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第3話:スタンドアローン——安全は買うものである

「おいおい、アッシュ。今月だけでどれだけ稼ぐつもりだ?」



王都の最暗部に位置する裏社会のギルド『アルカノム』。

重厚なカウンターの奥で、ギルドの主席査定員であるベテラン魔導師の男が、ホナの提示したマジックバッグを覗き込んで不敵に笑った。


中には、昨夜の特殊輸送任務『古代帝国の生体魔石コア』が、傷一つない完璧な状態で収められている。

宮廷魔導師すら失敗した高難度ミッションを、指定時刻の1秒の狂いもなく完遂した証だった。


「今回の報酬、金貨五百枚だ。確かにお前の専用口座ウォレットにデプロイした」

「確認したわ」


防護マスクの奥から、ホナの高低を抑えた理知的な声が響く。

画面に表示された残高は、すでに並の地方貴族の年間予算を遥かに超越していた。


「……だがな、アッシュ。ギルドの上層部がお前に『専属契約』を打診したがっている。これほどの腕だ、どこかの組織のバックアップがあれば、さらに効率よく稼げるぞ。どうだ?」


査定員の言葉は、裏社会における最高峰の評価だった。組織に属せば、地位も、より莫大な富も保証される。

だが、ホナは一瞥もくれず、淡々とグローブをはめ直した。


「リターンに対するリスクが大きすぎるわ。組織に属せば、派閥争いや上層部の無能な判断という『システムバグ』に私のリソースを分配することになる。私は誰にも雇用されない個人スタンドアローン。私の安全は、私自身がコントロールするわ」


査定員は呆気にとられたように絶句し、それから「相変わらずの徹底した効率厨だな」と苦笑して肩をすくめた。

他人の引いたレール(評価システム)の上で踊るなど、ホナにとっては時間の無駄でしかなかった。





深夜。ホナは王都の遥か地下、誰の記憶からも忘れ去られた超古代の未踏遺跡へと足を運んでいた。

こここそが、彼女が莫大な資金を投じて構築している、絶対的隔離シェルター——『秘密基地』の所在地である。


ホナが指先を宙に滑らせると、空間に無数の魔導ホログラムがデプロイされた。


「システム起動。前回の防衛ライン構築から、進捗率を確認するわ」



【スタンドアローン・シェルター『アジール』:オンライン】

【魔導インフラ独立率:九十二%(完全自給自足型魔力泉の同期完了)】

【防衛セキュリティ:自動迎撃魔導砲台『テスラ』四基稼働開始】

【外部通信ハッキングレート:王立魔法学園のパケット通信を百%盗聴中】



「順調ね」


ホナは、秘密基地のコントロールチェアに深く腰掛け、自家発電された温かいハーブティーを口に含んだ。


昼間、学園ではジークたちエリート貴族が、昨夜の迷宮実習の失敗(遭難)を「ただの不運」と言い訳し、ホナを「運良く生き残っただけのFランク」と嘲笑っていた。

彼らは、自分たちが依存している学園の防衛結界や王都の魔力インフラが、どれほど脆いバグだらけの砂上の楼閣であるかに全く気づいていない。


近い将来、世界の魔力地脈は確実に枯渇する。その時、既存のシステムに依存している「エリート」という名のパーツたちは、真っ先に機能停止するだろう。


「他人の作ったシステムの中に身を置くこと自体が、最大の脆弱性バグなのよ」


ホナは冷徹にモニターを見つめる。

彼女が作っているのは、世界が崩壊しようとも、自分と『価値ある存在』だけを完全に保護する、精神的・物理的な絶対聖域だった。





翌朝、学園の片隅にある旧校舎の温室。

ホナは、ボロボロの制服を着たリーネが、ひたむきに特殊な魔草の品種改良を行っている姿を眺めていた。


「あ、ホナちゃん……! あのね、見て! この子が育てば、魔力が薄い土地でも、通常の三倍の効率で滋養成分を抽出できるかもしれないの!」


目を輝かせて、自作の栽培データを差し出してくるリーネ。

エリート貴族たちは「魔力が少ない雑草」と切り捨てた植物。だが、ホナの脳内演算システムは、リーネの持ってきたデータを瞬時に解析し、その『異常なほどの先見性』を弾き出していた。



【データ解析:正常。この魔草のエネルギー変換効率は、現行インフラの脆弱性を補完可能】

【リーネ・アンクラムの『知性値』:学園の判定バグにより不可視化。真の価値:極大】



(……やっぱりね。彼女は、沈みゆくこの船《学園》に沈めるには、あまりにも惜しいノイズだわ)


「素晴らしいデータね、リーネ。その研究、絶対に諦めないで」

「う、うん……! ホナちゃんにそう言ってもらえると、すごく自信が持てるよ!」


嬉しそうに微笑むリーネを見つめながら、ホナは心の中で、秘密基地の『入室許可リスト《ホワイトリスト》』に、彼女の名前を追加した。


誰も見向きもしない地味なFランクの少女たちが、裏では世界の崩壊を生き抜くための「最強のシステム」を確実に構築していく。

愚者たちがマウンティングにうつつを抜かすタイムリミットは、刻一刻と近づいていた。(第4話に続く)

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