罪の共有
午前中の授業が終わりを迎えると、私は急ぎ足で礼拝堂へと向かった。
グレイシス様にアシェリーが学園を去ったことを報告し、その流れで事実を確かめたかったのもある。
けれどそれよりも、やはり私は、彼が無事に学園にいる姿をこの目で確認したかったのだと思う。
あの人の姿を見れただけで、あの人の声が聞こえただけで、この胸中にある嫌な不安を払拭出来るような気がしたから。
神聖な空気をまとって佇む礼拝堂。
世界から隔絶された空間。世界を拒絶した成れの果て。
その場所に、目的の人物はいなかった。
「……………………」
なんとなく――――。
なんとなくそんな気はしていた。
屋敷内ですら傷のことを隠し通そうとしていた彼のことだ。
その徹底ぶりからして、傷が治るまで学園には来ないつもりでいたのだろう。
それが分かってはいながらも、どこかで期待していた自分がいた。
足を、礼拝堂の出入り口へと向ける。
と、一瞬。
振り返ると同時に白いもの視界に映った。
それは、決まってグレイシス様が腰かけていた場所、私がいつも座る席から通路を隔てて反対側にある長椅子の上に置いてあった。
まさか、と祈るような思いで近づく。
そこにあったのは、宛名も差出人も不明な真っ白な封筒だった。
「これって…………」
私は、すぐさま封を開け中身を確認した。
中には真っ白な便箋が入っており、中央にただ一言。
『約束は守れそうにない、すまない』
最も重要なことが分からないよう書かれた文章があった。
この、礼拝堂という特定の場所と、端的に書かれた手紙の内容――。
十分すぎるほどのヒントを経て、私は筆者が誰なのかをすぐに理解した。
差出人は、グレイシス様と見てまず間違いないだろう。内容は、今日ここに来れなかったことに対しての謝罪文。
万が一、私以外の人の目に触れてしまった時の為、あえて宛名と差出人は記入せず、分かる人間にしか分からない文章を記したのか……。
と、青年の機転の利かせ方に関心しながらも、私は独り、深いため息をついていた。
「……戻ろう」
手紙を片手に携えて、もういる意味がなくなった場所から遠ざかるように赤い絨毯の上を歩く。
自らの足音だけが響きわたる礼拝堂。
この場所は、こんなにも広かっただろうか。こんなにも寂しい場所だっただろうか。
約束を交わさなければ、会うことすらままならない関係性。
それが、庶民である私と、王侯貴族である彼との間にある歴然たる距離感。
それでもなお、あの人の存在を求めてしまうのは、私のわがままなのだろうか――――。
現実から目を背けるように、私は礼拝堂を後にした。
********************
事前に用意していた昼食を持って食堂へと辿りつく。
食堂の中は、お昼時ということもあり一際賑わいを見せていた。
あちらこちらで話題になっているのは、やはり3日前の話。
座る場所を探している間、ちらほら聞こえてくる話し声に耳を傾けてみたが、誰一人としてアランやアシェリーのことを話題にしている者はいなかった。
その代わりとでも言うように、私が横を通り過ぎるごとに向けられる好奇の目が後を絶たない。
実害こそないが、あまり……いい気分とも言い難い。
そんな鬱々とした気分の中、空いている席がないかとあちらこちらを見渡して、見覚えのある薄茶色のロングヘアーが目に入った。
「おはようございます。エメット」
「あら、メルヴィン。おはようございます」
「隣に座っても?」
「ええ、ぜひ」
にっこりと微笑む友人の顔を見て、私はようやく落ち着きを取り戻す。
「今日はなんだか騒がしいですわね」
「みんな、定期舞踏会の話題で持ちきりのようです」
そうなんですの? と、意外そうな顔を見せるエメットに、私は一つの質問を投げかけた。
「あの……エメット。一つ、質問があります」
「どうしたんですか? 改まって……」
「エメット、あなたはあの日、私のダンスを見てはいませんでしたか?」
思い切って口にした言葉は、信頼のおける友人に対する確認の言葉でもあった。
こわばる私の顔を見つめながら、エメットはその大きな瞳を丸くさせ、そして微笑してから小さく呟く。
「……ええ。見ていましたよ。とても、とても美しいお姿でした」
「そう、でしたか」
それ以上を口にしようとしない友人の隣に私は腰かける。
素知らぬ顔で、早起きして寮の炊事場で拵えた昼食の袋に手をかけた。
「あら、とても美味しそうですわね」
「お一ついかがですか?」
「いいんですの?」
「もちろんです」
「どうしましょう……。メルヴィンお手製のサンドウィッチが頂けるなんて……」
顔を両手でサンドしながらうっとりするエメット。
「大袈裟では……?」
「いいえ、そんなことはありません。これは後で、きっちりとポールに報告せねばなりませんね……」
「はあ…………」
彼女のツボがよく分からない私は、そこで話を終わらせた。
満面の笑みを浮かべながら、私が作ったサンドウィッチを手に取り頬張るエメット。
そんな彼女を横目に、私は、懐の広い友人を持てたことに深く感謝していた。
「ポールと言えば、エメットが突然いなくなってしまったあの日のことなんですけど……」
「あー……。メルヴィン、ごめんなさいね。私あの日は突然用事が出来てしまいましたの」
「突然の用事、ですか?」
「ええ。突然の用事です」
「そうですか。それなら仕方がありません。あの日、エメットのお陰で無事に目的は果たせました。ご助力、感謝いたします」
私は、あえて言葉を濁しながら友人の配慮に応えた。
「メルヴィンのお役に立てて何よりですわ。……けれど、今思えばなかなか強引な方法でしたわね」
顎に人差し指を添えながら、冗談めいた口調でエメットは告げる。
「今更そんなことを言われても……」
「ふふふ、ごめんなさい。推し進めた張本人がそれを言ってしまっては、世話ないですわね」
「それを言うのなら、私も……私だって同罪ですよ」
「では私達、同じ罪の共有者ということになるのでは?」
「どういう意味ですか、それ……」
「さあ? 今適当に思いつきました」
おどけてみせる友人。
私は呆れながら、自分で作ったサンドウィッチに手を伸ばす。
一足先に食べ終えたエメットが、不思議そうに呟いた。
「しかし、これだけ多くの食べ物が用意されているのに、なぜあえてサンドウィッチを準備したのですか?」
「それは、その…………。作って、みたかったんです。サンドウィッチ」
口にした途端、湧き出る気恥ずかしさ。それを隠すように、私はサンドウィッチを頬張るのだった。
********************
友人との昼食を楽しんだ私は、その足で教室へと戻ってきていた。
自分の席に座りながら、ぼーっとした頭で窓の外を眺める。
このまま午後の授業を終えたら、念のため、またあの場所へと足を運んでみよう。それでも会えなければ、また明日。それでもダメだったらまた次の日も――……。
そんなことを考えている最中だった。
「なんだお前! 庶民のくせに気安く話しかけるなよ!」
「あっ……。すいません」
「すいません? 違うだろ。目上の者に対する口の利き方がなってないな、お前!」
「……申し訳、ありませんでした」
「それでいいんだよ。それで」
教室の端、私の机の対角線上に位置する薄暗い場所で、そのやり取りは行われていた。
「お前、名前はなんて言った?」
「ホルス・リオネットと申します」
「リオネット? この辺りじゃ聞かないな。どうせまた、地方からやって来た成り上がり者だろ」
「いいえ。自分は、その…………」
「なんだ? 自分の出自もまともに説明できないのか? ははっ、これだから庶民は……」
一方的に投げつけられる明らかな侮辱の言葉。
それは、何も知らない転入生の心を折るには十分すぎるほどのものだった。
面白い、続きが気になる、という方がいらっしゃいましたらブクマ、評価などして頂けると作者が喜びます。




