好きな色
「ただ、国土こそ昔とは変わらないとはいえ、中に住む者達の在り方や意識は、時代と共に変化してきているのも事実。変わらなくてはいけないのは、むしろ貴族の方なのかもしれない……」
まるで、これまでの主権国家アブリエルトの歴史を全て知っているような口ぶりで、青年は言った。
そこまでの一連の回答を聞いて、私は1つの確信を得る。
このグレイシスという名の青年が持つ感覚は、貴族のそれとは明らかに違うものだ。
だからと言って私と同じ庶民の出、ということはまずないだろう。それは彼の見た目が持つ特徴が物語っている。貴族でもなく庶民でもない者。
では一体、何者なのか――――。
「なるほど。貴重なご意見ありがとうございます。とても参考になりました」
「それならよかった。もちろん最初に言った通り、貴族とひとえに言っても、その者が置かれている立場や状況によって意識も様々だ。比較的、そういった思考に陥りやすい者が多い、程度に考えてくれ」
確かに、中流階級の中でも上位に位置している我が友人エメット・ブラウンなんかは、私が思う貴族のイメージとは少し違う。彼女はどちらかといえば、周囲に気を配りつつ我が道を行くタイプの人間だ。階級について気にするような言動は今まで一度も見たことがない。
彼女と私のクラスメイト達との違い。それは考えればすぐに分かることでもあった。
我が友人エメット・ブラウンには、揺らぐことのない確固たる足場があるのだ。ブラウン家には、エメットが自分と相手の立場を推し量る必要がないほどの、権力と財力が備わっている。
そこから生まれる余裕が、彼女を彼女たらしめているのだろう。
だとするのなら、目の前にいる青年を青年たらしめているものとは、一体何なのだろうか。
「分かりました。しかし……、グレイシス様の見識の広さには少しばかり驚かされました」
「そうだろうか?」
「はい。この国の過去を知り、そして未来を憂うなんて、とてもじゃありませんが一介の庶民には到底思い至らないことです」
それは、正直な感想だった。
目の前のことをどうにかするだけで精一杯の私には思い至らないことを、彼はよく知っている。
「この国にいる者として、この国のことを考えるのは普通のことだ。そうだな……強いて言うのなら、僕にはその余裕が他の者よりも少しだけ多くあるのだろう」
「その余裕、というのは一体?」
「具体的な話で言えば、やはり時間ではないだろうか」
「考える時間が他の者よりもある、とそういうことですか」
……その時間が権力によって生み出されたものなのか、財力によって生み出されたものなのか。何にせよ、時間という枠組みはあまりにも範囲が広すぎて、それ以上の情報を得ることができなかった。
どうすれば。
どうすれば、青年について断片的にでもいいから知ることが出来るのだろうか。
頭を悩ませていた私に、不意をつくような発言が飛び込んできた。
「しかし、今日のメルヴィン嬢はやけに積極的に見える」
「そ、そう見えますか……?」
「ああ」
返事と同時に、私は動揺の色を隠すため顔を伏せた。
――正直、図星だった。
私は、いつの間にかグレイシス・アスタインという人物の身の上を探ることに躍起になってしまっていたのだ。
それを青年が指摘したということは、彼の中にあったこれまでのメルヴィン・ローズの印象とは乖離している部分が、少なくとも見受けられたということなのだろう。
急な手のひら返しは、相手への不信感に繋がる恐れがある。それは、これまでの限られた時間の中で積み上げた、青年との間にあるわずかな信頼関係を自らの手で壊すということ。
出来ればそれはしたくない。
「不愉快な思いをさせてしまったのなら謝ります」
「不愉快な思い、とは?」
一体何の話をしているのか、という表情をする青年に対して、私は恐る恐る尋ねる。
「違うん、ですか……?」
「違う、な……。正直な話をすればその逆だった」
「ぎゃく、とは…………」
「メルヴィン嬢に興味を持たれたこと、僕は光栄に思っている」
初めて見た時と同じ、穏やかな笑みを浮かべる青年を前にして、私の思考は顔ごと固まった。
光栄とはそれ即ち――――
どういう意味、だった……?
えっと、確か……名誉に思う、とか。敬意を表す言葉、だったり。拡大解釈すると、嬉しいとも言えるような、そんな感じの意味合いだったはず……。
え……? ほんとに? なんで? なんで? なんで? なんで?
――思考停止。
考えることを放棄した頭は、同じ言葉を繰り返すだけの機関に成り果てていた。
……いや、でも。
嫌われていないということだけは確かなのだから。
いい。それでいい。それでいいんだ。
混乱する寸前の自分を無理やり納得させることで、私は平常心を取り戻そうとする。
「他に何か質問はあるだろうか?」
「質問、ですか?」
そう改めて訊かれると、それはそれで難しいものがあった。
「ないのなら」
「いや、あのっ! あります! あります、質問!」
などと口にしておきながら、実のところ一つもない……。
今の私には質問なんて、思いつくことすら出来そうにない……。
――けれど、何か。なんでもいい。ここで質問をしなければ、この瞬間がすぐにでも終わってしまいそうで。
だから私は咄嗟に、
「グレイシス様の、好きな色って何ですか?」
とんでもなく、それはそれはとんでもなく陳腐な質問を投げかけるしかなかった。
もっと他に、まともな質問はいくらでもあっただろうに……。
己の引き出し不足を痛感させられた瞬間である。
「色、か……。そうだな。あまり考えたことがなかった。ふむ……。少しだけ時間をくれ」
真面目な顔で思案し始める青年の隣で、私は一人、自分自身の安直さに乾いた笑みをこぼすのだった。
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「………………」
「………………」
あれから10分ほど経っただろうか。
赤い絨毯越しに座る青年は、いまだ表情一つ変えることなく思案し続けている。
思わず口から出てしまったこととはいえ、あまりにも単純すぎる質問に対し、そこまで慎重になる青年の姿が少しばかり不思議に思えた。
「どう、でしょうか……?」
「………………」
「えっと……。あのー……、グレイシス様?」
「あ、ああ。すまない。考え込んでいた」
人に、好きな色を答えるというのは、そんなにも難しいことだっただろうか。
改めて自分の身に置きかえて考えてみると、それは案外手近いもので、見た瞬間これだと何の気なしに決められるようなものだった気がする。
そう、例えば私だったら――……。
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