼女はロイド王の近衛騎士でございます。気難しい性格が有名で、あまり相手をしないのがよろしいかと。」


「そ、そうなんですね。」


わたしは、まぁそんな人もいるかと、前を向いた。そう言えば、この後は円卓に集まって何かあると書いてあった気がする。………ロイド王。色んな国の王様たちが集まってきて、話し合うんだ。わたしもその場にいなきゃいけないのかな?緊張するなぁ。


私はふぅーっと、息を落ち着かせる。


「昼食はどうされますかな?」


「食べます!!!」


私は食い付くように即答した。









ガツガツモグモグ…………


執事の方が持ってきてくれた食事を、私は、一粒残らずたいらげた。


「ぷはぁー………美味しかったぁ。」


私は大満足して、ベッドの上にゴロンと寝転がる。天井をボーッと眺めていると、カラルの声が扉の向こうから、かすかに聞こえた。ベルトさんの声も聞こえる。2人が会話を交わしているようだ。するとコンコンと扉の奥から音が響いた。


「はーい。」


「やぁ、授賞式お疲れ様。大変だったね。」


「いやぁ、まぁーね!」


私は、えっへん!と貰ったバッチを見せる。カラルは微笑ましそうにそれを見る。そして、なんだか、話を切り出したげな様子のカラルを見て、私は彼に尋ねた。


「どうかしたの?」


「それがさ、困ったことがあって………。」



彼は言う。


何でも、広間で言い合いが起こっているらしい。リベルトが他国の王たちから責め立てられているのだ。追求されている。私とワーラットというあまりにも強大な戦力を、モルト国が有すること。それが他国にとっては、この上ない脅威なのだ。円卓での会議前に関わらず、すでに牽制が繰り広げられており、ゆえに広間で言い争いが大きくなっているのだと。


「君はしばらく出てこないほうがいい。巻き込まれて、面倒なことになるかもしれない。」


「行ってくる。」


「………えっ?」


「私が行って、話をつけてくるわ。」


すると、カラルは慌てたように部屋を出ようとする私を止める。


「ちょ、ちょっと待って!!ダメだ!!」


「なんで?私のことで揉めてるんでしょ?私が行った方が早いじゃない。」


すると、カラルの背後で沈黙していたベルトさんが口を開く。


「私も、同行いたしましょう。」


「べ、ベルトさん!!」


私は、少し馴染みのありそうな2人に、尋ねた。


「2人はお知り合いなんですか?」


すると、ベルトさんはこめかみを人差し指で押さえて、こう話した。


「こいつは………城に、幼い頃からよく忍び込んでいた、やんちゃっ子の1人でな。とても、手を焼いたものだ。」


すると、カラルさんは恥ずかしそうに頭を掻いた。


「あはは………まぁ、色々とね。」


カラルさんは私に向き直って、真剣な眼差しで言った。


「この人は、こう見えて、この国で1番の腕利きだから、何かあった時は頼るといい。普段は、リベルト王子の護衛をしている人だ。この国がしばらく安泰だったのも、この人がいたからというところが大きい。」


すると、ベルトさんはコホンとひとつ咳をして、背を向けて言った。


「それでは、参りましょう。」











広場で大声が響く。


「私がいつも言っているのは、貴様の国がいつも利を得すぎているという話だ。リベルト王子!」


「そうは言われましても、実際に対処したのは、我が国です。被害の規模から鑑みても、国力の大幅な減衰は免れていません。次の侵攻に耐えうるだけの力が、もはや、まこ殿とワーラット老を抜いて、我が国にはないのです。ロイド王よ。」


「嘘をつけい。貴様のところにはまだ、ベルトがおるだろう。ワーラット老だけでもよこせ。」


「なりません。少し言葉が過ぎますね。」


「何を、この若造がぁ〜。」



今にも掴みかからんとする、ロイド王とリベルト王子の間に、先程の女騎士。私を鼻で笑うように嗜めた彼女が立ち入った。彼女は言う。


「王よ。ここはお控えを。下手に手を出せば、国は信用を失います。正式に円卓の会議の場で結論を出しましょう。」


すると、カッと頭に血が昇っていた様子のロイド王は冷静になり、ひとつため息をついて、リベルトの方へ向き直り言った。


「仕方あるまい。リベルト王よ。考えておけ。貴様が思っているほど、状況は、甘くはないぞ。」


「…………………。」


リベルトをよく見ると、手がかすかに震えている。ロイド王は離れていったが、未だ他の王たちが何か言いたげに、不満そうにリベルトを見ていた。


ベルトと私は、リベルトのそばまで駆け寄る。すると、ベルトは、こっそりとリベルトに耳打ちするように小さく言った。


「坊ちゃま、上出来でございます。」


すると、リベルトは表情が明るくなる。顔がパァーッと明るくなった様子を見た王たちが、冷ややかな視線を向ける。周囲の反応を見てコホンッとリベルトは咳をして、広場にいた王たちに言った。


「他に何か言いたい者はあるか?」


すると、王たちからはまるで怒号が飛び交うように、文句の嵐が吹き荒れた。私は横目で、リベルトがすこし涙目になっているのを見て、はぁ……と溜息をつく。そして、わたしは王たちに言った。


「文句があるなら、私に言いなさい。今回の魔女の侵攻を防いだのは私よ。」


すると、王たちは鎮まり、その中の1人が顎髭をさすり、疑いの目を向けながら、わたしに言う。


「ふむ、君が操られたワーラット老を倒したということは本当かね?俄にはやはり、信じがたいな。」


それに続き、他の王たちも疑問を口にした。


「私も甚だ疑問である。何故このような少女が、あの、ワーラット老を打ち倒したというのか?」


私は王たちが、次々と口にする、言葉に少しムッとする。リベルトが私を気遣い間に入ろうとするが、ベルトさんがそれを止めた。私は深呼吸をする。ここで怒って言い返してしまえば、それこそこの話し合いは収集がつかなくなる。私は冷静に言葉を紡いだ。


「あなた方のお気持ちもよく分かります。しかし、実際に魔女側の侵攻があり、国に被害が出た上でそれを食い止めたという事実は変わりません。ワーラット老とそれを見ていた周囲の兵士の方たちが証言して下さるはず。そのことについて、円卓の場で、また話し合いましょう。今はこの場でお納め下さい。」


「むぅ、しかしだなぁ。」


「もし、あなた方の国に被害が及んだときには、国ではなく私自身の意思であなた方を助けに行きます。それは、国同士ではなく、人と人、お互いの助けたいという想い。私は、私の意思で動く。それは変わりません。」


「……………………。」


王たちは顔を見合わせる。そして、沈黙を破るように、1人の王が言った。


「分かった。この場は納めよう。悪かったな、英雄よ。」


「いいえ、感謝します。」


王たちは広場から離れ、自らの部屋へと戻っていく。


「ふむ、見事で御座いましたな。」


ベルトは笑みを浮かべ、拍手をしてくれた。


「………ありがとう。」


リベルトは少し複雑な表情で、わたしに言った。


「いいえ、どう致しまして。」


私は手をパンパンッと叩き、腰に手を当てて、胸を張った。我ながら、怒りもせずに冷静に言い返せたのはとても誇らしい。何かと大人数に対してこうして説得する事は、わたしの人生の中で身につけた処世術のひとつだった。争わなくていいのなら、話し合いで解決することが好ましい。わたしは、しーちゃんの事を思い出す。


(『守ってくれてありがとう。………でもね、その度にあなたの手がこうして痛みを感じる。』


あの時、しーちゃんは、じんと赤くなった、私の手を優しく両手で包み込んでくれた。


『わたしは、あなたを守れるようになりたい。だから、立派になって、いつかまこちゃんがわたしを頼ってくれるように、頑張るから。だから、見てて。私のこと。』


「…………分かった。見てるね。しーちゃん。」)


いつも支えてもらってるのは、頼ってるのは私の方だっていうのに。しーちゃんはそれから誰よりも勉強して、頑張って、みんなの薦めで、生徒会に立候補するまでになった。………応援演説に行ってあげられなくてごめん。必ず帰るから。待ってて、しーちゃん。



























竜の谷で、騎士は小さな墓石に花を添える。

幾ばくかの時間を経て、騎士は決心した。


「お、お待ち下さい!!」


しかし、部下である兵は慮り、それを止めようとする。


「現在、大魔女様からの通達はありません!!独断で動くのはまずいかと思われます!!」


騎士は、言った。


「構わん。俺は元々魔女の下になどついてはおらぬ。」


騎士はおおよそ常人が持ち上げられないであろう、おもさの長槍を、軽々と持ち上げる。


「………………。」


谷の下を見下ろす。断崖絶壁のその下には、数千、数万の兵たちが雄叫びをあげ、開戦の唸りを待っていた。騎士は言う。


「待たせたな。我が野望のため、今ここに先陣を切る。」


彼は、槍をたかく掲げ、宣言した。


「ついてくるものは、己が心に従え。人に従こうとも、魔女に従こうとも構わん。己が人生!己が望むもの。それを叶えんために、剣を取れ!!!野望は今ここに果たされん!!!行くぞ!!!!!!!!!」


ウオォォォォーーーー!!!!と兵士たちの咆哮が、谷から空にまで轟音のように鳴り響く。


黒騎士ベルギルスが城に迫る。

















モルト王国、城内。ある部屋の一室。


ダラッと椅子に腰をかけ、ゆっくりと寛ぎながら、スプーンを口で咥え話す、少女が一人。


「面倒くさいですわぁー。」


彼女は、とにかく面倒くさがり屋であった。やる気など何処へやら。王であるにも関わらず、国の細事には一切興味を持たなかった。


「お嬢、もう少しやる気出してください。」


彼女の付き人は、ハァとため息をつく。


すると、彼女はそれに、怒ったように立ち上がり、彼を指差して言った。


「お嬢って言わないで!私は、もう女王様よ!」


すると、その付き人は肩を諌めたように言う。


「私にとってはいつまで経ってもお嬢です。」


「黙らっしゃい!ベルヒム!あんたは昔っから、私に対する尊敬や、尊重の念ってもんが………」


「あっ、お嬢。外見てください。噂のあの人、いますよ。」


「話を聞きなさーい!……ってあれ?本当ね。」


外には、英雄と呼ばれた少女、そしてリベルト王子とその横に、見知らぬ男性が1人。すると彼女はおもちゃを見つけたように、目を光らせた。


「こうしちゃいられないわ!」


彼女は部屋を飛び出し、脱兎のごとく駆けた。


「お嬢、気をつけて。廊下滑りやすいんで、こけないでくださいよー。」


ドンガラガッシャーンッ!!!

ワァーッ!!


「……………はぁ。お嬢ー、大丈夫ですかー?」


付き人は、足を引っ張り、彼女を部屋の中へと、引き入れる。彼女の名は、チルノ・バード。バード王国の新たな王であった。














「なんか大きな音が聞こえたわね。」


外に出た私たちは、円卓会議までのわずかな時間、息抜きに散歩をしていた。お城の庭には、色鮮やかな花が咲き乱れている。わたしは立ち止まり、しゃがみ込んで目の前の花を愛でた。


「花なら、もしよければ、好きなものを摘もう。どれが良いかな?」


リベルトは、私に笑顔で提案してくれる。しかし、私は『別にいいわ。』はっきりと断る。リベルトはわかりやすく項垂れた。


「それにしても、何だか様子がおかしいな。」


カラルは顎に手を添えて、そう言った。


「どうしたの?」


「昔は、よく小鳥やリスを見かけたんだが………。リベルト王子、今はもう見ないのでしょうか?」


すると、リベルトはその言葉に、確かにと、辺りを見渡す。


「おかしいな。いつもならたくさんいるよ。………あんなことがあったから、驚いて、何処かに行ってしまったのかもしれないね。」


すると、カラルはあの襲撃があった直後で、余計なことを言ってしまったと、顔を曇らせた。


「そうですか………。いや、申し訳ございません。配慮に欠けた発言を。」


「気にするな。カラル。………それにそう改まらずとも、君は、まこ殿のご友人であるのだろう。どうだ、仲良くはさせてくれないだろうか?」


「いいえ!そんなとても………」


「そうか。ダメか。」


リベルトはわかりやすく項垂れる。


「い、いえ!!ダメというわけではなく、やはり身分というものがありますから。」


「私は気にしない。むしろ、身分があることで友人を作るのに小さい頃から苦労していた。友人がおらんのだ。どうか、頼まれてはくれないか。」


すると、カラルは肩を諌め、フゥーっとため息をついて、言った。


「リベルト王子…………はい。私であれば、喜んで。」


「えっ?本当か!?本当に良いのか!?」


「え、えぇ。勿論です。」


すると、リベルトは頬を赤らめ、ウズウズと喜びを我慢する様に、しばらく震える。そして、彼は、カラルの方に向き直って、言った。


「これから、よろしく頼む。カラル。」


「えぇ、私こそ。リベルト王子。」


「リベルトと呼んでくれ。」


「リ、リベ……ルト。」


カラルは、すこし躊躇った後、手を取り、握手をした。


「………分かりました。しかし、普段からそう言うわけにはいきません。こうして静かに語らえる時だけにしましょう。」


「あぁ、わかった。」


リベルトはとても嬉しそうだ。こうして、2人は友人となった。そんな様子の彼らを見て、私も嬉しくなる。


(仲良くなれて、よかったわ。)


その後、しばらく、3人で庭をまわりながら、話をした。ゆったりとした時間を過ごす。ふと、カラルは城の中央時計を見た。


「そろそろだ。戻らないと。」


「本当だ。俺もベルトに小言を言われる前に、早く戻らないとね。」


「そうね。行きましょう。」















廊下の各所から足音が響いた。各々の国の代表が、円卓の場へと足を進める。





『ロイド王国』、ロイド王、騎士ミレイユ



コツ、コツ



「王よ、念の為、短剣をお持ち下さい。」


「あ、あぁ。分かった。」









『モルト王国』、執事ベルト、リベルト王子



コツ、コツ



「坊ちゃま。準備はよろしいですかな?」


「爺や。こんな時くらいその呼び方はやめてくれ。…………正直、すごく緊張してる。」


「心配せずとも、精一杯、わたくしがサポート致しましょう。」


「心強いよ。いつもありがとう。」









『バード王国』、執事ベルヒム、王女チルノ



ダダダッ




「ほほほっ!英雄も、ワーラット老も、この世界も、すべて私のものよ!」


「なんか、悪役みたいなんでやめてください、お嬢。走らないで。」






そして、この円卓の、世界の、命運を決める、この会議の中心となるのは、彼女。


コツ、コツ


「カラル、私なんて言えばいいかな?」


「君の思うままに話せばいい。何とかなるさ。些細なことは、ベルトさんに任せれば良い。思い切って、行っておいで。」


「…………うん!わかったわ!!」




私は、扉を開ける。


目の前に広がるのは、まるで神聖なる教会。空まで昇ろうかという聖母の描かれた美しいステンドグラスに、天井付近まで伸びる、縦長のガラス窓。そこからは眩しい光がいくつも伸び、広大な空間を照らしている。


(すごいわ。)


周囲には、いくつもの荘厳な剣と盾、鎧甲冑が並べられ、飾られていた。円卓の椅子には、すでに王たちが鎮座している。



王たちの視線が私に一斉に集まる。その、あまりの迫力に、私は飲み込まれそうになるが、ゴクリッと唾を飲み込み、前へと進んだ。



「ここに、座って。」


リベルトが椅子を引いて、案内してくれた。隣の席はリベルトだ。後ろにはベルトさんがいる。私はホッと、ひと安心して、席につく。



間も無く、リベルトは宣言した。


「それでは、始める。円卓会議を。」




すると、空気が変わる。王たちの鋭い眼差しに私はまるで強大な何かに睨まれたかのように、身体がピシリと動かなくなった。


一人の王が、言葉を発する。


「時に、リベルト王よ。主の国は、魔女に匹敵する戦力を保持していると思うが、如何かね?」


リベルトは、汗の流れる手を机の下でぎゅっと握りしめながら、平静を装い、和やかな笑顔で返した。


「我々は、ともに魔女に立ち向かうべき同士です。決して、我が国がそれ程の戦力を独占しているという認識は……………。」


すると、ロイド王は机をたたき、リベルトに問い詰める。


「とぼけるな、リベルト。戦力が、貴様の国に偏りすぎていることは明らかだ。」


「そうだ、そうだ。」


「まさか、その力を持って何かを企んでいるつもりではあるまいな。」


それに対して、リベルトは、冷静に、こう返した。


「現在、我が国はかつてないほどに衰退しています。英雄とワーラット老を抜いては、もはや次の魔女の侵攻に耐えうるだけの戦力が、全くと言っていいほどありません。」


「ならば、少なくともどちらかがいれば、事たり得るだろう。」


「ワーラットをよこせ!我が国も、もはや限界だ!」


「ベルトよ。貴様の見解はどうだ?」


すると、問われたベルトさんはこう答える。


「私めは一介の執事ゆえ。発言の機会を頂けることなど滅相もございませんが。」


彼は、懐から何かを取り出す。


「もし言わせていただけるのであれば、モルト王の遺言にて御座います。」


すると、リベルトは驚いたように振り向く。他の王たちもガタッと、衝撃を受けたように立ち上がった。


「モルト王が………?」


リベルトは言った。


「えぇ。世界の平和を最後まで願われた、敬虔なる我が王は、死の間際、リベルト様を守り抜くよう私目に命じられました。そして、その時、一枚の紙を私に手渡されたのです。」



「1枚の紙……とは?」



「長年研究に取り組んでおられた、『転移魔術』の仕様についてでございます。」






その言葉に、王たちはザワザワと騒ぎ出す。


「なんだそれは?」


「聞いたことがない………『転移魔術』?」



すると、コホンとベルトは咳き込み、説明をはじめる。


「転移魔術は、ある特殊な魔力によって効力を発揮するもの。それは、位置変換魔術の応用でございます。長年の問題であった、砂漠地帯の水源不足。それを解消する為に、生み出された、位置変換魔術は、『転送』を可能にするものでした。しかしそれはあまりに大きな負荷がかかる事から、生物や物質に対しては、それが、できなかった。しかし、モルト王が尽力された、研究によって、それが可能になったのです。」


「なんとっ!?」


「それは本当か!?」


ベルトさんは目を閉じ、俯く。


「しかし、それは先ほども言った通り、ある特殊な魔力が必要となります。それはなんだと思われますかな?」


「勿体ぶるな!さっさと教えろ!!」


「これで危うい時は逃げることができる!!魔女の襲撃があろうと、『私』は生き延びることができるぞ!!!」


ベルトさんはふぅ……と溜息をついて、目を開け、王たちを見据えて、言った。


「その魔力とは………愛でございます。」


一瞬、場が静寂に包まれる。王たちは予想だにしなかった答えに、唖然とした。


「愛………だと?」


ベルトさんは続ける。


「そう。人が人を救いたいという想い、そして自らを犠牲にしてなお、救いたい誰かがいる。そんな時に、奇跡が起こるのです。」


(『ベルト、息子を頼む。』)


「あの時、私は、死ぬつもりでした。しかし、私は生かされた。死ぬのは、私でよかった。しかし、王は迷いなく、私とリベルト様を逃したのです。」


王たちは、どよめく。


「父上……………。」


リベルトは、俯き、膝の上で拳を握る。


ベルトは言った。


「…………しかし、この魔術は悪用されれば、瞬く間に禁術となるでしょう。ゆえに、王はただ1人にのみ、この魔術を与える遺言を残した。」


王たちはそれを聞き、焦ったように、言った。


「わしだ!!儂にしろ!!」


「幾らでも払う。何なら民を渡しても良い!!そちら側にいくらでも有利な協定を結ぼう!」


「その魔術さえあれば、魔女など恐るるに足らぬ。危うくなったら、逃げればいいのだからな。」


ベルトはそんな様子の王たちの様子を、しばらく、寂しいように、呆れたように眺め、そして、私の方を見て、穏やかな声で言った。


「予言の子。」


ベルトさんは、私を見る。


「きっと王が待ち望んだのは、この子だったのでしょうな。」


ベルトは、一枚の小さな紙を取り出す。そして、シュポッとライターでその紙を炙り、私に手を翳した。


「おい、待て。ベルト、やめろ。」


すると、紙から巨大な魔法陣が私の目の前に展開される。


『マテラ』


ベルトさんはその魔法陣に手を掲げ、唱える。

すると、魔法陣は私を包み込み暖かな光が、すっと私の胸の内側に入ってくるのを感じた。


それを見た、王たちは瞬く間に、激昂する。


「貴様!!!正気か!!?」


「あり得ん!!!あり得んぞ!!!!」


「………ベルトよ、ことと次第によってはただでは済まんぞ。」


すると、ベルトさんは安らかに笑みを浮かべ、王たちに、応えた。


「契約完了にございます。今ご覧になった通り、王の研究成果のすべてはこのまこ殿に、受け継がれました。転移が可能となるのは、この子だけ。さぁ、引き続き、始めましょうか。この、円卓会議を。」

















不思議な暖かさが私の胸を包んでいる。………何処かで、泣いている声が聞こえる。暗闇の中、わずかな灯火のなかで、大切に何かを抱え、膝をつき、肩を震わせて、泣いている女性。


『お願い、助けてあげて。』


子どもの声が頭の奥に響いてくる。


『本当は、みんなを幸せにしたかったの。』


子どもは、女性の側に寄り、その頭を優しく撫でていた。


『でも、たくさん嘘を吐かれて、進む道を間違えてしまったんだ。』


子どもは言う。


『お願い、どうか助けてあげて。本当は、誰も傷つけたくない、優しいお母さんなの。』


私は、暗闇の中に佇む、彼女に、手を伸ばす。その手を掴もうとした時…………









「……こ…………まこ!」


私は、ハッと気づき、声のした方向を向く。


「大丈夫か?体調が優れないなら、今すぐ医務室に連れて行くよ。」


「ご、ごめん。大丈夫。」


リベルトが私を気遣ってくれた。私は、大きな声のする方向を見る。


「ベルト!!貴様、よもやワーラット老まで独占する気ではあるまいな!!!」


「正気ではないぞ!!!」


「そう言われましても、ワーラット老ご本人の意思がございます。私目がどうとできるものでもございません。」


円卓の手前奥に座したワーラット老は話を始める。


「私はモルト王国に対して、忠誠を誓っております故、他国に赴く事は出来ませんが、ある提案を致しましょう。」


そう言うと、ワーラット老は杖を振り始める。


すると、景色は著しく変わり、いつの間にか、そこには眩しい日が辺りを照らし、山々に囲まれた広大な平原が現れた。馬や鹿、うさぎなど動物が活き活きとその場所を囲んでいる。


「な、なんだこれは!?」


「ど、動物まで………!?」


ワーラット老は馬を撫でながら、優しく微笑む。


「ここは森を追われた動物たちの棲まう平原。私のお気に入りの空間でございます。」


ワーラット老は続けて、皆に向かい言った。


「このような逃げ込める空間を、一国につき一つ、提供致しましょう。」


すると、王たちはおぉ!と感嘆の声を上げる。バード王国の王女様は、目をキラキラさせて、話し出した。


「わたしは!星の見える!綺麗な湖がいいわ!」


「お嬢、そんなこと言ったら、モルト王国の主張をすんなり認めてしまうことになりますよ。」


「えっ?どうして?」


「………………………。」


ベルヒムはいつものお嬢らしくて、いいなと思った。もはや清々しくなり、バード王国の未来を憂いた。


「それで我らに満足せよとでも?」


ワーラット老は髭を触り、王たちに話した。


「異空間を提供するとなると、モルト王国を除き、すべてで7つ。7つもの巨大な空間を作るとなると、私のほとんどの力を消耗してしまいます。恐らく、残るのは、一般魔術師に毛の生えた程度の魔力でしょうな。」


王たちはそれを聞き、少し考え込んだ。ロイド王は近衛の騎士に耳打ちする。


「これは本当か?」


「えぇ、恐らく。魔力に揺らぎがありません。」


嘘をつくと分かりやすい。魔力に揺らぎが出るのだ。そして、それは偽りようのない証である。


ロイド王は、一方的にモルト王国に主導権を握られた、この円卓会議において、いくつかの事態を危惧していた。


(むぅ………………。)


万が一、モルト国が、魔女を退けた場合、その強大な力を持ってして、世界を支配せんとする可能性。最悪の場合、その力を持って魔女と共謀し、世界を滅ぼそうとする可能性さえ。………そして。





「この異空間、まさか、こと様によって消滅させられる………などと言う事はあるまいな?」


ロイド王の、その言葉に他の王たちはザワつく。すると、ワーラット老はこたえる。


「心配ございません。精霊との契約により、得た魔力。それによって創られたこの空間は、私の魔力の根幹に根差しています。その根幹とは、精霊の泉。私が触媒として引き出せる魔力はその内のほんの僅かでございますが、空間に手を加えるとなると精霊様が大層、お怒りになられますな。それこそ、手を加えようとしたものに対して、神罰が下るでしょう。」


ワーラット老は青い空を見上げ、髭をさすり、横目でチラリと一瞬私の方を見た。


「まぁ、それができるとすれば神に近い力を持った、何か。もしくは、精霊や神の使いか。」


ギクリッ、と私は目を逸らした。


「何にせよ、この空間そのものが私自身の力を大きく超越しております。それに、精霊の力であるが故、私が死んだ後も、この空間は永久的なものとして、後世へと残り続けます。」


王たちはその言葉に安堵のため息を溢した。


「ですが、長時間この世界に滞在できるのは、契約者のみ。その世界に入ることができる、人数も限られております。」


王たちはワーラット老にたずねた。


「一体それはどれ程なのかね?」


ワーラット老は答えた。


「契約者は2人。世界に入ることのできる、人の数は、50人まで。それが限度でございます。」


王たちは再びザワついた。確かに、国の人たちがほとんど入れないとなると、本当に限られた一部の人たちだけになるのだろう。しかし、そうなると国内でも争いが起きかねない。


「故に、これはこの場におられる御仁のみの秘密とさせていただきたい。」


王たちはゴクリと息を呑み、ゆっくりと頷いた。そう、ワーラット老の話によると、この空間は、魔女の力すら届き得ない、この世で最も安全な場所の可能性があるのだ。


ワーラット老が杖を地面に叩くと、私たちは、元の世界へと戻った。王たちは先程とは違い、安堵の表情を浮かべている。


「何とか一先ずは、納得してくれたみたいだ。」


リベルトは力の入っていた肩をスッと落として、大きく息を吐いた。ベルトは、何故か目を細め遠くを覗っている。





その時だった。


バンッと、突然扉が勢いよく開かれる。





「た、大変です!!!!!」


尋常ではない様子の兵士の焦りように、王たちは立ち上がる。近衛の者たちも、一様に警戒する。



「竜騎士の軍が、こちらに侵攻しています!!!第一防衛線、突破されました!!!!」



王たちは、驚愕する。ロイド王の近衛騎士は大きな声を上げ、呼び掛けた。



「戦える者は集まれ!!!これより軍事同盟を結成する。王たちを何としてでも守るのだ!!!!」



騒がしく、城内が荒れる。


ベルトは、兵士たちに声をかけ可能な限り、民衆への避難と、戦力を集めることを指示した。



「まこ!こっちへ!」


リベルトは私に避難する様に言う。


「リベルト、私…………」


彼は、ハッとして立ち止まる、


「そうか、君も戦うんだね。」


すると、リベルトは円卓の間にある、剣をひとつ取り、私に言った。


「俺も戦う。」


ベルトはそれを聞き、慌てて、リベルトから剣を取ろうとする。


「なりません、坊ちゃま。今回の相手は、訳が違います。」


「それは父が死んだ時もそうだった。」


ベルトは、その言葉に、ハッとして顔をあげる。


「俺はもう、大切な誰かが死ぬのを見たくない。誰かが俺を守るために死ぬのなら、俺もその誰かを守るために戦って死にたい。」


「………それは、坊ちゃま。王の志として百点に御座います。」


すると、ベルトはリベルトの首をトンと手刀で叩く。リベルトは、気を失う。項垂れ身体を落とし、ベルトは優しくそれを受け止めた。そして、私の方を見て、リベルトは言った。


「まこ殿、坊ちゃまをお願いします。」


「わ、わたしも戦わなきゃ…………。」


ベルトは、優しい笑みを私に向ける。


「大丈夫でございます。ここにいるのは各国の精鋭ばかり………それに。」


ベルトはリベルトの握っていた剣を取り上げ、強く握りしめ、その手は震えていた。


「我が王を死なせてしまった自分に、ムカっ腹が立って仕方がないのであります。」


これまで見たことがないような、ベルトの怒りの表情。大気が震えるような、その迫力に、しかし、私は不思議な安心感を覚えた。


「坊ちゃまを頼みますぞ。」


「はい!」


私は、リベルトを抱えて、兵士に案内されるまま城の裏口へと駆けていった。ベルトさんが、この国にいるみんなが、力を合わせれば、どんな相手にも、きっと勝てる。私は、そんな気がするんだ。






















民衆の悲鳴が聞こえる。


竜の騎兵、上空を駆けるその選りすぐりのエリート達、先陣を切る、その尖兵が間もなく城内へと降りようとしていた。その数おおよそ、500。その強者達は、自分たちだけでモルト国を、都市を制圧するつもりでいた。



「何だと!?」



しかし、城前に立つは、たった1人。



「何者だ?」



竜の騎兵、その先頭、隊長ヤバルは垣間見る。その城門に立つ、たった1人。その背中に宿る、鬼の姿を。















先刻のこと。


「無茶です!!!」


兵士たちは慌てふためいていた。長らく戦線を離れていた、ベルト元騎士団隊長がたった1人で城門を出るのだと言う。


「本当にあなた1人でいいの?」


ロイド王国近衛騎士、ミレイユは正気の沙汰ではないと思った。何故なら、竜の騎兵といえば、元々、魔女の軍団に唯一対抗できると言われた超精鋭たち。その精鋭達が寝返った後、自らの王国を滅ぼした、その後は、大きな動きを見せていなかったが、しかし、ここで動き出してきたのだ。


「…………………。」


城の外を見る。暗雲が立ち込めている。


ここきて、仕掛けてくると言う事は、間違いなく、王たちがここに集まっていることを聞きつけて、決着をつけにきた、まさに総力戦という訳だ。そして、その尖兵ともなれば、一人ひとりが各国の主たる戦力として数えられてもおかしくない、超人の集団である。


(………冷静に考えて、勝てる訳がない。)


それなのに、熟練の剣士である彼は、向かうのだと言った。死ぬつもりか?いや、彼の顔からは一ミリも気負いなどない。やるつもりだ。たった1人で。



「ミレイユよ。あの男の戦う様を見たことがあるか?」


ロイド王が私に言った。


「いえ。」


私は答える。聞き及びはしたが、それは強いという噂だけで、その実力がいかほどかなどは知らなかった。


「私は、恐ろしい光景を、目にしたのだ。」









古き時代、あの者がまだ若騎士であった時のことだ。モルト王国に攻め入った当時最強と言われた、一国の兵団。その数、およそ五千。



「あぁ………来るな………来るなぁ!!!」



ブシャッと鮮血が飛び散る。私はまだ幼く、城の中で窓の外の様子を、ぬいぐるみを抱えながら、震えて見ていることしかできなかった。











誰1人門を潜れなかったのだ。


五千人の兵が、門前でたった一人の男に殺された。魔術も使わん、その男はたった一振りの剣を携えて、鬼となった。モルト王国騎士団団長ベルト………またの名を、鬼神のベルト。




「不運だよ。やつと相対する奴は。自分が斬られたことにすら、気づかないのだから。」















「たった1人とは舐められたものだな。」


「…………………。」


500の竜騎兵たちは降り立った。目の前には老兵1人。何ということもない、拍子抜けであった。


「ねぇ、私達、あんたらを滅ぼしにきたんだけど。………あんまり手応えないと、つまんないんだよねぇ。」


女の騎士はのびた髪をクルクル指で回しながら、気怠げに言った。


「隊長、あたしがやるよ。相手しとくから、先進んでよ。」


「……………………。」


ヤバルは、声を発さなかった。


「ねぇ、隊長ってば…………」


ゴトッ………と、何かの落ちる音が聞こえる。女騎士は視線を下にやった。


「……………はっ?」


グリンッと女騎士の首が180度捻じ曲がる。彼女が最後に見た光景は、隊長の首の無い胴体。そして、数瞬の内に鮮血を散らしたその場にいた半数の兵士たち。その亡骸だった。










ベルトは、剣についた血を払い飛ばす。後方にいた兵士たちは何が起こったのかも分からないまま、ただ立ち尽くしていた。


「な、何で…………」


ベルトはギラリと睨みつけて言った。


「これ以上無駄に命を散らしたくなければ、今すぐ侵攻をやめろ。これは警告である。」


すると、兵士たちは竜に慌てて乗り込み、空へと駆ける。ベルトが一時の退却に、ほっと息をつき安心したその時だった。



「むっ!?」




ベルトは、何かを察知する。


空から何かが、降って来る。





ブシャッ!!




空が赤に染まる。

遥か上空から降り注いだ1つの黒い流星は、その鎧を味方の血で赤く染め、城前に降り立った。


ベルトは久方の邂逅に目を細めた。


「久しぶりだな。ベルギルス。」


「話す事はない。死ね。ベルトよ。」
















城内、慌ただしい喧騒の中、兵士たちは侵攻に備えて、配備を進めていた。しかし、1人の兵士が立ち止まり、空を指さす。


「おい、何だあれは………?」


兵士が声をあげる。


「あぁ………あぁ…………!!?」


空を埋め尽くす、黒い大群。

その数、二万と四千。


住民達の悲鳴が上がる。もはや逃れようのない、災禍が目前へと迫っていた。竜などたった一体だけで、街が壊滅に帰すこともある、災害そのものの存在。自分たちでは、とても手に負えない。兵士たちの手が止まる。理解していたからだ。先の戦で失った戦力、そして、これからどうなるのかを。自分たちの無力さを。配備の手が止まる。打ちひしがれ、地面を叩き、悔し涙を流す者さえいた。


王都が、まさに、破滅の時を迎えようとしていた、その時だった。















《月(ムーン)の質量(バースト)》






竜の騎兵たちは月を見る。

空に現れた巨大なそれに、反応もできず、自由落下を始めた。騎兵たちが次々と地に堕ちる。


「うわあぁぁぁぁーーー!!!!!???」



落下した衝撃でよもや無事であろうはずがないのだが、否、騎兵たちは王都とは違い、果てしない水辺の空間に落下していた。死を覚悟した面持ちが、自然と晴れていく。


「ここは私の空間。」


兵士たちは、前を見た。


水面の月の前に映る姿、その様は、恐ろしくも、美しい、天罰を与えん神の姿と重なった。兵士たちは逃げようにも、一歩も動けない。今にも体が潰れてしまいそうなほどの圧迫感が、体から空気を奪い去り、呼吸すらままならなくなっていた。


「カ、カハッ!?」


ワーラットは彼らを見下ろして、言った。


「雨粒ほどの重さにも、耐えられんその身では到底敵うはずもなし。退け、弱き者たちよ。」


兵士たちは、気づけば王都の外へと放り出されていた。ワーラット老がいるなど、聞いていない。それに、まさか敵対しているなどとは思いもしなかった。勝てるわけがない。勝ち目のない勝負に身を投じるほど、愚かではない。まだかろうじて上空に残った仲間を尻目に、奇跡的に生き残ったことを、実感して、彼らは一目散に逃げ出した。












「な、なんだ………!!?」


当然の仲間の大量消失に、残された兵士たちは大きく動揺する。しかし、先頭の軍隊長は檄を飛ばす。敵陣の真っ只中、もはや退く選択肢はない。


「怯むなぁ!!行けぇー!!!」


その様子を見て、ワーラット老は髭を触り、目を細めその様子を眺めた。


「ふむ。今の儂の魔力ではここまでか。いくら私の空間とはいえ、2万が限界でしたな。あとは頼みましたぞ。強き方々。」




















「……………まこ?」


城の中枢、柱に寝かせたリベルト王子は、目を覚ます。城が揺れ、戦闘が行われていることが分かった。目の前には、英雄、まこがいた。本来ならばすでに戦線に立っているはず。私を、守る為に、ベルトが、国のみんなが犠牲になってくれているんだ。あの時も同じ。ベルトが真っ先に私など庇わずに向かっていれば、もっと犠牲者は少なかっただろう。


リベルトはよろけながら、立ち上がる。


「リベルト!」


支えようとするまこを、リベルトは、手で制した。そして、体をまこの方へと向き直り、片膝をついて、頭を深く下げた。


「まこ。お願いだ。どうか………どうか、みんなを救って欲しい。わたしは、自分の身は、自分で守る。だからどうか、ベルトを、みんなを助けに行ってやってくれ。」


まこは、リベルトの強い眼差しを受け止め、ゆっくりと頷いた。すると、バンッと大きな音とともに、扉が開いた。


「まこ!リベルト!大丈夫か!?」


カラルが額に汗を浮かべ、血相を変えて、飛び込んでくる。カラルは状況を見て、すぐに察する。そして、まこに言った。


「リベルトは俺が見ておく。まこは行ってくれ。」


「…………分かった。」


リベルトは、眉間を顰め、悔しそうに俯いた。


「すまない。カラル。」


カラルは、言う。


「大丈夫だ、リベルト。俺たち一人一人が、自分の成すべきことをすれば良い。今は、耐えるんだ。それが君の王としての役目だ。」


「カラル……………。」


「今は祈ろう。みんなが、無事である事を。」


リベルトは、上を向く。そして、カラルに言った。


「…………あぁ。ありがとう、カラル。」


わたしはその様子を見て、安心し、扉の向こうへと向かう。扉を出て行くと、城の天井が崩落し、瓦礫が重なっていた。よく見ると、ひとりの兵士が下敷きになっている。わたしは、それを見てすぐに駆け寄った。


「うぅ………英雄様。」


「もう大丈夫よ。今助けるから。」


すると、彼は、すかさずこう言った。


「いいのです。早く、行ってください。」


兵士は、私の目を、強い意志の宿った眼差しで、見た。


「国には、友がいます。妻がいます。子どもが………います。だからどうか、一刻も早く向かってください。」








「ここはあたしに任せてくださいまし!!」


声が背後から聞こえた。階段の上。そこに、彼女は立っていた。彼女は、円卓の間で見かけたバード王国の王女だ。彼女は素早く階段を降り、私達に、駆け寄る。そして、瓦礫をそのか細い腕で精一杯持ち上げようとした。



「お嬢、本当に無茶しないでくださいよ。」


すると、その執事と思われる男が何処からか現れ、瓦礫をグッと持ち上げる。瓦礫は持ち上がったが、それでも兵士が這い出るには、まだ足の上に瓦礫が積み重なっていた。


「…………何故私がこんなことを。」


背後から影が現れ、その人物は自らの身体を瓦礫の間に差し込み、雄叫びをあげて、持ち上げた。その人物は、ロイド王であった。ロイド王は、強い眼差しを私に向けてこう言った。


「行け!英雄よ!お前の力が必要だ!!ミレイユを助けてやってくれ!!!」


「…………はい!!!」


私は強く頷き、駆ける。


兵士が指を差し、案内してくれる。そして、私は、城の入り口を出た。すると、目の前に広がる光景は、ミレイユや多くの兵士たちが傷つき、ボロボロになりながら、竜の騎士たちと剣を交える姿だった。


すでに満身創痍となった、ミレイユの元へと私は向かう。すると、ミレイユは私に気付き、大声を張り上げた。


「私たちはいい!行け!!ベルト殿が、黒騎士のベルギルスと戦っている!!助太刀に行ってくれ!!」


「でも…………」


「でもも、クソもあるか!!!救えるのは、お前しかいないんだ!!!いけぇ!!!!」


ミレイユは剣を押し返し、雄叫びをあげて、竜とその騎士たちに立ち向かっていく。


私は、歯を食いしばって戦場を駆けた。城の中で笑っていたみんなが、血を流して倒れている。溢れそうになる涙を拭い、私は城門まで辿り着いた。


門を開ける。


「ベルトさん!!!今助け…………」













目の前にはベルトさんの姿があった。

後ろを向いていて、よくは分からないが、とにかく無事でよかった。


「ベルトさん!!」


ベルトさんは、ゆっくりと顔だけをこちらに振り向き、震える声で言った。


「まこ、殿。すみま……せぬ。」


「えっ…………?」


その身体はゆっくりと倒れる。倒れた彼の身体からは、夥しい量の血が流れ出て、地面を赤黒く染めていた。


「つまらん。」


ベルトさんが倒れたその先には、黒鎧の騎士がいた。鎧の間から覗く眼光は、空間そのものを射抜くように鋭く、私の体を震えさせた。


黒騎士はベルトさんの前まで歩み、剣を掲げる。


「終わりだ。」














ガキィンッ!!




火花を散らした激しい音が響く。


「な、なに!?」


黒騎士の剣を持つ腕は弾かれ、その懐はガラ空きになっていた。


間一髪間に合った。ペンダントを握り、想いを込め、変身した。そして、ベルトさんに向かって、振り下ろされる、剣を腕で弾いた。


「ここからぁ、出ていけぇーーー!!!!!」


黒騎士の鳩尾に一撃を叩き込む。


「……………ッッ!!?」



ドガァンッ!!



黒騎士は吹っ飛び、レンガの壁に激しく叩きつけられる。瓦礫がガラガラと音を立てて、崩れ落ち、黒騎士の姿は見えなくなる。


私は、すぐさま下にいるベルトさんを見て、声をかけた。


「ベルトさん!!」


「ぐ、ぐふッ………まこ、殿………。」


酷い出血量だ。

私は、ペンダントの中にいるモコを呼ぶ。


(お願い。モコ。ベルトさんを安全なところまで連れていって。)


すると、ペンダントは瞬く間に光に包まれ、その光の中から、モコが現れた。モコは、私と目が合うと頷き、ベルトさんを連れて、城の中へと駆けて行った。




間も無く瓦礫から、黒騎士が立ち上がる。そして、私に問うた。


「貴様、何者だ?」


黒騎士をキッと睨みつけて、私は答えた。


「普通の女の子よ!!あんたたちのせいで国がめちゃくちゃじゃない!!ただ幸せに暮らしたいだけの人たちが、そのみんなの幸せを願って一生懸命頑張ってる人たちが、どれだけ辛い思いをしてるか、あんた分かってるの!?」


私は、黒騎士を指差して言う。


「絶対に許さない!!!私が、ぶっ倒す!!!!」


黒騎士は鎧の奥からニヤリと笑みを覗かせる。


「やってみるがいい。」















崖の上、小さな墓に、静かな風が吹く。


『……………………』


その墓の隣で女性は一輪の花を手に携えて、ただ1人、彼の帰りを待っている。あの日から、ずっと変わらない。


ただ一言、生きていた頃と同じように言いたかった。


『お帰りなさい。』
















黒騎士が駆ける。強力な振り下ろしを私は間一髪、跳んで、かわす。その一撃で、地面に大きな亀裂が入り、地面を伝い、城の壁を粉砕した。私は、上空から踵落としを黒騎士に突き刺そうとするが、黒騎士はそれを剣の側面で受け止める。


「むっ!?」


しかし、踵落としの衝撃で、地面に大きくクレーターが空き、黒騎士は大きく後ろにのけぞった。私は、その隙を見逃さず、拳をその鎧に叩き込む。


「うおりゃあぁぁぁーーーーー!!!!!!」


黒騎士は、再び剣を盾にしたが、剣を拳が貫く。そして、それは黒騎士の胸部にヒットした。


「グゥゥ……………ッ!!」


黒騎士は、足を踏ん張りながら耐えたが、ズザザザッ、と地面を引き摺って、大きく後退し、ガクッと膝をついた。彼は言う。



「まさか、ここまでとは。」



私は拳を握りしめ、言った。


「あんたが何者か知らないけどね、こんなことする理由くらいちゃんと説明しなさいよ!そしたら、あたしがその性根、叩き直してあげるわ!!!」


すると、黒騎士は不敵に笑う。


「フフッ、面白い。」


黒騎士は折れた剣を捨て、空を仰ぎ見た。すると、空から神秘的な竜の鳴き声が響き、雷鳴が激しく、轟く。空が瞬く間に暗くなり、その雲間から黒い龍が現れた。


黒龍は、黒騎士の背後へと降り立ち、その口に携えた大槍を黒騎士に手渡す。そして、主をその背に乗せた。


「理由、か。俺に勝つことができれば、教えてやろう。」


不敵に笑みを浮かべ応える。


「勝つわよ。当然。」















モルト国、街の外れの崖上に、ひとりの女性が佇んでいた。漆黒のドレスに身を包んだその美しい女性は、崖の頂上から彼らを見下ろす。彼女は天使が遣わしたという、マキアを見定めていた。果たして、彼女は主人(あるじ)を救い得るのか、と。


「…………………………。」


彼女は静かに待つ。勝負の決する、その瞬間を。















黒龍が前足を大きく振り上げ、吠える。そのあまりの咆哮に私は耳を塞ぐ。片目を開けて見ると、黒騎士が大きく槍を掲げている。黒竜の着地と共に、勢いよく振り下ろすつもりだ。


(まずいっ!!)


私は、振り下ろされたそれを、あえて前に踏み込んでかわした。そして、大槍の柄を両手でガッシリと掴み、力を込める。


「ムッ!?」


そのままわたしは、黒騎士を背負い投げの要領で、放り投げようとした。黒騎士は鋼でできた手綱を握りしめて、粘る。


「おぉりゃぁーーー!!!!!!!!」


黒龍の足が浮く。そのまま私は黒騎士ごと巨大な黒龍の体躯も持ち上げて、地面に背負い投げる。


ドォーンッ!!という激しい衝撃音とともに、砂塵が吹き荒れ、姿が見えなくなる。


すると、砂塵の中から、翼を広げた黒龍が、空を飛んで現れた。



「……………………………。」



黒騎士は無言で私を見る。そして、大槍を空に掲げると、雷鳴の音と共に、言葉を発した。








『雷鳴(トール)』






空が光に染まる。その光は私の上空に収束し、一本の槍となって降り注いだ。



「死ね。」






私は、思い出すベルトさんの言葉を。




(『人が人を救いたいという想い、そして自らを犠牲にしてなお、救いたい誰かがいる。そんな時、奇跡が起こるのです。』)



リベルトの言葉を。



(『俺はもう、大切な誰かが死ぬのを見たくない。誰かが俺を守るために死ぬのなら、俺もその誰かのために戦って死にたい。』)



ベルトさん、リベルト、そしてみんな。救いたい。当たり前の、笑い合えるそんな日々の幸せを願って、必死に頑張ってるみんなの力に、私も、なりたい。




私は、身体を目一杯外に逸らした。間一髪、その落雷をかわしたように感じたが、左足に痺れを感じる。避けきれなかった。倒れそうになる体を、左手を地面につき、何とか留める。


(しまった、動けない!!!)




瞬間、それを逃さぬように黒龍が飛来する。黒騎士は大槍を振りかぶった。




「とどめだ。」




私は、歯を食いしばり、目一杯倒れかけの姿勢のまま、右足を思いっきり、振り上げた。


「うおぉあぁぁぁぁぁーーー!!!!!!!」


必死に戦うみんなの声が、想いが伝わってくる。

絶対に壊させない。私が、死んでも守る!!!!











ガキィン


振り下ろされる槍を渾身の力で踏み付けた。槍は地面に突き刺さり、黒騎士はそれを見て私に言った。



「見事だ。」




ゴッ!!!



そして、その頬に私は、右から拳をぶち当てる。黒騎士は吹っ飛び、勢いよく地面を転がった。




「はぁ、はぁ……………」


私は肩で息をして、地面に両手をついた。


(終わった…………。身体が、重い。)



意識が段々と、遠退いていく。












ザッ………と、目の前で足音がする。



何とか顔を上げると、そこにはあの時見た、女性が立っていた。城下の花壇の前にいた彼女。黒いドレスを着た、堕天使のような風貌の、美しい女性。女性は懐から、そっと剣を取り出す。そして、恐ろしく冷たい目でその剣を、私に振り下ろした。



(ぐっ………………!?)



私が、もうダメだ。と、思わず目を閉じた、その時だった。





ガキィン………と目の前で、音が鳴る。


私は自分の身体が何ともないことに気づく。そして、閉じていた目を開けた。






「……………えっ?」



目の前には、折れた剣で受け止める、黒騎士の姿があった。左手はダランとさせ、折れているようだった。



「何のつもりだ。」



その女性が問う。



「それはこっちのセリフだ。レインゼイム。」



黒騎士は答える。そして、力を込め、レインゼイムという名の女性の振り下ろした剣を振り払った。



ベルギルスは言う。




「勝負は決した。俺は負けたのだ。」



レインゼイムは言った。



「なら、脅威となり得るものは、私が仕留める。」



「そうはさせぬ。」



すると、黒騎士は折れた剣をレインゼイムに向けた。



「俺は、この娘に未来を見た。…………そして、それはベルトも同じ。かつて、トーレと誓った約束を、今ここで果たそう。」




黒龍が空に吠える。

黒騎士は折れた剣を空に掲げる。


すると、折れた剣に雷が落ち、それは形を変えた。











『雷鎚(ミョルニル)』




剣が、雷を纏った大鎚に姿を変える。


レインゼイムは溜息をつく。

そして、剣をおろした。


「愚か者。それは命を賭した最後の技。何故そこまで、この娘に賭ける?」


すると、黒騎士は、言った。


「争いのない世界。トーレは望んでいた。国に裏切られ、全てを失い、それでもなお、トーレと話し合ったあの夢だけは、忘れられなかった。」


彼は微かに振り向いて、私を見る。


「お前は、トーレに似ていると………ベルトは言っていた。今、ならその意味が、よく、分かる。」



ベルギルスは、大鎚を振り下ろした。


「さらばだ、レインゼイム。」







「くっ………………!?」






レインゼイムは間一髪で跳び上がる。激しい稲光が前方で煌めき、彼女は姿を消した。そして、静寂が辺りを包みこむ。



「ぐっ…………!!?」



ベルギルスは、膝をつく。


「そんな、どうして………?」


彼はこちらを見て答える。


「過ちは己で精算する。最も、この先は地獄で………だが。」











『あなた。』



ふわりと心の柔らぐ声。その声の主は、光に包まれて、彼の前に立っていた。



「……………トーレ。」


彼は歩み寄る、彼女に信じられないという表情をして、呆然としている。彼女はしゃがみこみ、彼の頭を優しく撫でる。


『バカね。本当に。………お疲れさま。よく頑張ったね。』


「トーレ…………トーレっ!!!!」


『さぁ、行きましょう。』


彼女は、彼の手を取る。そして、私に優しい笑顔を向けて、言った。


『ありがとう。この人を救ってくれて。』


そして、彼女は暗い闇へと進む。

涙を手で拭い、青年の姿でベソをかきながら歩く彼と、そんな彼と手を繋いで、嬉しそうに笑う彼女。


きっと、彼女たちはどこに行っても、2人でいれさえすれば、幸せなのだろう。暗がりから差す一筋の光が、国を照らした。





 









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― 新着の感想 ―
こんばんは!いつもお世話になってますm(_ _)m 超大作ですね!びっくりしました!( *´艸`) いらぬお世話かと思いますが、少し話を分けると読みやすくなるのでは?と思いました! 何処に焦点を絞って…
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