二律背反
三家ある王侯貴族の中の一つ、アスタイン家。
その名は、この国では知らぬ者がいないほど歴史が深く、三家の中でも血筋的に最も王族に近いとされている。
もともと王族の数が少ないこの国において、アスタイン家は特別な役割を担っていた。
王族に最も近しい立場でありながら、王族ではないという、その不可侵領域から行われる王族への提言。それが、アスタイン家に与えられた比類なき権利と義務である。
その中立的な役割からも分かる通り、アスタイン家は王族からもそれ以外の貴族、商人に至るまでの多くの立場の人間からも信頼が厚かった。
我がローズ家にも、度々アスタイン家の使者がやってきては、国内の情勢を聞いていたようだ。
そんな、誰もが名前を知っているかの名家について、意外にも実態を知る者は少ない。理由の一つとして、外部の者とのやり取りは基本、使者が行い、当家の者達が表に出てくることがほとんどないことが上げられる。
グレイシス様の件は、どうやら事前に一部のコミュニティで噂が流れていたらしく、その見た目と相まって、姿を現した瞬間に認知されてしまったようだ。
本人の意思とは関係なく、勝手に広がっていく波紋。その中心にいる気分というのは、一体どんなものなのだろうか。それを考えるには、私はあまりにも無力だった。
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「君の父君に僕が伝えた用件は一つだけ。今のローズ家が置かれている状況は僕がどうにかする。だから、また元の商いを再開して欲しい、と告げた」
「どうにかすると言ってどうにか出来る問題ではないような気がします」
「君の懸念は最もだが、既にそれは解決済みだ」
「え……それって、一体どういう……」
「僕が会場に君と一緒に姿を現したのは、ダーシー家の目論見を阻む以外に、もう一つの理由があった。どちらかと言えば、そちらが本命だったと言える」
堂々と言い切る青年の表情から察するに、彼と自分が一緒にいたという事実が本来の目的のように思えた。
青年が会場にいた事実ではなく、青年がメルヴィン・ローズと一緒にいた事実が欲しかったのであれば、それが指し示す答えは案外単純である。
「信頼の厚いアスタイン家のご子息であるグレイシス様が、没落したはずのローズ家の者と一緒に入場し、一緒に踊った。その事実を作り出すだけでよかった……」
「その通りだ。あまり表に出てこないアスタイン家の者が、わざわざ公の場に顔を出してまで君と踊った。その事実があるだけで、他の者達から見たローズ家の印象は一変する。
アスタイン家がそこまでするほどの価値が、あの商家にはあるのか、と」
商人にとって最も重要視すべきこと、それは他ならぬ信用だ。
ローズ家が行っている金品の貸し借りにおいても、それは例に漏れず該当する。
多くの者達から信頼を集めるアスタイン家の人間と一緒にいるということは、ただそれだけで、信用し得るだけの価値を生む。
「恐らく今日の光景を目の当たりにした者達から、その家の家長へと連絡が行き渡り、明後日以降からローズ家への商談が徐々に増えていくだろう」
「一度、没落していてもですか?」
「正直、貴族から見た没落は、そこまで重要視することではない。彼らは長い間、常に蹴落とし蹴落とされを繰り返してきた。いつどのタイミングで、誰と誰が上下してもおかしくはない状況で、彼らが最も重要視することは、次は誰につくのが有益か、という点だけだ」
「それを踏まえた上で、あなたは行動に踏み切った、ということですか……」
結局のところ、青年にとって誤算だったのは、アランが起こした奇行のみだった訳である。それ以外の、ローズ家の進退においても、ダーシー家の目論見を阻むことにおいても、そして――私の現実主義すぎる認識を覆すということにおいても、全てが彼の計算通りになったのだ。
それも、たった一度の行動によって――――。
全てが明らかになった今、私は、彼のことを末恐ろしい人だと思ってしまった。
「水面下で動かなかった分、ダーシー家とミルボンド家の思惑を明らかにすることは叶わなかったわけだが……」
「全てがグレイシス様の思い描いた通りに運んだ今、そこまで気にするほどのことでしょうか」
「大本を辿れなければ、表面的には上手くいったように見えて、実のところ何も変わっていない場合が多い」
つまりは、見えている部分よりも見えていない部分の方が、実は厄介であるということだろうか。
「なるほど。それはまるで――……」
「まるで?」
この例えが合っているのか正直なところ分からなかったが、それでも、口にせずにはいられなかった。
「まるで植物の根のようだな、と」
「それはどうしてだ?」
「葉や茎を取り除いたとしても、根が残ってると、結局またそこから新たに芽吹いてしまうので。その在り方が似ているな、と思いました」
我ながら短絡的すぎる発想のようにも思えたが、青年の言葉を自分なりに解釈した場合、植物という例えが一番身近にあり理解しやすいものであったのも事実だ。
いつの間にか地面を這い巡り、気付いた時には手遅れなほど土壌を侵食する生命力。それは、恐ろしいまでの継続性を秘めていた。
「メルヴィン嬢は、物事の本質を捉えるのが上手いのだな」
「え……」
「今のは老若男女、誰が聞いても分かりやすい例えだった」
「それは、その……。ありがとうございます」
ただの思い付きであったはずの言葉に、意外な反応を示されて少し戸惑った。
思い返せば、グレイシス様はいつもそうだったように思う。私が普段の生活において躊躇しがちな発言に対しても、過大すぎるほどの評価をくれた。それが足掛かりとなって、私は、それまでの自分とは違う、自信を持つことを許された新たな自分と向き合うことが出来たのだ。
はたして、これほどまでに心躍る瞬間を、今の今まで味わったことがあっただろうか……。
「では、行こうか」
促される声で我に返り、グレイシス様の後に続いて歩く。
何気なく見上げた視線の先には、先程まで垣間見えた恐ろしいほどの思慮深さとは無縁に思える、純粋で朗らかな青年の姿があった。
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