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豹の幼獣

 作業用に常備している小ぶりの魔石のひとつを石版に嵌め込むと、リュウトは他の供給士たちが居並ぶ位置まで退いた。石版を見詰めるポルパとトバロの目は、好奇心に爛々と輝いている。


 謎の装置から出力された石版が召喚魔法を取り扱うものであるとポルパは断言した。短い時間の検証だったが誰も異を唱えないのは、上級詠唱士や課長といった肩書のせいだけではなく、その狂科学者(マッドサイエンティスト)的な知識量と能力の高さが認められているからだ。

 だが召喚魔法だということは信用しても、喚び出されるのが先ほどと同じ猫系魔獣であるとは限らない。『黒き豹紋猫』という文言も確認されてはいるが、同程度の能力であるという保証はどこにもない。先ほどよりも強大な守護獣が召喚されるのではないかと、兵士たちは固唾を呑んで石版の変化を見守る。


 リュウトの魔力消費量の見積もりが甘かったせいか、石版は魔石を嵌めると同時に淡黄色の光を帯び始めたが、すぐに薄れて消え入った。無言のポルパに仕草だけで促されて、リュウトはさらに二個、三個と魔石を追加していく。五個目を継ぎ足そうとしたところで飽和し、石版は眩しいほどの強い光を放つ。黄金色の輝きの中に黒い影が揺らめいて鳴いた。


「ビェー! ビェエー!!」


 黒い影は小さな塊になり、やがて黒っぽい子猫のような姿となった。黒に金の斑模様の猛獣――豹の幼獣だ。小さな身体に似合わぬ大声で、目の前のリュウトに向かって頻りと何かを訴えかける。甘えを含んだ嗄れ声に、供給士たちが相好を崩す。場に満ちていた緊張が霧散した。


「か、可愛い……」

「召喚主には敵対しない……ってことか?」


 幼いから敵味方の判別ができていないのか、それとも召喚獣の性質として召喚者に従うのか。どちらが正解かは不明だが、守護獣に再び襲われる様子が見られないことに兵士たちは安堵の息を吐いた。

 豹の幼獣はリュウトの手に頭を擦りつけ、膝に長い尾を絡ませる。甘噛みされたリュウトの指先から魔石が零れ落ちると、幼獣は疑わしげな様子で臭いを嗅ぎ、長い舌でぺろりと呑み込んだ。それを見た供給士たちが争うように幼獣に向かって魔石を差し出すと、幼獣は誰にも公平に鼻を鳴らして臭いを確かめてから呑み込んだ。


「そろそろ仕事に戻りなさい」


 トバロが子猫をあやすことに夢中な供給士たちを叱ると、ポルパが召喚獣を抱き上げあれこれと身体検査を始めた。幼獣はポルパの腕の中で暫くは大人しくされるがままになっていたが、呪文を刻んだ壁面の周辺を走り回る魔獣の姿を目にすると、するりと縛めから抜け出し岩喰い鼠を追い始める。


「なるほど魔獣を喰らって魔力を得るのか。巧い方法だ」


 黒と金の毛並みが供給士たちの脚の間を駆け抜けると、一匹いっぴきと赤と黒の斑模様の魔獣が消える。その度に豹の幼獣は少しずつ成長していった。最初は岩喰い鼠の半分ほどしかなかった守護幼獣は、瞬く間に成猫と変わらぬほどの大きさに成長していた。



 検索装置らしき物を発見したことにより、一行の遺跡の調査は一段と捗るようになっていた。

 まず最初に判明したのは、壁の呪文は古代ア・ネウリドル語の文字順に並べられているということだった。無関係な内容のものが隣り合う非効率な並び順に疑問を抱く者は少なからずいたのだが、先頭文字の順に並んでいることに気がついたのはリュウト――というよりやはり杉村龍翔である。

 一見、支離滅裂とも思えた呪文の並びだが、装置があれば目的の呪文を簡単に取り出せる上に、分類整理も容易になる。端から順に写し取るよりも、装置を使って種類ごとに分類してからのほうが後々の研究にも有用ではないかという声が上がるのも当然のことではあった。


「作業済みの分も全部やり直しってことか? それは時間の無駄じゃないか?」

「現代魔法と同じ分類ですべてを網羅できるとは限らないだろう。端から作業せねば写し漏れが出るおそれもある。下手にやり方を変えないほうがいい」


 すべてを収集して分析をしなければ正確な分類など不可能だ、とトバロが指摘する。


「この装置自体を持ち出せればいいのですが……」


 ポルパの顔色を窺いつつトバロが進言する。魔術具の一種らしき装置の調査は、本来であれば記述魔法設計士が最も向いている。だがこの場には設計士が同行していないため、記述魔法部門付きの供給士であるトヘルストが確認を命じられた。リュウトも同じ技術補助部隊の一員であり、目端の利くところや発想の斬新さを評価されてはいるが、魔術具の取り扱いという点に於いては先輩であるトヘルストのほうが一枚も二枚も上手だ。


「私は専門家ではないので断言はできませんが――」


 表面だけではなく周辺の壁や操作盤状の装置自体の裏側までも念入りに調べていたトヘルストがそう前置きして説明したところによれば、装置を物理的に持ち出すことは不可能ではないが、遺跡から切り離してしまうと動かなくなるだろうとのことであった。ポルパが難しい顔をしてそれに応じる。


「ふむ。この場所全体が魔術具になっているようなものかもしれんということか。尚更、持ち出して詳しく調べたいところだが、無理とあらば仕方ないか……。ならば少しでも情報を得るためにも、この遺跡の地図や装置そのものの構造図を徹底的に調べ上げるとするか」


 言うなりポルパは装置の前からトヘルストを押し退け、自ら検索機能を使い地図や図面を引き出しては作業する供給士たちに別途写しとって自分の手元へ持ってくるように指示を始めた。


「なるほど、ここは非常用の避難場所というよりも管理用の施設の可能性もあるのか」

「ほうほう、我々が通路と思っていた部分の多くは、魔石油を流すための配管であったのか」

「やはり遺跡の通路や壁の並び自体が魔法陣を構成しているのか? しかしア・ネウリドルの時代には記述魔法は、これほどの大規模施設に応用できるほどに発展していなかったはずだが……」

「もしやこれは記述魔法の歴史を塗り替える大いなる発見となるのでは?」


 幼子のように目を輝かせて自分の興味関心の対象にばかり集中するポルパであった。

 その間にも供給士たちは元々の指示に従った作業に打ち込み、豹の召喚獣は次々と魔獣鼠を喰らっては成長していった。

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