白い箱
――何せ君は、どこにいても目を引く人だから。
礼拝堂での別れ際に青年からかけられた言葉を思い出し、顔が熱くなるのが分かった。
あの時は、ありがとうございますの一言で片づけられたものの、こうも後々まで引きずることになるとは……。
青年と別れ、夕食を食べ終え、一息つこうと部屋に戻ってなお忘れることが出来ず、一人悶々としながら静かな夜を過ごす。
「きっと深い意味なんてない……はず」
掴みどころのない青年の言葉に、一喜一憂してしまう自分がいる。
机の上に出しっぱなしにされていた鏡を見ると、今まで見たこともないような顔をした自分がそこにいた。
本当にこれが私なのだろうか?
不思議に思いながら自分の顔に触れてみる。
まるで他人のもののように感じられる皮膚から伝わる、確かな体温。
間違いなく鏡に映るこの人物は、私だ。
「はぁ……」
意味のないため息を一つ。
青年と次に会う約束をしたのは、定期舞踏会が終わってから三日後。
それまでにこの顔をなんとかしなければ、などと思いながら、私は就寝の準備をするのだった。
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翌朝目が覚めると、時計の針は6時を指していた。
私がいつも起きる時間ぴったりだ。
起きてすぐに身支度を整えていると、廊下側からコンコンという合図のようなノック音が聞こえてきた。
まだ覚めきっていない頭を無理やり起こし、私は部屋の扉を開ける。
「おはよう、メルヴィン・ローズ。朝早くから悪いね。あんた宛てに急ぎの荷物が届いてたもんで、持ってきたんだよ」
扉の先にいたのは、この東の寮を管理するバロワイル婦人だった。
彼女は中流貴族ケイト・アンバーの奥方で、なぜそのような方が学園の寮を管理する寮長という役職に付いているのか、度々どこかしらで噂になる人物である。
ある者は、ケイト氏との不仲説を唱えていたり、ある者は、学園の長である王族関係者と不倫関係にあるのではないかと囁いていたり、彼女の周りは常に賑やかだ。
当の本人であるバロワイル婦人はというと、そんな噂など気にも留めず、毎日元気に私達、東の寮を利用する生徒達の面倒を見てくれる。
案外、ただ単に子供が好きなだけ、とかそんな単純な理由から寮長を引き受けていたりするのかもしれない。今日も変わらず、活気あふれる笑顔で私に挨拶をしてくれた彼女を見て、そんなことを思った。
「おはようございます、バロワイル婦人。遠い所をわざわざありがとうございます」
「遠い? そうでもないさ。あんたの部屋がある2階なんてまだまだ楽な方だ。流石の私も5階まで荷物を運ぶとなると、帰りの足が重くなるけどね」
笑いながら言う婦人は、まんざらでもなさそうだ。
「ところで、婦人が今お持ちになっている私宛の荷物とはどれのことでしょうか?」
「ああ、これだよ」
急ぎの荷物と聞いた時点で、私にはそれが何なのか大体の予想は付いていた。
定期舞踏会当日の朝に届けられる荷物と言ったら、その場所へ着ていくためのドレス以外に思いつくものは他にないだろう。
私の予想通り、バロワイル婦人が抱える荷物のほとんどは大きめの箱に入ったものばかりだった。
その中から、一際しっかりした作りの白い箱が差し出される。
「え……これ、ですか?」
「ああ、間違いないよ。あんた宛てにあんたの父親から送られてきている」
夫人がそういうのだから間違いはないのだろう。
しかし、これまでの定期舞踏会に送られてきていた、ドレスが入った紙包みとの明らかな差に驚かずにはいられない。
「あ、すいません。こちらですね。頂きます」
「受け取りのサインもしといてくれ」
私が箱を受け取り、サインをし終えると、バロワイル婦人はあっという間にその場からいなくなってしまった。
呆気に取られながら部屋の扉を閉め、改めて受け取ったばかりの真新しい白い箱を見つめる。
箱の形状は薄く横に長いことから、一目で衣装用の箱だと分かる作りをしていた。
「とりあえず、開けてみるか……」
どこか疑念が拭えないまま、差し迫る時間に追われるように私は頑丈な作りの白い箱を開けた。
中には手紙が一通と、その下にドレスが一着。
「え――――。これって」
先に目についたドレスを広げて驚いた。
それは、今まで父が送ってきていた無難なもの達とは明らかに違う色とデザイン。
赤の布地に黒のレースが装飾されたその様は、無駄なものを容赦なく省いた美しいシルエットをしている。
直線と曲線の交わりから生まれるドレスの外観に一瞬、見惚れ――そして我に返った。
だって、あまりにも――。
あまりにも偶然すぎて。
「いや、でもそんな訳…………」
何が起こっているのか理解できない頭のまま、少しでも手がかりを得ようとして、手紙へと手を伸ばす。
二つに折られたそれを開くと、そこには確かに父の文字で父の名前が記されていた。
『メルヴィンへ
家のことはどうにかなりそうだ。お前は、お前が今いる場所で自分の務めを果たしなさい。
最後に、心配をかけてすまなかった。
アーネストより』
相変わらず、大事な要件しか記されていない手紙には、特にこれといった手がかりは見つからない。
ただ、あの父が家の現状と、私への配慮の言葉を添えるということはとても珍しいことだった。
それこそ今回送られてきたドレスと同じくらいの意外性をはらんでいる。
しばらく、ドレスと手紙を両手に抱えて思案した後、私はある一つの結論を出した。
もし仮に、あの青年がこのドレスや手紙の内容に関与していたとして、それを決定付けられるものは今のところ手元に何もない。
一番手っ取り早い方法は、青年に直接確かめることだが、残念なことに私が次に青年に会えるのは明々後日。
ならここで、疑念のみを頼りに考え込むのは無意味なことだろう。なにより、それをするだけの時間が今の私には残されていない。
――顔を上げ、手元のドレスをハンガーへとかけ、手紙を机の引き出しへとしまう。
「目の前にある為すべきことに集中しよう」
そう自分自身に言い聞かせると、ハンガーにかけられた赤色のドレスへと視線を移す。
誰が選んでくれたのかは分からないドレスだが、これは間違いなく、独りで定期舞踏会へと赴く私に自信と勇気をくれる。
今はただ、それだけで十分のような気がした。
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