二十一、醜い人間達
夜中。
白秋は自室で寛いでいた。これから先、原子力産業をどう扱おうかと考えている。どんな餌で釣って、どう働きかければ、最も効率良く利益を得られるか。基本的には、楽しみながらその思考を巡らせているが、どことなく落ち着かない。その気分の正体には気付いていなかったが、白秋はこんな言い訳をして自らを落ち着けようとしていた。
“赤春との約束は気にする必要はない。確かに元々はあいつの案だったし、協力もさせたが、細部の山ほどあった障害はボクの力だけで乗り越えたんだ。
……今回の冬を使った計画だってボクの案だし、実行できたのは、ボクの組織力だ”
赤春の存在を、プライドと欲望から無視している事によって生じる不安感。根拠はほとんどないが、赤春の意向通りに動いていたからこそ、計画が上手く進んできたのではないか、という漠然とした思い。もしそうであるのなら、赤春の計画から踏み出た自分には一体、これから先、何が待っているのか。考えてみれば、自分は初めて赤春の計画外の行動を執っている。
明確に自覚していた訳ではないが、白秋の頭の片隅には、そんな恐怖のようなものが渦巻いていた。だからこそ、執拗に彼は原子力産業の御し方について考えていたのだ。大丈夫だ、と自分を安心させる為に。
ベッドの近くには、白秋と同じくらいの背丈の人形が置かれていた。造形は稚拙だが、肌の感触と重さは人体を彷彿とさせるくらいにリアルだった。それは今日届いたばかりの宅配物で、差出人は不明。しかし、白秋はそれが赤春から送られて来た物であると考えていた。ただし、何を意味するのかまでは分からない。警告、或いは脅し。もちろん、怖がったところで、何にもならない。
“赤春の野郎、ふざけやがって”
もしかしたら、意味などないのかもしれない。不安を煽る為に、不気味なこんなものを送って来ただけなのかも。白秋はそう考えると不安を払拭する為にこう呟いた。
「ふん。どうでもいいさ、こんなもの」
それから白秋は、ダイニングに行き、酒をグラスに注いだ。一口、飲む。何故か、少しも酔えるような気がしなかった。
“ふん。大丈夫だ。何も不安点はない。もう黒磐のジジイの手を借りなくても大丈夫な程にボクの権力は強くなっているし、潮田のジジイは攻略した。原子力産業もボクには逆らえない。障害は全て取り除いたはずだ”
酒をもう一口飲む。しかし、全く美味くは感じなかった。グラスを置くと、それからベッドに横になろうと移動する。もう今日は寝ようと思ったのだ。しかし、そこで異変が起こった。
メキッ
という木製の何かが壊れる音。首を向けると、ドアが歪んでいるのが目に入った。メキメキという音を発てて、無理矢理にドアノブが回される。ドアには鍵がかかっていたはずだったが、強引にこじ開けられている。
――何だ?
白秋は混乱した。冷静になるように努めたが、その前にドアノブが回り切った。破壊音が響く。鍵はほぼ意味がなかった。
――何が起こってるんだ?
「白秋ぃ…」
それから、そう自分の名を呼ぶ声がする。白秋は顔を真っ青にした。それは、黒夏の声だったのだ。ゆっくりとドアが開く。
ギィ……
……そこには、肩を怒らせた黒夏が憎悪に塗れた表情で立ち尽くしていた。間違いなく、黒夏は激怒している。
「お前、冬に何をしやがった……」
一歩、足を進める。白秋はそれに合わせるように一歩下がった。
「何の事だ?」
明らかに動揺した様子で、白秋はそう言う。黒夏は怒鳴った。
「惚けてるんじゃねぇ! 冬の脳を、クソジジィの頭の中に移植したのは、分かってるんだ!」
その返答に、白秋は顔を引きつらせる。バレてる。説得しなければ。
「待て。確かにその通りだが、落ち着け。落ち着いて話を聞け、黒夏。ちゃんと、上手くいくように計画を立てているんだ…」
しかし、それを聞いて黒夏はまた一歩、白秋に近付いた。
「計画だぁ? お前のくだらない計画なんてどうでもいいよ…
潮田のジジイの頭に、冬の脳を移植して、冬に再生可能エネルギーの賛同をさせる。まさか、頭の中が冬に代わっているとは思わない周りの連中はそれに従う…
狂った計画を実行しやがって、てめぇなんかを信じたオレが馬鹿だったぜ!」
そう言いながら黒夏は足を進めて、白秋との間にあったテーブルを叩き壊した。白秋は黒夏を凝視しながら混乱した頭で考える。
“どうしてだ? どうして、黒夏がこれを知っているんだ? 冬に聞いたのか? いや、そんなはずはない…
クソッ! 絶対に怒ると思ってたんだ。だから、全てが上手くいってから、黒夏には話すつもりだったのに…”
「話を聞けって。冬なら、これから救う。まだ、計画の途中なんだ」
白秋のその返答を聞いて、黒夏はまた怒鳴った。
「んな事は分かってるよ! お前は冬に新しい身体を用意しようってんだろうが!?」
それを聞くと、白秋は顔を震わせた。
「それが分かっているのなら、どうしてお前は怒っているんだ? そもそも、これは、お前の計画とほぼ同じだろう? いや、身体を丸ごと移植する分だけ、ボクの計画の方がより安全で効率的で苦痛も少ない。冬にとっても良いはずだ!」
黒夏は白秋の説明に「ハッ」と笑う。少しだけ落ち着いたようだった。
「白秋、流石に、小賢しいな。オレの計画を見抜いていたか。そうだよ。オレは、足りなくなった身体を冬に与えようとしていたんだ。その為の身体を生産しようと、オレはヤクザの連中に金儲けだと嘘を言って、人間牧場の話を持ちかけたんだよ」
白秋は黒夏の表情の変化に少し安心をする。感情を後退させるには、理性に訴えるのが良い。言葉に気を付けながら、白秋は言った。
「お前が海外に人間牧場を作ったと聞いて、直ぐに分かったよ。黒夏は、冬を救うために移植用人体を作る気なんだってな。お前は金じゃ動かない。金が目的のはずはないもんな。それに、自分の子共達の身体なら、血が繋がっている分、冬との相性も良いだろう。だが、その計画には問題点があった。冬を見つけ、ヤクザから人間牧場の人体を奪って、移植手術をしなければならない。
お前の立場じゃ、冬を見つけるのも、ヤクザを説得して人間牧場の中から移植用人体を手に入れるのも難しい。だから、ボクの力を頼ったのじゃないか?」
黒夏はそれを聞くと凶悪に笑った。
「てめぇは、だから俗物なんだよ。冬の事を少しも分かっちゃいない。確かにお前の指摘は当たっているよ。オレの立場じゃ、それは難しい。が、お前を利用したのは、それだけが理由じゃねぇよ」
黒夏は自らが叩き壊したテーブルを、両手で跳ね除けて白秋を目指して直進した。
「冬は優しい子なんだよ。お前なんかには想像もできないほどにな。そんな冬が、自分の為に犠牲になる子供の存在を許せると思うか? 分かるか?白秋… オレのやり方じゃ、絶対に冬は悲しむんだ。恐らく、オレの可愛い妹は、自分の死を願うほどに傷つく……。
だからオレは、お前の方法に賭けたんだよ。だが、お前の執った手段は、オレよりももっと最悪だった」
迫ってくる黒夏の恐怖に耐え切れなくなった白秋は、ベッドに飛び乗り、引出しに隠してあった銃を手にする。黒夏はそれには構わず語る。
「冬の為の新しい身体を用意する。移植後、後遺症なしってなら、その新しい身体は矮躯童人のものじゃなけりゃ無理だ。まさか、この短期間で、都合良く脳死した矮躯童人なんて用意できるはずがない。つまり、てめぇは、生きている健康体の矮躯童人を犠牲にして、冬に移植するつもりなんだろう?
冬が、あの優しい冬が、そんな事を許せると思うのか?! 冬はそんな事をするくらいなら、絶対に自らの死を選ぶ! オレが人間牧場を始めたのは、だからだよ。矮躯童人をたくさん用意する必要があったんだ! 一人一臓器なら、致命傷にまではならねぇだろうからな!」
それを聞いて白秋は叫んだ。
「ちょっと待て! 冬はちゃんとボクの話を聞いた上で、納得して計画に乗ったんだぞ!?」
銃口を黒夏に向ける。もっとも白秋は、銃なんてほとんど撃った事がない。当てる自信はなかった。その手は震えていた。
「アホか、お前は。だからそれは、自己犠牲なんだよ。未来の子供達の為に、再生可能エネルギーを推進させる。その為なら、どうせ直ぐに終わる自分の命を捧げるくらい、冬なら平気でやる」
黒夏の言葉に白秋はこう返す。
「話は分かったが、落ち着け。だとしたって今ボクを殺したら、冬は死ぬしかない。もう計画を進めるしかないだろう?」
しかし、白秋がそう言い終えたところでこんな声が部屋の外から聞こえて来たのだ。
「白秋、大変よ! 潮田のジジィが自殺したって! 今、病院の中で…」
堺ツユの声だ。それに、白秋と黒夏は固まる。
「だとよ…」
黒夏は顔を歪める。白秋の持っている銃を睨みつけた。白秋は銃から熱を感じる。離しちゃ駄目だ。離したら、黒夏に殺される。そう思ったが、熱を直接指に感じた次の瞬間、何故か白秋は指に力を入れらなくなり銃を落としてしまう。銃ではなく、黒夏は白秋の指を直接熱したのだ。神経の一部を焼いたのだろう。黒夏は銃を蹴った。
「熱いっ」
手首を掴みながら、白秋はそう言った。本当なら、強烈な熱さと痛みを感じているはずだが、どうしてなのか、感覚がかなり鈍くなっていた。脳が、感覚を遮断していたのかもしれない。大怪我を負った時などに、時折、起こる現象だ。
「ちょっと、どうしてドアが壊れてるのよ!」
黒夏の背後でそう声が聞こえた。ツユが部屋に入って来たのだ。ツユは黒夏の姿をそこに見つけて、立ち止まる。
「ちょっと……、どうして、あんたがここにいるのよ?」
黒夏はそれを無視して言った。
「“加熱”で殺してやってもいいが、白秋、お前はこの手で直接、殺す。首をへし折ってやるよ」
足を進める。
白秋は恐怖に魅入られたのか、動けない。迫ってくる黒夏を見ながら、彼は必死に考えていた。
“どうして、冬がこのタイミングで自殺するんだ? おかしくないか? いくら何でも偶然とは思えない…”
そこで、ふと気づく。
“――まさか、赤春か? あいつが、これを仕組んだのか? そう言えば、赤春はボクが冬と接触する前から、冬と情報を交換していたはず…… まさか、まさか”
そう思い至ると、白秋は叫んだ。
「黒夏、落ち着け! これは、赤春の罠だ! お前は、赤春から冬の事を聞いたんだろう?」
黒夏は憎々しげにこう応える。
「赤春だぁ? あの臆病者が、どうしたってぇ?」
“駄目だ。説得できない。
クソ、赤春の野郎! ボクを殺す気か?”
その時、白秋の視界に、赤春から送られてきただろう不気味な人形の姿が入った。感触と重さだけは人体と酷似した、まるで死体のようなそれ……。
「ちょっと、止めなさいよ! ウー! 来て! アイツを何とかして!」
黒夏の背後で、そうツユの声がした。
“クソ。とてもじゃないが、ウーは間に合わない。幻で目くらましをして、その間に銃を拾うしかない!”
白秋は幻を創って身をかわそうとする。しかし、その瞬間、黒夏が突進した。白秋の首を掴む。その首の感触に笑う。
“ハハハ。白秋、これがお前の首か”
黒夏は思っていた。
“てめぇは、醜いよ。見事な程に。白秋よ、分かるか。冬は、てめぇみたいな、醜い人間の所為でずっと苦しんで来たんだ。この世界が、悲しいと。この世界が悲しいと。そして、死んでいったんだ。苦しかったろうな、冬。確かに、この世界は醜すぎるよ。
でもな、冬。安心してくれ。この世界を悲しくさせている人間を、オレが少なくとも二人は消してやるから”
それから黒夏は手に力を入れた。首の中にある芯のようなものの感触が分かる。首の骨だろう。目の前で、白秋は苦悶の表情を浮かべている。黒夏は思う。
“いいな。もっと、苦しめ、苦しめ。白秋”
更に力を入れる。か弱い。こんなものの為に、冬は苦しんでいたんだ。黒夏は、白秋の髪の毛を鷲掴みにして、そのまま首を360度回した。ボキリ。首の中の芯が折れるのが分かった。
ツユがそれを見ていた。黒夏が、白秋の首をへし折るのを。白秋の首が、ダラリと垂れ下がるのを。
「白秋ぃー!」
そして、彼女はそう悲鳴を上げた。
黒夏が笑う。
「ギャーハッハッハ! 殺してやった。殺してやったよ! 冬。冬。嬉しいか? 嬉しいか?
ああ、分かってるよ…… そんなはずはないって。お前は、お前は悲しむんだろうな…」
……そう。このオレも、お前を悲しませ、苦しませている人間の一人だ…… 醜い。どうしようもなく、醜い。でも、でもな、冬。どうにもならないんだ。自分でも、どうにもならないんだ…
冬、オレを救ってくれ…
その瞬間だった。黒夏の肩に、何かが噛みつく。それは、大きな犬だった。肩から、大量の血が流れ出始める。黒夏は平然とした様子で振り返る。そこには、堺ツユがいた。黒夏を睨んでいる。彼女が、犬で黒夏を襲わせたのだ。
「そのまま、そいつを噛み殺して、ウー! よくも。よくも、白秋を! 白秋をー!」
ツユは涙を流していた。それを見て、黒夏は言う。
「はっ、なんだよ、お前。本当は白秋の馬鹿に惚れてたのか。
アーハッハッハ! 面白いなぁ」
ウーに肩を噛まれているにも拘らず、少しも気にせず黒夏は豪快に笑った。ツユは相変わらずに、涙を流している。
綺麗な涙じゃねぇか…
黒夏はそれを見てそう思った。それから、静かな表情になるとこう言う。
「いいぜ。合格だ。お前に、殺されてやるよ」
ウーが更に噛む力を強めた。黒夏はその場に倒れ込んだ。
“これで、お前を悲しませている醜い人間が、また一人減るぞ、冬…”
そう思いながら。




