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遺跡の守護獣

 長い旅路の末、列車は東の砂漠の遺跡の入り口へと到着した。古代ア・ネウリドルの遺跡は砂漠には数多くあるはずだが、ここはその中でもラウデリアの国境から最も近く、発見されたばかりの遺跡である。


 到着した場所は、遺跡のすぐ目の前だ。試験用線路を延長しただけで、操車場としての機能のみで駅舎などの設備は一切ない。宿泊設備などもなく、調査隊は車両の中か遺跡の内部にて寝泊まりすることになる。 

 列車は記述魔法により建設された転車台で向きを変えた。詠唱魔法は王宮だの神殿だのといった一点もの(・・・・)の建築に向いており、規格準拠が重要となる軌道の敷設であれば、同一内容を繰り返し使用できる記述魔法のほうが安価で確実だ。


「なんか、凄えぇ……」

「平らだなあ」

「果てしない、よな」


 若い供給士たちは、初めて目にする砂漠の光景に興奮を隠し切れない。

 砂漠は完全な平地ではなく、砂色の岩肌をした台地状の起伏が連なり、草も疎らにだが生えている。それでも地平線まで見渡せるような広大な景色は、ラウデリアという都会で育った若者たちには珍しいのだろう。リュウトだけは元の世界で見た重たく柔らかな布地をうねらせたような映像記憶と引き比べてやや戸惑っている。


 件の遺跡は外から見る限りは精々三階建てほどの高さである。壁面には装飾による凹凸は見られず、辛うじて出入り口や窓のような穴が穿たれているばかりだ。元々無かったのか、それとも砂嵐に曝されて削られ消えてしまったのかは、素人目には定かではない。砂に埋もれた牢屋や倉庫のようで、遺跡といえばピラミッドしか思い浮かばないリュウトには、それもまた違和感のひとつだ。


 気温もまた違和感の原因だ。容赦なく照りつける太陽が体内の水分を奪う灼熱の地獄――その先入観とは裏腹に気温は高くない。砂漠は昼夜の寒暖差が激しいはずだが、今はまだ昼の最中だ。それなのにやや肌寒いくらいの気温は、外套こそ着用していないが完全装備の兵隊服姿で丁度いい、心地良いと感じられる程度である。


「遺跡の南東側が我が国の領分である。境界線はあそこ――」


 隊長のポルパがが遺跡の上方を指差し示すのは、三つほど先の砂丘というか砂岩の丘の稜線だ。塀や柵などで明確に囲われているわけではないが、どこが境界線かは一目瞭然である。そこから先はレルデルクスの支配領域となる。過って踏み込まないようにと補佐官のトバロが釘を刺すが、地平線の向こう側ほどに遠いのに間違えようもないだろうと供給士たちは無警戒に笑い合う。


「では中に入る。守護獣にはくれぐれも用心するように」


 そう言い置いてポルパは真っ先に遺跡へと足を踏み入れる。本来なら大将――隊長がそのようなことはすべきではないのだが、遺跡調査に浮かれたポルパは幼子のように嬉しげな表情だ。

 トバロがすぐさま後を追い、供給士たちの部隊も列車に残る少数を除いた全員がそれに続く。


 中は四、五人程度は並んで歩ける幅の通路だった。中は階層にはなっておらず、三階分の吹き抜けに相当する高さがある。

 好奇心に逸るポルパを抑えて先頭を進むのは、護衛の役割を任された機動補給部隊の班の三分の一だ。比較的身軽な格好の彼らは、銃剣や大型の銃器類を手にし、背中には標準的な大きさの魔力樽を背負っている。

 そのすぐ後ろから急かすようにしてポルパとトバロが続く。上級詠唱士であるポルパは自らの攻撃力は高いからと、前を譲らないのだ。

 さらに護衛隊の三分の一が仕方なくポルパのすぐ後ろに付き従う。彼らは機動補給部隊の標準装備に加え、いくつもの攻撃用魔術具を所持している。


 技術補給部隊――リュウトとトヘルストの二人――は戦闘に備える機動補給部隊と比べて随分と軽装である。魔力樽こそ標準的な大きさだが、武器は最低限の魔法軍制式銃剣のみだ。その代わりに背中に魔力板――魔力推進装置付き携帯式簡易移動機を背負っている。魔力板に乗れば移動は簡単だが、魔力の節約のためにも目的の場所に到達するまでは使用を控えている。

 その他に持つのは筆記用具と複写のための魔法陣を刻んだ魔術具。どちらも今回の遠征の目的のひとつである詠唱呪文の筆写のための道具だ。遠足のような軽装にリュウトは些か居心地悪そうにしているが、トヘルストのほうはこういった状況は慣れていると落ち着いた様子だ。


 最大の人数を擁するのは機動補給部隊員で構成される作業班だ。背負った魔力樽に加えて、いくつもの大型魔力樽を運ぶ。壁面を切り出したり、それ以外の大型の遺物を運び出す場合に備えて工作具や運搬具を運ぶのも彼らの役割だ。工具の取り扱いは記述魔法部門付きである技術補給部隊のほうが熟練者が多いが、詠唱魔法部門の課長であるポルパにとっては記述魔法部門に借りを作るよりも機動補給部隊に動員をかけるほうが容易だったということだ。

 最後尾には護衛部隊の残りがつき、油断なく後方からの危険に備えている。


「魔獣や守護獣の気配はありません――」


 偵察の兵士の報告通り、順調に進む一行の行く手を阻むものはこれまでのところ一切現れていない。踏破済みの区域では大きな危険は除去済みということだ。

 各兵士たちが手にする魔術具の灯りに、壁面の文様が浮かび上がる。ポルパの言によれば古代ア・ネウリドル語とのことだが、研究者でもなければ装飾を施した文字列の判読は難しい。尤もそれらはポルパの研究対象である詠唱呪文ではなく、単なる案内掲示の類いである。


               ○◎●○◎●


 翌日、昼近くに調査隊は目的の場所へと到達した。前日はしっかりと夜営をしており、兵士たちは身体的にも精神的にも万全の状態である。


 長々と単調な通路を抜けた先は、少し開けた場所であった。大聖堂や伽藍といった趣で天井の中央が少し高くなっている。通路よりも少しばかり高いだろう。壁面には通路と同じく、装飾文字が文様のように刻みつけられている。この文様を写しとるのが調査隊の目的だ。


 筆写作業の中心は作業班が担う。人の背丈程度かそれ以上であっても梯子や踏み台の類を持ち込んでいるので作業になんら支障はない。天井の中央近くや踏み台が設置できないような狭い場所は、魔力板を操る技術補助部隊の出番となる。

 総面積はともかく一人当たりの作業面積を比較すると、技術補助部隊の二人にかかる負担が随分と大きい。


「私見ではあるが、ここは魔石油採掘場の関連施設であろう。初回の調査で持ち帰った呪文の内容から、非常用施設の可能性が高いと推測される。事故や災害を食い止めるための基地のような役割だったのではないかと睨んでおる。レルデルクス側の領域で機械兵が発見されているのもその証左。おそらくあれらは警備よりも復旧作業用のはず。それはこちら側に遺された制御用の魔法を解析すれば証明できるであろう――」


 隊長のポルパは高揚した表情で滔々と語り倒す。そして付け足すように黙々と準備の作業を進める供給士たちの背に警告を発した。


「そうそう、通路はともかく、この辺りの領域の守護獣はまだ活動しているはず。さほど強くはないが……気をつけるように」


 その言葉が終わらぬうちに、どこかで獣が唸るような声がした。踏み台を設置したり筆写のために散らばっていた供給士たちはすぐさまに身構えたが、魔力板を起動し調節を重ねていた技術補助部隊の二人は少しばかり手間取っている。


「ぐるるるっ! がるぅぅっ!!」

「危ない! 避けろ!!」


 どこからともなくその場へ飛び込んできたのは、黒味を帯びた金色の塊のような魔獣だった。咄嗟に壁際に寄った供給士たちには目もくれず、魔力板に乗ってふらふらと宙に浮かぼうとしている技術補給部隊の二人へと迫る。

 金色の毛並みに黒い縁取りの豹紋がついた猫の魔獣だ。猫よりは大きいが、獅子や虎のほどの大型ではない。小ぶりの豹か山猫ほどの大きさだ。ポルパの警告するところの守護獣だろう。兵士たちはその金色に光る瞳に睨まれ凍りつき、低い唸り声に竦み上がる。


 低い位置をふらついていたトヘルストは、急ぎ魔力板を飛び降り供給士たちの集まる壁際へと逃げ込んだ。少し高い位置につけていたリュウトは飛び降りることも叶わず、必死で魔力板を操作して、猫魔獣の鋭い爪から逃れようと身を翻す。


「リュウト、そのまま振り切れ!!」


 辛うじて身を躱し続けているとディルガたち護衛部隊からの声が掛かった。リュウトは勢いのついたままに魔力板を上昇させる。

 その途端に激しい破裂音がして、追い縋る守護獣が地面へと落下していった。

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