駆け引き
アザナス・エインラッドの広々とした自室には、彼以外にもう一人の人物がいた。
その者の名はグレイシス・アスタイン。
まさかの来客に、妙な慌ただしさを見せるエインラッド家の使用人達をよそに、静まり返った室内では、巧妙な駆け引きが執り行われようとしている。
「初めまして、と言うべきかな? グレイシス・アスタイン殿」
「敬称は結構だ。アザナス・エインラッド」
「……そうか。それは残念だ」
「前口上はいい。早速本題に移らせてもらう」
「ははっ、何をそんなに急いている? 時間に余裕がない訳でもないだろうに……」
アザナス・エインラッドは、心底愉快そうに笑みを浮かべる。
その表情を冷静な目で見つめながら、青い瞳の青年は口調を強めた。
「メルヴィンは今どこにいるのだ?」
「おうおう、怖い怖い。王侯貴族ともあろう者が、そう怒りを露にしてどうする。……まあ、いい。望み通りその娘をお前に返してやってもいい。だが、一つだけ条件がある」
「聞こう」
「今後一切、私のやることを邪魔しないと約束するのなら、その娘は返してやろう」
「それは一体、どういうことだ……?」
表情を曇らせる青年に、男は悠々と、憎々しげに心境を語った。
「私は今、非常にイラついている。何故だか分かるか? グレイシス・アスタイン」
「………………」
「ふっ。その様子だと、まだ状況を理解できていないようだな。いいか? 私はな、今まで一度も、私の立てた計画を、他人の手で狂わされたことがないのだよ。もちろん、私の身内がその無能さ故に、計画を台無しにすることは多々あった。だが、私はその都度、軌道を修正し目的を果たしてきたのだ」
「……何が言いたい?」
自身に酔いしれながら回りくどい説明をするアザナスに、冷ややかな視線を向けるグレイシス。
その態度が気に入らなかったのか、それともこれまでの経緯を反芻したからなのか、男は異質な豹変を見せた。
「お前が邪魔さえしなければ!! お前が表立った行動さえしなければ!! 私の計画は全て順調に進んでいたのだ!!!! お前に分かるか? この屈辱が! この失望が! この憤激が!」
「僕が、貴様の何を邪魔したというのだ」
「はっ……、とぼけおって。お前がここにいることが全ての答えだろうに」
「僕をここへ呼びつけたのは貴様だろう。その張本人が何を言っている」
「メルヴィン・ローズ」
その名を、目の前の人物の口から聞いた瞬間、グレイシスは顔色を変えた。
「どうやらグレイシス・アスタイン殿は、その娘にご執心のようだ。やはり私の読みは当たりだったな。
その娘に頼まれたか、はたまたその娘に好かれるためか、アラン・ダーシーとアシェリー・ミルボンドの婚約周知の機会をぶっ潰し、見事ローズ家に権威を取り戻したのだろう?」
青い瞳の青年は、図星を突かれたのか目を伏せる。
これまで自分の思い通りにいかなかったことが、ここに来て全て思い通りに動き始めて、アザナスは気分を高揚させた。
「お前のその独善こそが、私の本来持っていた計画を全て台無しにしてくれたわけだ!」
「その、計画とやらの全貌が分からない以上、僕としてはただの言いがかりにしか聞こえない」
「いいだろう。では、白を切り続けるお前が納得できるよう、丁寧に丁寧に教えてやろう。
私の目的はな、不安定な今の時世において、足元が揺らぎつつある貴族達を救ってやることにあるのだよ」
「盤石だと思われた国家の在り方が、時代の流れと共に変わりつつある今、貴族にも変革が求められている。これまで通りにはいかないだろう。それを無理やり再帰させようとすれば、いらぬ歪が生まれることになる。それを分かっての発言か?」
「分かったような口ぶりだな。これまでこの国を支えてきたのは他でもない我々貴族だ。その優位性を主張して何が悪い? そもそもその歪とやらも、貴族ではない者達が生んだものなのだから、本人達に支払わせるべきであろう?」
どこまでいっても平行線の会話。けれどその中で、グレイシスはアザナスの話からいくつかのヒントを得ていた。
貴族を救ってやる――。歪は、貴族ではない者達が支払うべきだ――。
その言葉と、メルヴィンの父、アーネスト・ローズから聞いた話を照らし合わせる。
アーネスト・ローズは、アザナス・エインラッドより庶民への高利息の貸し付けを提案されていた、と以前漏らした。それが、アザナスが執拗に口にした計画の手段だったとするのなら。それは――……。
「なるほど。どうやら僕が考えていた以上に、この問題の根は深かったのだな……」
「なんだと?」
「ダーシー家とミルボンド家の繋がりを世に知らしめるのは、あくまでもパフォーマンスの一環に過ぎなかった。本当に必要だったのは、そこで得られる根拠なき信用だ。貴族との繋がりを持つ商家になら、身を委ねても大丈夫だろうという共通認識を人々に植え付け、その上で、ミルボンド家を通して高利息の貸し付けを庶民へと行う。それが貴様の目的を果たすための手段だったのではないか? アザナス・エインラッド」
自身の名を呼ばれ、アザナスは一瞬硬直した。
確かに、何故グレイシス・アスタインに非があるのか、それを理解させる必要はあった。
だが、自身が立てた計画のその全てを、会話の中から突き止められるとは思ってもみなかったというのが本音。
自分がべらべらと喋りすぎたのか、それとも相手の推理が自分の思考よりも上手だったのか、どちらにせよこれ以上深掘りされるのはまずいと考えた男は言葉を濁す。
「さあて、それはどうだったかな……」
「貴様がそれを認めなければ、僕が貴様の邪魔をしたと認めることも出来ない」
青年の言うことは最もだった。
ただ学園の定期舞踏会に出席しただけであって、そのせいで何がどうなってアザナスの邪魔をしてしまったのか、それを本人の口から聞かない事には、非は認められない。
冷静にその事実を突き付けられた時、アザナス・エインラッドの頭は真っ白になる。
何処で手順を間違えた? 最初は間違いなく、こちらが優勢だったはず。今だって手札はこちらの方が多い。……なのに、なぜ自分はこんなにも追い詰められた気持ちにならねばならないのか、と。
「ええい、うるさい! 仮にそうであったとしたら、お前は私に非を詫びるのか!?」
「そうだな。貴様の計画とやらを僕が邪魔したというのであれば謝罪しよう。……だが、高利息によって庶民から巻き上げた金銭を、自らの支持を増やす目的で、他の貴族へ横流しするつもりでいたのであれば、話は別だ」
青年の相手を射抜くような瞳は、確実にアザナス・エインラッドを捉えていた。
男は、同じ王侯貴族の出でありながら、自分とは違う、まるで君主のような物言いをするグレイシス・アスタインに、独り畏れすら覚えるのだった。
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