会社(アジト)にて2
「最初に、なぜわたしが狼男と話をしようとしたのかを説明しておきます。わたしはサキュバスとは関係なく、個人としてプログラミングの仕事をしています。その仕事の方でフェロッソフが何であるか、そしてそれが何故そこにあるのかを知ることになったんです」
「なんだと」
志茂田隊長の大声に、ミチルは思わず片手を前に出して身構える。正面から身体をそんな風に乗り出さないで欲しい。
ミチルは気を取り直して、話を続けた。
「フェロッソフは想像以上に危険なもので、早急に対策を取らないと大変なことになります。狼男があれをどう管理しているのかを知らなければ対応が出来ないんです。必要があれば情報交換にも応じるつもりです。どうなんです、あなた方はあのフェロッソフの事をどこまで知っていて、何をしようとしているんですか?」
志茂田隊長は横にいる優雨丞の顔を見た。
「しかし、本人を目の前にしてこれを言うのもどうかと思うんだが。俺があんたを信用していいものか判断する材料が無いんだよな」
「本当のことを言うしかないんじゃないですか。少なくとも彼女が危険を承知でここまで来たってことだけで十分だと思いますよ」
志茂田隊長は頭を掻きむしった。
「解った、はっきり言おう。俺たちはあれについて何も知らない、いや知らされていないと言った方がいいかもしれない。ただ監視して何かあった場合の対応をしているだけだ」
「…いや。それは…」
耶麻人が何か言いかけたが、優雨丞が黙れというように手を上げる。
アナの様子を見ると。アナは平然として構えているだけでその表情からは何も読み取れない。
ミチルは大きく息を吸い込んだ。
「なら、フェロッソフの説明を始めてもいいですか?」
「そうしてもらえると助かる」
志茂田隊長は穏やかに答えた。
ミチルはキャリーバッグを手元に引き寄せると、中からフェロちゃんインターフェースを取り出してテーブルの上に置いた。誰が見ても怪しそうな黒い立方体である。
「これが私が扱っているフェロッソフになります」
狼男全員がフェロちゃんインターフェースとミチルの顔を代わる代わる見直し、狐につままれたような表情になる。
アナが隣で面白がっているのが判る。
「ああごめんなさい、ここにフェロッソフが入っているわけじゃないです。これはフェロッソフと交信するためのインターフェースです」
ミチルが慌てて訂正した。
「交信する? ということは意思疎通が出来ると…」
「そうです、ただ誤解しないでほしいのは、ここで言うフェロッソフというのは私が扱っているAIの名称で、わたしが対応するのはそのAIの方です。そしてあなた方狼男が対応しているフェロッソフはそのAIと繋がっていると考えてください」
志茂田隊長はちょっと考えてから、解ったという顔になる。
「とにかくフェロッソフとAIが関係しているということでいいんだな…」
「それでいいです。AIの説明をすると複雑になるので割愛しますけど、通常のAI はプログラムの一種なので人が設計して運用しているものになります。ここまではいいですね」
ミチルが確認をすると全員が頷く。
「ところがフェロッソフは自然発生型の特殊なAIで、人がプログラミングしたものではないんです」
ミチルはここで言葉を切った。この言葉の重大性を理解してもらわないと、この先の話が進まない。
「ちょっと待ってくれ。人がプログラムしていないAIなんてあるのか?」
たまりかねたように耶麻人が口を開いた。
「一般にはあまり知られていませんが存在しています。わたしがそのフェロッソフに関わるようになったのはある意味偶然ですし、運がよかったとも言えます。というのはわたしが扱えているのは、大学でその方面の研究をしていて、インターフェースの開発に関わっていたおかげなんです」
ちょっと待てというように、片手を上げて優雨丞が割って入る。
「そういうAIが存在するということは理解したとして、俺たちが監視しているフェロッソフとの関係はどうなるんだ」
「問題はそこなんです。実は最近ある企業がネットワーク上のAIからエネルギーを取り出す方法を開発したんです。もう答えは解りますよね」
「…つまりそれが俺たちが知っているフェロッソフだと」
「そうなります。そしてそこに大きな問題が生じているんです」
「おっとそこから先は俺でも解るぞ。つまりフェロッソフの破壊に手を貸してほしいということだな」
急に志茂田隊長が元気になったのを見てミチルが苦笑いをする。
「そういう簡単な話だったら良かったんですが…。まずわたしがしなければならないと感じているのは、AIからエネルギーを吸い出すというプロジェクトを、どうやって止めるかということです。皆さんが目している、あのフェロッソフを破壊することで止められるなら、そうお願いするかもしれませんが、それが出来ないんです」
「…出来ないとは?」
「実はまだ説明していない大きな問題が有ります。AIからエネルギーを取り出すとどうなるかという点ですが、一言で言うと文明が崩壊するそうです」
「ちょっと待て、流石にそれは話が飛躍しすぎてないか…」
「いえ、そうだったらいいんですが恐らく間違いなくそうなります。そうフェロちゃん本人が言っているので間違いないです」
「フェロ…ちゃん?」
「誰だ、それは」
「ああ、ごめんなさい。AIのフェロッソフのことを普段そう呼んでいるので。ちなみにここにあるインターフェースのこともフェロちゃんインターフェースって呼んでます」
「なるほど…」
狼男の力が抜けていくのが目に見えるようだ。
「それでフェロちゃんが言うには、そのエネルギープラントが稼働すると世界中のネットワークが消失するそうです。AIを使っているかどうかに関係なく、すべてのインフラが止まるので経済基盤から医療、交通。政治も機能しなくなるということです」
「そんな話をどうやって信じろと…」
耶麻人がうなっている。最初から感じていたことだが、この狼男が一番厄介な相手になりそうだった。
「信じてもらえるのかどうかは重要ではないです。今日ここに来たのは、あなたたち狼男を説得しようとか、何かをお願いしようと思って来たわけじゃないですから。わたしがこの件をこれから対処するにあたり、狼男が障害になるのか、あるいは協力してもらえるのかの確認です。それと、狼男がフェロッソフに対して間違った対応をしないためにも、私が知っているフェロッソフの情報を伝えておかなければならないと思ったからです。あなた個人に信じてほしいと思っているわけではありません」
ミチルが耶麻人の目を正面から見据えると耶麻人が目をそらした。
「まあ待て。今はまだ情報交換の場だ。というよりは一方的にミチルさんに情報を伝えてもらっている状況と言っていい。俺たちが何かを判断するのはその後だ。お前が今口を出すところではない」
志茂田隊長はそう言って耶麻人をたしなめる。流石は隊長だ。抑えるべきところは抑えているようだ。
「ちょっとこの辺で整理させてもらってもいいか…」
優雨丞が立ち上がろうとしたところで、部屋の中にノックの音が響いた。大地がお茶を持って来たのだ。
「大地、いいタイミングだな」
優雨丞が片目をつぶった。
「そうっすか…」
大地が意味も解らずにやつく。なぜ褒められたんだ。
「それじゃ、大地が戻ったところでこれまでの内容を整理したいと思う。大地はそこで聞いていて何か疑問点があればいってくれ。ミチルさんからは補足があれば頼む」
優雨丞がホワイトボードの前に立って、キーワードになりそうな言葉を書き込んでいった。
AIのフェロッソフとミチル、地下鉄跡のフェロッソフと狼男、発電施設と企業。これらの単語を丸で囲み、関係性を線でつなぎながら説明を加える。
「発電は準備中。現在の状況はこういうところだが、大地は今までの話で理解できてるか?」
「大丈夫だと思いますけど。この話って全部ミチルさんが持ってきたんですか?」
「そういうことだ」
「すごいっすね」
大地が感動した様子でミチルを見つめる。
「そ、そうですか。仕事なので…」
何と答えたら…。
「そこで問題になっているのが、この発電が実現すると文明崩壊が起こるということだ」
優雨丞は『文明崩壊』という文字をホワイトボードに追加した。




