種明かし
当初の目的は、ダーシー家とミルボンド家が何をしようとしているのか、その目論見を探ることにあった。
それは単に、私に探る以外の方法がなったからだとも言えるだろう。
だから今回の定期舞踏会で、私は静観すると決めていた。
――けれど、グレイシス様にはあったのだ。
両家の目論見を事前に阻止する方法、それは、彼の手でなら容易に作り出すことができた。
自身が定期舞踏会に顔を出すという、ごく簡単な行為によって。
たったそれだけ、けれどそれだけのことが、会場の中で繰り広げられる噂話や、情報戦、その全てを掠め取ってしまえるだけの影響力があることを、彼は最初から知っていた。
だから、迷うことなく行動に移すことができたのだろう。
結果、ただ一つの誤算を除いては、全て彼の思惑どおりにことが進んだと言える。
けれどその、ただ一つ誤算が、青年に大きな痛手を負わせる形となってしまったのだ。
「僕の手はそのうち治るだろうから、それは別にいいのだが……」
「いいえ、よくはないです。怪我をしないに越したことはありません」
「確かにその通りだ。けれどそれよりも、今回のことで一番の痛手だったのは、僕に対するメルヴィン嬢、君の信頼を失ったことにある」
「それは…………」
確かに結論からみれば、青年が自分を騙していたということになる。
それが、あの時見せた青年のわずかな恐れに繋がっているのだとしたら合点がいく。
恐らく、青年は私に嫌われたと思っているのだろう。
「……私、驚きました。グレイシス様が王侯貴族だったなんて、想像もしていませんでしたし。何よりも、会場にいた多くの人がすぐ気付けたことを、ずっと気付けないでいた自分が情けないです」
「それは僕も悪かった。正直、君に打ち明けるのを躊躇していたのだ」
「どうして、言えなかったんですか?」
「君とは、対等な立場で付き合っていたかった。理由はただそれだけだった」
「対等……」
グレイシス様からその単語を聞いた時、私はある瞬間を思い出した。
今の青年の心境が、何の因果か、その時の自分のものと重なって見えたのだ。
「――そういえばあの時。あの時、私が外にいた理由をまだお伝えしていませんでした」
「外にいた理由……。ああ、君が地面に座り込んでしまっていた時のことだろうか」
「はい。長くなりますのでまた後ほど、とお伝えしていた話のことです。今話しても構いませんか?」
「ああ、聞かせてくれ」
唐突な提案を、グレイシス様は快く受け入れてくれた。
「実はあの時、定期舞踏会の会場から逃げ出した直後だったんです。
一人で会場入りした私は、アランとアシェリーが仲睦まじくしている様子を見て、居たたまれなくなってしまいました。それは私が、12年間も連れ添ったはずの元婚約者との間に、なんの絆も築いていなかったことに気付いてしまったから、なのだと思います」
「婚約者と言えど、形だけであったということか」
「はい。そこで思い知らされたのです。他者との繋がりが希薄すぎた自分が、いかに孤独な人間であったのかを」
「それが、あの時あの場所に君がいた理由なのか?」
「左様にございます」
「そう、だったのか……」
けれど、そのすぐ後に、あなたが見つけてくれたから。
だから私は、あなたのために動くことが出来たのだと思う。
それが、希薄すぎた私が築けた、わずかな繋がりの一つなのだとしたら――――
「対等、ですよ」
「今なんと?」
「立場が分かったところで、私とあなたは対等な友人です」
――それはきっと、とても大切なことのように思えたのだ。
「そうか。ははは、それはなんとも頼もしい限りだ」
それまでの張りつめた表情から一転、青年は無邪気に笑ってみせた。
作り物のような彼が見せた意外な一面に、私は少しだけ動揺する。
完璧そうに見えた人物の中に、一種の綻びのようなものが垣間見えた気がして。
「そういえば……、読みの甘さが全ての原因だと言っていましたよね?」
「ああ、その通りだ。追い詰められた人間が、その後どう動くのか、という重要な部分が僕の頭から抜け落ちていた。詰めが甘かったと言わざるを得ないだろう」
「それはなんとも、あまりらしくない気もしますね」
終わってしまったことを今更どうこう言っても仕方のないことは分かっていたが、いつも見ている青年からは想像しにくい失敗に、思わず感想が漏れた。
「恐らく……僕は浮かれていたのだと思う」
「どういう意味ですか?」
「僕はあの時、君を驚かすことにばかり気を取られていた。柄にもなく、好きな色を身につけた君が、会場で僕の企てを知る瞬間を想像して、一人楽しんでいたのだ」
「それは、なんと言うか…………」
まさか、自分が原因だとは思ってもいなかった。
いや、それよりも…………。
なんだかとてつもなく衝撃的な話を聞いてしまったような、そんな気がしてやけに落ち着かない。
要するに、私の反応を気にするあまり失敗してしまった、と、そういう意味合いなのだろう……か?
そうだとしたら、それって……それって……どういうこと、なのだろう……?
「あ……、今、好きな色を身につけた君が、って言いませんでした?」
「言った、な」
「やはりあのドレスはグレイシス様、あなたが用意してくれたものですね」
「……その通り。僕が君の父上にお願いして届けてもらった。丁度、君の父上に話したいことがあったので、そのついでに依頼したのだ」
観念したような表情を浮かべながら、青年はことの成り行きを話した。
「そうだと思いました。あんなに鮮やかな赤を選ぶ者は、我が家にはおりませんから」
「君の父君、アーネスト・ローズはとても寡黙な人間だな」
「そうですね。父は余計なことはほとんど口にしません」
「けれど地に足の着いた仕事をする、とても良き商い人だった」
「一度会っただけで、そこまで分かるものですか?」
「ああ。アーネスト氏は僕の用件のみを聞いて、すぐに解かったと告げた。普通の人間なら、そこからいくつかの問答を交えた末、内容を精査するものだが、恐らく氏には、用件だけで僕の意図が理解できてしまったのだろう。そういうところは、とてもよく君に似ている」
「え!? 父と私が、ですか……」
余りにも意外過ぎた内容に、つい声を荒げてしまう。
自分と父が似ているなどという発想は、頭の片隅にもなかった。もちろん、これまでそれを誰かに指摘されたことは一度もない。
だからグレイシス様に言われ、改めて考え直してみたところで、やはりその実感はないに等しく、どこか受け入れがたいものがあった。
「とても羨ましく思う」
一人考えあぐねていた私の横で、ぽつりと漏らした青年。
その表情は憂いを帯びていて、どこか寂しげであった。
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