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守護獣召喚

「意外と……小さい?」


 墜落する猫科の魔獣を追って地面に降り立ったリュウトは、その姿を間近に見てそう呟いていた。この場に現れる魔獣は守護獣である――ポルパの言葉からそう想定していた供給士たちも同じ思いだ。

 魔力板を上昇させて逃げるリュウトを守ったのは、作業班の供給士たちが放った魔術具による火炎放射だった。お蔭でリュウトの兵隊服の裾が少しばかり焦げてしまったが、彼らの選択は決して間違っていたわけではない。水では砂が泥になって遺物が損なわれる恐れがあったし、土ではそれこそ遺跡ごと破壊してしまっただろう。金属や木では疵付けるし、火炎が最も無難な選択だったといえる。

 だが最終的に守護獣を仕留めたのは、護衛隊による狙撃だった。狙撃手の腕もさることながら、制式銃剣よりも精度も威力も高い長銃で撃たれては、小柄な守護獣ではひとたまりもなかったようだ。


 金と黒の豹紋がぐずぐずと妙な具合に揺らぐ。リュウトが銃剣の先で突くと、守護獣の亡骸は薄い石版のような物体に姿を変えた。


「な、なんでだ? 死体が消えた?」

「ほほう、それは興味深い。召喚獣なら死骸を残すはず。ならばこの守護獣は魔法により生成したということか? ふむ、その召喚魔法陣は回収しておきたまえ」


 興奮したポルパに促されてリュウトは慌てて手を伸ばしたが、元々、狙撃によって割れかけていた石版は脆くも崩れ去った。


「あっ……壊れた……」

「壊れてしまったものは仕方ない。壁の呪文の中に同じものがあるかもしれん。徹底的に探すように」



 壁を物理的に切り出すことが許されないため、刻まれた呪文は手作業による筆写か、魔術具を用いた複写で写し取る必要がある。複写の魔術具で一括して写し取れる範囲はさほど大きくはなく、壁面を網羅するには、少しずつ位置を変えながら魔術具を使わなければならない。要は手作業であろうが道具を使おうが、時間をかけて同じ作業を繰り返す必要があり、供給士たちは人海戦術のための要員なのだ。


 高所および挟所を担当するリュウトとトヘルストの二人は、広場の左右――東西に分かれて天井付近から作業を始めた。魔力板に乗っての作業は、いくら訓練により平衡感覚を磨いても、やはり不安定でやりにくいものである。手作業による筆写はもちろん、それを補う魔術具もまた決して使い勝手の良いものではない。

 魔力板乗り用の魔術具はぎりぎり片手で掴めるくらいに小型化されていて、それで複写する面をなぞって読み取り、魔石を加工した記録用の魔術具に保存する。杉村龍翔の知識に照らせばハンディスキャナと似ているが、使い勝手も性能も格段に悪く、精確に読み取れずに手作業は避けられない。


 下で地面に足を着けて作業する供給士たちも、状況は似たようなものだ。魔術具が一度に読み取れる範囲は広いが、それに比例して修正の量も多い。自ずと精度が低くなり、作業を監督するポルパとトバロによる叱責が止まない。


「そこ! 魔術具の当て方が斜めになっている! それでは呪文が歪んでしまう!」

「隣同士の作業範囲をきちんと確認せよ! 十八番と十九番、隙間が空いて途中で文が切れている!」

「三十四番! 何をやってる! 文字がボロボロと欠けているではないか!?」

「いや、それは元々欠けているんで……って、うわっ!?」

「なんだ、こりゃ?! 鼠!?」


 叱責の合間に供給士たちの悲鳴とも叫びともつかない声が混じるのは、足下を魔獣が何匹も走り回っているからだ。赤と黒の斑模様に金色の目をした小型犬ほどの大きさの鼠のような魔獣だ。猪のような牙が生えていて、供給士たちの隙を狙っては、壁の表面へと突き立てようとする。


「岩喰い鼠か!?」

「猫系の守護獣って鼠退治用だったのか?」


 守護獣を倒してしまったのは早計だったのではないかという声が上がったが、後悔先に立たずである。仕方なく護衛の供給士たちが走り回り、銃剣の先や小規模の炎を発する魔術具でこまめに退治していく。幸いにも守護獣に対するほどの威力は必要なく、あっさりと斬り伏せられる。ただ次から次へと止めどなく湧いてくるのが面倒なだけだ。


「こりゃ、なんだ? なんか妙な出っ張ったものが……光ってます?」

「古代の魔術具のようだな。なにかの操作盤か? うむむ?」


 中央付近で作業をしていた兵士が、壁面に突き出た部分を発見して大声で報告した。腰高の位置で、書物ほどの大きさの壁の一部が斜めに突き出して、上から覗き見やすい向きになっている。

 謎の装置の発見に、呪文の複写作業は中止された。周辺で作業していた供給士たちは遠ざけられ、天井付近を担当している魔力板乗りの二人も一旦降下する。


 斜めになった壁の表面には呪文は刻まれておらず滑らかで、右下には小さな丸い窪みがついている。ポルパとトバロは、最初こそは迂闊に手を触れるべきではないと、装置を遠巻きに観察していたが、やがてなぜ文字が刻まれていないのか、右下の窪みは何なのか、二人して激論を戦わせ始めた。だが闇雲に推論を述べ合ったところで無意味である。窪みは魔力供給用だろうという点で意見の一致をみると、では実際に魔力を流そうとの結論に達した。

 命じられた供給士が、恐る恐る小さな魔石を窪みに載せる。カチリと魔石が嵌まる音がして、斜めに突き出た表面が淡い光を放ち始めた。


「これは……やはり古代語の呪文か。『汝の求むる叡智を述べよ』ですかな? しかし、いまひとつ意味が通じませんな」

「トバロ補佐官、これは『叡智』ではなく字義通り『言葉』と解釈するのが正しいのではないか? それと『述べよ』ではなく『記せ』……かの?」

「『汝の求むる言葉を記せ』ですか? ふうむ……『述べよ』ではなく『記せ』か……」


 呟きながら装置へと近づいたトバロは、徐ろに魔術具の筆記用具を取り出し、光る呪文の下へと文字を連ねる。


「『汝の問いには答えぬ』かな? いや『汝の問いへの答えには至らず』か。『遺跡の宝物は何処に』と訊ねてみたんですが……」

「ふむ、駄目か……。先人の知識にも限りがあるということか、あるいは問いの発し方に誤りがあるのか……。ならば――」


 再び始まったポルパとトバロの不毛な議論を打ち破ったのは、じっとやり取りを見ていた供給士のひとりであるリュウトであった。


「ここって古代魔法の書庫みたいなものですよね? だったら検索システム……じゃなくて、索引の魔術具とかそういったもんじゃないんでしょうか?」

「ここは……まあ、たしかに魔石油採掘施設で使用する魔法を集めた書庫といっても間違いではないだろう。で、この壁面がその索引であると君はいうのかね?」


 幼年学校や予備訓練程度のリュウトの古代言語知識では、壁や装置の呪文を読み解くには到底足りないが、彼には杉村龍翔としての知識があるのだ。

 膨大な量の壁に刻まれた呪文の中から目視で目的の呪文を探し出すのは困難を極める。ならば、杉村龍翔の常識では検索システムが構築されていてしかるべきである。コンピュータの画面を彷彿させる装置も彼の推測を補強する。

 リュウトはポルパに許可を求めて装置に向かい、検索する事柄を思い浮かべた。


「えっと『守護獣』と、それから『猫』……で、取り敢えずいいか?」


 検索語が入力されると、トバロのときとは違って今度は「見つからない」旨の回答ではなく、三行ほどの光る文字列が現れた。スマホやタブレット端末と同じだなと思いながらリュウトはいちばん上の行を軽く指先で叩く。壁面の一部が人の背丈より高い中層位置で明るい橙色に強く輝き、続いてガタリという重たい音と共に装置の下の壁から薄い石版が排出された。


 光った部分の作業担当が、複写した呪文をポルパへと差し出す。ポルパは大喜びでそれを出力された石版の内容と比較し始めた。


「ふむ、慥かにこれは守護獣の召喚魔法のようだ。現代の召喚陣と共通点がある。召喚対象は呪文では『黒き豹紋猫』とあるが、召喚陣の対応する箇所は……ううむ、これか? しかし……ふうむ、他は現代魔法との共通部分は少ないようだな――」


 一頻り呪文と石版を眺め回したポルパは、実験と称してリュウトに石版の召喚陣に魔力を流すように命じた。


「起動すると、また守護獣に襲われませんか?」

「呪文を読む限りは排除対象の優先順位は岩喰い鼠が最も高いから大丈夫だ」


 それに襲われたところで倒すのは容易いはず――そう指摘されれば、供給士であるリュウトに否やはない。諦めて小さな魔石を石版の端の窪みへと嵌め込んだ。

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