他人行儀
主催者としてホールの中央で挨拶をする学園長のコーデリック氏。その内容は、毎度お決まりの定型文である。
何の感情も熱意も感じられないまま、するするとコーデリック氏の話は進み、あっという間に終わりを迎えた。
まるで、学園長という名の皮を被っているだけの、縁もゆかりもない他人のような姿勢の主催者は、早々とその場からいなくなる。
「ついに始まりましたわね」
「ああ。俺は飲み物でも探してくるよ。二人は何か希望などは?」
「いいえポール、あなたの選択に任せますわ」
「ははは。エメット、あなたはまたそうやって俺を試すようなことをするんだから」
乾いた笑い声を上げるポール。
「わたしも特にこだわりはありませんので、お任せします」
「了解。じゃあ、ちょっと待っててくれ」
金髪碧眼の青年はそう言うと、あっという間にどこかへと行ってしまった。
「ふふふ、ポールが何を持ってくるのか楽しみですわね」
「エメット、少し意地悪ですよ?」
「いいのです。あの人はどうせ、私という人間にはこれっぽっちも興味なんてないのですから」
「そうは見えませんでしたが……」
「所詮は、両家のための婚約ですから、お互いそれ以上でもそれ以下でもないのです」
エメットは自分自身へと言い聞かせるようにそう告げる。
私は、彼女を取り巻く環境と、彼女が抱く感情の狭間において、どうにか帳尻を合わせようとしている目の前の友人に対し、それ以上何かを言うのは止めておいた。
それはきっとエメット自身が考え、見つけださなければいけない答えのような気がしたから。
「けれど、メルヴィン。私なんかのことよりもあなたが心配です」
「私、ですか?」
「今一人でいるところを見るに、まだダンスのお相手がいないのではなくて?」
「……仰るとおりですね」
ダンス、か……。
そのことを念頭に置いていなかった訳ではないが、違うことに注力するあまりどうやら一番大事なことが抜け落ちていたようだ。
ダンスは一人では踊れない、という事実を。
毎回当然のようにアランという踊る相手がいた私は、相手がいなかった場合の周囲からの目というものを、完全に失念していた。
談笑している今はいいとして、ダンスが始まれば一人でいる私のような人間は途端に目立ち始めてしまうだろう。
「やはり、一人だと目立ちます……?」
「当たり前です……」
「ですよね」
何とも言えない張りつめた空気を誤魔化すように、苦笑いをして見せる。
私一人が奇異の目で見られる分には問題ないが、没落したばかりのローズ家の噂と、アランがアシェリーを連れている光景が相まって、ローズ家自体に悪印象が生まれてしまうのは出来れば避けたい。
「もっと早くに言ってくだされば、ポールの友人に声をかけて頂いてお願いできましたのに! もう!
ぬうぅぅ……それにしても、この定期舞踏会を目の前にして婚約を解消するなんて、アランという奴はー!!」
私は怒りで頭がおかしくなってしまいそうですわ! と最後につけ足して、エメットは一旦口を噤んだ。
なぜなら、今まさにエメットが名前を出した人物が、会場に人が集まっているここぞというタイミングで現れたからである。
正装をしたアランの隣には、可愛らしい薄紅色のドレスに身を包んだアシェリーがいた。
それはそれはとても嬉しそうな顔で、初めてできた婚約者を周りに見せびらかすように歩いている。
会場にいる者達は、反応してる様子こそ見せないが、恐らく目視での確認はしているはず。
アラン・ダーシーが連れている相手がメルヴィン・ローズからアシェリー・ミルボンドへと変わった、と。そんなダーシー家の手早さを、生き汚いと思う者も中にはいるだろうが、多くの貴族が持つ特性からいって、どちらと仲良くすれば自分にとって得かを考え行動する者が大半だと言えるだろう。
そんな居たたまれない空気の中に、既に用済みのレッテルを貼られた人間が一人立っている状況は大分居心地が悪い。
――けれど私は、その居心地の悪さを上書きしてしまえるほどの耐え難い事実を、他に見つけてしまうのだった。
「アランは、あんなに笑う人でしたか?」
「突然どうしましたの? メルヴィン」
「あ、いいえ。アランが私といる時とは別人のように見えて、つい」
「そうでしょうか? ……あ、でも確かに。メルヴィンといる時の彼は、なんだかいつもよそよそしかったかもしれません」
……やはり、そうだったのか。
私が周囲の目よりも更に耐えられなかったこと。それは、12年という長い年月を共に歩んできたはずの元婚約者が、私の知らない顔で現婚約者に笑いかけていることだった。
なぜ? どうして? 頭の中が錯綜する。
なぜ、私では駄目だったのだろうか。どうして、彼女には出来たのだろうか。
12年間も一緒にいて、一度も手に入れることの出来なかったものを、たった数日で手に入れてしまった彼女が心底から羨ましい。
こんなにも綺麗なドレスで着飾ったところで、結局私はいつまでも、どこまでも、誰とも歩み寄ることが出来ない現実。それを思い知らされた瞬間、頭の中はアランの動向を探るどころではなくなっていた。
「エメット、ごめんなさい。少し席を外します」
「あら、メルヴィン顔色が悪いわ。そうね、あなたにとってもこの状況は好ましくはないですものね。
ポールには私から伝えておきます。あなたは少し夜風にでもあたってきてください」
「ありがとう」
心配するエメットに一言だけ伝えると、私は先程アランが入ってきた場所、会場の入口へと速足で歩く。
満たされた顔をしながら二人で入場するアランとアシェリー、そして、虚しい顔をしながら退場する一人きりの私。
そんな対照的な在り方が、少しだけ可笑しかった。
********************
外の空気は夜ということもあってか澄んでいて、一呼吸するごとに気持ちを落ち着かせてくれた。
私は、会場となっている大ホールに飾りのように設置されている、冷たいベンチへと腰掛ける。
「はぁ…………」
一つため息がでた。
エメットのよそよそしかった、という言葉を思い出す。
それは、そうだったのだろう。今になって思い返してみても、私の態度とアランの反応は婚約して12年とは思えないほどの他人行儀だった。
アランに高圧的な態度を取ったのも、情報を聞き出そうとしたあの時が初めて。
堅実すぎた私と、それ以上踏み込もうとしなかったアラン。
私達の関係はそれ以上でもそれ以下でもなかった。
アランに対しての未練は全くと言っていいほどない。
だからこそ余計に、そのことが私の中で暗い影を落としているのだろう。
12年間も同じ時間を共有してきた相手に、未練すら抱けないなんて――――
私はなんて、冷淡で面白みのない人間なのだろう、と。
面白い、続きが気になる、という方がいらっしゃいましたらブクマ、評価などして頂けると作者が喜びます。




