クリスマスの長い夜7
笑里が地面に降りた際、狼男がこちらを窺っている事に気が付いていた。話の様子から、その中の1人が優雨丞であることは判っていたのだが、背丈はグッと伸びてアナより頭一つ以上高くなっているし、肩幅は倍位あるだろう。顔も毛の生えた狼顔に成っているし、子供の時の面影など全く感じられなかった。
「それじゃ、次はあなたたちの方で知っている内容の説明をしてくれるかしら」
耶麻人がアナの棘のある言い方に苛立ってきているのを見て優雨丞が話に割り込むと、耶麻人はやれやれと言う様子で空を見上げ、わだかまっている息を吐きだした。
「以前の経緯もあるからここからはオレの方から説明しよう。陽明町神社の下は解るな」
優雨丞が続ける。
「ええ、あたしたちがトンネルに入ったところよね」
「そうだ、あの時には何も無かった筈なんだが、その後反対側にフェロッソフが見付かったんだよ。アナもフェロッソフが地下にあるところは見たんだよな」
「別の方ね、あまり思い出したくも無いけど、見たわよ」
「あれって地下の地面に乗ってただろ…」
「…そうね」
「ところが今回見つかったのは、天井からぶら下がるような形で生えてたんだ。それで地上に直接影響がある可能性が出てきたんで地上側の確認に来ていた訳だ」
「ぶら下がるって…、あれが地上に出て来るってこと?」
「それは判らない、でも上から見えたんだよな」
「ああー、考えたくも無いわ」
アナが嫌そうな顔をして、右手を額に当てる。
「とりあえずオレ達の方はそんなところだ。耶麻人から補足はありますか?」
優雨丞が耶麻人を振り返ると、耶麻人は顎に手を当ててフェロッソフがある筈の上空を睨んでいた。
「いや、十分だが…、実際に上からどう見えるのか確認しておきたいところだな…」
「なら、運んであげましょうか?」
「えっ、いや…、それは…」
突然のアナの提案に耶麻人は目を見開いて、優雨丞の顔を見た。実際は驚いた表情の筈なのだが、狼顔になると微妙な表情は読み難くなる。
「お姫様抱っこでよければ上から見えるわよ。ね!」
アナは嬉しそうな笑顔で後ろにいる笑里を振り返った。
え、私も!?、笑里はちょっと驚いて目を見開くが、動揺を声には出さなかった。何で私まで巻き込むんだと言いたいところだが、事情を理解できないわけでも無い。
「…俺は重いから。お前たちで行ってこい」
大地は明らかに逃げ腰になっている耶麻人のわき腹に拳を差し込む。
「耶麻人ぉ、言い出しっぺが、逃げるんじゃないよ」
「まあ、確認は必要だな。お互いの信頼関係を築く為にも、ここは素直にその話に乗っておくべきだろう」
優雨丞は狼男化を解除して人顔に戻った。これは狼男が敵対する意思が無いという意味になるのだが、そこに居た絵美里にしてみれば、突然優雨丞の素顔が現れたという事になるのでただギョッとさせられただけだった。
「あたしたちはどっちでもいいわよ」
「耶麻人は高所恐怖症だからオレが行こう、大地も行け!」
「俺もっすか…」
「こんな機会めったにないぞ、タダでジェットコースターに載せてもらえたと思え」
「優雨丞、あたしたちは遊具じゃないんだからね。そんなこと言っているとフリーフォールにしちゃうわよ」
「…それはだけは勘弁してください!」
大地が本気慌てている様子に、笑里がアナの後ろで小さくククッと笑った。雰囲気を和らげる効果はあったようだ。
アナと笑里が並んで狼男の前に立つ。
「それじゃあたしと笑里で運ぶけど、どっちがどっち。優雨丞は笑の方が良いんでしょ」
「ちょ、ちょっと待って」
笑里が慌てた。
「優ちゃんは、私よりアナの方が良いわよね」
「いや、オレはどっちでもいいが…」
優雨丞にしてみれば母親だろうが幼馴染だろうが、どちらにしても恥ずかしいのに変わりは無い。対して笑里にしてみれば幼馴染より知らない男の子の方が気が楽という事なのだが、そこまで気の回る優雨丞ではない。
「何、優雨丞どっちも知り合いだったんだ。それならオレ、アナさんでいいよ。この前話したからそのほうが少し気楽だし」
やはり気の利かない大地の言葉が決定打になった。
「はい、決まったわね。さっさと行きましょ」
アナが大地に向かって身体をすくい上げるように腕を差し出した。
「あの、よろしくお願いします」
流石にアナに目の前に立たれると大地も緊張した。
色っぽい衣装の女性に子供のように抱きかかえられたのだ。小さな整った顔が目の前にあり、緑色に輝く目が自分を見つめていた。柔らかいものが腕に当たるし、とてもいい匂いがする。えーっと、手はどこに置けばいいんだ。そんな事を考えていると、軽く衝撃を感じただけで地面が遠ざかっていた。
「先に行くわよ」
「おおおお!」
空気の流れを感じたかと思う間もなく、既に地面は遠く離れて、目の前には夜景が広がっていた。恐怖は感じなかったが、突然の風景の変化に大地の口から思わず声が出てしまう。
「楽しいでしょ」
アナが少し上を見ているので、首筋から顎にかけてのラインが目に入る。ピンク色の髪の毛が目の前を揺らめいていた。
おっと、ここはアナに見とれている場合ではない。目的はフェロッソフの確認だった。
大地はアナの顔から無理やりに視線を引きはがすと、外の風景に目を向けた。
変電所が下に見え、施設の建物に灯りが確認できる。その変電所から黒い影のように伸びる鉄塔。その上部にあの怪しい光を確認した。
一瞬で遊覧気分は吹き飛んだ。確かにフェロッソフの光だった。
一方、優雨丞は笑里に抱きかかえられて、一歩遅れて上に上がる。
「本当に狼男になったのね」
「お互い様だ、笑里のサキュバス姿をこうして見る事が出来るとは思っていなかったからな」
「恥ずかしいこと言わないでよ」
優雨丞は遠ざかる風景を暫くじっと観察する。
「サキュバスが空を飛ぶっていうのはこんな感じなんだな」
「実は私はまだそれほど慣れている方じゃないのよ。アナみたいなベテランとは違ってそれ程飛行経験は多く無いから」
「そういうものなのか」
「飛行するって簡単に言うけど、実はすごくエネルギー使うのよ。必要もないのに飛びたいだけ飛べるって訳じゃないから。はい、フェロなんとかってやつ見えてきたわよ」
言われるまでも無く、優雨丞はフェロッソフに気が付いていた。かなり小さく、光も弱い。それでもそれは紛れも無いフェロッソフだった。
「周りを一周まわってもらっていいか」
優雨丞は既にスマホの動画撮影を始めていた。
「まったく、人使い荒いわね。優ちゃん重いし、疲れるんだからね」
「それはすまん、ぐるりと一周分ビデオがとれるといいんだが」
「解ったわよ。スマホ落とさないでよ」
笑里は一定の距離を保ってフェロッソフの周りを一周すると、らせんを描くよう徐々に高度を下げる。
「はい、撮影飛行はここまで」
3周ほど回ったところでフェロッソフが見えなくなったので、そのまま高度を下げて優雨丞を地面に降ろした。
「無理言ってすまなかったな。次会うことがあったら借りは返すぞ」
「次会うことも無いでしょうから、期待はしないわよ」
そう返す笑里の表情は柔らかい。
「報告してもらえるか」
人の姿に戻っていた耶麻人が近づいてきた。
「話の通りで送電塔の上に小型のフェロッソフが確認できました。ビデオの撮影をしておいたので詳細は会社に戻ってから確認できます」
ふっと、頭上に何かの気配を感じて見上げると、アナが大地を抱えて降りてきたところだった。
アナが大地を地面に下ろすと、感動した様子の大地がアナの両手を握ってブンブンと上下に振った。
「ありがとうございました。きっとこんな経験もう一生できませんよ。いい思い出になりました」
アナが助けてくれと言うように、面倒くさそうな顔で優雨丞を振り返る。
「おまえ仕事しに上がったの解ってるんだろうな」
「解ってますって。ちゃんと撮影もしてきましたから。それにアナさんに言われて、建物の中の様子や地面の様子も撮ってきましたよ。俺一人だったらそこまで気が回らなかったっすよ。アナさんすごいっすね。俺ファンになっちゃいました」
アナははその言葉を聞くと横を向いて頭を掻きむしり、アナと大地以外の全員が呆れたように顔を見合わせた。ある意味サキュバスと狼男が交流した歴史的な場面だったのかもしれなかった。
「君たちのおかげで俺たちは想定以上の情報収集ができたことになる。君たちには借りを作った事になると思うんだが、俺たちに何かできることはあるだろうか」
アナにしてみれば『狼男なんて種付け要員でしかない』と、軽口を返したかったのだが、優雨丞の前でそこまで開き直った台詞を言うわけにはいかなかった。
「あのフェロッソフがあたしたちに影響無くなるのなら、あんたたちに協力したのも悪いことじゃないから別に気にしなくてもいいわよ」
「そう言ってもらえると助かる。帰って映像を確認して上に報告を上げて、兎に角君らに迷惑が掛からないように取り計らっておこう…。とは言ってもサキュバスと接触したと言う報告はし難いな」
「何言ってるの、言わなきゃバレないじゃないの。映像だってドローン使ったとか行っとけば判らないでしょ…」
今後対応の話でも完全に耶麻人はアナの手玉に取られ、頭を掻き続ける羽目になってしまった。
「ちょっと、今後のために私たちだけでもアドレス交換しておいた方が良くない?」
笑里が優雨丞の袖を引いて少し離れたところに引っ張って行った。
「いやそれはまずいだろう…」
「この件って何かまだ終わりそうにない気がするのよ。ただの感でしかないんだけど」
「……そうだな」
アナは2人のやり取りを横目で見ていたが、久々に会った子供たちが思い出話でもしているのだろうとあまり気にも留めなかった。
「大変ご迷惑をおかけした上に、色々と協力までしていただき本当に感謝している。今後何か確認等あるときはギルドを通す形になると思うのでよろしくお願いします」
耶麻人が既に飛び立つ体勢のアナと笑里に深々と頭を下げた。
「協力なんてしたくないから、連絡なんていらないわよ」
アナの捨て台詞を最後に、2人のサキュバスは黒い影になって夜空に溶けていった。




