生の実感
とても簡単な話だ。
今回の騒動の首謀者であり、私をこの場所へ監禁するよう命じた人物。
その人物に、目的を達成するための信念が、果たしてどれほどあるのかというだけの簡単な話。
どんな手を使ってでも果たしたい目的だったのか。それとも、生半可な覚悟でどうにか出来ると踏んでいたのか。
その答えは恐らく、私と、この大剣を前に掲げる名前も分からない男とのやり取りの末、ようやく明らかになるのだろう。
「なにが、言いたい」
「私がここで、例えば自ら命を絶ったとして、その時生まれるのは、私という人間が死んでしまったという物的証拠です。その後、どういった経緯を辿るかは正直なところ分かりませんが、人が一人死んでしまった事実は変わらない。その事実を突き付けられる覚悟をもってして、あなたの依頼主は目的を果たそうとしているのか、と私は問うているんです」
「人、一人の命など取るに足らない」
「そうでしょうか? 本当に? ではなぜ、わざわざ無為な時間を割いて、無傷のまま私を留め置いたんですか?」
「それ、は」
男は考えもしなかったという顔で、目を見開いた。
無理もない。この男は、言われたことを言われたままこなしていたにすぎない立場の人間だ。ゆえに、それ以上の詮索をしようとは夢にも思わなかったのだろう。
屈強な戦士のような顔をした男には、その上で指示を出す者の胸中を推し量ることなど出来なかったのだ。
私は、最後の追い打ちをかけるように、不敵な笑みを浮かべながら真実を述べた。
「――困るんですよ。私という人間に死なれてしまうと。あなたの依頼主が立てた計画に、イレギュラーが生じてしまうから」
男がほんの一瞬、私から目を逸らす。その動作を見て、私は確信を得た。
この者の依頼主が出した指示は一つだけ。
私をこの場所に留め置けという、いたく短絡的なものにすぎない。
それ以外の道筋を指し示さなかったのは、これまで培った自信による慢心か、それとも無能すぎたゆえの誤算か。どちらにせよ、その読みの甘さに私は助けられた。先の二択の答えは恐らく後者。
――――だとするのなら。
「さて、どうします? 私がこの剣に思いっきり力を籠めたその瞬間、あなたの依頼主の思惑は、その輪郭からして破綻します」
「……それが、お前のような小娘ごときに出来るとでも?」
「さて、どうでしょう。こればかりは私も、実践してみないことには分かりません」
あくまでも実行する姿勢を貫いて、相手を牽制する。
「メルヴィン!!!!」
友人であるホルス・リオネットの声が建物内に響き渡った。
「どちらがいいか選んでください。ここで私と彼を見逃して、ことを有耶無耶にするか、それとも、ここで私が自害するのを見届けて、ことを大きくするか。二つに一つです。あなたにとっては、どちらが都合良いですか?」
「……ふっ、笑止千万。そのような脅し、数多の戦場を駆け抜けたこの、シャリオット・オデッセイには通用せぬ!」
目の前の試練に果敢に挑むような目つきをしながら、その男は咆えた。
経験からくる自負心。恐らくそれは、妄言などではないのだろう。
――けれど。残念なことに、今のこの場所は、彼が駆け抜けた戦場ではない。
「勘違いしないでください。今のあなたは、どこかの誰かが用意した舞台装置の一部にすぎない。その身に宿る能力でどうにか出来る範疇は、とっくに越えているんです」
そう言ってから、私は、自らの皮膚に鋭利な刃を押し込んだ。
冷たい感触の後に、鋭い痛みが走る。
激痛、とまでは言わないものの、自身の命を実感させるその痛みは、余計に私の、人としての感覚を麻痺させていった。
「…………くっ」
男の顔が醜く歪む。
勝機の近づく音が、聞こえたような気がした。
「ホルス、こちらへ!」
男から視線を逸らすことなく、友人へと指示を出す。
青白い顔でやり取りを眺め続けていたホルスは、私の声を聞くと共に即座に動き始めた。
後は、彼がこちらに辿り着くと同時に、後方にある扉へと向かうだけ。
「なぜ。なぜ、汝はそこまで足掻く――――」
ホルスがこちらへと辿り着いた時、自らをシャリオット・オデッセイと名乗った男は、感情のない声で呟いた。
獣から逃げる時のような張りつめた空気の中、私は、後ずさりながらもその問いに無邪気に答える。
「だって、むかつくじゃないですか。こうやって無下にされるの。だから、その首謀者の計画ごと全て、踏み潰してやりたくなったんですよ」
――これこそ、真のはったりだ。
本当はただ、友人であるホルスのことを助けたかっただけ。
言葉を告げ終わると同時に、扉の敷居に足をかける。
もはや、この位置からでは男の表情を確かめることは出来ないため、私の言葉をどう受け取ったのか、それを知ることは不可能だ。だが、実のところ私自身は少しばかりすっきりしていた。
「メルヴィン、早く!!」
先に建物から出て私を待っていたホルスに、横から声をかけられ振り返る。
そこには、青い空とその下に続く広大な海がちらりと見えた。
それまでの薄暗い景色からの突然の転換は、私の気持ちを驚くほど緩やかに宥めていく。
穏やかなさざ波の音を耳にして、少しばかり気の緩んだ私は、手に握りしめていた短剣を地面へと落とし、友人のもとまで全速力で走った。
これまで得ることのなかった生への実感を、深く、深く噛みしめながら。
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「――これが、自分があなたに告白できる全てです」
港町ベイシスを後にした私とホルスは、中央都市ランドフィールへと帰る道中で一度足を止めた。
追手の心配から、それまで止めることの出来なかった足についに限界が来た、というのもあるが、私の首筋にできた傷が思いのほか深く、いよいよ止血しないとまずい状況になった、という事情の方が恐らく理由としては大きいだろう。
私が持っていたハンカチを使って、ホルスに軽い止血処置を施してもらいながら、彼の自白を聞き続け、そしてついに最後の一文が告げられる。
私は、彼の自白に対して、すぐに返事をすることは出来なかった。
窮地を脱し、冷静さを取り戻しつつある私の中にあったのは、友人に対する憤りと、恐れと、悔しさであり、全ては、私を騙していたことに対する一体の感情である。
それを許すことが出来た時、私は初めてホルス・リオネットという人物と、本当の意味での友人になれるのだろうか。
そんなことを考えながら、自身を欺き続けた人間が罪の意識を自覚している姿を、ただじっと眺め続けた。
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