格納倉庫
何か心当たりはないだろうか? とグレイシス・アスタインに尋ねられ、即座に思いつくような場所は存在しなかった。
それでも、刻一刻と経過する時間の中で、関連しそうな出来事を模索し続ける。
付き人であった俺になら、常にアザナス様の近くにいた俺になら、あの方の言動からそれを導き出しやすい。
なにか……。例えば、目を通していた書類や、呟いた独り言、来客との会話、その中で何かしらの手がかりとなり得る材料はなかっただろうか。
一人道端に取り残された俺は、張りつめた一本の糸を手繰り寄せるように、記憶を漁った。
『いつまで古い制度に縛られ続けるのか。まったく、父上のお考えが私には理解不能だ……』
違う、これじゃない。
『上からの景色とは一体どんな眺めなのだろうな?』
違う、これでもない。
『決めたぞ。表立って動けぬのなら、いっそ誰も気づかぬうちに、裏から手を回してしまえばいいのだ!』
――それは、アザナス様の動機のもととなった言葉だった。
全てのことの始まり、発端、原因。
一見、今探しているものとは特に関係がなさそうな記憶の一片。
けれど何故か、捨て置くことの出来ない事象。
俺はそれを、無意識下で掘り下げた。
あの当時、水面下であちこちに手を付け、自らの後ろ盾を増やすことに躍起になっていたアザナス様は、その主軸として、国外からの密輸の斡旋を据えていた。
それは、力のない中流階級の貴族が、莫大な富を得るための資金源として大いに役立ち、結果として、あの方を支持する貴族は日に日に増えていくことになる。『内外適正取引条約』が制定される、その日まで。
そこまで遡ってみて、思わず独り言を漏らす。
「サプラス格納倉庫……」
それは、今から7、8年前、頻繁にアザナス様が口にしていた場所の名だった。
密輸したものを、国内の貴族が貰い受けるための取引所。それは、あの方が誰よりも熟知していながら、あまり公に訪れることのなかった場所である。
内情を把握しやすく、万が一見つかっても関連性を疑われる恐れがない。そんな、自分にとっての都合のいいテリトリーを利用しようとするのが人の心理だ、とグレイシス・アスタインは去り際に言っていた。
その助言通りの行動を、アザナス様が取っていたとすれば――――。
藁にもすがる思いで、俺は、格納倉庫がある方角に向かって走り出した。
********************
サプラス格納倉庫があるのは、中央都市ランドフィールを南下して直ぐの所にある、港町ベイシスだった。
中央都市とは目と鼻の先にある港町ベイシスは、狭い土地の中に建物が密集しているランドフィールとは違い、広大な敷地に、いくつかの倉庫が悠々と立ち並ぶ風景が印象的な町である。
その倉庫の隙間から見える船着き場には、空との境目が分からなくなるほど青々とした海が広がっていた。
一度だけ、アザナス様にお遣いを頼まれて、この場所まで来たことがある。
急遽行けなくなってしまった貴族の代わりに、契約書を届けるという簡単な仕事。
その目的地となっていたのがサプラス格納倉庫だった。
まだあの頃のサプラス格納倉庫は、次から次へと搬入される荷物と、その荷物を元手に一儲けしようという人々の行き交いにより、活気あふれる取引の場として機能していたのを覚えている。
それが、今となってはこの有様か――――。
目の前に聳え立つ荒廃した巨大な倉庫を見上げながら、独りそんなことを思った。
視線を倉庫本体からその周囲へと向ける。現段階で、格納倉庫の付近に人の気配は感じられない。
では、その一見機能していないように見える内側はどうだろうか。忍び足で近づき聞き耳を立てた。
すぐに聞こえてきたのは、人の話し声と足音。時折聞こえる笑い声が、中にいる者達の気のゆるみ具合を易々と教えてくれた。
使われなくなってから数年が経過していることは、外観を見ただけでよく分かる建物。そこに複数の人間が屯しているであろう今の状況は、間違いなく異常と言える。
そう判断した瞬間、ここが目的地であるという確信が生まれ、それと同時にやってきたのは、自身の行動に対する大きな疑問だった。
――本当に、このまま進んでしまっていいのか?
このまま格納倉庫に押し入りメルヴィンを助け出すということは、主の意向を無視することと同一であり、それは命令違反にはならずとも、完全な原則放棄となり果てる。
俺は、グレイシス・アスタインから彼女を見つけ出すことを任された。
それはもちろん、その後の救出も含めての意味合いであったはず。
……分かっていた。分かっていたはずなのに。
いざ現状を目の当たりにしたところで、彼女のために走り出したはずの足が止まってしまう。
あの時の、刹那の衝動を、全て忘れてしまったように。
********************
アザナス様に拾われてからの俺の人生は、幸か不幸かと問われれば、幸せだったと言えるのかもしれない。
あの粗雑で理不尽すぎた孤児院から、ようやく抜け出すことが出来たのだから。
剣技の腕を買われた俺は、その後、実戦という名目で様々な任のもと、多くの醜行にこの身を委ねてきた。
時には、罪なき庶民を切り捨て、時には、暴徒化した貴族を殺戮した。
その実力と忠義が認められ、二年前、あの方の付き人という重要な役目を任されることになる。
『光栄に思え』
と言われてはみたものの、俺にとってのアザナス様の付き人の仕事は、それまでしてきた事と大差なく、むしろ衣食住に困らなければなんでもいいという認識さえあった。
今回のメルヴィン・ローズの件も、最初はそうだったはず。
いつものように事務的に仕事をこなし、与えられた報酬のもと命を繋ぐ。
その、決まりきった循環に狂いが生まれたのはいつだったのか。
声をかけられた時、教室で助けられた時、飲み物を奢ってもらった時。
……いいや、恐らく一番初めから、彼女という人を前にして、俺の前提条件など無意味にも等しかったのだろう。
それほどまでに、メルヴィン・ローズという人間の在り方は美しかったのだ。
――だから、守りたいと願ってしまった。
――その在り方と、彼女の全てを。
ようやく。ようやく、ここから前に進むための答えを見つけたような気がする。
つまるところ俺は、自己の保身よりも、彼女の気高さを護ることの方が重要になってしまっていたのだ。
「なら、行くしかないよな」
未来への不安と、確かな思いを胸に抱いて、格納倉庫の重い扉に手をかけた。
この錆びついた扉の先に、大切な友人の姿があると信じて。
面白い、続きが気になる、という方がいらっしゃいましたらブクマ、評価などして頂けると作者が喜びます。




