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サキュバスは狼男の夢を見ない  作者: 無沙


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クリスマスの長い夜6

「なんだ!」


 突然目の前をサキュバスに横切られ、耶麻人やまとはたたらを踏んで立ち止まった。見上げると1人のサキュバスが上空を旋回し、別のサキュバスがそれに加わったように見えた。

 普段サキュバスが自ら狼男に接触してくることは無い。それが突然目の前に現れたかと思うと、威嚇するかのように頭上を旋回している。狼男に対してサキュバスがこれほど明示的な行動を取るという話は聞いたことが無かった。


「サキュバスです。2人いますね。明らかに警戒されてます」


 前を行く耶麻人の元に優雨丞ゆうすけ大地たいちが駆け寄った。サキュバスから狼男に直接攻撃を仕掛けてくるとは思えないが、明らかに異常な行動だ。


「この辺にサキュバスの縄張りでもあるんですかね」

「いやそんな話は聞いて無いぞ」


 2人のサキュバスは観察するように上空を回っていたが、やがてその中の1人が顔が判別できるところまで高度を下げてきた。

 そのシルエットに優雨丞は見覚えがあった。…こんなに早く再開することになるとは。


「オレが話をします」

 優雨丞は一歩前に出る。それを確認するとサキュバスがゆっくりと降下して優雨丞から5メートル程離れた場所に着陸した。


「どうしてあんた達がここに居るの?」

 アナはいつでも飛び上がれるように身構えたまま、優雨丞の目を睨みつけた。


「それはこちらも聞きたい。そもそもなぜオレたちの前に降りて来たんだ。ここにサキュバスにとって重要な物でもあるのか?」

 優雨丞は声に一切の感情をこめないようにして、冷静さを装った。


「あんたたち何を企んでるの。あのフェロッソフはいったい何?」

 アナが肩越しに後ろの方を指し示すので、狼男達はそちらに目をやるがそこには送電塔が黒々と聳え立っているだけだった。


「フェロッソフがなんだって。そもそもサキュバスとフェロッソフは関係が無いはずだ」


「誤魔化そうとしても無駄なのよ。上からはバレバレなんだからね」

 アナは優雨丞の後ろの耶麻人の動きに反応して後ろに飛び下がった。上空で待機していた笑里はアナの動きに反応して高度を下げ、狼男を牽制する。


「待て待て、上から何か見えるのか? ちょっと誤解があるようだから冷静に話をしよう。オレたちは地下のトンネルで新しいフェロッソフを見付けてその調査に来たところだ…」


「おい!」

 陸駆が優雨丞の肩に手を置いて話を止めようとしたが、優雨丞はその手を軽く払った。

「大丈夫です、彼女はこの前トンネル内で見付かったサキュバスで、フェロッソフの事を知っていますし、その時大地も立ち会ってるので彼女の事は知ってますよ」


 耶麻人が大地の顔を見ると、大地はニッと片方の口角を上げ、了解を示すように親指を上げた。


「そんなわけでオレたちもまだ何も確認できていない。一応ここの変電所辺りを中心に調べ始めたところだ。それ以上でも以下でもない。逆にオレたちからすれば、サキュバスが急にこのタイミングで現れた事の方が怪しく感じるんだが、どうなんだ」


 大地が小声で、耶麻人に今話をしているサキュバスが優雨丞の母親であることを伝えると、耶麻人は何とも形容しがたい難しい表情になった。


「あたしたちはたまたま近くを通っただけよ。そしたらあの怪しい光が見えたから確認に来たのよ。そしたら下にちょうど狼男が居るなんて怪しすぎるでしょ。それにしても本当に狼男も知らないの?」


「この辺の地下に有ることは間違いないが、地上への影響は未確認だ」

 耶麻人が前に出て話を引き継いだ。


「それが本当なら俺たちはあんた達と敵対する気はない。情報収集が目的なので逆に情報交換をしてもらえると助かるが、どうだろう」


「彼が今回の調査の責任者だから、きちんとした話をするなら彼の方が良いかもしれない」

 優雨丞が補足をする。


「信用していいの?」

 アナが優雨丞の目を見る。


「大丈夫だ。オレが保証するよ」


「ならいいわ、ちょっと待ってて」

 アナは上空で待機していた笑里のところまで飛び上がると、身振りで更に上に登るように指示をして狼男に話を聞かれない高さに上昇する。


「この位の高さなら大丈夫でしょうね」


「彼ら的にはフェロッソフの調査らしいから、今から話を聞いてみるわ。未千流の姿は絶対に見られたくないし、紅音もこういうのは苦手だから2人には先に戻るように連絡してくれる。笑里は一緒に居てもらった方が良いんだけど。どう?」


「どうって、本当に大丈夫なの」

 笑里は不安そうに下の狼男の様子を確認した。3人集まって、こちらを見上げて何か話をしている。


「多分大丈夫よ。あの中に優雨丞も居るから」


「ええ? ゆうちゃんあそこに居るの?」

 笑里の声が驚きで大きくなる。アナの子供の優雨丞とは小さいころ一緒に遊んだことがあるのだが、今は全員狼顔のためにどれが優雨丞なのかは判らない。


「…解ったわ。ママの携帯に連絡して先に帰ってもらうわ。それと妖子ようこさんにも連絡しておくわね」


「ありがとう。それじゃあたしは先に降りて話してるわ」




 耶麻人にしてみれば、今日のフェロッソフ調査は今のところ何の収穫も得られていなかった。

 変電所は既に何年も使用されていないので、人が入らないよう工事現場と同様に鉄の板で囲われ、内部が見えないようになっている。その板が新しい物だったのが気になるところではあるが、古くなったフェンスを付け替えたと言えば不自然ではない。


 しかしフェンスの内部に入ってみると、建物の一部に灯りが付いていて人の気配が確認できた。つまり使用されていない筈の変電所が誰かによって使われているという事だ。


「ここをサキュバスが占領しているんですかね」

 何気なく建物を見上げながら大地が呟く。


「いやそれは無いだろう。それならばそう言えばいいだけだからな。サキュバスが既に使っていると言われてしまえば、オレたちは『はいそうですか』と引き下がるしかなくなる。そう言わなかったってことは、本当にサキュバスが使っていないという事だ」


 耶麻人と大地が話をしている間、優雨丞は耳をサキュバスの方に向けていた。狼男が狼化すると耳が大きくなり、向きを自由に変えられるようになるので、聴力が更に向上する。アナが距離を取ったのだが、それでも会話の内容を断片的に確認する程度の事は出来ていた。

 優雨丞の名前が会話の所々に現れていた。それどころか『優ちゃん』とまで言われていて、もう1人のサキュバスも優雨丞の事を知っているらしかった。『優ちゃん』と呼ばれるような相手に心当たりは1人しか居ない。紅音さんの娘のえみちゃんくらいのものだ。ここから見上げるとアナより身長がありそうだ。だとしても、こんなところでこういう出会い方はしたくないものだ。


 そうこうしているとアナがスッと音も無く降りて来た。今度は狼男の正面と言っていいくらいの所に降り立つ。


「ギルドにはこれから狼男と交渉って伝えておいたわ」

「それで結構」

 耶麻人が正面に出る。


「情報交換って言ってたけど、あたしたちの方には殆ど何も無いわよ。さっきも言ったようにこの上を飛んでいたらフェロッソフの光が見えて確認に来たってだけ。フェロッソフの事は前に見て知ってたし、あんた達がアレを管理してるんでしょ」


 狼男は顔を見合わせた。

「ここからは見えないが、上から見えるのか?」

 口を開いたのは耶麻人だった。


「鉄塔の上で光ってるわよ。下から見えないようにカバーでも付けてるんじゃないかしら。本当にあんた達知らないわけ?」


「さっきも言ったが、俺たちが知っているのは地下のトンネル内にあるものだけだ。それに誤解があるようだが管理はしていない。監視しているだけだ」


「なんだ、大した事してるわけじゃないのね」


 アナがちょっと肩をすくめてがっかりした様子を見せた。サキュバスとしてはフェロッソフなどという面倒事に関わりたくはない。知っていることを伝えてさっさと手を引きたいのが本音なのだった。


 笑里はそんなやり取りを確認しながら、少し離れたところに静かに降り立った。


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