会社(アジト)にて1
ミチルとアナは以前、優雨丞に送ってもらった公園のベンチに座っていた。空はどんよりした低い雲に覆われ、アナの気分は一向に盛り上がらない。
アナは黒いダウンコートで、ミチルはベージュのダウンジャケット。2人とも下はジーンズということで、おしゃれな要素は何も入っていない。なんたってこれから狼男の会社に出向こうというのだ。狼男を誘惑する要素など有ってはならない。
ミチルはキャリーバッグにフェロちゃんインターフェースを入れて持ってきている。
「何であたしばっかり貧乏くじを引く羽目になるのかしらね」
「だから無理して来なくていいって言ったじゃないの」
ミチルはあきれ顔でアナの顔を見た。
「そうは行かないって言ってるでしょ」
「………」
狼男の車は以前と同じバンのようだったが、運転手は大地だった。
「どうも、優雨丞が来れなくなったんで代わりに来ました…」
大地はアナを見ると照れたように頭をかいた。今日はツナギではない作業着だ。
妙な空気にミチルはアナの顔を見るが、アナは知らぬ顔をしている。
「何かあったの?」
「別に何もないわよ…」
やはり怪しい、きっとクリスマスの時だ。
車の乗り心地は相変わらずだが、今回はクッションが用意してあった。前回アナが文句を言ったせいだろう。
「本当にうちの会社の場所バレてるんすか?」
「3丁目のヨシダビルですよね…」
ミチルが即答すると、運転席の大地が肩をすくめた。
「サキュバスも抜け目ないっすね」
「サキュバスじゃないの、ここのミチルがすごいだけよ。あたしは知らなかったわよ」
「そうなんっすか」
大地がルームミラーでちらりと後ろを確認するのが見えた。
今回は車の窓に目隠しは無いし、運転室との間の壁も無い。天気はどんよりしたままでドライブ日和としては寂しいが、密室でただ揺られているよりはマシというものだ。
大地の運転するバンは程なくヨシダビルに到着し、1階のガレージに停められた。何か指示が出ているのか、近くに他の狼男の姿は見当たらない。
「着きましたよ」
大地が外から車のスライドドアを開けた。
「地味なところね」
アナはそう言いながらガレージの隅にある監視カメラを確認する。正月らしい飾りつけは、外にあるビルの入り口の門松だけ。ある意味ハナハナと変わらない。
「それじゃこっちです…」
大地がガレージの横にあるエレベーターのスイッチを押した。上向きのスイッチである。今日は地下に連れていかれるのではないようだ。
「4階に応接室があるんで、そこに案内するように言われてます」
エレベーターは荷物の運搬用らしく、人が乗るには無駄に大きい。3枚扉のドアが閉まると、どこにも窓の無いエレベーターはちょっと閉塞感を感じさせる。
「あ、俺です。今着いてエレベーター乗ってます。第2でいいんですよね…」
大地がスマホで連絡を取る。相手は志茂田隊長だろうか…。
『チン』という軽い音の後、ゆっくりとエレベーターのドアが開いた。
目の前の廊下には一切窓が無く、会議室、応接室という札の掛けられたドアがいくつか並んでいる。
「ここです」
大地が『第2応接室』と書かれている部屋のドアを開け、2人を中に招き入れた。壁に掛かっていた『空き』と書かれている札を取って中に持って入る。札が無ければ使用中ということだ。原始的だが確実な方法だ。
部屋の中にはソファが置かれており、会議室とは趣が違う。今日は客人扱いなのだろうか?
地味ではあるが部屋の中には調度品もあり、机の上の花瓶には花も刺してある。その花が造花なのは推して知るべしと言うところなのだが。
窓にはブラインドが下ろされていて、外の様子は見えない。
「志茂田隊長が今来ますから、座って待っていてください」
「…説明でパソコンを使いたいんですけど、そこのパソコン使って準備していいですか?」
この部屋のパソコンは一台だけ。ということは壁に掛かっている大型モニターにも繋がっているはずだ。
「なら俺が準備します…」
大地がパソコンの電源を入れると、小さなテーブルに置かれたモニターの方に画面が表示される。
「外部には普通につながるんですよね? セキュリティーとかの確認したいんですけど…」
ミチルが大地の後ろから画面を覗き込む。
「セキュリティーっすか、俺そういったところは詳しくないんで…」
「でも普通に外には繋がるんですよね」
「だと思いますけど…」
まあ、普通はこういった対応になる。
ミチルは大地と場所を代わってもらうと、パソコンの設定を手早く確認する。セキュリティーは一般企業並み。まぁこんなもんだろう。
大地もミチルの操作画面を覗き込むのだが、口を出せる雰囲気ではなかった。
アナは窓の近くに移動して、ブラインドの隙間から外の様子を確認する。ハナハナとは違って街はずれではあるが、郊外というわけでもない。当たり前の街の普通のビルといった位置取りになっているようだ。少なくとも窓から見える範囲に、特に目立つ施設は無いようだった。
それもそうなのだろう。あのフェロッソフが見つかってから、急遽監視用に割り当てられたという話だ。他の目的で作られた施設ではないのだろう。
コンコンというノックの音がしたかと思うと、志茂田隊長が入って来た。中からの返事を待つ様子は一切無い。そしてその後からは優雨丞と耶麻人が続く。
「何をしているんだ?」
パソコンを操作しているミチルに志茂田隊長は眉をひそめる。大地は何か言わなければと口をパクパクさせた。
「えーっと、使い方を…」
「勝手にすみません。これからの説明で必要なのでパソコンの確認をさせてもらっていました…」
ミチルは立ち上がってぺこりと頭を下げた。ちょっと早まったのかもしれない。
「まあいいだろう、今日の話の中心はあんただからな。わざわざ来てもらってすまん」
志茂田隊長は右手を差し出した。
握手なんて、したことあったっけ? ミチルは『映画とかではよく見るけど』などと思いながら、ちょっと躊躇した後、その右手を握った。その手の大きさと厚みに驚くが、それ以上にジワリと伝わって来る掌の湿度…。
「ハッハッハ、嫌そうだな」
志茂田隊長は破顔してミチルの手を離した。ミチルの顔に嫌そうな表情が出てしまていたようだ。
「あ、ごめんなさい。慣れていなくて…」
ミチルは手をゴシゴシと拭いてしまいたい衝動を抑えた。
「アナさんは会っているはずだが、ミチルさんは初めてだな。うちの耶麻人だ」
後ろで控えていた耶麻人が会釈をするので、ミチルもそれに合わせる。
「耶麻人といいます」
「ミチルです。お忙しい中お時間を頂き申し訳ありません」
思わずビジネスモードに入ったミチルを見て、横の優雨丞が口元が緩んだ。
何が言いたいんだ…。
「とりあえず上着を脱いで座ってくれ。そのままじゃ暑いだろう」
志茂田隊長は気を利かすが、部屋の中はそれ程暑いわけではない。むしろ上着があってちょうどいい位の温度だ。やはり身体ががっちりしている狼男とは体感温度も違うのだろう。
ミチルと志茂田隊長が向かい合わせでソファに腰を下ろすの合図に、全員がソファに座った。当然だが狼男とサキュバスは向かい合わせの位置関係になっている。
「それで、いきなり本題に入っていいですか?」
しかし、ソファというのはどうなんだろう。深く座り込んでしまうので話がし難い。ミチルは少し腰を前に出すと、背筋を伸ばすように座りなおした。
「そうだな。その方がこちらも助かる。大地はお茶の用意でもしてきてくれ」
志茂田隊長が深く座ったままで頷くと、大地がほっとした様子で部屋を出て行った。あまりその場に居たい雰囲気ではなかったのだろう。
「まず先に説明しますが、今日はアナにも来てもらっていますが、これからの話にサキュバスは一切関係ありません。あくまで、わたしが個人的な仕事の話をしに来たということになります」
ミチルがアナを振り返ると、アナは肩をすくめた。
「そう、あたしはミチルに付き添ってるだけ。内容は一切解らないわ」
それを聞いた狼男の3人は妙な表情で顔を見合わせた。
「サキュバスとの話ではないのか」
「そうです、わたし個人と狼男との話になります」
「有りえ無い…」
呟いたのは耶麻人だった。まあ、そういう反応になるのは仕方がない。




