本来の顔
見えない敵から大事なものを守るように勇み足でステップを踏んで、大事なものを壊そうとする誰かを威嚇するように華やかに舞う。
私に出来ることは所詮この程度。
この、あまたの意識が集約された箱庭の中で踊り続けることが、今の私に出来る彼への精一杯の励ましだった。
自分ではない、誰かのための真剣な踊りはこの時が初めて。
だからあまりにも必死過ぎて、音楽が鳴り止むその時まで、中央で踊っているのが自分とグレイシス様だけになっていたことに、気付きもしなかった。
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最後の一音が名残惜しそうに奏でられ、そして瞬く間に終わる。
終わったのだ、と思った瞬間に、それまで全力で踊り続けた身体から力が抜けていく。
そのまま膝から崩れ落ちてもおかしくはない状況で、力強い青年の腕に支えられた。
「君のおかげで僕の目的は達成できたようだ。メルヴィン嬢、ありがとう。そして、お疲れさま」
「お役に立てて何よりです」
向けられる眼差しがあまりにも優しいものだから、全てを委ねてしまいそうになる。その衝動を寸でのところで押し留め、本来自分があるべき立場を思い出すように、青年へと問うた。
「あの、ところで目的とは…………」
荒い息遣いの中で発せられた私の声は、同時に起こった割れんばかりの拍手によってかき消されてしまう。
――一体、この拍手の嵐はなんなのか。
酸素の周りきらない頭で状況を理解することは難しく、私は静観することしか出来なかった。
熱に浮かされた人々の顔と、会話の中から聞こえる賞賛の声。
それを向けられていたのが誰なのか気付く前に、事態は刻々と変化を遂げていく。
「失礼を承知で伺えば、あなた様はアスタイン家のグレイシス様ではありませんか?」
ツカツカと音を立てて近づいてきたのは、一目見て上流階級に属する人間だと分かる風体の女性だった。彼女の質問に対して、青年は意を決したように答える。
「その通りだ」
「やはりそうでしたか……。だとすると、お噂は本当だったのですね」
「それって、アスタイン家のご子息が、王立コルテシア共同学園に在席しているというものですか?」
更に、身なりの整った女性がこちらへと近寄り、青年に前のめりになって問い掛けた。
「噂になっていたのか?」
「それはもちろん。だって、あの王侯貴族の中で最も王族に近しいとされているお家柄ですもの、知らない者はおりませんよ」
「そうだったのか。しかし、在席しているとはいえほとんど顔を出したことはないのだが……」
「一目見て分かりましたのよ! なぜならあなた様のご容姿は、初代国王陛下グレイソルト様と同様、気品に満ちあふれていますもの!」
また、更に別の女性が近づいてきて、他に後れを取らぬよう必死に話しかける。
呼吸が落ち着くのと同時に、ようやく回り始めた頭は、彼らの会話の中から全ての答えを導き出していた。
私がさきほどまでダンスを踊っていた青年の名は、グレイシス・アスタイン。主権国家アブリエルトの中で、王族の次に権力を持つとされる数少ない王侯貴族の一つ、アスタイン家の子息である。
言われてみれば本当にその通りだ。いくらこの国の歴史について知識が浅いとはいえ、彼の見た目が有する特徴は初代国王陛下と同じもの。
それだけ稀有な特徴を有する人物が、ただの上流階級の貴族の立場に収まるはずがなかったのだ。
――どうして、今まで気が付かなかったのだろう。
あれだけ一緒にいて、あれだけ近くにいたはずなのに。
いや……違う。私が、そう勝手に思い込んでいただけで、実際に私と彼が接点を持った時間は、さほど多くはなかったはずだ。
会ったのはほんの数時間程度、それも数回だけ。ましてや、出会ってまだ4日ほどの仲である。
そんな私が、彼の一体何を知っているというのか。
そこまで自問自答をした後、私は冷え切った頭で結論を下す。
もともと、上流階級だと思い込んでいた時から、青年との未来は考えてもいなかった。
それが王侯貴族へと繰り上がったというだけの話。
私はこれまで通り、彼に抱いた気持ちなどは喉の奥にしまい込んで平然と過ごせばいいだけ。
ただ、それだけのことだ。
ただ、少しだけ寂しいが、けれど所詮、それだけのことだ。
「あの、グレイシス様。私、少し疲れてしまったので休憩させていただきます」
「そうか。それなら僕も一緒に――」
「それは難しいかと」
そう言って私は、彼の周りに群がる貴族達を一瞥する。
「だが……」
「では、失礼いたします」
青年からの返事を待つことなく、場違いな雰囲気に背を向けて、一人歩き出した。
――――ああ。私はなんて最低な人間なのだろう。
あの時の彼の表情は、明らかに困惑していたのに。
大勢の人に囲まれるのは、きっととても居心地が悪いだろうに。
それを分かっていながら、見て見ぬふりをして、自分の気持ちを優先してしまった。
最低で、最悪の行いにもはやため息すら出ない。
聞きたいこともあったはずなのに……。
青年の目的とは一体何だったのか。そして、偶然のように父から送られてきたドレスの話。
それらを聞くタイミングは、間違いなく今日だった。
後日改めて尋ねることも出来るだろうが……、果たして、このような形で退場してしまった私に、彼は再び会ってなどくれるのだろうか。
感情的に動いたくせに、すぐに理性を取り戻し始める自分自身に呆れながら、暗い夜空に視線を泳がせた。
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「メルヴィン!!!!!」
視線を夜空から地面へと戻した瞬間、その声は突然背後からやってきた。
凄まじい勢いで放たれた咆哮。
それは、怒りに身を任せたまま発せられた悲鳴に近いものだった。
もちろん、さきほどまで一緒にいた青年のものではない。
けれど、長年聞き馴染んだよく知っている声ではあった。
「アラン……」
振り返るとそこにいたのは、今日私が、まず真っ先に留意するべきだった相手。
なんて……ことだろう。
グレイシス様に没頭するあまり、私は、彼の存在を気にも留めていなかったのだ。
自身に課した責務を忘れ呆けていたことが、更に私を落胆させる。
それだけが、ここに自分がいる唯一の理由だったはずなのに……。
そんな私の心境などはお構いなしの様子で、ずけずけと近づいてくる元婚約者。その表情は、この12年間一度も見せたことのなかった怒気で充ちていた。
「君の……! 君のせいで、僕の、ダーシー家の計画は全部めちゃくちゃになってしまった!! どうしてくれるんだ!!? なあ? メルヴィン・ローズ!!!」
「アラン、落ち着いてください! 一体何のことを言っているのか私には――――」
――私は、アランが怒りで我を忘れてしまうほどの何かを実行できてしまう人物に、心当たりがあった。
もし……あの時聞くことの出来なかった彼の目的が、この結末を導き出したのだとしたら。
『うむ。そんな君の期待を裏切るのも悪くないな』
あの時の彼の言葉には、とても大きな意味があったのだろう。
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