変わり身
ポールの話によれば、エメットが彼をここへと送り出す際に、大まかな流れは説明したそうだ。つまり、彼は自分が何をするためにここに来たのかを理解している。
故に、私が彼に説明することは一点だけ。
それは私が知人と言い続けた人が、本当は誰なのかということ。
「で、教えてくれるか。その様態を確認したい知人っていうのが誰なのか」
「……分かりました」
「俺は当事者じゃないから、ここでの話はここだけで完結させるつもりだ。安心してくれ」
言い渋っている空気が伝わったのか、ポールは釈明するような素振りを見せた。
意外なほど素っ気なく、驚くほど他人事のように並べられた言葉。
そんな彼の態度に拍子抜けしてしまった私は、つい余計なことを口にしてしまう。
「別に漏らされて困るようなことでもありませんが、ただその……。エメットには私の口からお話したいと思っていたので、だからその……助かります」
「おー、そうだったか」
とことん興味のない姿勢を貫くポールを前に、私はついに身構えるのを止め、口を開いた。
「知人の名はグレイシス・アスタインと言います」
「なるほど。アスタイン家の嫡子か……」
「どうでしょうか? やはり王侯貴族相手となると、一目見るというだけでも難しいでしょうか?」
口にした途端、なんだかとてつもない無理難題を押し付けているような気がしてきた。例えポールに最良の伝手があり、それを頼りに実行に移せたとしても、無計画で今日の今日すぐ動けるほど世間の網は単純ではない。
私の衝動は、結局のところ現実性がなさすぎたわけだ……。
「いや、なんとかなるだろう」
「え?」
ちょっと買い出しに出かけるくらいの身軽さで告げられた答え。それは、一人であれこれ考え込んでいた私の予想を、いとも簡単に裏切ってしまった。
「あそこの屋敷に出入りしている知り合いがいるんだ」
「そうでしたか……。でも流石に、約束もなしに当日押しかけるのはいかがなものかと……」
「押しかける? ああ、それはまず無理だろう。どんなに顔見知りであろうと、突然の訪問を許すほど貴族の屋敷は脆弱じゃない」
「ではどうやって中に入るんですか?」
まるで、どこかのお屋敷に無断で侵入するような問いかけ。
私の今の心境は、さながら盗みに入る前の盗人の気分に近いだろう。
「突然の来訪者であれば警戒されるだろうが、毎日そこに出入りしている者であれば、違和感を抱かれることなく中に入れるだろう? その心理を利用するんだ」
「確かに。私の家も、貴族のお屋敷ほど厳しくはありませんが、突然の来訪者に対しては当然のように警戒します」
「だが、普段から出入りしている見知った人間は、認知するどころか素通りすることだってある。違うか?」
「そうですね。その認識で間違いありません。よくよく考えてみれば不思議な話ではありますが……」
訝しむ私に対して、ポールはさも当然のように言う。
「それが、そこに住む者にとっての日常であり、当たり前の景色だからだ。日課のように毎日見る光景は許容されやすい。今回は、その盲点を突こうと思う」
「なるほど……。つまりは、怪しまれない立場である知り合いの方に、屋敷に入る用事のついでとして、グレイシス様の容態を見てきてもらう、ということでしょうか」
当初自分が持っていた趣旨からはズレるだろうが、結果としてグレイシス様の容態を確認できるのなら方向性は同じと言えるだろう。むしろ、私が直接動くことで生じてしまう多くの難題を考えれば、それが一番良い落としどころのように思えた。
「いや、それは違う。確認するのはメルヴィンさん、あなた自身だ」
「え?」
本日二度目となる、え? が口から漏れ出た。
今日はやけに色々なことに驚かされる日である。今以上に驚くことがこの先あるのだろうか、などと悠長に構えていた私に、更なる追い打ちをかける言葉が放たれた。
「もう用意は済んでいるんだ。後はあなたに準備してもらうだけ」
「え? 準備って。一体誰が、何を?」
「メルヴィンさんが、着替えを」
「はい?」
ズボンのポケットから取り出した時計を確認するやいなや、ポールは私の疑問に答えることなく、勝手気ままに動き始める。
「そろそろだな。メルヴィンさん場所を変えよう」
「あの……。私、詳しい説明を――……」
一番大事な部分を全てすっ飛ばし、おもむろに歩き出す青年。
これから自分の身に一体何が起こるのか、未曾有の不安を抱きながらも、相手がエメットの婚約者であることをただひたすらに信じて後を追うことにした。
この時の私は、未知への恐れよりも、当初からあった衝動に、強く揺れ動かされていたのだ。
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「あの……。ポール、一言いいですか」
「ああ、構わない」
「本当に私は、これを着て外に出るんですよ……ね?」
「もちろんだ」
「そうですか……」
はぁ、というため息とともに私は着替え始めた。
場所はとある喫茶店の二階。何も分からないまま友人の婚約者に付いてきた私は、この場所の一階でとある人物に出会った。
彼女の名前は、エリザ・ハット。ポールの知り合いであり、アスタイン家に出入りしている使用人だそうだ。部屋の掃除や花の手入れ、その他諸々の雑務が彼女の仕事らしい。
エリザは仕事の都合上、毎日決まった時間に花屋で花を仕入れ、そのついでとして、この喫茶店でお昼の休憩を取るそうで、どうやらそれを知っていたポールが彼女に目を付けたのが発端のようだ。
「まったく、なんだって私がこんな茶番に付き合わされなきゃいけないのよ……」
「悪い悪い。この埋め合わせは後日するから。な?」
「そう言って、埋め合わせしてもらったことなんて一度もないんですけどねー」
「あれ? そうだったかな……」
「もー! これだから貴族って奴は信用ならない!!」
ため口でやり取りしているところを見ると、気心が知れた仲のようにも見える。が、エリザの反応は、単純にポールを邪険に扱っているようにも見て取れた。
「あのー、お話し中すいません。私の恰好、これで大丈夫ですか?」
話し込んでいる二人に声をかけると、すぐにこちらに視線が飛んできた。
切れ長の目をしたエリザと視線が合う。彼女は目を細めたままゆっくりとこちらへ近づき、そして一言。
「綺麗すぎる」
「え?」
「正直言って、私はこんなに綺麗じゃない」
彼女に扮した私を上から下まで眺め見た後、気持ちがいいほどきっぱりと言い切った。
「やっぱりエリザ、あなたになりきるのは難しい気がします……」
「まあ、雰囲気だけでも似せておけば、まず疑われることはないと思うんだけどなー」
「ポール、あんたはいつも適当すぎ。んー、そうねー……」
顎に手を当てながら一通り悩んだエリザは、手持ち袋からポーチを持ち出す。
そこから、あれやこれやと小物を取り出すと、すぐさまこちらへと近づいてきた。
「エリザ?」
「しーっ。ちょっと口閉じててね。後、目もよろしく。
メルヴィンは私よりも肌が白いから……。これとこれをこうして……。後は、そばかすも必要かなー。仕上げに血色を抑えて……と。はい、完成! 目、開けていいよ」
促されて目を開ける。
「ほら、いい感じじゃない? 鏡見てみて」
言われるがまま、隣に備え付けてあった姿見に視線を移す。
そこにいたのは、黒いロングスカートと白いレースエプロンを身につけた使用人の女の子だった。頬にあるそばかすと、両脇に粗く結われた三つ編みが、素朴さと活発さを同時に印象付ける。
「すごい……」
ほんの一瞬目を瞑っている間に行われた早業に、思わずため息がでた。
「化粧のおかげで、さっきよりはそれっぽくなったでしょ?」
「はい……。エリザ、凄いです……!」
「おー、流石はエリザちゃん。引き受けた依頼は確実にこなすって噂は本当だな」
「それは仕事での話ね。今日はあくまでもプライベートだから、そこんところ誤解しないように。それにほら、今回の下準備は全部、あの方がして下さっていたみたいだし。私はそれに軽く手を加えただけだから」
「あの方というのは……?」
「あー、そろそろエリザの休憩時間も終わる頃だな。メルヴィンさん、心の準備はいいか?」
私の問いかけは、タイミングよく発せられたポールの問いかけによってかき消されてしまう。
その時の彼の行動は作為的にも見えたが、今それを追求するのは時期が違うようにも思えた。
「はい。エリザから教えてもらった一通りの作法は頭に入れました」
「よし、じゃあいよいよ作戦実行だな」
「よほどのヘマでもしない限り、あなたなら大丈夫よ。私が保証する。あ、これ持っていってね」
「ありがとうございます」
私はエリザから、さきほど買ったばかりと見受けられる花束を受け取った。
「では、行ってきます」
二人からの熱い視線を背中に感じながら、私は扉を開け、狭い廊下の先にあるこれまた狭い階段を下りていく。
足元には、磨かれたブーツの踵が鳴らす、コツ、コツという靴音だけが響いていた。
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