陽明町デバイス
「新しいフェロッソフの調査は必要無いという事だ」
志茂田隊長が率いる狼男の事務所の中は騒然とした空気に包まれていた。外に出ている3名を除いた10数名の狼男たちが集まって、対フェロッソフの協議をしている最中に突然対応不要の指示が飛び込んできたのだ。
既に音の無い受話器に手を置いたまま、志茂田隊長は全員の顔を見回した。
「簡単に言えば手を出すなという話だ。おまけに口外無用と来た」
抗議をする狼男たちを手で制し、静かになるのを待ってから志茂田隊長は続けた。
「とにかく、いったん会議は中止だ。優雨丞と耶麻人だけ残って、後は通常業務に戻ってくれ。それと口外無用という事なのでヤマダの連中にも伝える必要は無い。と言うより言うなってことだ。いいな!」
志茂田隊長は最後の言葉を強調した。
ここで志茂田隊長が言う『ヤマダ』とは、もう一つの狼男のチームのことだ。
対フェロッソフ部隊は2ヶ所に存在していて、志茂田隊長が率いる部隊はヨシダビルに居を構えているので『ヨシダ』部隊、もう1つはヤマダビルに拠点を置いているので『ヤマダ』部隊と呼ばれている。
フェロッソフが地下鉄跡のトンネル内に存在しているため、東側が『ヨシダ』、西側が『ヤマダ』になっているのだ。
新しいフェロッソフは、ヨシダ部隊の反対側で発見されたため、ヤマダ部隊には情報が伝わっていない。そこで敢えて伝えるなという命令なのである。
「どういう事だ」
耶麻人は言葉数が少ない分、言葉の裏が判りにくい。今も上司に向かって話す言葉としてはある意味失礼になるのだが、志茂田隊長は全く意に介する様子は無い。
「それが本当に解らんのだ。いきなり今の連絡で、手を出すなって話になった。理由を聞いても聞く必要は無いの一点張りだ。まあ、取り合えず2人とも前に来い」
3人が今居る場所はヨシダビル3階の会議室。長テーブルが2列に並んでいるだけなので向かい合わせでの話はしづらい。そのため志茂田隊長は自分の分を後ろ向きに直して座り直すと、優雨丞と耶麻人を前の方の席に移動させた。
「怪しすぎですね」
そう言って優雨丞は顔をしかめる。
「そうだな、最初は別の狼男部隊でも編制するつもりなのかと思ったんだが、そうではないらしい。実際うちの他にヤマダの連中だけでもここは集中しすぎだからな。おそらく政治がらみだ。何かの圧力がかかっている感じがある」
「面倒だな」
「どうしますか」
「そこなんだ、それで2人に残ってもらったというわけだ」
「まず隊長がどう考えているのかを聞いておいてからの方がいいと思いますが」
優雨丞はチラリと横の耶麻人に目をやった。年上のお前が前先に言うべきだ思うのだが、大概こうなる。
「まぁ、そうなるか」
優雨丞と耶麻人のやり取りを見て志茂田隊長は苦笑いをした。
「オレが思うには3つの方法がある。一つは指示通り全く関与しない、つまりは今まで通り既知のフェロッソフの監視を行うだけだ。これが一番楽だし面倒もない」
部下の2人は黙って頷いた。
「もう一つは最大限出来る範囲で調査をして情報収集を行う。表向きには全く関わっていないふりをして、何かことが起こった場合に備えるということだ」
志茂田隊長はそこで言葉を切った。
「最後の一つは正面から上に働きかけて情報を引き出し、その出方次第で対応を考えるという方法だ」
優雨丞は背筋を伸ばしてニヤリと口角を上げる。
「隊長が何もしないを選ぶはずはないでしょう」
「そして、上の指示を待っているはずも無い、…か」
耶麻人は眉一つ動かさない。
「そう思うなら最初から聞くな」
フッと、志茂田隊長は頬を緩めた。
「それで、お前たちはどう思うんだ。別の考えがあれば言って欲しい」
「上を押すのは継続したほうがいいでしょうね。やりすぎて警戒されると困りますが、志茂田隊長が感情に任せて突っ込む分には、いつもの事だから大丈夫でしょう」
「言い方が気に入らんが、まぁそうだな」
「あれが更に増殖している可能性は…」
耶麻人の言葉に志茂田隊長は渋い顔になった。確かに更に増えているという想定はしておかなければならない。
「確かにその可能性は否定できんが、今そこに手を広げる必要は無いだろう」
「反対側も確認しておきたいところですね。そもそもあの地下鉄後のトンネルってどこまで続いているんですか?」
「あれは地下鉄長峰線の支線としてエンジェタウンまで延びていたやつだ。エンジェタウンってのは知ってるな」
「行ったことは有りませんが、採算が取れなくて閉鎖されたショッピングモールですよね」
「そうだ、そいつが閉鎖された後、その支線も廃止されて残ったのがあのトンネルだ。長峰線からの分岐点は塞がれている筈だが、実際に見たわけじゃないから真偽のほどは判らん」
「その分岐点の確認はしたいですね。地下鉄側の許可をもらうのは出来ますかね」
「オレたちの工務店レベルでは無理だろう」
耶麻人がボソッと呟いた。
「耶麻人が言うとおりだ、オレたちで正面から当たるのは無理だ」
「神社横の出入り口みたいなものが向こう側にもあるといいんですがね」
「そこを探すってのが一番だろう」
「そうですね。ところで、隊長。新しいフェロッソフとか古いフェロッソフとかって判りにくいですね。何か名前付けておくべきじゃないですか」
「それもそうだな、それならフェロッソフ1号、2号とかって番号付けるか?」
優雨丞の提案に即座に志茂田隊長が反応したが、部下の2人は渋い顔になった。
「隊長、ネーミングセンス無すぎです。後ろに番号付けたら複数あるって公言しているようなもんじゃないですか。そもそもフェロッソフって名前自体を伏せる必要があるんじゃないですか?」
「確かにそれは不味いな、それならお前が考えてみろ」
「うちが扱う業務は表向き物流とメンテナンスですよね。その扱いに紛れ込ませて新しい方を陽明町デバイス、今扱っている方を上黒田デバイスって感じで地名と組み合わすってのはどうでしょう。今後新たに見つかれば同じように地名を頭につければ済みますし」
「おお、おまえ頭いいな。よしその『デバイス』ってやつで行こう」
「隊長は相変わらず軽いですね、それとも決断が速いと言い直したほうがいいですか?」
「なら決断が速いって方だ」
志茂田隊長は苦笑いをしながら立ち上がった。
「それじゃ今後の確認だ。まず耶麻人は地図上である程度場所の特定をしてくれ。そして夜になったら地上に何らかの痕跡が無いかの調査だ」
「メンバーはどうしますか?」
「使いやすいのを2人位つれて行けばいいだろう。そこは任せる。次は優雨丞の方だ」
隊長は優雨丞に向き直った。
「陽明町神社下に部屋があったと言ったな。優雨丞にはそこを拠点として使えるかの確認だ。トンネル側からも神社側からも使えるようにするために必要な機材などを現地確認してリストアップしておいてもらえればいいだろう。おまえも2人位連れて行けばいいだろうから適当に見繕って拾って行け」
「最後はオレの方だが上の情報を再確認してみよう、少しごねたら何か出るのかどうかだな」
「それでは明日10時にここで情報のすり合わせだ。質問はあるか」
「特にないですね」
優雨丞と耶麻人は立ち上がって部屋を出て行った。
優雨丞は大地と翔の2人を伴ってトンネルを進み、30分程で陽明町の神社下の入口に辿り着いた。ドアを開けた部屋には前回訪れたときと変わらず、ベンチ類が散乱している。
大地が部屋の四隅に作業用ライトを設置し、翔が手際よくベンチを片付ける間に優雨丞が部屋の間取り図を作成、確認用の写真を撮影していく。
ベンチの種類は基本4人掛けと1人用の2種類なのだが、イレギュラーなサイズのベンチも混在していた。スタッキングできれば纏めやすいのだが、残念ながらそういう種類のものではないので無駄に場所をとることが判明した。
「取り敢えず換気と照明は必要ですね」
翔が開けられるだけドアを開けるが、空気の淀みと埃は取り切れない。
陽明町神社下の確認は1時間程度で終了した。
「ドアの外の足跡が気になるな」
ドアの外側には今回3人が付けた足跡以外に、以前鍵を取り付けに来た時の足跡がしっかりと残っていた。
「不味いんですか?」
「ああ、内密にこの場所を使うわけだから出入りの痕跡が目立ってはまずい」
「他の奴らがここに来る可能性があるって事ですね」
「そうだ、他の組織が動いている可能性は否定できないからな。次来た時には送風機で埃を散らすようにしておこう。それじゃ照明のバッテリーを回収して戻るぞ」
「照明は置いたままでいいんですよね」
「ああ、バッテリーだけでいい」
実際に必要な機材などは会社に戻ってから相談すればいい。3人はトンネルに戻ると通路側のドアを閉めて帰路に付いた。
一方で位置の特定を任された耶麻人は、パソコンのマップで陽明町の神社周りを確認していた。
地下鉄のエンジェタウン駅の場所ははっきりしているが、正確なトンネルの位置情報は検索では出てこない。やはりそう言った工事の情報は、役所の工事仕様書を確認しないと出てこないようだった。こういった情報の検索は得意な奴に任せるべきだろう。
マップ上を確認できたのは、点在する人家と低層のビル。ビルの方は商店や倉庫のようなものだ。それ以外に大きなものは使われなくなった変電所があるだけだった。
トンネルの深さを仮に地下20メートルと仮定すると地下4、5階分。それに見合う建築物は何も無い。オレではここまでだな。
「陸駆、ちょっといいか」
「なんすか…」
陸駆は満月の夜にバカをやって怪我をしたという事で、事務所に残って事務作業を行っていた。
「地下鉄跡のトンネルが、陽明町神社付近でどう通っているか確認したいんだが、お前はそういうの得意だったな」
「ああ、そういうことなら調べてみますけど急ぎますか? ちっと、こっちの書類急ぎってことなんで…」
「どうせ現地確認に出るのは夜だから。業務時間いっぱいでかまわない」
「なら後で確認して声掛けますわ」
耶麻人は調査の業務が自分の手を離れたことを確認すると、立ち上がって少し遅い昼食を摂りに外に出て行った。




