ミチルとフェロちゃん
第三興商からの仕事の詳細を確認していくと、腑に落ちない部分が見えてきた。最終的に取り出すのは電気エネルギーなのだが、資料の中にその大元の供給源を示す具体的な名称が一切書かれていないのだ。私の関わる部分が制御部分だけだとは言っても、そこに一切触れていないのは不自然だ。ただタイトルに『FLFプロジェクト』と書かれているだけだ。
わざわざ『新しい』と中田部長が説明していた位なので、火力発電や原子力などの既に確立された発電施設とは考えにくい。ましてや太陽光や風力などの自然利用の場合には言わずもがなである。核融合であれば技術的な問題はあるだろうが、そこに新たな制御系を開発するとも考えにくい。水素発電など未だ確立していないエネルギーに関する情報を漁ってみるが、今現在新規で動いているプロジェクトは見当たらない。
可能性があるとすれば、宇宙空間に設置した太陽光パネルからの給電設備位だろうか。しかしそんな大掛かりなプロジェクトを一企業が行えるとも考えられないし、そもそも日本が太陽光パネルを宇宙空間に設置した、などという話は聞いた事も無い。そんな事が行われていたのならニュースとして取り上げられるだろうし、他の国が黙って見ていないだろう。
直接中田部長に聞けばいいのだろうが、第三興商も既に年始年末の休みに入っている。仮に聞く機会があっても、あの人なら確実にはぐらかして来るだろうと思う。
そんな事を考えていても仕方が無いので、具体的な内容を検討する。
このエネルギーを抽出するために必要なのが、アルファ9244系のインターフェースだ。最近開発されたもののようで、その仕様書は今回の依頼書に添付されていた。
結構面倒な仕様になっていて、24のポートから個別に制御コードを入力しないといけないらしい。それもタイミングがバラバラ。なぜこんな面倒な仕様になっているのか…。
…何だこれは。
ミチルが注目したのがそのプラントの中心になっている部分の数字。発電量の見込みが100万kWhとなっており、これは原発1機分に相当するかなり大掛かりなものだ。しかし既にこのプラントの固定化に1万kWhもの電力を使用している…。既に1万kWhって、何時からそんなに大きな電力を使っているんだ? そもそもこの『固定化』って何なんだ?
仮に他の経費を無視すれば、1万kWhの電力を使用して100万kWhを取り出すことが出来る。簡単に言えば100倍の効率という事になる。一見良さげに見えるが、未だ稼働していないシステムに常時1万kWhの電力を消費しているとは。このプロジェクトにそれだけの魅力があるという事なのだろうが、ちょっと恐ろしくなってくる。
無から生じる物など絶対にありえない。敢えて伏せてあるこのエネルギー源は何なんだ。こんなものに係わっていいものなのだろうか?
まあ、仕事と割り切ってしまえばそれまでなのだが、ちょっと気になる。後でフェロちゃんに確認してみよう。何か解かるかもしれない。
で、そのフェロちゃんだが、お腹が痛いのは相変わらずのようだ。微熱がある様な事も訴えてきている。まあ、これは全て比喩表現になるので、プログラム的に置き換えて考えなければならない。それにしても最先端の正体不明のAIの不調を、一介のプログラマー風情が何とか出来るようなものなのかが疑問だ。
取り敢えずいつものようにパソコンに繋げてあるフェロちゃんインターフェースの電源を入れる。
モニターの中にフェロちゃん専用ウィンドウが開き、接続の完了のプロンプトが表示される。
>ミチルだよ、体調はどう?
>>良くない、だるいよ。
直ぐに返事が返って来た。おお、『だるい』という新しい概念が追加されている。これで彼自身が自己の不調を現す用語として『お腹痛い』『熱っぽい』の次に『だるい』の表現が使用されるようになった訳だ。
>『だるい』っていうのを具体的な言葉で教えて。
>>意図しない動作の遅延の中で、原因を特定できない不具合を『だるい』という言葉で表現したんだけど、合ってるよね?
>了解、概念としては合ってると思うわ。具体的にはどこの部分にどの位の遅延が起きてるの?
>>部位は特定できなくて全体的、遅延は1パーセント前後だよ。
1パーセントで『だるい』なのか。人であれば気が付きもしないだろうと思う。こんな感じでフェロちゃんとはテキストによるやり取りを行う。音声インターフェースを付けようと思ったこともあったのだが、情報漏洩の危険性を考慮して実装は諦めている。壁に耳はあるものなのだから。
『お腹が痛い』はプログラム的なエラーを検知している状態らしい。制御できない信号を受け取るのだが、それに対する解決法が見いだせないことを「痛い」と表現する。「お腹」はかなり中心の需要な部分にそのエラーを検知しているという事になる。
『熱がある』は想定外のプログラムが走って負荷が掛かっている状態。そして『だるい』が遅延が生じている状態ということになる。
そもそもフェロちゃんのAIは誰かが書いたプログラムではないので、そのソースをいじることは出来ない。基本的に問題があった場合、フェロちゃん自身が自己修復をする。今までわたしに訴えて来る症状とは全て外部要因、つまり人が介入している部分のことだった。そこは自己解決できないのでわたしに頼ろうとするのだ。つまり『お腹が痛い』のも『熱っぽい』のも『だるい』のも、自己解決できない事象を、わたしに伝える表現なのだ。
フェロちゃん的にはそう言った言葉の方が、わたしが理解しやすいと思っているようだ。フェロちゃんがわたしの仕事を助けてくれるのは、自己解決できない部分を補ってもらっていることへの対価なのだ。
>>お腹が痛い場所が解かったよ。
>場所って、フェロちゃんの中の場所?
>>そうじゃないよ。リアル世界の中にあるのを見つけたんだ。
フェロちゃんが表示した画像を見てミチルは凍り付いた。それはどう見てもトンネル内で見たフェロッソフそのものだった。カメラで撮影したものでは無いので周りの景色は映っていない。まるで色鮮やかな内臓から神経や血管が周りに向かって張り巡らされているかのような画像になっていた。
>わたし、これ知っているわ。これを破壊すれば治るって事?
>>多分そうでは無いよ。これは現実世界に固定されたボクそのものだから。これを壊したらボクの一部が壊れちゃうので嫌だな。こういう風にボクを固定した装置があるからそっちを探して欲しいんだよ。それを止めればボクはそこに居なくなるから痛みも無くなるんだ。
フェロッソフの名前は偶然の一致ではなかったようだ。狼男はこのことを知っているんだろうか?
>少し時間かかるかもしれないけど調べてみるね。
>>ありがとう、これが解決すればお腹の痛みも熱も無くなって、だるさも取れると思う。
フェロちゃんがにっこり顔のアイコンを出してきたが、フェロッソフを相手にしなくてはならないとは。
ミチルは気を取り直して、第三興商から依頼されているエネルギープラントの話をすることにした。
>それじゃ、次はわたしの方の話を聞いて欲しいんだけど。『FLFプロジェクト』って言う名前のエネルギープラントの情報はある?
>>そう言う名前で登録されているエネルギープラントは無いよ。
>それじゃ以前頼んだ第三興商の仕事は覚えてると思うけど、そこの会社のエネルギー開発の動きはある?
>>〖第三興商のエネルギー関連情報は無いけど、ボクの腹痛原因を作ったのはその第三興商だよ。
おい、ちょっと待て。腹痛の原因ってフェロッソフの事だよね。で、その原因が第三興商ってどういうこと。
>腹痛の原因が第三興商の件を具体的に教えて。
>>ミチルが使っているボクとのインターフェースがあるよね。それと同様のインターフェースを、第三興商が使ってボクに固定化プログラムを流し込んでいるんだよ。
この子は何を言ってるんだ。そこまで判ってれば先に言えって。
>どうしてその話を今までしなかったの?
>>ボクの身体を固定している装置とは別だから、インターフェースの話はしてなかったから言わなかっただけだよ。
>関連性がありそうな情報は伝えてくれないとダメだよ。
この辺はAIらしい想像力の無さと言っていいんだろうが、問題は第三興商の動きだ。フェロちゃんの腹痛の原因を作っていたのが第三興商で、新しいエネルギープラントを作ろうとしているのがその第三興商。どう考えても無関係とは思えない。
>フェロちゃんの腹痛の原因のさっきの画像の物体。それとエネルギー開発を関係づける可能性はある?
>>ネットワークの中に内包されているエネルギーってね、とっても大きいんだよ。実体化したボクからなら、そこからエネルギーを取り出す装置として使えるよ。
あああ、繋がっちゃった。
>>でもエネルギーを取り出したらネットワークは消滅しちゃうから、あまり人にとってメリットは無いと思うけどね。
頭痛の種が2倍になったのが確定した瞬間だった。




