クリスマスの長い夜5
「未千流はやっぱり百合サキュだったのね。これで確定したわ」
アナに正面から見つめられて未千流は真っ赤になって俯いた。百合サキュってそんな造語、勝手に作らないで欲しいわ…
「本当だったのね。女の子襲うのって…」
「そうね、私も初めて見たわ」
狩りから戻って来た未千流を笑里と紅音が驚きの表情で迎えた。
「女の子から精魂吸い出すサキュバスなんて初めて聞くし。こうして目の当たりにしてみると、知らない顔したままでとぼけてていいのか不安になって来たわ」
「何、笑里は今更自分の心配してるのよ。未千流の方は人生掛かってるんだから、あんたが協力しないでどうするのよ」
紅音が笑里を窘める。
「未千流の人生って、…そこまで深い話になっちゃうわけ?」
「それはそうよ、上に伝わったら未千流は研究材料として閉じ込められちゃうんだから。死ぬまで出てこれなくなっちゃうのよ」
うわー、どうやらアナの中ではその結末で確定になっているらしい。
「なるほどねぇ。確かに言われてみればそうなのかもね」
あ、笑里の中でも確定した…。
「そうなのよ、だから全員で協力するってことになったんだから」
何故か未千流は紅音に抱きかかえられて、頭を撫でられた。
「この話が笑里から漏れたってことになったら母娘の縁切るわよ」
「言わないわよ!」
「それはそうとして、やっぱり未千流は唇なのね」
アナが厭らしい目をして未千流を見る。
「く、唇…」
否定できない。確かに今しがた唇を吸った記憶がきちんとある。何故だか知らないが、その時になるとピンクの唇が未千流を誘って来るのだ。…なんて説明しても意味が無いだろう。
「それって、別に悪い事じゃないのよ。まったくアナも意地悪な言い方しないの。ええとね、アナみたいに首筋に吸い付くより唇からの方が吸収効率はいいのよ。本当はね、アナもそうした方がいいのは知ってるのよ。だけどね…」
紅音が意味深な表情をしてアナを見つめた。
「うるさいわね。嫌なものは嫌なのよ」
突然アナが真っ赤な顔になって地団太を踏む。
「あら、アナったら初心なんだから」
「何言ってるのよ、紅音だって首筋派じゃないの」
「あらそんなこと無いわよ。私はかわいい男の子の時にはちゃんと唇から吸ってるし、汚いおじさんの時に首筋にしてるだけだもの。首筋専門のアナとは大違いよ」
何か凄い話が始まってしまった。
「先に説明しておくとね。一番効率がいいのは性器なのよ。その次が唇で首筋は3番目。効率悪いけどお腹舐めるって娘も居るみたいよ」
冷静に解説をする紅音を前にアナと未千流が真っ赤な顔になって口をパクパクさせていた。
いやいや真っ暗な夜の公園で何の話をしているのだ。
「とにかく、未千流がちゃんと精魂吸えたっていう事実の方が大切なのよ。前みたいに欠乏症状出るまで我慢して、本能で人を襲うなんて事になったら大変なんだから。それより今日飛んでみて何か気が付いたことある?」
アナは自分の方に火の粉が飛んでこないように話題を変えようとした。
「ああ、それなら。実際飛ぶって言ってるけど羽ばたく感無くって…、何て言うんだろう…。飛んでるって言うよりは移動しているって感じなんだけど。みんなそれで合ってるの?」
「ああ、それはそうよ。翼は見た目だけで、実際に羽ばたいて飛んでいるわけじゃないから。多分そんな感じで合ってるわよ」
「それにしても未千流ちゃんって本当にサキュバス成り立てなのね。見た目もだし、後ろ飛ぶと弾かれる感凄いし。あああ、こんな面白そうな話、誰にも言えないなんて…!!!」
急に笑里の言葉の調子がおかしくなってきた。
「まぁこの娘のことは無視していいから。これからどうしましょう? そろそろハナハナに戻る?」
「未千流はどこか行きたいところとかある?」
「いえ、わたしは別に大丈夫です」
「それなら、一応妖子さんに連絡入れてから帰りましょ。あれで実は心配性なのよ」
にこっと微笑んだ紅音がスマホを取り出し、妖子さんに連絡を入れた。ん? 今スマホ、どこから取り出した…?
と、その時未千流は疑問に思ったのだが、後で解かったことだがサキュバスの衣装には隠しポケットが付いているのだった。意外と実用的なようだ。
少し一回りしてから帰ろうという話になり、4人は公園を後にした。
それにしても未千流の翼だけが真っ白なのは気が引ける。それぞれデザインは違うが、全員が黒い衣装に黒い翼で闇に溶け込んでいるのに、未千流の翼だけが星空の中で際立っている。
「わたしの翼って下から見えたりしないのかな? 真っ白なんで気になるんだけど」
「それは大丈夫よ。巧く認識疎外出来てるはずだから…。そうは言っても確かに気にはなるわよね。サキュバスや狼男たちの目からは丸見えよね」
ああ、やっぱりそうなんだ。白い事のメリットって何かあるんだろうか…?
「あら、あそこの光変なんだけど…、何かしら」
紅音の指さす方向を見ると空中に不思議な光が見えた。その光は未千流とアナに凄く嫌なものを思い起こさせた。
「未千流…」
アナが未千流に同意を求めるように頷いた。
「あれって、狼男のところのやつよね」
とても弱い光だが、トンネルの中で見付けたフェロッソフを思い出させる嫌な色をしていた。
「ちょっと下に降りるわよ」
アナが先頭になって資材置き場らしい空地にそっと降りる。
「どうしたの…」
笑里が最後に降りて来た。
「未千流、あれってトンネルの中のあれよね」
「私もそう思う」
光が見えた方向を振り返ってみるが、ここからは影になっているのかあの光は見えない。
「空中にあったわよね。どういうことなのかしら」
「何の話をしているの。さっきの光がなにかあるの?」
「あれって、わたしたちが狼男に捕まる前にトンネルの中で見付けたのと同じ色をしていたのよ。狼男はフェロッソフって呼んでたんだけど、わたしが扱ってるAIと同じ名前なのが気になってたのよね。まあ名前の方はいいんだけど、それよりその存在がヤバい感じなのよ。説明できないんだけど」
「それにそのフェロッソフ…、でいいんだっけ? それに近づくと何かヒルみたいな気持ちの悪いものが襲って来るのよ。結局あの時は狼男たちに助けられたんだけど…」
「あの光が空中に見えるってのは何かマズいと思うのよね」
「そんな話聞いたこと無いんだけど、それって危険な物なわけ」
笑里がいぶかしげに眉をしかめた。
「かなり危ないのは間違い無いわ。狼男が専属で見張ってるくらいだから。あれが地上に出てきたとしたらとても厄介なことになる筈よ」
「そのヒルみたいなやつが破裂すると、酸が飛び散って狼男でも持て余すって言ってたから…」
破裂するとは言っていなかったはずだけど、まぁそこはいいか。
「一応、確認しておいた方がいいんじゃない?」
「そうよね。わたしたちで何かできるとも思えないけど」
「私も行かないといけないの…?」
明らかに紅音は動揺している。
「それならわたしは紅音とここでまってるから。2人で見て来て」
紅音が心配なのもあるが、未千流の特殊性から何か有った場合にお互いを助けることが出来ない。おまけに翼の色が目立つ点も気になるので、未千流は留守番をすることにした。
「気を付けてね」
不安そうな紅音を置いてアナと笑里はフワリと飛び上がった。案の定、2人は先程までの飛び方とまったく違って、キビキビとした素早い動きになっていた。やはり今までは未千流に合わせた飛び方をしていたようだ。
「ここって陽明町の神社の上よね」
「何それ…」
未千流が一緒の時とは違い、2人は極近い距離で飛びながら小さな声で会話をする。
「未千流と一緒にトンネルに入った場所。それにしてもあの色気持ち悪いわよね。下は変電所みたいね、あんなの有ったかしら…」
「私はこっちの方あんまり来たこと無いから知らないけど。下、誰か歩いてるわよ」
「あれ、狼男じゃない!? フェロッソフの所に狼男。絶対何かあるわよ」
「ちょ、ちょっとアナ…」
慌てる笑里を他所にアナは、狼男の方へ急降下を開始した。




