光の魔法使いクララ・パドヴァールの放浪記 旅は道連れ、世は混沌
話は進む、関係も少し。しかし、名前は分からない。
「…………ふん」
「ねぇー、いい加減機嫌直してよ。悪かったからさ、飴舐める?」
先程から私は樽に引き篭もっている。理由は簡単だ。
「もう私を弄ばない?」
樽から目だけ覗かせて、ジト目で彼女を見つめる。
「…………、ほら飴ちゃんだよぉ〜」
そう言って彼女は手を閉じて、こちらに突き出しているだけだ。絶対ないな、と確信してまた暗闇に引き戻る。
「本当に悪かったから! ね?」
今度は樽ごと私を揺らしてきた。怪獣か!
「…………はぁ、分かった」
蓋を完全に開けて、樽の外に出る。凍りついた海に足を付けて、樽の中で着直した分厚めのコートのフードを被る。
「それで、もう用は済んだでしょ。他に何かあるの?」
もうあんなことはしまいと、心の中でうんざりしつつ彼女に訊く。
「そうね、なんで私は気絶したのかしら?」
首を傾げて、彼女は質問する。
「魔法って、一番何処が負担が大きいと思う?」
「負担? 魔法は世界に満ち溢れる力から生み出すものだから…………、世界?」
本当に何も知らなかったのか。
…………あんなタイミングで起きたのは偶然…………もう少し自重しよう。
いつもジジイに注意されてた癖がここまで私を翻弄するとは。でも、魔法学園のみんななら余裕で同じことをしそうな気もする。あの人たちが世間一般のダメ人間ということはオヤジに何回も聞かされたが。
「魔法はその発動者の身体に力が経由して発動するんだ。だから、本当に負担が掛かるのは……」
自分の胸を指して言う。
「自身の身体だよ」
「…………ということは、君は知っていて、君の好奇心のために私は犠牲になったと」
「うっ、」
上手く雰囲気で誤魔化そうと思っていたのに!
「別に魔法を教えてくれたから良いけどね」
そう言って、彼女は楽しそうに微笑む。
「あっ、でも。もし君に申し訳ない気持ちが五分でもあると言うなら聞いて欲しいことが…………」
「良いわよ、次は何」
そう言うと満足気に彼女は頷いて、
「じゃあ、一緒に行きましょう。私たち海族の楽園ニライカナイへ」
彼女は手を引いて、私を海に攫う。海に張った氷は自然と溶け、私は咄嗟に樽を頭から被り、水の圧力と浮力を抑える魔法陣を発動、そして樽の中に空気を固定化する魔法で酸素を溜める。
心の中では困惑していた。ニライカナイといえば、キテージとは反対の南の海にある土地の名前。
でも、困惑を超える好奇心が全てを塗り替える。
この旅に何か意味があるのか。それはまだ知らない。
この深き海の底に何が待ち受けているのか、その次に、次にと頭の中で夢が広がる。
これは私の放浪記。
未だこの旅に意味を見出せず、その身も心もまだまだ発展途上。
だから放浪しよう、気ままに、今をただ自由に生きよう。
出来れば、彼女と二人で…………
そう思ったのは何故だろう。
勢いの早い波にあおられても、それでも私を引くこの手は決して離れない。
初めて話した同年代の少女。その出会いは酷く恥ずかしくて、人に話せたものではなかった。
でも、彼女は愉快そうに私を揶揄った。
本当は少し心細かったのかもしれない。突然の環境の変化、ただ暑さを凌ぐだけであんなに苦労するだなんて。学園では考えなかったことだ。
本を読んで、研究して、時々魔法合戦をする。それで満足していた日々はしばらくお預けだ。
もし貴女と一緒に旅を出来たら何て、私のわがままでしかないのは分かる、でも貴女と二人なら何処までも……
………………そう言えば、彼女の名前は?
完全に聞きそびれた言葉と共に、二人の少女は海に深く深く沈んでゆく。
魔法陣は樽に篭っている間に、着替えと並行して樽に刻んで置いたもの。こう、ペンでカリカリと少しの溝を作る感じで。
何故予め書かれていたのかは、そりゃ海に来たら底まで行きたいでしょう? という精神がクララを突き動かしたから。




