因果応報
『ことを動かすのはいつだって、対話ではなく力なのだから――』
アザナス・エインラッドの言葉が頭から離れなかった。
そうなのだろうと認めていながら、そうではないことを願い続けた自分に、彼の言葉がまざまざと突きつけられる。
今まで妥協的に生きてきたつけを、ここにきて払わされている気分だ。
出来れば均一で、バランスが取れたままの人間でいたかった。
出来れば公平で、何にも干渉しないままの人間でいたかった。
……けれど、他の誰にも出来ないことで、目の前の脅威を圧することができるのなら。それで彼女を、護ることができるのなら。
変革への恐れすら飲み込んで、僕は、自身の持つ特権に縋ってみせよう。
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グレイシスは、アザナス・エインラッドを真っすぐと見据えた。
恐れ知らずの我欲を前にして、彼がすることはただ一つ。
圧倒的な力で、男の持つ力を抑え込むことだった。
「貴様の考えはよく分かった。その、あまりにも身勝手すぎる思想も理解した。だからこそ、僕が貴様を赦すことはできない」
「ほう……。ではどうすると? 威勢だけではどうにもならぬのが世の常だ」
自身よりも若い青年に何が出来る訳でもない、とアザナスは高を括った。
その驕りこそが、男にとっての最大の弱点であるとは露ほども知らずに。
「貴様の言う通りだ。決断し、行動に移さなければことは動かない。だからこそ、僕は貴様に告げる必要がある……」
そこまで口にして、グレイシスは一瞬の躊躇いを見せた。
そこから先を続ければ、もう自分も、後戻りは出来ないのだろうと悟った上での行動。
――けれど、その葛藤すら瑣末に思えるほどの誰かのために、震えそうになる手を握りしめながら、青年は声を張り上げた。
「これ以上の横暴を、貴様が今後も続けるのであれば、僕は今回の騒動の善悪を、この国の最高責任者に仰がなければならなくなる」
この国の最高責任者。そのワードを耳にした瞬間、アザナスは眉をぴくりと動かした。
「最高責任者、だと? つまりそれは――――」
「現王ヘイグリット陛下だ」
「……は? お前は……馬鹿なのか? いくら王侯貴族が王族に最も近しい立場にあるとはいえ、このような内々のやり取りを国王陛下に直接陳ずるなど、不敬にもほどがあろう。アスタイン家ではそのような常識すら教えぬのか?」
皮肉交じりに呟くアザナス。けれど肝心の、皮肉の対象であるはずの青年には、彼の言葉はかけらも響いてはいなかった。
「そうなった場合、僕がこれまで調べてきた貴様に関する情報もすべて、陛下に提示することになるだろう」
「絵空事だな。まるで話にならない」
「つまり、『内外適正取引条約』が制定されるまでの間、貴様がしていた傍若無人の数々、それも対象となる」
「……できるわけが、できるわけがあるまい!!」
図星を突かれたように男は声を荒げた。
足が付かぬよう動いていたはずの過去の企てを、年端も行かぬ若造に摘発される恐れなど、想像だにしていなかったのである。
激情する男とは正反対の平静さで、グレイシス・アスタインは決定打となる事実を突きつけた。
「そうだな。貴様のような一介の王侯貴族には無理だろう。だが、僕にはその権利があるのだ」
「なに、を、言っている……?」
その時ふと、アザナス・エインラッドの視線は青年の容姿へと向けられた。
銀髪に碧眼。その、どこかで見たことのある色彩は、ある偉大な先人を嫌でも想起させるものだった。
もはや伝承となり果てていた事柄を、直接目にしたような気分。それを味わってしまった時、あるいは男の敗北は決していたのだろう。
「そう、か……。ははは、なるほどな。確かに、確かにそうだ。いくら廃れた常識とはいえ、その容姿を有する人間が、王族以外で生まれるはずがない。私としたことが、あまりの希少さゆえにその特徴の認識すら忘れるとは……。まったく、この上なく腹立たしい……」
そして、乾いた笑いを漏らすアザナス。
「理解したのなら話は早い。僕が提示する条件は二つだ。それに承服できないのであれば、僕は自身の権利を行使させてもらう」
「はなから私に、勝ち目などないではないか……」
因果応報。自身が振りかざしていたはずの力の前に、今度は自ら跪かねばならなくなった。そこにあったのは失望か、はたまた落胆か。いまだかつて味わったことのない屈辱に襲われながらも、男は自分の立場を弁えるのだった。
「――――用件を伺おう」
「一つ目の条件は極めて単純なものだ。これ以上、己の私欲を満たそうとはするな。何を考えているのかは知らないが、貴様のそれは、どう足掻いても徒労に終わる」
「……はっ。まったくもって失礼な物言いだ。これだから王族という奴はいけ好かぬ。何人たりとも下から這い上がることは許されぬ、とそう言いたいわけだな?」
「事実を言ったまでだ。貴様の考えほど世の中は甘くない。今以上の地位を安易に求めれば、必ず足をすくわれるだろう」
そこまで取り交わして、この問答に一体何の意味があるというのか、と事の不毛さに気付いたアザナスは、大人しく条件を聞き入れることにした。
「……承服した」
「二つ目の条件は、貴様が雇い入れたホルス・リオネットという人間をこちらに引き渡すことだ」
「ホルス、を? 何故だ?」
「貴様との口約束では信用に値しない。今後、少しでも怪しい動きを見せた場合、貴様の内情に詳しい者がこちら側にいれば先手を打てる。今回のようなことを起こさないための保険のようなものだ」
「つまりは人質、か。はははっ。流石、生まれは違えどアスタイン家の人間だ。その用心深さにはまったくもって恐れ入る。私の付き人であった者を手中に収めることで、私の動きを確実に封じるのが目的だな?」
「どう受け取るかは貴様の自由だ。どうせ結果は変わらない」
――ああなんて、面白みのない人間だろう。そう思いながらアザナス・エインラッドは口を開いた。
「……承服した」
「僕からの話は以上だ」
グレイシス・アスタインは、すでにこの場に用はないとでも言うように男の横を無言で通り過ぎると、部屋の扉に手をかけた。
その、容赦のない潔さに呆然としながらも、アザナスは最後の問いを投げかける。
「なあ、グレイシス。お前は最初から、こうなることが分かっていたのだろう?」
まるで恨み節のように囁かれた男の疑問に、青年が答えることはなかった。
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