現実打壊
多勢に無勢。そんな不利な状況とは無縁の様子で、一人、また一人と薙ぎ倒していくホルス。彼は、目の前の障害を難なく切り捨てた後、最短距離で私へと近づいた。
「今外しますから、少しだけ我慢してください」
片膝を付き、獲物を床に置いてから、穏やかに紡がれる言葉。
その時再び、今度は近距離で、友人であるホルス・リオネットと目が合った。
つい先ほどまで見せていた冷淡ぶりから一転、自分が知っている友人の姿がそこにはある。
声を出すことの出来ない私は、憂いを帯びたその顔に向かって、一度だけこくりと頷いてみせた。
「………………」
ホルスはそれに応えることなく黙々と、私の口元に巻かれた紐や、手足の縄を解いていく。口元が自由になってみたところで、私に、俯き続ける彼へとかける言葉は見つからなかった。
「立てますか?」
「……ありがとう」
差し出された手に支えられながら立ち上がる。すると、青年の肩越しに、倒れ込む男達の姿が見えた。
「あの、彼らは……!」
咄嗟に出た言葉に自分でも驚いた。
今の今まで、自分のことをこの場所に留め置いていた者達の心配などをして、一体何になるというのか。
その卑劣な行為をすぐに許せるほどの寛容さを、今の自分は持ち得ていない。あの筆舌しがたい絶望と落胆を、同じように味合わせてやりたいとすら望んでいるのに。
そんな自分が、なぜ、彼らの生死を気にする必要があるのか――。
その謎が解ける前に、ホルスが答えた。
「気絶しているだけです」
「……よかった」
と、安堵したその時だった――――。
光に照らされ佇む私達の横。いまだ暗闇に包まれたその場所で、一寸の煌めきが走った。
「メルヴィン!!!」
怒号のようなホルスの声と共に、私は、遥か後方へと突き飛ばされる。
「……いっ」
床に転がされた衝撃で身体側面に痛みが走り、それと同時に視界がぐらついた。
そして、間髪入れず響き渡る金属音――――。
不安定な視界でその音の正体を探ろうと模索して、ようやく私は、事態を捉えることができた。
あの、銅像のようにぴくりとも動かなかった男の顔が、こちらを向いている。
男は、まるで深い業でも背負うかのごとき神妙な面持ちで、目の前に大剣を振りかざした。
標的は、間違いなく私を庇ったあの人だ。
「邪魔立ては許されない」
「お前は…………」
ホルスが発した言葉に、なんら価値を見出すことなく、大剣は軽々と振り下ろされた。
「ホルス!!!!」
呼び名の主は、いつの間にか拾い上げていた得物を前へと構え、間一髪で大剣を受け流す。
ちらりと見えた彼の横顔には、あの時の、容赦なく男達を切り捨てていった無情さが垣間見えた。
激しい金属音と共に、幾度となく繰り返される剣と剣の撃ち合い。どちらも一歩も引くことが許されない、紙一重の命のやり取り。
その惨状を眺めながら、この戦いに終わりなどやってくるのだろうか、とふと思ったその時、私はある恐怖に囚われた。
今、床に倒れ込んでいる男達とは違い、この大剣を掲げる男にホルスの手加減は通らない。
つまり、どちらかの死が確定されるその瞬間まで、終わりなどやってはこないのだ。
――友人の死が、怖い。けれどそれと同じくらい怖いのは、彼が、自分の為に、自らの手を汚してしまうことだった。
どちらに転んでも、救いのない結末。
それが、どうしても許せなくて、理不尽な現実を打ち壊してやりたくて、私は、床へと転がり、すでに無害と化していた男達のもとへと走った。
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――私にも、出来ることがある。私にしか、出来ないことがある。
無我夢中になって、倒れ込む男達の懐を漁った。
ホルスが手にしていたのだから、きっとある。間違いなくこの中の内、一人は持っている。
それを見つけ出して、声高らかに宣言してやろう。
これが、メルヴィン・ローズという人間であり、これが、私という人間の戦い方だと。
「…………あった」
ようやく。手当たり次第に漁って、ようやく、目的の物を見つけた。
鞘に納められた短剣。隠し持たれていた位置からして、護身用として身につけていた物だろう。鞘からスッと引き抜くと、真新しい刃が出てきた。
それを、堂々と、臆することなく、自身の首元へと突き立てる。
刃の先端は、まだ一度も使われたことがないのか、鋭利で、ほんの少し触れただけで今にも皮膚を突き破りそうだった。
一つ、深呼吸。
大丈夫。怖くない。
だって私は、もっと怖いことを知っている。
だから、震えそうになる足に力を入れて前に進め。
そして、私のことなんか眼中にない二人の前で、決死の覚悟で叫ぶんだ。
――私という人間の、価値の重さを。
「今すぐその戦いを止めなさい。でなければ今ここで、この喉を掻っ切ります」
努めて凛々しく、極めて悠々と、口を開いた。
私の声が届いたのか、建物内から金属音は消え失せ、大剣を持つ男と、友人であるホルスが動きを止める。
友人は、一体何が起こっているのか分からない、という表情をしながらこちらを見た。それとは真逆の冷めた目つきで、大剣を持つ男がこちらを見遣る。
両者の視線を浴びながら、私はじりじりと二人との距離を詰め、ついに両者の刃が届く間合いにまで辿り着いた。
「そんなことをして何になる。まるで無意味だ」
その男は、吐き捨てるように呟く。
「そうでしょうか? 本当に? 私がここで死んでも、何も困らないと、あなたはそう言い切れますか?」
短剣を持つ腕に力を籠めた。
自分の主張がただのはったりだと思われてしまうことのないよう、入念に。
「メルヴィン、あなたは一体何を――……」
私の身を案じてくれているのか、ホルスは顔を強張らせる。
そんな彼の憂いを無視して、私は話を続けた。
「言い切れませんよね? 何故なら、あなたはそれで良くても、あなたの依頼主がそうではないから。違いますか?」
「……なぜ、そう思う?」
「簡単な話です。ここに私を監禁した時点で、何か目的があることはすぐに分かりました。問題は、その目的の達成を望んでいるのが誰なのか、という点です。ここに倒れ込んでいる者達ではないとして、あなたでもない、とすれば他に依頼主がいると考えるのが妥当です」
まとまりのない集団と、自己中心的な会話の流れ。
その乱雑すぎる組織形態が、ある一つの事実を浮き彫りにさせていた。
ここに、この計画を組み上げた首謀者はいない。
つまり、現地での意思疎通ができない彼らにとって、変則的事象は最大の盲点となる。
「あなたの依頼主が、目的を達成するためにどれほどの信念を持ち得ているのか、それが分からない以上、この行為が無意味だと判断することはできません。少なくともあなたには」
「ふっ……。信念などなくとも、ことは動かせる」
ここに来て初めて、男が人間らしい表情を見せた。
まるで、哀れな者を軽蔑するような視線。それをこちらに向けている。
そんな彼の思考を覆す勢いで、私は、自らの命を秤にかけた。
「たとえ私を殺してでも、その目的を達成するという強い信念を、あなたの依頼主はお持ちでしょうか?」
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