意気揚々
「それなら、潜入して自分の目で確かめるのが一番ですわ!」
「潜入って……。エメット、あなた自分が何を言っているのか分かっていますか?」
まるで、どこかに冒険にでも行くようなノリで、友人はとんでもないことを口にした。
大本を辿れば、私が、知人の容態を知りたいのに、どこに行けば会えるのかが分からない、という漠然とした話を彼女にしたのが始まりだ。
もちろん、知人と告げたグレイシス様の名前や、なぜ知りたいのかといった、核心に迫る話は全部伏せている。
不思議なほどにエメットは、そういった今はあまり触れて欲しくはない事柄を深く追及せず、代わりに解決案を次から次へと打ち出していった。
その、妄想にも近い彼女の暴走は、最後には歯止めが利かないところにまで到達しようとしている――
「そうですわ。ポールなら上流階級に籍を置いていますし、私達よりも見聞が広いはずです。どこの誰かは存じませんが、彼なら居場所が分かるかもしれません。ポールを利用しましょう!」
「エメット! 落ち着いてください!」
「私は十分落ち着いていますわ!」
決してそうは見えない様子で、友人は意気揚々と告げる。
もう、この操縦不能な彼女を止めることは自分には出来ないだろうと判断した私は、婚約者であるポールにならあるいは……と、藁にも縋る思いで、提案を受け入れた。
「分かりました。あなたがそこまで言うのなら、ポールにお願いしましょう」
「ええ! では早速、ポールを呼び出して参りますわね。ここに連れてくるのはまずいので、どこかで落ち合いましょうか」
「お願いします。では校舎中庭はどうですか?」
「あそこなら東西の中間地点ですし、休日でも利用できますものね。では、そこで待っていてください!」
そう口にするやいなや、エメットは颯爽と部屋の扉を開け、驚くほどの速さで寮の廊下を走り抜けていった。
廊下を走るんじゃなーい! というバロワイル婦人の声が遠くの方で聞こえた気がする……。
私の中にあった妙な焦りは、エメットの勢いに押し切られる形で、いつの間にかどこかへと消え去ってしまっていた。
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凄まじい勢いで廊下を駆け抜けていったエメットを追いかける形で、私は中庭へと向かった。
当然のように、友人の姿はどこにも見当たらない。
その背中すら見ることが出来ないとは、流石の私も想像していなかった。
私の歩く足が遅いのか、それとも彼女の足が速すぎるのか……。
考えてみても仕方のないことを考えながら、曇り空の下を静かに歩いた。
中庭に辿り着くと、辺りに人気はなくザァーという噴水の音だけが穏やかに流れていた。
流石に、西の寮に行ってポールを連れてここに来るまでには間に合ったか、と一人安堵していると、足音と共に人が近づいてくるのが分かった。
それも、一人だけ。
「あれ……。エメットはどこに?」
「急用が出来たとかで、どこかへ行ってしまった」
「え……」
「後のことは任せます! という用件だけ告げて、な」
「そ、それって…………」
「そのままの意味だろう」
「そのままの意味って……。エメット!!」
私は、その場にいない、首謀者とも言える友人の名前を呼んでいた。――声高らかに。
私の大事な、大事な友人エメット・ブラウンは、暴走した挙句、全てを婚約者であるポールに任せ、自らはどこかへ行ってしまったそうなのだ。
一体全体何が起きているのか。当事者であったはずの私が、何も理解出来ていない状況がいつの間にか生み出されていた。
「まあ、彼女から大体の事情は聞いている」
「ポール、あの……すいません。エメットが……」
「なに、いつものことだ。メルヴィンさんは気にしないでくれ」
「いつもの、こと……?」
私は、飄々と答えるポールの話を聞いて、今まで知る機会のなかった友人の破天荒ぶりに、ただただ驚くしかなかった。
「ポール、あなたの前でのエメットはいつもこうなんですか?」
「まあ、大体? でも流石に今日みたいな荒ぶり方を見るのは初めてだな」
「どうして急に…………」
「エメットもああ見えて単純だからな。多分、嬉しかったんだろう」
「嬉しかった? 一体何がですか?」
「メルヴィンさん、あなたに頼られたことがだよ」
「え……」
意外過ぎた理由に、思わず固まってしまった。
エメットが私に頼られて嬉しかった、と……。
それは――――。一体どういうことなのか――――。
一度深呼吸してから、もう一度その意味を受け止め直してみても、やはりどういうことなのかがさっぱり分からなかった。
「はは。なるほどなー。これはエメットも苦労する訳だ」
「ど、どういうことですか?」
「メルヴィンさんは完璧すぎるんだよ。いや……完璧、というよりも、無に近いと言ったほうがいいか」
「自分で自分を完璧な人間だと思ったことはありません」
「確かにあなたは完璧な人間ではない。ただ、あなたの在り方は完璧すぎるんだよ。完璧すぎて綻びが一つも出やしない。全部自分の中で消化して、全部自分の手で解決してしまう。だからあなたの不安も、失望も、葛藤も、外に漏れ出ることはない。そんなの周りから見れば、ただの無だ」
「それがエメットと何の関係があるんですか?」
少しだけムキになって尋ねてしまっている自分がいた。
そう。恐らくポールの指摘は、私にとっての図星だったのだ。気付いていながら気付かないふりをしていた、というよりは、言われてみて初めて気が付いた自分の姿。
だから、驚きよりも先にやって来た衝動は、言いようのない苛立ち。
そんな私を宥めるように友人の婚約者は口を開いた。
「友を見ていたと思ったら、そこに何も無いんだ。心配になるだろう?」
「それは……。確かに」
「だからエメットの動機は単純なんだ。何も無いと思っていたところに初めて綻びが見えた。彼女はただ、それだけで嬉しかったんだよ」
「綻びがないと、心配させてしまうものなんでしょうか……」
「そうだなー。まあ、少なくとも俺は取っつきにくいかなー」
「なるほど……」
ポールの説明は、いたって簡単な言葉で締めくくられた。
エメットの私に対する気持ちは、結局のところ、全てその言葉へと集約されてしまったような気がする。
誰にも自分の気持ちを吐き出さず、誰の手も借りようとしない在り方は、一人で生きているのと同じことだと言われているように思えた。
「と、まあエメットの話はこの辺にしといて、そろそろ本題に入ろうか」
先程までの話題を引きずり続ける私が、思わず気持ちを切り替えてしまいそうになる勢いのある声。
そんな活気あふれる青年に促される形で、私はこれからの自分の行き先を決めるのだった。
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