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十二、原子力産業対策

 自室。白秋は一人で、異能である“幻生”を使っていた。そこには、不定形で手や足や口や髪や目といった人の体の部品に思えるものが幾つも生えた奇妙なものが現れている。エネルギー産業。いや、原子力産業に関わる人間達の関係性が幻として視覚化されたものだ。それは、スライムのように蠢いているが、盛り上がった三つの頭がある点だけは変わらず、もちろんそれは何かを意味していた。

 最も大きい一つは、だらしない欲深そうな顔をしている。

 これは、原子力産業を金のなる実と考えている連中の集まりだ。つまりは、利益を得る為に原発を利用している連中。

 “ここは、良い”

 と、白秋は思う。こいつらは、何とかなる。金で動くのなら、他で利益を上げる手段を与えてやれば、それだけで抵抗は止む。

 白秋はその欲深そうな顔を軽く撫でると、次に最も小さい一つを見た。生真面目に口を一文字に結び、周囲を威嚇している。

 これは、本気で日本には原子力が必要だと考えてしまっている連中。都合良く操作された情報に騙されて、それを信念にし、固定化させてしまっている。盲信的な宗教信者のようなものだ。

 “こいつらを説得するのは難しいが、それほどの力はない。放っておいても、あまり問題にならないだろう”

 そして最後の一つを見る。

 二番目に大きい頭。厳つい表情をしているが、その反面、臆病に震えているようにも思えるもの。

 これは、日本の核兵器保有を目指す連中の集まり。主に右翼。核武装の必要性を考え、原子力発電という形で、取り敢えずは保持しておこうと、原発の普及に手を貸している。その昔、日本がニッケルを硬貨として保有していたのと同じ様なものだろう。

 ニッケルはかつて、兵器をつくるのに欠かせないものだったが、その輸入の理由を表沙汰にする訳にはいかなかった。そこで日本は硬貨の原料としてニッケルを輸入し備蓄しておいたのだ。実際、戦争が始まると、その硬貨を回収して兵器を造っている。これと同じ様に、表向きは原子力発電所として核を保有し、実際には核武装しているのである。これは、完全に非核三原則に違反している。

 武装をしたがるという事は、逆を言えば、他国から攻め込まれるかもしれない、という不安を抱えているという事でもある。怖がっている。だからこそ、臆病に虚勢を張っているようにも見えるのだろう。

 白秋は思う。

 “最も厄介なのは、こいつらだ。金じゃ動かない上に、何をするか分からない”

 それから、指で軽くその幻を弾くと、頭の部分を思い切り握り締めた。まるで、捏ねている最中のうどん生地のように、圧迫されて球状に切り取られる。白秋は、それをそのまま床の上に放り投げた。床の上で、それはウネウネと動き回り、独自の形を創り上げる。

 “フフ。醜いな、やっぱり。そして、弱い”

 白秋はそれを見てそう思った。そして、単独になったそれの分析を始める。臆病に震えてはいるが、まだその基盤は強固だ。これを揺るがしてやらなければならない。

 “取り敢えずは、地道な努力からか。ま、面倒だが仕方ない。これだけ臆病なら、充分に効果はありそうだ”


 ……ある官僚の家。

 夜中。そこで眠るその官僚は、どうやらうなされているようだった。悪夢を見ているのだ。

 身体を探っている。腹部辺り。

 「爆弾が、爆弾が」

 そう呟いている。

 ――夢の中。

 ――その官僚は改造人間になっている。

 改造人間リトルボーイは、新たな動力源を手に入れた。博士はリトルボーイに言う。「この動力源は凄いぞ。莫大なエネルギーを持つ上に、いざとなったら、爆弾にもなるんだからな」。リトルボーイは、それを聞いて大喜び。だけど、同時に疑問も感じた。

 ――それって、もし敵にここを狙われたら、どうなるの?

 そして、そう疑問に感じた途端、腹の辺りから声が聞こえる。

 『そう。大問題な訳だ。俺が爆発したら、確実に致命傷』

 それは真っ赤なボール状の物体。どうにも熱を発しているよう。黒縁の強烈な印象の目をギョロギョロとさせながら、それはリトルボーイに向かってこう続ける。

 『大丈夫。今は、ネットで何でも繋がっている時代だから、直接、狙われなくたって、サイバー攻撃だけで、お前の愛しい動力源は簡単に、腹に抱えた超ド級のスペシャル・爆弾に早変わり。

 敵と戦う前に、自爆してお終い。アデュー。おさらば、バイバイ。本当だぜ? 何しろ、これから実践してみせるところだから』

 リトルボーイはそれに大慌て。何とかそれを取り外そうとする。それを見て、腹の爆弾はこう笑った。

 『ヘイ、どうするつもりだい? リトルボーイ! これはお前の動力源でもあるんだろう? 外しちゃったら、お前は動けなくなって終わりじゃないか』

 リトルボーイはそれに仰天する。だけど、もちろん、何もできない。

 『まぁ、博士に文句でも言うんだな。あなたは、一体、何を考えているんですか?って。あばよ、ジャップ!』

 それから、動力源でもあり、爆弾でもあるそれが大爆発を起こし、リトルボーイはこの世からいなくなった。周囲を滅茶苦茶にし、バラバラに。

 官僚は夢から目覚める。まだ、暗い。真夜中だ。そして、さっきまで見ていた悪夢の内容を思い出す。それが何を意味するのかは、簡単に理解できた。

 原子力発電所。もし、そこが狙われたなら。

 ただの夢だ。官僚はそう思い込もうとする。だが、ただの夢で終わってくれる理由を、官僚は考え付く事ができなかった。原発は国防面からの危険性をよく指摘されている。

 ――少なくとも、これ以上、原子力発電所を造るのは控えた方が良いのかもしれない。技術力は確保して。考えてみれば、野晒しになった爆弾を抱えているようなものだ。しかも、それを世界中に公開している。


 官僚の家の近く。

 警官が足を止める。二人の人影が目に入ったからだ。しかも、そのうち一人は、明らかに子供に思える。

 「君達、こんな夜中に、一体何をやっているんだ?」

 そう問いかける。時刻は深夜一時。子供が徘徊して良いような時間帯じゃない。それを聞くとその内の一人がそれに答えた。

 「すいません。この子を、散歩させていたもので……」

 女の声。暗闇で気付かなかったが、よく見ると髪が長い。女性だ。大学生か、高校生くらいだろうか。その女性が答えると、曲がり角から大きな何かが出てきた。

 犬?

 女が続ける。

 「とても大きな犬でしょう? 充分な運動をさせないと、暴れるのですよ。今日は昼に時間が取れなかったものですから、夜中に仕方なく…」

 その大きな気配に、警官は少し怯んだ。

 「それは分かったが、何もそんな小さな子供を連れて散歩する事は…」

 暗くてよくは見えなかったが、その背丈から、もう一人を子供だと判断して警官はそう言った。

 「すいません。起きてしまったものですから。一人にしておく訳にもいかず…」

 それを聞くと、少し迷ってから警官はこう返す。

 「事情は分かったが、とにかく、これからはこんな夜中に出歩くのは、できるだけ控えなさい」

 女はそれに素直に頷く。

 「はい、分かりました。気を付けます」

 それを受けると、警官はそのまま去って行った。警官が去ると、女は声を上げた。いかにも面倒くさそうな口調で。

 「あのさ、こんな面倒な事を、毎晩続けるの?」

 堺ツユだ。彼女のその問いかけを聞くと、子供の姿をしたもう一人、白秋は淡々とそれに答える。

 「いや、始めの一回だけだね。後は、部下に任せるよ。これで、あいつの能力なら同じ悪夢を毎晩、見させる事ができるから。あいつの能力は広範囲だし」

 「あ~、同じ矮躯童人で、夢を見させる能力があるのを捕まえてたんだっけ。でも、それにしたって、地道な作業過ぎるのよ。これを、一人ずつやっていのでしょう? 後、何人回ればいいのよ?」

 「確かに多いけど、有力な奴だけだから、大した事はないよ。できる範囲だ」

 白秋の戦略。それは、彼の能力、“幻生”を使って悪夢を見させ、その悪夢で原子力に対する恐怖心を植え付け、原子力に依存する体制に疑問を抱かせること。

 どんな幻が発生するかまでは、彼は操作できないが、その幻をある程度は操れる。寝ている人間に対し、それを行ったのだ。

 原子力産業を潰そうとまでは、彼は思ってはいない。しかし原子力産業が、他の新エネルギー分野に規制をかけている点は、彼の計画にとって邪魔だったのだ。だから、新エネルギー計画に抵抗する意思を奪う事くらいは、しておかなければならなかった。

 「個別に働きかけて、奴らの“原子力文化”を変えてやるんだ。もちろん、これだけじゃ足りないだろう。

 まだ、最も重要な大物に手を付けられていないし、切っ掛けも必要だ」

 そう白秋が答えると、ツユは次にこう尋ねた。

 「ところで、話は変わるけど。前の“物価連動型国債”のセールスの時さ。なんで、あんな事まで説明したの? 少し喋り過ぎだったのじゃない? いくら、頭の硬いオヤジを説得する為とはいえ」

 それを聞くと、白秋は少し笑う。

 「ああ、あれね。あれも、今回の件に関係があるよ。あのおっさんの資産も確かに魅力的だけどさ、それよりも、息子の方が気になったんだ、ボクは」

 「息子?」

 「そう。正確に言うと、息子が飼っているだろう矮躯童人だな。あの息子は、どうやら矮躯童人の一人を、ペットとして飼っている。一瞬、見えたんだ。あいつの先に、その影がさ。その矮躯童人との、コネクションがボクは欲しかったんだ」

 「ほーん」と、その説明に多少、呆れたようにツユは返す。

 「どうせ、また、“人間牧場”の関係者なんでしょう?」

 ツユはやや態度が荒い。白秋が今まで自分にそれを説明しなかった事が少しだけ気に食わなかったのだ。どんな理由があるにせよ。

 「そうだよ。名前は“冬”。黒夏の最愛の妹だ」

 その説明に、ツユは驚く。それから、こう返した。

 「なるほどね。少しだけ、理由が分かった気になったわ。でも、後でもっと詳しく話しなさいよ」

 “その冬で、黒夏とやらを操る気な訳か”

 それからツユはそう思った。

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