捨て台詞
アシェリー・ミルボンドは、この教室の中でもとりわけ地味な存在だった。
口数が極めて少ない、というわけではない。
序列意識の高いクラスメイト達が、庶民出自である彼女を相手にしなかっただけ。
曲がりなりにも貴族であるアランが婚約者にいた私には、彼女の苦労は知るよしもない。
だから、これから彼女が発するであろう言葉を予想することも、今の私には出来ないのだった。
「あなた、その髪はなんなの?」
「なんなの、と言われても困ります。私の髪の毛が、あなたに何か迷惑をかけたましたか?」
「そういうことを言っているんじゃなくて! そもそもあなた、態度が偉そうなのよ!」
「偉そう? はて……。そのように振る舞った記憶はないのですが。アシェリーあなたの勘違いなのでは……」
「そんなことないわ。みんな言っていたもの。貴族の出でもないあなたが、まるで自分が貴族であるような澄まし顔でいることが気に食わないって」
アシェリーの言葉を皮切りに、教室のあちこちで声が上がる。
「そうよ! あなた、いつも貴族である私が重い荷物を運んでいても、気にする素振りすら見せないじゃない!」
「他の庶民のやつらは、みんな俺の言うことを聞いてくれるのに、お前だけいっつも無視するだろ!」
「自分が階級においての底辺だっていう自覚が足りなさすぎるんだよな……」
「では、どうしろと?」
冷たく言い放つ私に対して、口元を緩ませながらアシェリーは呟いた。
「そうね……。取りあえずは、私の荷物持ちでもしてもらおうかしら。あぁ、2日前の雨で汚れてしまった靴磨きもして欲しいわ」
「なら、わたくしのもお願いします」
「あ、俺のもよろしく!」
ここぞとばかりに、貴族達はアシェリーに便乗する。
……やはり、昨日の心配事が的中してしまったか、と内心呟く。
これがきっと、5歳から婚約者という後ろ盾に守られてきた私には見えなかった世界なのだろう。
彼らの提案を受け入れれば、ことを丸く収めることが出来る。
今までの私だったら、どうしていただろうか。大人しく「はい」と答えていただろうか。
それを、今の私が考えるのはあまりにも無意味だった。
「なるほど。つまり皆様は私に召使いになることを望んでいる、とそういうことですね」
「いえ、決してそういうわけでは……」
私の反応に対して、焦りを見せるアシェリー。
なんて、中途半端――――。
私を蔑んで、笑って、憐れむのであれば、もっと徹底的に取り掛からなければ。
どこかに逃げ道を作られて、あっという間にすり抜けられてしまうというのに。
「分かりました。仮に私が皆様の要求を受け入れたとして、その報酬は頂けるのですか?」
私が出した提案に、教室の中がざわつくのが分かった。
「報酬って……。まさかお金ってこと……?」
代表するように口を開いたアシェリーに、私は無機質に答える。
「当たり前です。労働にはそれに見合った対価が発生しますので」
「そ、そんなの出すわけないでしょ!?」
私とアシェリーのやり取りを楽しそうに眺めるクラスメイト達は、次から次へと自身の感想を述べた。
「呆れたわ……。やはり庶民の頭にはお金のことしかありませんのね……」
「ほら、だってローズ家はつい最近、没落したばかりだから……」
「卑しい奴め。この学園にいるとはいえ、所詮は成り上がり者だな」
そんな彼らを横目で睨みつけ、私はしたり顔で最後の捨て台詞を吐く。
「まさか無償で奉仕しろと? 一体いつの時代の話をしているんですか、あなた達は。これでは、とてもじゃありませんが、お話になりません。勉強して出直してください」
そこで狙ったように、朝礼の本鈴が鳴り響いた。
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授業の間、私はつい先程まで起こっていた教室での出来事を思い出していた。
アシェリーが教室内で静かだったのは、今の私のような状態になることを避けるための方法だったのだ。下手に目立つようなことをすれば、貴族達からどんな扱いを受けるか分からない。だから息を潜め、じっと耐え、生きてきた。そんな彼女にもようやく、他の者達と同等の立場になれる権利が与えられる。それがアランとの婚約だったというわけだ。つまり、彼女があのように高飛車な態度を急に取り出したのも、仕方がないといえば仕方がないことなのかもしれない。
けれど、そんな実利が伴わない牽制などは、何の意味も持たず――。
クラスメイト達の思考を理解しようとすればするほど、私の意識が冷めていくのが分かった。
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今日1日を締めくくる形で終礼が始まり、そしてあっという間に終わった。
後、向かう場所は残すところ1つだけ。
別に誰が見ている訳でもないのだろうが、私は逸る気持ちを誰にも悟られないよう、ゆっくりとした足取りで教室を後にする。
不思議なことに、昼休憩と放課後には、朝礼前のような騒ぎが起こることはなかった。
そもそも、そんなに頻繁に起こられても困る話ではある。
教室内の雰囲気からして、今の所は様子見といったところだろうか。
面倒ごとが増えない内に、私に手を出すことを最初の段階で諦めるような、なにか決定打でも思いつければいいのに……。
そうこう考えを巡らせている内に、頭上から鮮やかな光が降り注ぎ、自分が既に目的地に辿り着いていたことに気が付いた。
「やあ、メルヴィン嬢。昨日ぶりだな」
約束の主が、自分よりも先に来ていたことに気が付き慌てて反応を返す。
「お待たせして、すいません……!」
「僕もついさっき来たところだから、君とほぼ同着だと思う」
少し冗談めいた口調で話すグレイシスという名の青年の様子を見て、ほっと胸を撫で下ろした。
「ところで……」
「どうかしましたか?」
「昨日までとは随分と印象が違うようだ」
「ん……? あ、これのことですね。昨日切りました」
「なるほど。それが昨日言っていた準備だったというわけか」
「その通りです。小手先の手段でしかありませんが、効果はありました」
少なくとも、婚約者という立場に甘んじていたメルヴィン・ローズが、初めて1人で行動を起こしたことを視覚的に訴えるには十分だっただろう。
「それはよかった。しかし改めて見ると――……」
そう言って青年は言葉を溜め、私を一瞥した後、
「とても似合っている」
澄んだ青色の瞳を真っすぐにこちらへと向けて、感想を述べた。
「へ……。あ、は、はい! ありがとうございます」
「以前の長い髪も似合っていたが、今の髪型の方が君のイメージに合っていると僕は思う」
突然の発言に、動揺しかけたのを何とか取り繕う私をよそに、青年は畳みかけるように言葉をつけ足す。よくもまあ恥ずかしげもなく、こんなにも私の感情を次から次へと揺さぶる言葉を使えるものだ。
何よりも一番困るのは、その発言をしている当の本人にはまったくその自覚がないことである。
「私のイメージ、ですか」
「ああ。気高くて、どこか近寄りがたい冷たさ、と言ったらいいだろうか」
青年に言われ、あの時アシェリーが私の髪を指摘したことを思い出した。
そうか。だから彼女は私のことが、今までよりも更に気に食わなかったのか。
鏡でしか見ることのない自分自身の姿が、周囲からどう見られていたのかを再認識した瞬間だった。
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