強い憧れ
華やかな場には、華やかな衣装を――――。
舞踏会にはいつだって、誰もが皆、美しいものを身につけていくものです。
ふわふわした愛らしいドレスとか、ひらひらした淡い色のドレスとか。
けれど、私が心惹かれたその色は、それらとはかけ離れた過激で突出したものでした。
それを好きだと公言するには、私という人間はあまりにも不出来だったので、今の今まで誰かに告げるなどとは考えたこともありません。
自分が本当に好きな色を、自分以外の誰かに告げるということ。それはようやく、私が私を認められたということへと繋がるのでしょう。
自分の好きな色というのは、無意識のうちに自分自身が求めているもののはずだから。
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「待たせてしまってすまない。ちなみにメルヴィン嬢は何色が好きなのだ?」
長い時間をかけて考え込んでいた青年は、申し訳なさそうな顔で私に問う。
「私、ですか?」
自分の口から出た質問が、そのまま自分のもとへ返ってくるとは思っていなかったため一瞬戸惑った。
「私は…………。そうですね。私は赤が好きです」
「赤か。ちなみに理由を聞いてもいいだろうか?」
「理由――――」
なぜ、赤が好きなのか。それを考えたことは正直なところ一度もない。
ただ漠然と、無意識に選んでいただけだから。
けれど、そうだな……。例えばそこに、あえて理由を充て込むとするのなら――――
「私にとっての赤は憧れなんです。
ただそこにあるだけで目を引く鮮烈さと、情熱的な見た目の中に秘められた辛辣さ。その絶対的な在り方は、今までの私にとっても、そして恐らくこれからの私にとっても、目が離せない対象として、深く、深く印象に残るものなんだと思います。出来ることなら自分もそう在りたい、という一抹の願望と共に」
言葉を紡げば紡ぐほど、手に、足に、力が籠るのが分かる。青年に向けて発する声は、いつのまにか上ずっていた。これほどまでに、憧れというものを強く意識した瞬間は恐らく今までなかっただろう。
「憧れ……」
青年は、そう一言だけ呟くとどこか遠くを見つめていた。
「グレイシス様にはありますか? 憧れとか……」
「僕、か。僕には――――。
……いや、いいのだ。それよりも君の好きな色を聞けて良かった。直ぐにとは言えないが、僕も自分の好きな色、というものを探してみる」
「そうですか。それはよかったです」
……なんだかはぐらかされたような気がする。
けれど彼のそれは、意図的なもの、というよりももっとこう根本的な……話したくないから話さないのではなく、話せないから話さないという、はぐらかしという行為以前の問題のように思えた。
――もし、仮にそうであったとして、つまるところ青年は、自分の中になにも持ち得ていない、とそういうこと……なのだろうか?
色も。憧れも。それ以外のなにも――――
……いや、そんなわけない、か。
青年について色々と考えを巡らせすぎて、少しばかり神経質になってしまっているのかもしれない。
これ以上のドツボにはまらないよう無用な詮索は止めよう。そう自分自身に言い聞かせた。
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「色々と話が逸れてしまったが、ここに来た本題について僕が調べてきたことは君に全部伝えた。後はメルヴィン嬢、君の判断を聞きたい」
「私の判断、ですか……」
話が一区切りついた段階で、グレイシス様は先程までのたどたどしさを翻し、鋭い瞳をこちらへと向けた。
端的に述べられた彼の言葉は、私という人間を信頼しての委任であると同時に、私という人間に決断を迫るという重圧でもあった。
青年から向けられた淡白すぎるほどの冷視線。
私はそれを、嬉しいと思ってしまった。
今まで一度も、誰も聞こうとしなかった私の言葉を、会って間もないグレイシスという青年は必要としてくれている。
ただそれだけのことが、密かに抱き続けてきた憧れに私を一歩近付けさせてくれるような、そんな気がして、自分でも驚くほど平然と自らの意見を述べていた。
「私の判断は、静観です。グレイシス様の情報から、我がローズ家とダーシー家のこれまでの経緯についておおよそ知ることはできました。けれど肝心の、ダーシー家がアシェリー・ミルボンドを婚約者として定期舞踏会で紹介する理由というのが、いまだ見えてこないのが現状です。
これ以上の情報収集をするにしても、明日に定期舞踏会を控えた今、それは難しいでしょう。
であれば、静観が今のところ最善の手段だと考えます」
「ただ黙って見守るということか?」
「はい。ただしそれは定期舞踏会まで。その最中に動きがあれば、私も動こうと思います。もちろん無理のない範囲でですが……」
「定期舞踏会で状況が動くと一概には言い切れないだろう。状況が動くための何かが必要な場合もある」
「状況が動くための何か、ですか?」
「例えば、アラン・ダーシーが新しい婚約者を連れている、という話題を上回るほどの話題が別で持ち上がる、とか……」
そう言って、青年は目を泳がせた。
「もちろん、婚約者を公の場でお披露目するということ自体に特別目新しい話題性はないのかもしれません。ましてや、ダーシー家は中流階級であり、ミルボンド家に至っては庶民の出。そこまで注視されるような状況は、実際のところほとんどないと言っていいと思います。
……ただ、グレイシス様もご存じの通り、貴族という人達は存外したたかでしょうから、そんな些細な話題でも見逃すとは思えない。その時点で、ダーシー家の目論見は成功したと言えます。
情勢を探るためのわずかな話題、それすらも頭から掻き消えてしまうほどの何かを、この短時間で企てるのは正直無謀です」
「そうか。メルヴィン嬢は現実主義なのだな」
「現実主義……」
青年の言葉をなぞりながら、頭が固い奴だと思われてしまったかもしれない……という、特に根拠のない不安に襲われる。
もっとこう、前向きな意見を言うべきなのかもしれない。そう思い巡らす私に対して、青年はどこか楽しそうな顔をしながら話しかけてきた。
「うむ。そんな君の期待を裏切るのも悪くないな」
「へ……。そ、それは一体どういうことでしょうか?」
「秘密だ」
「えっ……。つまり、なにがどういう…………」
全くもって意味が分からない。
グレイシス様との会話の中で、ここまで脈略のない話を投げかけられたのは初めての事だった。
「メルヴィン嬢は、定期舞踏会には1人で参加するのか?」
「そう、ですね。特に当てはありませんので……」
「そうか」
「グレイシス様は、参加されるのですか?」
「そうだな……。そろそろ顔を出さなくてはいけない頃合いだろうし、丁度他にやることも出来たから、今回は参加しようと思う」
では、もし会場でお会い出来たらその時は一曲踊ってくださいね、と口走りそうになって、すんでのところで堪えた。
今、この場所で成立している関係が、必ずしも外で同じように成立するとは限らない。
改めて、自分と青年の立場や周囲の環境のことを考えて、出来るかどうかも分からない口約束を口にするのは止めておいた。
「そうですか。では、もしかしたら会場でお会いできるかもしれませんね。参加者の数は300人前後と聞いたので、お互いに見つけるのが難しそうですが……」
先程までのお気楽すぎた考えを払拭するように、私は冗談交じりに言う。
「――見つかるだろう。何せ君は、どこにいても目を引く人だから」
と、まるで断言するように告げる青年の表情は、これから起こる事を楽しむ子供のように、それはそれは無邪気な笑顔だった。
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