操り人形
「一体、あなたの何を信じればいいというのでしょう?」
萎縮している元婚約者からの言葉を切り捨てるように、私は冷たく言い放った。
「それ、は…………」
呟くと、アランは固まり視線を泳がせる。
当然の反応だ。私は、彼が、今言われると一番困る言葉を使ったのだから。
ここまで追い詰めれば、後は何も疑いを抱くことなく私の質問に答えてくれるだろう。
そう判断した私は、言葉を失っているアランを見つめ、淡々と語りかけた。
「……まあ、いいでしょう。あなたの言葉を信じます。けれど、それにはそれ相応の説明が必要です。私の言葉の意味が分かりますか?」
「ああ、ああ! もちろんだ! 僕の知っていることなら何でも話そう。君の気が済むまで」
「理解が早くて助かります。では、まず……あなたは定期舞踏会を前にして急に言い渡された、と先程仰っていました。それはいつのことですか?」
「えーっと、確か……。君に婚約破棄を告げる3日前だ」
「なるほど。それはご家族から直接? それとも誰か仲介が入りましたか?」
「直接だ。わざわざ遠方から来られて、こちらで一緒に食事をした。その時に……」
「急に告げられた、と」
「それで間違いない」
「理由などは特に窺わなかったのですか?」
「聞いてはみた。僕だって5歳から決められていた婚約を今になって急に破棄しろと言われて混乱したし……。ただ、父上は何も答えてはくれなかった。いずれ近いうちにでも詳しく話そうとだけ」
アランの話を聞く限りでは筋は通っている。けれど、1つだけ気がかりな点があった。
「アラン、1つ気になることがあります。あなたは今、私に婚約を破棄した理由を知らない、と言いました。つまりダーシー家は、我がローズ家がつい先日没落したことが理由で、婚約を破棄した訳ではないんですね……?」
「そうではないと思う。その話はすでに僕も父上から事前に聞いていたし。だから、それが理由なら、それが理由だと父上なら言うはずだ」
それが事実だとすれば、我がローズ家を貶めるために、何者かが水面下で動いていたという私の推測は外れたことになる。当初の私の考えは、ミルボンド家とダーシー家による利害の一致から、我がローズ家が没落するようことを進め、没落した上で婚約破棄へと踏み切ったのだろう、というものだった。なぜならミルボンド家は、ローズ家の競合相手であり、我がローズ家が没落した場合の利益を、全て手中に収めることが出来る唯一のポジションにあるからだ。
「アシェリーの出自であるミルボンド家は、我がローズ家とは敵対関係と言っていい立場にあるのはご存じですよね? その上で、私としていた婚約をアシェリーと結び直したとなれば、自然ある考えへと行きつきます。ダーシー家は鞍替えしたのではないか、と」
「……確かに、言われてみればその通りだ。僕は父上の言う通りにしていただけだから、その辺の詳しいことは分からないけど」
まるで、操り人形を見ている気分だった。
アランという人間の在り方は全てダーシー家のためにあり、彼自身が何かを考え感じ動くことは必要とされていない。だから、彼も言われるがまま生きることに甘んじている。
……誰かと重なると思ったら、それは昨日までの私だった。
私は、こんなにもおどおどした生き方をしていたのだろうか。私の返事を待つ、目の前の元婚約者を見つめながらそんなことを思う自分がいた。
これ以上、彼に聞いても必要な情報を得ることは出来ないだろうと判断した私は、特に期待することもなく最後の質問を投げかける。
「分かりました。では最後に、最近のあなたのお父様のことで何か気になることはありませんでしたか?」
「父上のこと、で……?」
そんなことある訳ないだろう、という顔をしながらアランは思案し、
「そうだな……。特に何もないように思うけれど……。しいて言えば、ここ半年ほどは頻繁にこちらと地元を行き来している、ということくらいか」
ここに来て一番役立ちそうな情報を口にした。
「そうですか、ありがとうございます」
私は言葉と同時に、ずっと手に持っていたローズフレイムの箱をアランに渡す。
「あ、ありがとう……!」
「いいえ、どういたしまして」
別れの言葉を告げることなく、後ろを振り返り校舎の中へと戻ろうとする。
と、背後から小さな声がした。
「あ……あの、メルヴィン。君と婚約者でいられたこの十数年間、家同士のことだったのもあるし、君の家と僕の家は距離もあったから、あまり多くの時間を過ごせたとは言えないけれど、でも、楽しかったよ」
振り返ると、元婚約者が笑みを浮かべながら切なそうに語っている。
私は、また彼に近づき、彼と同じように顔に笑みを浮かべながら答えた。
「……アラン。勿体ないお言葉ありがとうございます。
私、とても、とても――――反吐が出そうです」
まるで取ってつけたような社交辞令。
私と何年婚約者でいたのかも薄っすらとしか覚えていない元婚約者。
そのことに、つい本音を漏らしていた。
私の言葉を聞いて、アランは目を点にし、
「え……、今。なんて…………。え……、今――」
まるで壊れてしまったように何度も同じ言葉を繰り返す。
そんな彼を見て、私は――ああなんて愉快なんだろう、などと酷いことを思ってしまうのだった。
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大事な用事を済ませた私は、その足で授業が始まる前の教室へと駆けこんだ。
私が扉を開けた瞬間、室内から聞こえてきたのは、昨日と同じようなひそひそとした冷笑ではない。
どちらかと言えば、驚きから生まれたどよめきがそこにはあった。
「メルヴィン・ローズが、あの自慢げに伸ばしていた髪を切っているわ……」
「やはり昨日のアシェリーとのひと悶着がきいたのでは?」
「こうして見ると、やはり彼女は庶民の出だと痛感させられるわね。長い時よりも今の髪型のほうがしっくりくるもの」
もはや隠そうともせずに、教室のあちこちで飛び交う声達。
昨日までは気になっていたそれらが、今の私にはただの雑音に聞こえてくる。
不思議だ。ただ髪の毛を短くしただけだというのに――――。
今までの私はどこへいったのか。今は別人のように気持ちが軽い。
私は、自分にとって、取るに足らない人達が発する会話を黙認しながら、自分の席へと歩いていく。
誰にも文句を言わせないよう、歩き方と振る舞いに気を付けて。
カタン、と音を立てて席につくと、それを狙っていたかのように1人の少女が近づいてきた。
それが誰なのかは、顔を見ずともすぐに分かる。
私が髪を切ったことを指摘したいのか、それとも、私という存在がもとから気に食わないのか。
2つに結った髪の毛を揺らしながら、アシェリー・ミルボンドは私の席の横に立つのだった。
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