断片情報
父も母も私に多くは望まなかった。
望んだのはただ1つだけ。そこに飾り物のようにただいればいい、というだけのもの。
だから、自分の価値や印象を自分以外の誰かが見た際に、どう見られているかなどは考えたこともなかった。
青年に言われて意識したことがある。
それは、他の人間から見た自分がどういう人間なのか、ということだ。仮に、青年の発言通りの印象が今までもあったとするならば、少なくともそれは、私自身がそう在りたいと足掻いていた証拠になるのだろう。
それはつまり、青年に出会ったからではなく青年に出会う前から、私は無意識に、自分のなりたい理想像を着々と作り上げていたことになるのだ。
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「なるほど。人から見た印象とは不思議なものですね」
「所詮、自分では自分を見ることが出来ないから、な」
心底から感心していた私に対して、青年は意味深な呟きをする。
もし、彼に出会った一番初め、私が口にした妖精という単語が彼のイメージそのものだったとしたら、それは酷く寂しいことのように思えた。掴みどころがないゆえに、誰からも理解されることがないということは、認識されていないのと同じことだから。
「では、そろそろ本題に入ります」
「ああ。よろしく頼む」
私が気にしても仕方がないことを振り払うように、私は今日アランとのやり取りで得た情報を青年にまとめて説明した。
「そうか。つまり、君が当初予想していた流れではなかった、と」
「はい。ミルボンド家とダーシー家、お互いにとっての利害の一致が先行していたとしたら、ローズ家が没落したため婚約を破棄する、とアランに正直に告げていてもいいはずです」
「それを、理由を伝えることなく実行に移させた。つまり、別の理由が他にあると君は言いたいわけだな。
少し深読みしすぎな気もするが、それだと、僕が仕入れた情報とのズレはなくなる。結果的に辻褄が合うわけか……」
「ズレ、とは?」
「僕の得た情報では、先に動いたのはダーシー家の家長だったようだ。半年ほど前から頻繁にここ、中央都市ランドフィールに赴いては、仲介役に会っていたらしい。残念なことに、その仲介役が誰なのかは突き止められなかったが、その者の計らいでミルボンド家との繋がりができたようだ」
「確かに、グレイシス様の情報通りだったとすれば、最初から我がローズ家を貶めようと画策していた訳ではない、ということになりますね」
なにより、それだと今朝方の最後にアランから聞いた話に納得がいく。
しかし、そんな情報を一体どこから仕入れたのだろうか……。不思議に思いながらも、今は目の前の問題に集中することにした。
「それがなぜ、ローズ家が没落したタイミングで急に動き出したのかは分からなかったが、ローズ家が没落した理由だけは調べることができた」
「え…………」
まさか、と思った。
私よりも先に、私が恐らく一番知りたかったことであろう、我がローズ家が没落した理由を知っている人がいるなんて――。
「いや、その……すまない。今回の事を調べていたら見つけてしまって……」
「あ、いえ、謝るようなことではありません。むしろ、私も知りたかったことです。教えていただけますか」
「分かった」
私の顔を一瞬見た後、青年はおもむろにズボンのポケットから手帳の様なものを取り出し、話始めた。
「ローズ家の経営が傾き始めたのは今から7年前のことだ。その当時に起こった出来事を遡った結果、その年は『内外適正取引条約』が定められた年でもあった」
「確かそれは、国内外での取引を、主権国家アブリエルトの法のもと適正な価格で執り行う、という条約ですね」
「この国を中心とした隣接国にまで影響が広まり、それまで当然のように出来ていた裏取引が出来なくなってしまった貴族の一部が暴徒化した年でもある」
「裏取引……。貴族……」
その言葉の羅列には既視感があった。
「そして偶然にも同じ年から、ダーシー家の収入が極端に減り始めたことも分かった」
「つまり、ローズ家とダーシー家が共同で裏取引に加担していた、と?」
だから条約が締結された年から、両家は目に見える形で財力を失っていくのか……。と私が結論付けようとしたところで、それは青年の声によって制止された。
「僕も最初はその線を疑ったのだが、ダーシー家の支出を見て考えを改めた」
「ダーシー家の支出? それはもちろん、減ったのでは……」
「いや、減ってはいない。むしろ、少しだけではあるが増えている」
「増えている……。増えている……、増えている……?」
なぜそのような現象が起きるのかが分からない私は、同じ言葉を三度、繰り返す。
収入が増えている家の支出が増えているのなら理解が出来る。が、ダーシー家の場合、収入が減っているのに、支出が増えているのだ。何か、収入以外のところから金品の捻出でもしない限り、そんなこと不可能なのでは――――……。
「まさか…………」
「ローズ家がダーシー家に貸付を行っていた、という確かな証拠は見つけられなかったが、その当時、ダーシー家と近しい関係だった者に話を聞くことは出来た」
「その者は、なんと?」
「国外との裏取引という収入源を失ったダーシー家は、生活が破綻する寸前で、君の実家であるローズ家から無利子で貸与を受けたそうだ。それが7年の間、何度かに渡って繰り返された」
「その話は初耳です。けれど、その間に返済は何度かされているのでは?」
口から出る言葉に力が籠ってしまった。私は、誰も教えてくれなかったことに対して、いいや……自分が知ろうとしなかったことに対して、恐らく腹が立っているのだ。
「その筋についての詳しい話は得られなかったが、結果から逆算するに、まともな返済はされていなかったと思われる。でなければ、今頃ローズ家は没落していないだろう」
はっとした顔をした後、青年はすまない……とだけ告げるのだった。
「では、なんですか……。ローズ家は、ダーシー家に無利子の貸与という名目で援助をし続け、それが原因で没落したということですか……」
言葉を発する唇が震えているのが分かる。強く握りしめられた掌には、自分自身の指の爪が食い込んで離れない。
今更どうすることもできない、という頭からの信号を無視して、体は今にも地面を蹴りだしそうだ。
「当の本人達に確認してみないことには、それが真実かどうか、僕の口から断言することはできない」
「でも……! でも、そうとしか…………」
怒りに血が上ってしまった私の頭は、グレイシスという青年から得た情報から、自分にとって都合のいい解釈をしようとする。
きっと、長年ローズ家の支援を得て成り立っていたダーシー家は、援助元であるローズ家がいよいよ危うくなってきたことを知るや否や、新たな宿主であるミルボンド家を見つけ出したのだろう、と。
ううん。きっとそうだ。そうに違いない――――。
そうでなければ、これから報復しようとしている私が、間違っていることになってしまうではないか。
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