行動計画1
「どうして文明崩壊するようなプロジェクトを動かそうとしている人がいるわけ?」
アナは納得が行かないという様子でミチルを振り返る。
「ああ、そこならわたしから説明できるわ。単純にプロジェクトを動かしている人が知らないだけなのよ」
「馬鹿なの?」
「フェロちゃんの存在が理解されていないんで、ただの新発見エネルギーだと思われてるらしいのよ」
「それなら、そう説明して止めてもらえばいいじゃない」
「その説明って誰が誰にするの?」
ミチルは逆にアナに質問を返す。
「ああ、そうなっちゃうのね」
アナは一人、合点した。
「あのー。そこのところ俺にも解りやすく説明してもらえませんか」
大地がおずおずと手を上げる。
「ああそうですよね。つまりこういうことです」
ミチルはアナに向けていた眼を狼男に向けなおした。
「プロジェクトを進めている企業がどういう経緯で、フェロちゃんからエネルギーを吸い出せることを発見できたのかの経緯は知りません。ただ私とその企業の違いは、私がフェロちゃんと対話できることを発見したのに対して、企業はフェロちゃんをエネルギーの塊として捉えたということです。対話が出来ることを知らずにエネルギーを取り出す方法だけを研究したんだと思います。その結果がフェロッソフなんです。問題はフェロッソフを固定化するために既に億単位の予算を動かしていることです。彼らにしてみればそれ以上のものを絶対に回収しなくてはならないわけです。そんなところに一介のプログラマーである私が、『危険だからやめましょう』なんて言ったって誰も聞いてくれないってことです」
「それなら俺たちの上とか、サキュバスの上から話をするとかすれば、何とかなりそうな気もするが」
「それって絶対無理でしょ。あんたたちの言う事、上が聞いてくれるの? あたしたちの方もそれは考えられないわ。それにそもそもさ、サキュバスや狼男の上って力持ってないでしょ。単なる汚れ仕事を請け負うだけの組織じゃない。そんな所の話を政治屋が聞くわけないわよ」
志茂田隊長の提案はアナに一刀両断されてしまった。
最終的に今回の狼男とサキュバスの会合は、『狼男のヨシダチームがミチルとフェロちゃんに全面協力する』という約束を取り付けたところで、終了とすることにした。
ミチル側でまだフェロちゃんからの情報をまとめ切れていないこと、ヨシダチーム側の全体への指示が纏まっていないことで、それ以上話を進めることが難しかったためである。
今日は1月7日、世間は正月気分も抜けて平常運転に戻っている。
情報交換は少人数でまとめた方がよいだろうということで、サキュバス側からミチルとアナ。狼男からは優雨丞と大地が代表としてミチルの部屋に集まっていた。
ミチルの家ならば既に優雨丞が訪れた事もあり、解りやすいという点から選ばれた。
「フェロちゃんは、ありとあらゆるネットワーク上のデータを把握している筈なんです。それでもこちらから聞きださないとうまく出てきません。どういうことかというと、フェロちゃんにとっては全部空気みたいなものなので、意識下に上がって来ないらしいんです。だからわたしの方から、一つづつ引き出してあげないと情報が出てこないんです」
「それは厄介だな」
「なので、そこはそういうものだと思っていてください」
ミチルは4人分のコーヒーをテーブルに並べた。
ミチルとしては、この部屋は近いうちに引き上げるつもりでいた。それならば使えるうちに使っておくのも悪くはないだろう位の、軽い気持ちで場所の提供をしたのだ。しかしいざ人を招き入れるとなると、生活感がそこかしこに残っていて、前日からアナと2人で泊まり込みで片付をする羽目になってしまった。
案の定、優雨丞は周りを気にしないように振舞っているが、大地は部屋に入った直後から興味津々という雰囲気を隠しきれていない。
ダイニングのテーブルはもともと壁につけて使っていたのだが、中央に引き出して4人が座れるようにしておいた。
「先に俺たちの方の報告をしておこう」
優雨丞は淹れたてのコーヒーをありがたく頂く。狼男が体力的に優れているとはいっても、この寒い季節にバイクでミチルの家まで飛ばしてくるのは少々こたえていた。
「まあ、サキュバスとの協力という点に関しては、いろいろ言う者もいたが、今までの上層部の煮え切らない対応に思うところもあったので、意外と素直に受け入れてもらえた。ミチルさんとアナのことを皆一度は見ていたということもあるが、陽明町で新しく発見されたフェロッソフ調査の際に、サキュバスに協力してもらったという事実が大きいだろう。とりあえず志茂田隊長の指揮下で、何かあれば動くという確約は取れている」
「ありがとうございます」
「それ以上に大きな成果が、上からの指示よりミチルさんの指示を優先するという事への了解を取ったことだ」
「へぇ、そんなことよく出来たわね」
「耶麻人さんが最後まで抵抗してましたけどね」
大地がうれしそうに笑った。
「なんか、考えてたより責任重くなってきちゃいましたね」
ミチルの言葉が重くなる。
「まあ、狼男は単純バカの集団だ。納得すれば命令系統なんて関係ないからな」
「優雨丞は自分の事そこまで言っちゃうんだ」
「事実なんだから仕方ないだろう」
アナと優雨丞が、本気で笑いあう姿を見たのはこれが初めてのような気もする。こういう機会が得られただけでも、悪くは無かったのかもしれない。
ミチルが事前にフェロちゃんとまとめた具体的な行動案を説明する。
「フェロちゃんはデータとして上がっている部分の確認しかできません。お金の動き、書面の流れとその内容までです。プロジェクトに関わっている人物に関しては、責任者の名前は確認できるのですが、実際に誰がどのような動きをしているのかまでは把握できていません。つまり簡単に言えば現場がどうなっているのかは一切不明という事なんです」
「それはかなりきついな」
優雨丞が眉をしかめた。
「そうなんです。しかしサキュバスならその主要なメンバーを捕まえて情報を聞き出すことはできます。しかし動けるのは夜だけ。しかもどうやって誘き出すかということになります。そこで力業を狼男に頼みたいんです」
「つまりこうだな、俺たち狼男が指示された男を捕まえる。捕まえた男をサキュバスが尋問する。男は記憶を操作されているから放免されれば足は付かない」
「簡単に言うとそういう感じです。主要なメンバーのリストはすでに出来上がっています」
ミチルがタブレットをテーブルの上に置いた。
「この中に女性が2人入ってるな。これはどうするつもりなんだ」
優雨丞がリストから目を上げると、ミチルの目を訝し気に確認する。
「…その2人わたしが対応します」
ミチルがちょっと口ごもると、優雨丞は納得がいかないという表情になる。
「ミチルはね、他のサキュバスとは違うのよ。女性専門なの」
「ちょ、ちょっと、アナ! 変な言い方しないでよ」
「どういう事なんだ?」
優雨丞は益々訝しそうに眉をゆがめる。
「あら本当のことなんだから仕方ないじゃないの。ミチルはちょっと特殊なのよ。簡単に言えば本当に女性専門で、男にはその力が使えないの。これってサキュバスの間でもまだ内緒なんだけど、この際このメンバーの中では仕方がないって、昨日話して。本当に初公開なのよ」
ミチルは真っ赤になって俯いている。
「もう一つ付け加えておくと、昼間の行動も可能なの。だから明るいうちに狼男を抱えて運ぶことだってできちゃうのよ。本当に規格外なんだから…」
そんなに見るな! と叫びたいミチルだった。
「そう言う事なので、それを前提に計画を立てます。それとわたしの件は内緒なので志茂田隊長以外には伝えないでください」
耳の熱さが引かない…。




