第4話: 陸戦形態《グランド・シフト》・地脈同期の戦闘論
「おい、アッシュ。今回の仕事は、いつもより少々毛色が違うぞ」
ギルド『アルカノム』の奥部屋。
主席査定員の男が、机の上に重々しい鉄製のケースを置いた。防護マスクを被ったホナ——裏社会の伝説の運び屋『アッシュ』は、無言で先を促す。
「依頼主は、学園の上層部に繋がる大貴族の影だ。運ぶのは……学園の地下深くから極秘裏に掘り出された、超古代の危険遺物『魔力捕食の骸』。これを王都外の指定座標まで輸送してほしい」
査定員は顔をしかめ、声を潜めた。
「問題は、この遺物が放つ特異な魔力波形だ。隠蔽魔法が一切効かない。すでに敵対する闇ギルド『黒い牙』が情報を掴み、ルート上の街道に『不可視の広域結界』を敷いて待ち伏せておる。宮廷魔導師の精鋭が護衛に就いたとしても、奇襲を察知できずに全滅するレベルの罠だ。……断ってもいいんだぞ?」
並の運び屋なら顔を青くして辞退する案件。
だが、ホナの脳内演算システムは、提示されたルートマップと地脈データを瞬時にクロスレイヤーで解析し、最適解を叩き出していた。
「問題ないわ。隠蔽できないなら、隠す必要すらない。……デプロイを開始するわ」
ホナは冷徹に言い放ち、鉄製のケースを片手で持ち上げた。
プロの仕事に「敵が強いから」という撤退の選択肢はない。あるのは、リスクをいかにシステム的に排除するか、それだけだ。
◆
午前二時。王都郊外の荒野へと続く、深い森の街道。
闇ギルド『黒い牙』の暗殺者たちは、草むらに身を潜め、不敵な笑みを浮かべていた。
「ククク……間もなくターゲットが通りかかるはずだ。俺たちの『不可視の結界』に踏み込んだ瞬間、魔力を吸い尽くして身動きを止め、なぶり殺しにしてやる」
彼らが敷いた結界は、最上位の索敵魔法でも検知できない超高度な隠蔽結界。
どんな強者が来ようとも、事前の察知は不可能——のはずだった。
ズゥゥゥゥン……。
地響きと共に、夜霧の向こうから現れたのは、馬車ではなかった。
銀色に輝く金属質の外殻。機械と生物が融合したかのような流線型の巨躯。
ホナが駆る超古代の超兵器——神造魔獣だった。
「な、なんだあのバケモノは……!? いや、構うな! 結界に突っ込んでくれば、どんな巨獣だろうと——」
暗殺者の頭領が叫びかけた、その瞬間。
銀色の魔獣は、結界の手前わずか十メートルの位置で、急激に右へと直角に超高速スライドした。道なき泥濘の斜面を、まるで平地のように滑らかに加速していく。
「なっ!? 避けた……!? ばかな、俺たちの隠蔽結界が見えているのか!?」
コクピットのホナは、視界に展開された魔導ホログラムの数値を淡々と読み上げていた。
【周辺空間の解析:正常】
【敵対結界の座標:前方十メートルに検知(路車間ビーコン同期完了)】
【地脈の歪みから逆算:暗殺者の配置、合計四十二名をロックオン】
「見えているかって? 愚問ね。あなたたちの結界は、地脈の魔力流を『不自然に遮断』している。ただのデータの欠損よ。システムエンジニアなら、画面を見ずともコードの不整合で気づくレベルのね」
ホナは、魔獣のコントロールレバーを前方に押し込んだ。
「神造魔獣、陸戦形態——最大出力。兵站の恐ろしさを教えてあげるわ」
◆
「迎撃しろ! 魔法を叩き込め!」
パニックに陥った暗殺者たちが、森の影から一斉に爆炎の魔術を放った。
しかし、魔獣は地中の魔力地脈と完全に同期している。敵が魔法を発動するための「魔力の収束(予兆)」を100%予測し、すべての砲火を最小限のステップで回避。
どうしても避けられない一撃に対しては、外殻から青白い魔力障壁を展開し、無傷で弾き返した。
「時速百二十キロ。自動突進を開始」
ドガァァァァン!!
銀色の質量兵器が、暗殺者たちの防衛陣地ごと、森の木々を木端微塵に粉砕しながら直進する。
圧倒的な質量と速度による蹂躙。魔力を吸い尽くすはずだった暗殺者たちは、結界を発動させる暇すら与えられず、ただの物理的な衝突によって一瞬で消し飛ばされていった。
「ば、ばけもの……! これほどの出力を維持できるはずがない! 魔力枯渇で自滅するはずだ!」
生き残った頭領が恐怖に叫ぶ。だが、ホナは冷ややかに微笑んだ。
【周辺の魔力泉《充電スポット》:検知】
【自動アクセス開始……魔力補給、完了。総エネルギー:百%を維持】
「残念ね。この子は走りながら、地脈の『魔力泉』へ自動でアクセスし、ワイヤレスで常時高速充電を行っている。私への攻撃は、そのまま私のエネルギー源になるだけよ」
絶望に目を丸くする頭領の視界の先で、銀色の魔獣の巨大な脚部が振り下ろされる。
——轟音。
王都の裏社会を震え上がらせていた過激派ギルドは、伝説の運び屋の「ただの移動」によって、文字通り跡形もなく圧殺された。
◆
午前三時十分。指定座標への輸送を終え、ホナは再びギルド『アルカノム』の奥部屋にいた。
机の上に、無傷の遺物ケースと、任務完了のログを表示した端末を置く。
待っていた主席査定員は、端末のデータと、ホナのライダースーツに「返り血はおろか、泥一つ付いていない」のを見て、完全に言葉を失っていた。
「……アッシュ。お前、本当に『黒い牙』の結界を抜けたのか? あいつらは、王都でも指折りの暗殺集団だぞ。戦闘の形跡すらないなんて、一体どんな高度な隠蔽魔術を……」
「隠蔽なんてしていないわ。ただ、完璧なルート計算と、兵站の最適化を行っただけ。邪魔なノイズを、少々掃除したけれど」
ホナは淡々と金貨の袋を受け取り、懐に収めた。
「彼らの罠は、私を1秒たりとも遅延させることはできなかった。……私のスケジュールは、常に絶対よ」
査定員がブルリと身震いするのを背中で感じながら、ホナは静かに部屋を後にした。
昼間、学園では魔力値の『記号』だけで自分を底辺と笑う愚者たちが待っている。だが、世界のインフラを裏で牛耳るホナのシステムは、すでに誰にも止められない領域へと加速していた。(第5話に続く)




