東雲から吹く風は名残を消して
新章開幕、本編も興味があったら是非!
風が吹いていた。
強く、強く雨が自分の頬を殴って、足がちぎれんばかりに駆けずり回っても、小さくて骨が浮かび上がった足じゃ全く進まない。
無様に転んだ、泥に塗れ、啜りながらも駆け抜けた。
逃げなければ、逃げなければ死んでしまう。
たった一つの強迫観念に体は限界を超えてでも、無理に足を引っ張ってゆく。
駆けて、駆けて、駆けて………………
*****
「ほれ、其処の薄汚い小童。何をそんなに急いておる」
一声、たった一声だけの呼び掛け。それだけで、足は自然と止まり、中心にある巨大な岩、その上に座す女性の姿が目に入る。口から煙を吹いて、目を細め、こちらを見ていた。
「………………」
声は出ない、だって言葉を知らないかったから。でも、彼女の言葉は未だに頭に残っている。
「ふん、口も聞けぬか。じゃが、…………良い」
この時は知らなかったが、彼女の姿は花魁が着るような豪勢な服で、躊躇いなく自分に触れた。泥で汚れた自分を。
すらりと白い手が伸びて、顔に触れた。頭が真っ白だった自分はその金色の目をただ見つめるしかなかった。
「お主に決めた。おい刑部、いるのだろう?」
彼女は優美な仕草で手招きすると、大きな図体の男が暗がりから現れた。
「何だ、毒婦」
「からからから、此処でそんなことを言ってくれるのはお前ぐらいなものよ。この子を預ける、期限はそうじゃの…………まあ五年くらいか」
艶かしく、その豊満な肢体の線を自然な動作で際立たせ、愉快そうに口に手を当てて笑った。
「勝手に言いやがって、ちっ。預かりはするが、耐えられなかったら俺は捨てるぞ」
「その時はその時じゃな、珍しく見る目が無かったというだけじゃ」
目を細めて、こちらを見る。そして、慈しみを持った手付きで頭を撫でた。
「よく育て、小童。妾は何時迄も其方たちを見てるからな」
懐かしむように遠くを見たかと思うと、今度は強めの風が吹く。それは彼女の姿を隠して、全てが幻だったかのように消えてゆく。
『忘れてたな、お主の名前は…………、東雲の吹く風が騒がしいな。うむ、お主の名は紫乃だ。紫乃、妾は末永く待っておる』
最後にそう言い残して、影も形もない岩場だけがあった。紫煙は空を高く揺蕩い、荒れた空から光が差す。
「…………ついてこい」
男に手を引かれて、自分は連れて行かれた。しかし、歩み続けながらも、自分は岩の方をずっと見つめていた。
はい、常夜の国編始まります。
一応字面で、どんな国か分からなくもない?
クララがどんな反応するのか、
果たして何事もなく平穏に過ごすことができるのか。
刺激的な描写は書けませんが、お楽しみに!




