第6話:海戦形態《ディープ・シフト》・高電圧の蹂躙
「——これより、海戦領域への進入を開始するわ」
学園のエリートたちが生徒会長選の政治遊戯に現抜かす裏で、ホナは王都の南に広がる『死の魔海』の直上にいた。
漆黒の夜空から漆黒の波濤へと、銀色の影が舞い降りる。
ホナが操る神造魔獣は、着水と同時にその流線型の機体を劇的に組み替えていく。
陸を疾走するための四肢が折り畳まれ、高密度の水流スラスターと深海耐圧装甲が展開。
滑らかに海面を滑り出したその姿は、夜の海を統べる最凶の『海神』そのものだった。
【形態移行:海戦形態完了】
【現在海域:死の魔海・中央ルート】
【輸送目標:隣国特使の『国家最高機密の外交文書』】
【周囲の危険度:極大(巨大水棲魔物の群れを検知)】
コクピットのホナは、視界に投影される青白いホログラムを冷静にスクロールしていた。
この海域は、狂暴な巨大水棲魔物『クラーケン』や『深海竜』の巣窟であり、通常の軍艦すら一瞬で海底へと引きずり込まれる絶対の不可侵地域。
だが、ホナの脳内シミュレーションに「撤退」の二文字はない。
「手薄な警備網。海路の最短ルートを通れば、予定時刻より四十分の前倒しが可能。……スケジュール通りに進行させるわ」
◆
突如、海面が大きく盛り上がり、巨木のような触手が何本も海中から飛び出した。
『グオォォォォォン!!』
海を揺るがす咆哮。体長数十メートルを超える超巨大クラーケンが、銀色の魔獣を丸呑みにせんと襲いかかる。
水上での機動力を奪い、力任せに海底へと引きずり込む——それが水棲魔物の定石。
しかし、ホナの唇には冷酷な笑みが浮かんでいた。
「水中で私と戦う愚かさを、その原始的な脳細胞に刻み込みなさい」
ホナはコンソール上の『エネルギー変換シークエンス』を叩いた。
【海水の塩分濃度(亜鉛・イオン差発電)の自動計測:完了】
【海水電池システム:フル稼働。微量発電から魔石へ急急速充電】
【魔導回路《DC−DCコンバータ》起動:電圧を数百万ボルトへ昇圧駆動】
「物理的な魔力消費はゼロ。海水そのものが、私の無限のバッテリーよ」
クラーケンの濡れた触手が、魔獣の装甲に巻き付いた瞬間。
「昇圧駆動——全出力放電」
バリバリバリガガガガガッ!!!
暗闇の海が一瞬で真昼のように青白く弾けた。
海水という絶好の導電体を媒介にして、数百万ボルトの超高電圧雷撃が、海中にひしめくクラーケンの群れへと一気に伝播する。
『ギシャアアアアアッ!?』
叫び声すら上げる暇もなく、巨獣たちの巨体が体内から焼き尽くされ、麻痺して海面へと浮き上がっていく。
広範囲の敵を一瞬で殲滅する、完璧な理詰めの無双。
「水中に逃げれば安全? ……義務教育からやり直すことをお勧めするわ」
ホナはピクリとも眉を動かさず、水流スラスターを全開にした。
絶命した魔物たちの間を、銀色の魔獣は一滴の水飛沫すら浴びぬような美しさで、時速百キロオーバーの水中ハイパーソニックで駆け抜けていく。
◆
隣国の極秘港湾ドック。
待ち受けていた隣国の特使と護衛団は、水平線の向こうから「1秒の狂いもなく」姿を現した銀色の魔獣に、息を呑んで絶句していた。
「あ、あり得ん……! 『死の魔海』を、船一隻で、しかも無傷で突破してきたというのか!?」
「外交文書のデプロイを完了しました。受領データを転送してください」
魔獣から降り立った漆黒のライダースーツの少女——伝説の運び屋『アッシュ』は、淡々と端末を突きつける。
特使は震える手で受け取りサインを入力しながら、恐る恐る尋ねた。
「君は……一体何者なんだ? 宮廷魔導師の艦隊すら壊滅した海域だぞ!?」
「ただの、時間管理に厳しい運び屋よ。……報酬の金貨千枚、確かに受領したわ」
確認を終えると、ホナは一度も振り返ることなく再びコクピットへと乗り込んだ。
「では、私はこれで。——自分のシェルターへアジャストしなければならないので」
◆
翌朝。
学園の生徒会室では、ジークたちが「昨日の一日で我が派閥がいかに優位に立ったか」を傲慢に語り合っていた。
「見たか! 裏で行った我が派閥の根回しを! これぞエリートの政治手腕だ!」
「ふふ、Fランクのアユミリスのような無能は、なにもできなかったでしょうね!」
高笑いする彼らの前を、前髪を重く垂らしたホナが、いつも通りの「地味で無害なモブ」の歩調で通り過ぎる。
(ええ、どうぞそのまま、狭い水槽の中で『おままごと』を続けて頂戴)
ホナの懐には、昨夜獲得した金貨千枚と、秘密裏に入手した『プロジェクト・クロノス』の追加データが収められていた。
(あなたたちがくだらない権力争いに酔い痴れている間に……私は海の向こうの資金を獲得し、由奈先輩を救い出すための『システム改修』をまた一歩、前進させたわ)
誰にも気づかれない冷徹で優美な不敵な微笑み。
世界のバグに気づかぬ愚者たちを見下ろしながら、ホナの完璧なオーバーレイは、次なるフェーズへと着実に移行していくのだった。(第7話に続く)




