一筋の光
アザナスが自分とのやり取りに没頭している間なら、部下に対して下手な指示を出すことも出来ないだろう、とグレイシスは考えた。
その間にホルス・リオネットにメルヴィンを見つけてもらえれば、それに越したことはない。もしそれが不可能だった場合は、グリルダに緊急時の合図も送ってある。
今の自分がするべきことは、アザナス・エインラッドという首謀者の気を引き続け、彼女にこれ以上の被害が及ばないよう立ち回ることだ、と自身に言い聞かせたところで、青い瞳の青年は目の前の攻防に集中するのだった。
「どうなのだ。アザナス・エインラッド」
「そ、それは……」
アザナスはたじろいだ。
法律を犯している訳でもない、王侯貴族に手を出したわけでもない、それなのになぜ、こんなにも明確な正義を突き付けられなければいけないのか。
自分は善いことをしていたはずだ。自分は間違ってなどいなかったはずだ。
なぜ、こんなにも不安にならなければならない? なぜ、こんなにも浅ましさを見せつけられる?
なぜ。なぜ――……。
そこで男は思考を停止させ、最後の切り札を出した。
「そんなことは……、そんなことはどうでもいい!! お前が非を認めないのであれば、お前が私の邪魔をすると言うのであれば、今より先あの娘の命は保証しない。それでもいいのか!?」
「……対話での解決は不可能、ということか」
相手が諦める様子を見せた時、ようやくアザナス・エインラッドの気持ちに余裕が戻り始める。
「当然だ。ことを動かすのはいつだって、対話ではなく力なのだから――」
まるで、そうである自分自身の在り方を肯定するように、青年へと吐き捨てるのだった。
「その力とやらで、ダーシー家やミルボンド家を窮地に追いやったのか?」
「…………はっ」
いつもの調子を取り戻し始めたアザナスに、予期せぬ問いが投げかけられる。それは、彼にとっては些末すぎた内容であり、この緊迫した状況下で、相手がわざわざ気にする必要のない事項。そのあまりの下らなさに、つい失笑を漏らした。
「ここにきてなんと無価値な質問か。無用の長物と化した者達のことなど、最早どうでもいいだろうに」
「貴様にとってはそうかもしれない。だが、そうではない者もいる」
その、理解しがたい価値観を鼻で笑いながら、男はありのままを述べることにした。
「……まあいい。教えてやろう。あの者達が表舞台から姿を消した理由はひとえに、我欲による自滅だ。まあ、ミルボンド家はその巻き添えを食らったと言ってもいいだろう。一人の男が身の程を弁えずに、金を使って使って使って、自身の欲求を満たし続けた結果があれだ」
自身でも驚くほど冷静に、愚かな男とそれに関わった者達の末路を口にしたアザナスは、その後一瞬で我へと返り、目の前の青年へと向き直った。
「そうか。なら、いい」
まるで自分の考えが的中したとでも言うように、安堵の表情を浮かべるグレイシス。
その意図の掴めない有様に、アザナスは苛立ちを募らせた。
「何がいいものか。何一つ私の役に立たず自滅するとは、能がないにもほどがある。……それよりも、他人のことを気にしている場合なのか? お前は。ずいぶんと余裕ぶっているようだが、お前の大事な娘は、こうしている今もなお私の手中にあるのだぞ?」
「……そうだな。貴様の言う通り、僕が今ここで貴様の主張を受け入れなければ、事態は一向に変わらない」
現実の不条理さを受け入れた上で、青年は言葉を続ける。
「――だが、僕は信じると決めたのだ。彼女の強さを」
そこで、バンッ! という勢いのある音と共に、アザナス・エインラッドの自室の扉が開かれた。
内情を知っている様子の使用人が一人、慌てふためきながら許可もなく室内に侵入する。
使用人は、何事か!? と怒鳴りつけるアザナスへと容赦なく近づくと、驚きの表情を浮かべるグレイシスをよそに、そっと耳打ちをした。
その静かな囁きは、事態の急展開を報せる鮮やかな啓示となった。
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昏い昏い水の底にいるような気分だ。
長すぎた時間の経過と共に、気丈であった心持ちもついにはぐらつき始めた。
どうにかしたい、という思いはいつの間にか影を潜め、どうしようもないという絶望感に支配される。
目の前には、銅像のようにぴくりとも動かない男と、その先で浮かれ騒ぐ数人の男達という相変わらずの光景が広がっていた。
この無秩序な空間に、思考すらも囚われ始めていた。そんな時だった。
地面から響き渡る、鈍いギギギという音。
それと共に差し込んできたのは、一筋の光だった。
それは、この混沌めいた世界に生まれた唯一の秩序として、領域をゆるやかに広めていく。
「な、なんだお前は!?」
「ちょ、どーゆうことだよ? なあ?」
「えっ、なんで……」
「いやいやいや、おかし――――」
そして聞こえる、それまで慢心していた者達が発した、驚愕の声。その声は、最後まで紡がれることはなく、この広い建物の中へと消え去っていく。
訳も分からないまま、光に釣られて視線を上げる。
と、そこにいたのは――無口で、掴みどころのない、私のことを欺き続けた友人、ホルス・リオネットだった。
可笑しなもので、その人を目にした瞬間、私は、塞がれた口元に笑みを浮かべていた。
「メルヴィン、無事ですか!?」
心配そうな顔をするホルスと目が合う。
口が開けない私は、彼から注がれる視線を、ただ見つめ返すことしか出来なかった。
「――なるほど。そういうことか」
一歩、さらに一歩と近づいてくる足音と重なるように低くなる声。
ああ、これは怒りだ、とすぐに気付いてしまえるほど、普段のホルスにあった物腰の柔らかさが消失していた。
「くっそ、お前!!!」
と、既に倒れ込んでいる数人のうち一人が起き上がり、彼に突進する。
ホルスはそれを難なく組み敷くと、次に背後から襲い掛かる者からの奇襲を避け、その男の持つ得物を奪ってみせた。
「……い、一体どうなってんだよ」
「話が違うじゃねえか、なあ……?」
混乱する素振りを見せる男達を横目に、ホルス・リオネットは手にした得物を慣れた手つきで前へと構える。ただのはったりではなく、経験からくる威圧が、周りの者達を怯ませた。
そこにいたのは、私の知っている、あのぎこちない笑みを浮かべていた友人ではない。
己が定めた目的のため、邪魔なものを全て撃ち払い、突き進む、実直な戦人の姿がそこにはあった。
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