西糖 未千流4
未千流の家族関係を調べるのは簡単なことだった。弟の制服から高校名を調べ、苗字は姉と同じとして西糖 。電話で「ようた」と自分から名乗っていたので、「西糖 ようた」で調べれば弟をを西糖 陽大として特定することが出来た。
そこからたどった両親はともに人間、弟も人間、問題は未千流だった。どう調べてもサキュバスとの関係が出てこないのだ。普通の人間同様に大学に進学、卒業後は個人で何らかの仕事をしていたらしい。
過去にサキュバスに関連する情報が一切無い。とすると、昨日電話で話をした西糖 未千流は一体何者なのだ。
サキュバスが西糖 未千流という人間に成りすましているのか、でなければ、西糖 未千流がサキュバスふりをしているという事になってしまう。そんなことがあるのだろうか?
しかし、考えてみれば、未千流の言動には最初から不自然な点が多々あった。体調不良でギルドに行く途中だったというのも不自然な気がする。それにしてもサキュバスらしくないというか、無知と言うか。
唯我独尊とも言えるアナが、未千流の事をあれ程気遣っていたのも不思議な点だ。
通常ならば、狼男として組織と共有すべき事柄なのかもしれないが、この件はもう少し自分の中だけに収めておきたい気持ちがある。今はまだ優雨丞個人の疑念でしかないという事もあるが、アナが強く関わっているという事がそういう気持ちにさせるのかもしれない。
「なんだ、何難しい顔してるんだ」
顔を上げると優雨丞の横に志茂田隊長が立っていた。
優雨丞は自分の席のパソコンで調べ物をしていたのだが、今は昼を過ぎて事務所にはほとんど人がいない。
優雨丞は志茂田隊長が何の目的で来たのかと訝しんだ。
「そうですね、隊長はこの前の未千流っていうサキュバスどう思います?」
ここで志茂田隊長に未千流への疑念を明かすつもりは無かったのだが、隊長が何か感じていたか確認してみたいと思った。
「お、珍しいな。お前が女に興味を持つとは」
ニヤリといやらしく笑う隊長。
優雨丞はため息をついた。
「隊長じゃないんですから、自分と一緒にしないでください。そうじゃなくてあの娘の態度とか何か気が付いたこと無いかって話です」
「ん? どういうことだ? サキュバスなんてあんなもんだろう。オレたちに解るわけがない」
「隊長に聞いたオレがバカでしたよ」
優雨丞は立ち上がった。他の奴に聞いた方が早そうだ。
「まぁ、だが少し匂いが違う気はしたな。一緒に居たアナはお前の母親だったんだよな。あの娘からはサキュバスの匂いがしていたが、未千流って娘からはちょっと変わった匂いがしたんで、オッと思ったのは確かだ。だが病気だって言ってたから、そんなもんかと思って納得してたんだが。何かあったのか?」
「確かに病気だとは言ってましたね」
優雨丞はここで隊長に打ち明けるべきか躊躇したが、あの場に同席した人数は少ない。おまけに志茂田隊長であれば、その権限で優雨丞よりは上位の情報にアクセスできる。優雨丞は腹を決めた。
「隊長、今はまだ不確かな情報なので、ここだけの話に留めてい欲しいんですが…」
志茂田隊長は優雨丞の真剣な表情に、この件が重要であることを感じ取った。
「解った、口外してほしくないという事だな。具体的な話を聞かせてくれ」
志茂田隊長が近くの椅子を引き寄せて腰を下ろすと、優雨丞も再度自分の椅子に座り直した。
「ちょっと思うところがあって、西糖未千流の事をを調べてみたんです。そうしたら彼女の情報には人間の記録しかないんです」
「どういうことだ?」
志茂田隊長は眉間にしわを寄せた。
「4人家族で家族は全員人間、大学を卒業するまでの記録がキチンと有るんです。そしてその卒業後も普通に仕事をしている。そんなサキュバスってあり得ると思いますか? しかも弟は18歳で、今も普通の高校に通っていて狼男の兆候は全くない」
「なんだそりゃ。意味が解らな過ぎだろう。それは別人の情報だ」
志茂田隊長には優雨丞が何か勘違いをしているのだと思った。真面目な奴ほど、考えすぎて落ち込みやすい罠だ。
「そう思いますよね。普通ならオレもそう言うと思います。ですがオレが既にその家族と会っていて、未千流本人の家族だと確認しているとしたらどう思いますか?」
「何だと!」
志茂田隊長は思わず腰を浮かせ、座っていた椅子がガタンと音を立てた。
「おまえ何をやったんだ。場合によっては処罰物だぞ」
「そうですね、まあそうなるでしょう」
優雨丞は隊長の言葉にも冷静なまま動じる様子もない。
「先日2人をここに連れてきた後で落とし物を見つけたんです。そこに西糖未千流の名詞が入っていたんで住所の確認が出来たんです。それが昨日の出向先の近くだったんで、持って行ったんですよ。ポストにでも入れておこうと思って」
「それで、彼女に会ったのか?」
志茂田隊長は身体を乗り出した。
「いえ、留守だったんですが、弟が出て来たんです。オレもそこでこれは違うと思ったんですが、そこに丁度、その西糖未千流から弟に電話が入ったんですよ。それで話をしたわけです。電話の相手は間違いなくあの未千流本人でしたよ」
優雨丞の本来の目的が、未千流に会ってアナの話を聞くということであった事は伏せておいた。
「それでお前はどうしようとしている」
「それが判らないから困っているんです。ですが今このまま上に上げるにはあまりにも情報不足なので、もう少し調べてみたいと思っていたところです。隊長なら何か別の情報を持っているのかと思ったんですが…」
「いや、オレもそんな話は聞いたことが無い。お前はどう考えている?」
「一番高い可能性は、未千流が元々いた別の西糖未千流に成り済ましているんだと思っています。サキュバスの人心コントロールなら可能ですよね」
「それはどうだろうな。聞いた話だからはっきりとは言えないが、サキュバスの洗脳はそう長く続かないはずだ。ずっと一緒に生活するなどできるのかどうか。しかもそこまでする理由が気になる。実際サキュバスがそうまでして人間世界に紛れ込んだ例など聞いた事が無い」
「やはりそうですよね。もう一つの可能性としては未千流は実はサキュバスではない可能性があるという事でしょうか。隊長も感じていたように彼女の匂いはサキュバスとは微妙に違っていたような気もしますから。何らかの理由でサキュバスの振りをしている可能性があります。アナはそのサポートをしていたとか…」
「いずれにしても可能性だけだな」
「そうなので、もう少し調べておきたいんですよ。なので少しサキュバスの組織の情報とか欲しいですね」
「難しいが、少し調べてみよう。しかしそうすると、2人があそこに居たのも何らかの意味があるのかも知れんな」
「とにかく、オレは未千流の家族と交流関係を当たってみます。隊長はサキュバスの動きに何か変化があるか確認してみてください」
「そうだな、それはそうと優雨丞は飯は食ったのか。まだなら一緒に行こうと思って来たんだ」
ニヤリと笑う隊長から、昼飯の相手を探しに来ただけだったのだと優雨丞は理解した。
「まだですよ、そうですね。じゃあ少し待っててください」
優雨丞はパソコンの画面に向き直った。未千流に関して調べ物をした内容を再確認し、データにまとめる。パソコンを閉じ、引き出しにしまってから鍵をかけた。
「それじゃ行きましょうか。店は決まってるんですか?」




