十九、過激な嘘のつき方について
潮田龍一という名の政財界の実力者の一人が、突然に倒れ、入院した。そのニュースを聞いた時、立石望はまず違和感を覚えた。ただしその違和感の正体までには気付かない。それから、その潮田という老翁が、原子力産業に深く関わっているという話を思い出し、悪い予感を覚えた。もしかしたらその入院は、白秋、下手すれば赤春と関わりがあるかもしれない。ただし、その時点では考え過ぎだろうと、それほど気にしてはいなかったのだが。
それから数日後、潮田老翁が一命を取り留めたというニュースが入って来る。それで、やはり考え過ぎだったかと立石はそう思った。しかしその判断は早計だった。それからほとんど間を空けず、今度は潮田が再生可能エネルギーへの転換を認めるというニュースが流れたのだ。老翁はまだ入院している。
原子力産業に席を置く一人であるのだから当たり前だが、潮田老翁は、再生可能エネルギーへの転換に抵抗していたのだ。しかも、かなり強固にそれを拒絶していた。頑固として知られた彼が、方針を変えるというのは、驚くべき出来事だった。
さしものの老翁も死に臨んで意識が変わったのではないか、というような噂も流れたが、立石には甘い考えであるように思えた。もっとも、何も背景を知らなかったのなら、彼女もそう考えていたかもしれない。しかし、彼女は白秋、そして赤春の存在を知ってしまっている。これはあまりに白秋にとって都合が良すぎる展開だ。目的が不明の赤春にとって都合が良いかどうかは分からないが。
赤春の様子には、何も変化は見られなかった。直接、質問をしてみる訳にもいかない。ならば、白秋を辿ってみるしかない。立石は例の情報屋に連絡を取ってみた。だが情報屋はその件について、少ししか情報を教えてはくれなかった。
“悪いけど、話せる内容は少ないよ”
と、彼は言う。
“ただし、白秋が関わっている点については、間違いない。潮田の態度が急変したのは、白秋の仕業だよ”
立石は彼にこう尋ねてみた。
“お願い。教えて、これから何が起こるの? 赤春はこの件には関わっているのかしら?”
しかし、情報屋は“分からない”とそう答える。
“僕にだって分からないよ、そんな事。白秋にとって望ましい展開というのは、少なくとも正しいけどね”
それを聞いて、立石は別の質問をする。
“やはり、潮田氏が入院した事と、今回の態度の急変は関係があるかしら?”
“不明。ただし、同日、密かに矮躯童人の一人が、同じ病院に運び込まれた点だけは確かだ”
情報屋はそれだけを伝える。そして、それ以上は、何も語らなかった。
怪しい……、と立石はそう思う。絶対に何かがあったんだ。そうでなければ、いくら何でも、偶然が過ぎる。
立石はそれからこんな事を考えた。
その病院に運び込まれたという矮躯童人は、相手を洗脳する異能を持っていて、それで潮田を操っているのかもしれない。白秋は、異能を持つ矮躯童人を集めているというし、それくらいの事はできても不思議ではない。入院中に、発表を強行する必要があったのは、その所為である可能性もある。
その予想が正しい事を確かめる為に、立石は潮田老翁が入院した日に病院に運び込まれたというその矮躯童人が何者なのかという情報を集め始めた。真偽の程が怪しいものばかりだったが、その矮躯童人がまだ病院から出て来ていない点だけは確からしい。未だにその矮躯童人は病院内にいて、潮田老翁を操っていると考えれば一応の筋は通る。
調査を進める内に出会う事ができた病院のある関係者は、その話を聞いた時、こんな事を言っていた。
「ああ、確かにそんな話を聞きましたよ。都市伝説みたいな。あれでしょ? 病院に運び込まれたその矮躯童人は、解体されて、移植用臓器として病院内に保存されているっていうやつ…。なんでも、その矮躯童人には元から手足がなかったとか」
潮田老翁の事は伏せたまま、立石がその質問をした所為か、その人物は彼女の質問の意図を勘違いしたようだった。
「手足がないその矮躯童人は、もう寿命がないってんで、有効利用してもらう為に、病院に引き取られたかとか何とか…。今までは金持ちのペットだったのが、飽きられて処分されたのじゃないかって話も聞きましたが」
どうにも、立石が考えているのとは違う怪談のような噂も立っているらしかった。もちろん、真っ当に扱う価値のないものだろう。その辺りで、立石はこの件を真剣に調査する事を馬鹿馬鹿しく思い始めた。実際に、何かがあったにせよ、それを突き止めたところで、何かを得られるとは思えなかったのだ。彼女にとって重要なのは、赤春がこの件にどう関わっているのかだけだ。
「――ねぇ、赤春。あなたは、原子力をどう思っているの?」
それで、ある夕食の時に、立石は赤春の反応を確かめる為に、そう質問をしてみた。すると彼は少し考えているような素振り(実際には、単に照れていただけかもしれない)をした後で、こう言った。
「直近ではどうかは分からないけど、長期的には絶対に廃止すべきだと思っています」
彼は実際に口から声を出していた。いつもの心の声は使っていない。
「どうして?」
「だって、ウランは枯渇する資源だもの。いずれはエネルギー転換しないといけないでしょう。なら、労働力が余っている今のうちにやっておいた方が良いです。日本は少子化の傾向にあるから、将来的には労働力不足になるだろうし。そうなってからじゃ遅い。それに、放射性廃棄物の処理だって、増えれば増える程、将来に負担をかける事になります。これも、労働力が不足すればするほど厳しくなっていくし」
赤春にしては、珍しく長く喋った。直接、声を出す場合は、短いのが常なのに。その事に立石は少しだけ驚いていた。言っている内容は正しい気がする。しかし、明らかに赤春には原子力産業に対しての反発がある。それに彼女は不安を覚えた。
やはり、この子は何か、関わっているのかもしれない。
それから立石はふと思った。
“相手が矮躯童人なら、この子は簡単にコンタクトを取れるはず。なら、この子は、その病院に運び込まれたという矮躯童人も知っているのかしら……”
――白秋は、自分の仕事に満足をしていた。ここまで上手くいくとは思っていなかった。何もかもが順調だ。
東京にある彼の別邸。自室で、彼は笑いながら、その報告書を読んでいた。潮田老翁が再生可能エネルギーへの転換を認めた事により、原子力産業が次の方向を模索し始めたのだ。そして、その一つの方向として、白秋の計画に賛同しようとし始めている。敵対するよりは、味方に入ってその中で生き残りの糸口を見つけるつもりでいるのだろう。
「官僚から、計画に賛成する旨の打診があったわよ」
そこにそう言いながら、堺ツユが入って来た。にやりと笑いながら、白秋はそれにこう返す。
「まぁ、当然だよね」
その顔を一瞥すると、ツユはこう言う。
「悪い顔ねー」
それを聞くと、身体を反転させて、椅子の背を掴みながら、白秋はこう返した。
「なんだよ、君だって嬉しいだろう?」
その動作を見て、“まるで本当の子共みたい”と思いながら、ツユはこう返す。
「嬉しい事は嬉しいわよ。でも、少し過激すぎるのよ、やり方が。もしも、バレたらどうするのよ?」
それを聞くと、白秋は「ハッ」と言ってから笑った。
「過激だからこそ、疑われないんだよ、こういうのは。まさか、そんな事までするかって思われるからね。
事実は小説より奇なり。人間は常識に縛られる生き物さ。だから、常識外の手段ってのは意外とバレ難いんだ」
「でも、厚生労働省には“貸し”を作ったのじゃない?」
「ああ。でも、投資だと思えば安いもんさ」
ツユは肩を竦める。それから、こう言った。
「しかし、国民を守る使命を持ったお役人が、こんな事に手を貸すなんてね。いやいや、世も末だわ」
「今更、何を言っているんだい?
薬害エイズ問題に、肝炎問題。天下り先確保の為なら、連中は平気で人殺しだってしてきたんだ、驚く話じゃないよ」
「分かってるわよ。単なる、皮肉」
そう言い終えると、冷淡な口調でツユはこう尋ねた。
「それで、これからどうするつもり?」
口の端を歪めて笑うと、白秋はこう答える。
「ま、原子力産業の出方次第だね。こっちの計画は進めるとして、それを奴等にどう噛ませるか……。
取り敢えずは、こっちの邪魔にならないように見張っておくってのが、現段階では最も無難かな?」
――それから数日後、再び高い笑い声を白秋は上げていた。彼は原子力産業から受け取った手紙を手に握りしめている。
「アハハハハ! 見ろよ、ツユ! 奴等はボクに尻尾を振って来たぜ!」
何とか生き残ろうと必死の原子力産業は、白秋に助けを求めたのだった。その手紙には、その旨が書かれてあった。ツユは白秋から渡された手紙を読むと、こう言う。
「あんた、これを受けるの?」
「受けたって良いじゃないか。上手くいけば、奴等、原子力産業からも、甘い汁が吸える」
ツユはそれに軽く反発した。
「あんまり手を広げると、失敗するわよ。止めろとまでは言わないけど、いつでも手を切れるようにリスク管理は確りやりなさい」
白秋はそれに文句を言った。
「分かってるよ。折角の良い気分に水を差さないでくれ」
しかし、その後で彼はこう思った。
“ボクのこの異能があれば、失敗は有り得ないさ。危険があれば直ぐに察して、対処してみせる…”
表情を歪ませて笑う。それから続けて、彼はこう考えた。
“赤春。こうなれば、お前なんか、もうどうでも良い。お前との約束なんて、守る必要も意味もない”
――ちょうどその頃、黒夏は冬が今どうなっているかを知る為に、赤春と思念伝達でコンタクトを取ろうとしていた。




