失望落胆
一通りの会話を終え、昼食をとり終えた頃、グレイシス様は意を決したように口を開いた。
「メルヴィン嬢、出来る限りのことをして最善の手を尽くす。だからどうか…………」
その後には何も続かず、しんとした空気が辺りを包み込む。
あまりにも弱々しい懇願。
口にすることすら躊躇してしまうほどの想い。
――青年は一体、何を恐れているというのだろう。
私を失うこと? それとも、私に嫌われること?
そうであったらどんなにいいだろう、という得がたい優越感を夢想しながら、静かに告げる。
「そのお言葉を信じます。けれど私は、グレイシス様、あなたが思っているほど弱い人間ではありません。だからどうか安心して、目の前のことに集中してください」
どちらにせよ、私の姿勢は変わらない。
あの時、彼を許すと告げたあの瞬間から、メルヴィン・ローズは強く在ろうと決めたのだ。
有無を言わせず、圧倒的な威厳を持ってして、青年の悔恨を払拭する。
それが出来るのは、他の誰でもない私だけなのだから。
「――驚いた、な……」
「え……?」
「流石はメルヴィン嬢、と言うべきか……」
「急に、どうしたんですか……?」
「まるで全てを見通しているかのごとき慧眼。毎度のことながら恐れ入る」
それまでの陰鬱な雰囲気から一転、グレイシス様は覇気のある声で呟く。
「ならば僕も、それに見合うだけの存在であらねばならぬだろう。――メルヴィン・ローズ、」
「はい」
「僕は君の強さを信じる」
青年が抱いた確かな決意は、驚くほどの威力を以って私の胸を弾ませた。
なぜならそれは、メルヴィン・ローズの持つ能力が、初めて他者によって認められた証でもあったから。
「それはとても、嬉しい限りです」
私の返事が終わると同時に、有意義な時間を惜しむような予鈴の音が小さく流れた。
「……そろそろ時間だな」
「そう、ですね」
「よければ明日も昼食を、と誘いたいところだが、明日は学園が休みだったな」
「はい……。実は明日の休み、久しぶりに実家に帰ろうと思っています」
「そうか。アーネスト氏は息災だろうか」
「父は相変わらずです。手紙には必要最低限のことしか書かず、何を考えているのかさっぱり分かりません。……ただ、そうですね。ほんの少しばかり、以前より柔らかい言葉遣いが増えたような気がします。ほんの少しだけ、ですが」
「それはよかった。商いの方はその後どうだろう」
「残念ながらそちらも、詳しくは……。ただ、まあまあ、上々、良い、という記述しか今のところ見かけないので、悪くないことだけは確かです」
「ははは。そうか」
「まったくもって、本当に、父は言葉が足りなさすぎます。結局、手紙のやり取りだけでは状況が掴めず、私が家まで赴くことに……」
「学園にある固定電話を使ってみるのはどうだろうか?」
「あの黒電話のことですか? 確かあれは、緊急時にしか使用できなかったはず……。なによりあの父のことですから、電話口でもきっと、ああ、うん、承知した、しか呟かないのが目に見えています」
「そういうものなのか……」
「そういうものなんです」
「……父と子というのは、どこまでいっても分かり合えぬもの、だな」
物悲しさを潜ませながら、グレイシス様はそっと呟くのだった。
その、哀愁漂う雰囲気を誤魔化すように、ではまた、と告げて青年は礼拝堂から去っていく。
彼の物言わぬ背には、どこか見えない重さが感じられた。
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薄暗い明かりの灯った室内に、男の高笑いだけが響きわたる。
「ははははは! ようやく、ようやく尻尾を出したな? グレイシス・アスタイン」
「彼女が、アザナス様の計画を狂わせた要因になったと、まだ断定はできません」
付き人であるホルス・リオネットの表情は暗い。
自らに課せられた職務を全うしておきながら、その実、自身の行いがこの先及ぼすであろう悪影響を心配していた。
「口を慎め、ホルスよ。計画が狂ったのではない。私の計画は最初から最後まで完璧であったはずだ。それを狂わせたのは、愚かにも無能すぎた中流貴族の強欲と、馬鹿正直に信念を貫いた商人の独善と、無遠慮にその身を晒した王侯貴族の自負だ。そうであろう?」
「……はい、その通りです」
「どいつもこいつも、この私の邪魔をするとはいい度胸をしている……」
アザナス・エインラッドの苛立ちは増していく。
首元に結わえた髪の毛を激しく揺らしながら、今自分が置かれている状況や、敵の意図がなんなのかを思案した。
「なあ、ホルス。そのメルヴィン・ローズという者は、本当にグレイシス・アスタインと密会をしていたのだな?」
友人の名前が主人の口から出たことに動揺の色を見せつつも、ホルス・リオネットは平静を装った。
「自分は、二人が同じ場所に入っていくのを見届けただけなので、確かなことは分かりません」
「……珍しく曖昧な言い方をするな。まあいい。私の方でも、アスタイン家の過去の働きを調べてみたが、裏工作をしている様子は見受けられなかった」
「資料だけでそこまで分かるものなのですか?」
「大体のことはな。密書も見つからなければ、過去の実績に用いたであろう計画案にも、目だった抜け穴はなかった。甚だ鼻にはつくが、アスタイン家自体は白だろう。となると……」
アザナス・エインラッドは、目を細めながら標的を定める。
「アスタイン家の人間でありながら、アスタイン家の人間らしからぬ振る舞い。ふむ……。それだけ、その者に肩入れしているということなのか……。
――どちらにせよ、こちらが動けばその関係性も見えてくる、か。そうだな。であれば、ローズ家への報復と仕置きの意味も兼ねるゆえ、一石二鳥だ」
一人で結論を下した主人は、不敵な笑みのまま、付き人に最後の質問を投げかける。
「ホルス、その者の今後の動向を教えろ」
「それ、は…………」
「なんだ? 会話の中でそれとなく聞き出しているだろう? それがお前の役目なのだから」
主人の言葉は、迷走する付き人の思考を的確に射抜いた。
あくまでも自分が、主人にとっての手段でしかないことを思い知らされると同時に込み上げたもの、それは無力な我が身への失望である。
――それを口にすることが何を意味するのか、頭の片隅で理解しながらも、ホルス・リオネットは、主人によって定められた自身の役割から逃れることは出来なかった。
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