虚偽報告
「いいえ、気にしないでください。あれは私の、独善的な贖罪みたいなものなので」
「では、私的に動いただけだと?」
「そういうことになります。私は、自分の為に動いただけです」
「……なるほど」
ほんの少し思案した後、ホルスはよく分からないという表情をしながらも、それとは逆のことを口にした。まるで、自己の主張というものを全く理解できない幼子が、何の気なしに大人の意見を聞き入れるように。
「では――」
次の場所へと向かいましょう、と言葉を続けようとした時、ふいに何かを思い立ったようにホルスは疑問を口にした。
「初めて会ったあの時、自分を助けてくれたのも私的な理由ですか?」
「初めて会った時……」
それは確か、彼が今にも倒れてしまいそうなほどの荷物を、一人で抱え込んでいて。
不安定な状態のまま、転びそうになりながらも、どうにかして目的地まで運ぶことは出来たのだろうけど。
でも私は、手伝わずにはいられなかった。
それを改めて、なぜ? と問われると、正直理由はよく分からない……。
「あの時は、とっさに身体が動いていたとしか……」
「理由もなく、ですか?」
「これといった理由は、正直思い浮かびません」
「なるほど。とっさに身体が動く、か」
それまでの無関心そうな様子から一転、ホルスは何かに気を取られたように考え込む。
「ホルス、そろそろ行きますよ」
「………………」
「ホルス?」
「………………」
「ホルス!!」
「あっ、はい!」
「そろそろ次の場所へ行きましょう」
我に返った転入生を連れて、私は次の目的地へと向かう。
足音しか聞こえない廊下を、会って間もない人間と無言で歩いているというのに、不思議と気まずさは感じられない。
思えば初めて会ったあの時も、私は彼の隣を無言で歩いていた。
場所が変わっても、やることがたいして変わらない自分とホルスの関係性。
その、あまりの普遍ぶりに、私はほんの少しだけ安堵していた。
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中央都市ランドフィールは、その名の通り国の中枢を担う都市であり、その土地の狭さのわりに多くの建物がひしめき合っている。
ただでさえ狭い土地を、あちこちの有権者達がこぞって奪い合うものだから、ランドフィールの地価は年々上がる一方。湯水のごとく財産を捻出できる者は、一族総出で豪華絢爛な屋敷を造り上げ、積み上げるべき紙幣がなくなった者は、静かに地方の町へと帰っていく。
そんな、格差の権化ともいえるこの中央都市で、他の影響を受けることなく、優雅に堂々と、広大な土地を利用して建っているのが、王立コルテシア共同学園である。
土地がいくらあっても足りないこの場所で、未だその在り方を許されているのはなぜなのか。理由こそ分からないが、長い年月をかけて代々維持され続けてきたこの学園は、創建当時の姿形のまま、中央都市ランドフィールに君臨し続けていた。
その仰々しい学園から目を逸らすように正門を潜り、外へ出る。
時刻は夜の10時過ぎ。
消灯時刻を過ぎているため、生徒達はすでに眠りについている。
そんな中、流石に制服で出歩くのはまずいと考えた自分は、アザナス様に頂いた付人用の服へと着替えていた。一見軍服にも見えるこの服なら、待ち合わせ場所となっている酒場に赴いたとしても、他の者に怪しまれる心配はないだろう。
学園の正門から伸びる古い石畳を通り、並び立つ建物の間にある路地を抜け、都市はずれの酒場へと向かった。
酒場の中は、夜の10時過ぎということもあり多くの客で賑わっていた。
入って直ぐのカウンターに立つ店主に視線で合図を送る。すると店主は、首をくいっと右側へと動かして目的の人物がいる部屋を指し示した。
今日の出来事を和気あいあいと話し合う人々の後ろを通り過ぎ、奥まった場所に設置された扉に手をかける。
カチャリ、という音と共に視界に入ったのは、自分が仕えるべき主人の堂々たる姿だった。
「久しぶりだな、ホルス」
「ご無沙汰しております、アザナス様」
「どうだ? 生まれて初めての学生というものは」
「なかなか要領が掴めず、いまだ不慣れなことばかりです」
「そうか……。それはなんとも、愉快だな」
エインラッド家の次期当主、アザナス・エインラッド様はその口元に微笑を浮かべる。
相変わらずの冷淡さに、自然と背筋が伸びた。
「――しかし、学生生活とは一体どんなものなのだろうな」
「自分の在籍しているクラスは、貴族が半分、庶民が半分の、ある意味では異色なクラスであるため、その中での格差が明確となっています」
「ほう。それはなんともまあ……この国の縮図のようではないか」
他人事のように笑い飛ばすアザナス様に、一つ疑問を投げかける。
「アザナス様は、学園には在籍されなかったのですか?」
「ホルス、お前は面白いことを言うな。ただ屋敷にいるだけで、多くの知識を得ることのできる私のような王侯貴族が、なぜわざわざ足を動かしてまで学園になど通う必要がある?」
「それ、は…………」
自分の問いに、更なる問いを重ねられるとは思ってもいなかったため、咄嗟に答えることが出来なかった。
それ以前に、主人の考えは反論の余地がないほど的を射ており、もはや自分の返答など必要なかったように思う。
「――だからこそ余計に不思議ではある。グレイシス・アスタインが、なぜ学園に籍を置くのか、ということがな」
「それが、例のアスタイン家のご子息の名ですね」
「そうだ。で、実際どうであった? 学園の中で価値ある情報は得られたか?」
アザナス様は、早速本題に入るよう促した。
「はい。自分が得た情報によれば、あの日、定期舞踏会でグレイシス・アスタインは、ある商家の出の者と入場し、一緒にダンスを踊っていたそうです」
「……ほう。商家というと、もちろん身分は庶民であろう?」
「そうですね。必然的に自分はその者と同じクラスになりました。名をメルヴィン・ローズと言います」
「なるほど……。なるほど、な。ははっ――……。そうかそうか。そうであったか!」
主人はその名を聞くやいなや、妙な興奮を見せた。
どこかで聞いたことのあったローズという姓が、アザナス様の持つ記憶と合致したらしい。
そのことに気付きながらも、何も知らないふりをして尋ねた。
「どうかなさいましたか……?」
「まさか、ローズ家が水面下でアスタイン家を後ろ盾にしていた……? いや、あの博愛主義であるアスタイン家がそこまで肩入れするさまなど、今まで見たことがない。となると、私が知らないだけで、昔からそういった裏工作が得意だったのやもしれぬ。ふむ……。これは一旦、書庫を漁るべきか……」
自分の言葉など一切耳に入っていない様子で、アザナス様は独り言をぶつぶつと続ける。
しばらくそれが続いた後、急遽熱が冷めたように停止して、こちらを向いた。
「ホルス、他に何か目ぼしい情報は?」
「はい。ここ数日探ってはみたのですが、どうやらアスタイン家のご子息はいまだ学園に顔を出していないようです」
「まあ、そもそも王侯貴族が学園で学ぶことなど何もないはずだからな。おおかた、籍だけおいて不在の場合が多いのだろう。……しかし、そうなるとますますその庶民との接点が謎だな。その、メルヴィン・ローズという者に関して何か分かることは?」
「はい。その……、まだ日数も浅いため詳しくは…………」
「そうか。では、今後はその者との仲を深めておけ。何か分かったらすぐに知らせろ。アスタイン家の方はこちら側で少し調べてみる」
「承知しました」
そこで、アザナス様との会話はぷつりと終わる。
もうお前に用はないと言わんばかりに、視線を手元のグラスへと向ける主人の姿。その光景を最後に部屋を出た。
相変わらず賑やかに談笑する者達の背後をすり抜け、酒場を後にする。
徐々に眠り始める都市の中を、ゆっくりと静かに歩きながら自らの行いを悔いていた。
……あの時。アザナス様の問いかけに対し、自分は嘘をついた。
本当は違う。
自分は知っていたはずだ。メルヴィン・ローズという人物がどういう人間なのかということを。
――なのに、けれど、嘘をついた。
まるであの時の救済を、誰にも知られたくないかのように。
「馬鹿か……。俺は」
そんな判断は、自分のような立場の人間には必要ない。
なのに、それなのに俺は、あの束の間の出来事を、ほんのひと時でも守りたいと思ってしまったのだ。
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