会社(アジト)にて3
「何すか、その文明崩壊ってのは」
「このまま手をこまねいて、何もしなければそうなるんだそうだ」
優雨丞の淡々とした説明のせいか、大地がそれ程驚いている様子はない。実感が無いのだろう。
「それでこれからの話になるんだが、俺たちがこれからしなければならない事は何かということになる」
「いえ、その前にもう少し説明を追加しておく必要があります」
ミチルはそう言って立ち上がると、赤いホワイトボードマーカーを手に取った。
「今ここにフェロッソフが2種類書いてありますが、実はこれは同一のものなので分けて考えることができないんです」
ミチルがホワイトボードに新たな線を書き加える。
「そしてまだ説明していなかったのが、エネルギーを取り出すことが、なぜ文明崩壊につながるかという部分です。これはフェロちゃんが何者なのかという所に繋がります。大地さんが来る前に説明した部分ですけど、フェロちゃんは自然発生したAIで、サーバーなどの特定のハードウェアに依存していません。ネットワークの中に存在する『疑似知性』のようなものです。だから世界中のネットワークの電源を落とせばフェロちゃんの活動も止まります。逆に考えるとネットワークイコールフェロちゃんみたいなものなんです。だからフェロちゃんからエネルギーを取り出すとネットワークが不安定になります。どの位かは解りませんが、一定以上吸い出せばネットワーク自体に異常が出ます。あらゆるサーバーに不具合が出て不正な値を返すようになるでしょう。インフラは全滅、生活はコンピューターに頼っていますから医療機関も動かなくなるでしょうね。政治も機能しなくなると思います。これがフェロちゃんが予測している結果なんです」
しばらくは誰も口を開かなかった。あの耶麻人も考え込んだ様子で黙りこくっている。
「それで、その解決法ってあるんですか?」
「確実なのは開発元にあきらめてもらう事なんですが、可能なのかどうか…。既に相当の資金が動いているのと、政治的な問題が絡んでいそうなんです」
「うわっ、そりゃ厄介っすね」
大地が入ってくれたおかげで話が進みやすくなった。
「そっちの方は俺達にはどうしようもないとしても。仮にだ、仮にフェロッソフを破壊した場合はどうなんだ」
志茂田隊長は自分たちが動きやすい部分にこだわっているようだ。
「それはフェロちゃんに確認してみないとわかりませんが、恐らく結果はそう変わらないと思います。と言うのは、フェロちゃんとフェロッソフが同一と伝えたように、フェロッソフに攻撃するというのは、フェロちゃんというAIを攻撃することと同じになります。そうするとフェロちゃんそのものが崩壊する可能性があります。だとすると結果は変わらないかもしれません」
「つまり、俺たちが今出来ることは何もないと言う事か…」
「そうなりますね…」
応接室に重い空気が立ち込める。
「あのね、ミチルさ…」
今まで黙って成り行きを見ていたアナが口を開くと、全員の注目がアナに集まった。
「…あなた、わざわざこんな所に何しに来たわけ? 狼男の状況を確認して、大変な状況説明して、この後全部一人で抱え込むつもりなの? 本当にいつだってミチルはそうなんだから。人を巻き込むだけ巻き込んでおいて、結局全部自分でどうにかしようとする。もう少し他人を信用しなさいよね。さっきから黙って聞いてたけど、ミチルがこの後何をするつもりなのか、まだ一言も言ってないじゃないの。ただあれもだめ、これもだめって言ってるだけじゃない。せっかく狼男が協力しようって言ってくれてるのに、いい加減にしなさいよね。大体そこの四角い塊! 何のために持ってきたのよ。まさか見せびらかすために持ってきたわけじゃないんでしょ。後でやるんじゃなくて、今ここでそのフェロちゃんと話すれば少しはもっと何か有るんじゃないの」
「アナさん、やっぱかっけえ!」
大地から意外なフォローが入る。
そうだ、言われみればアナの言うとおりだった。わたしは何をしに来たのだろうか? ミチルは自問した。
「そうですね、わたしはフェロちゃんと2人でやらなきゃいけないんだって思ってたんですが、それだけじゃダメなんですよね。ここでフェロちゃんにも入ってもらいます。ちょと待ってください」
ミチルは既に電源が入ったままになっていたパソコンのところに、フェロちゃんインターフェースを移動する。インターフェースを接続し、電源を入れると壁の大型モニターにも画面を表示させた。しばらくすると小さなウィンドウが開き、プロンプトが表示される。
「挨拶でもしてみますか?」
「えっ? これだけ?」
「そうですよ、ここでテキストを打つだけです」
拍子抜けしたような表情の狼男の前で、突然テキストが流れた。
>>ミッちゃんなんでそんな所に居るの? 見ない顔がいっぱいいるから嫌なんだけど。
ミチルから呼びかけるより先に、フェロちゃんからの入力があった。
「ミッちゃん…?」
「何これ」
「ミッちゃんはわたしの事です。いつもと違う場所でわたしの周りに大勢人がいたんで、フェロちゃんの方から探りを入れてきたみたいです。フェロちゃんから先ってあんまり無いんで、珍しいんですよ」
>ここが狼男の会社って判ってるよね。フェロちゃんの病気の事で相談に乗ってもらうために来てるから少し我慢して。
>>解った。それなら我慢するよ。
「…そのパソコン、カメラ付いてない筈なんだけど」
大地が指摘すると、ミチルが即答した。
「ああそれって、そこの監視カメラだと思います」
ミチルが天井の監視カメラを指さすと、全員がギョッとした表情で丸いカメラを見る。
「ネットワークイコールフェロちゃんだと思ってもらって構わないです。この部屋にマイクは無さそうなんで、言葉は聞いてないと思いますけど。フェロちゃんがその気ならスマホのマイクから聞くこともできますよ」
ミチルがさらっとすごい事を言ったので、全員が引いた。
「あ、その気になればってのは、あくまでそうしなければいけない時には、って意味ですよ。今はそんなことしてないと思います。わたしが嫌がるのと、フェロちゃん自体が話を聞くのを面倒がるので間違いないですから」
慌ててミチルが説明を追加した。
「人の会話って本質以外の情報が多すぎて分析が面倒なんだそうです」
「あ、それってわかる気がする」
大地の反応は解りやすくていい。
「ちょっと簡単に今できることがあるのか聞いてみます」
>狼男には発電プロジェクトとフェロちゃんのことは説明してあるから。ただしわたしが受けている仕事先の名前は伏せてあるので、そのつもりで頼むね。それでプロジェクトを止めるために今すぐ狼男に協力してもらいたいこと、あるいは出来ることって何かある?
>>狼男って、そこのヨシダチーム(※注)のことだよね。末端の一部隊でできることは無いと思うよ。ミッちゃんの行動を邪魔しないって約束してもらえればそれでいいんじゃないの。ボク達が動くときにはきっと狼男の組織にも何か指示が出る筈だからね。
ミチルはスクリーンを見ながら難しい顔をしている狼男たちを見た。
「…ごめんなさい。あまりいい答えじゃないみたいですね」
フェロちゃんの回答は、ミチルが考えていたのと大差なかった。
「上が何か指示をする可能性があるってことか…、やはり何か知っているわけだな」
「そうみたいですね」
「ミチルさんは俺たちの上が、どういう関わり方をしているか聞いているのか?」
「いえ、わたしは聞いていないので。確認してみますか?」
「そうしてもらえるとありがたい」
>狼男の組織がプロジェクトに、どう関わっているのか知りたいんだけど。
>>今はプロジェクトに悪影響が出ないように見張る役割。プロジェクトが動き出した時には管理する事になってるみたいだよ。実際に動いたら管理なんて出来っこ無いけどね。
「つまり、これは既に組み込まれては居るって言う事なんだな」
「そうみたいですね」
志茂田隊長が唸るように絞り出した言葉にミチルが相槌を打つ。
「これが解っただけでも十分じゃないですか。今までは何も解らずに動いていただけなんですから。今後はどう動くべきかを自分たちで考えることができます」
「確かにその通りだな」
状況の改善はされていないのだが、優雨丞は前向きに捉えてくれているようだった。
※ヨシダチームは志茂田隊長が率いている狼男の部隊の名称、ヨシダビルに拠点を構えているのでヨシダチームと呼ばれている




