第31話:深夜のステルス再測定! Fランク令嬢の真のスペックは規格外!?
学園を内側からハックする。
そう決めた以上、絶対に避けて通れない問題が一つあった。
(……私の本当の魔力出力って、一体どれくらいあるのかしら?)
深夜零時。
私は新制服のグレーのベストを整え、誰もいない本館の暗がりを滑るように進んでいた。
運び屋として数々の修羅場をくぐり抜けてきた。
自作のガジェットや精密ピンセット、物理衝撃波も意のままに操れる。
だが――学園の入学式で行われた魔力測定では、私のスコアはわずか『三』。
正真正銘、最底辺のFランク判定だった。
(あの時は『目立たないモブ』を装うため、全力で魔力を絞り、測定器を誤魔化したけれど……)
これから戦う相手は、学園上層部と結託した国家の暗部組織だ。
自分の正確な最大出力も把握せずに作戦を立てるなど、効率厨の風上にも置けない。
計画の前提条件を確定させるため、私は深夜の『中央魔導測定室』へと潜入したのだ。
頑重な三重の防衛結界。
だが、私にとってはただのザルだ。
チタン製ピンセットを構え、結界の継ぎ目をコンマ2ミリ突く。
パチン、と微小な物理衝撃波を打ち込むと、アラームを鳴らす間もなく回路がショートした。
所要時間、わずか八秒。
「……侵入成功。目標の大型測定水晶、確認」
部屋の中央に鎮座する、天井まで届きそうな巨大な魔導水晶。
本来は国家魔導師の選定にも使われる、学園最高精度の測定器だ。
これなら、私のリミッターを解除しても正確な数値を弾き出せるはず。
「測定プロトコル、開始」
私はそっと、革の手袋を外した。
冷たい水晶の表面に、素肌の掌を密着させる。
すうっ、と息を吸い込む。
いつも完璧に押さえ込んでいる体内の魔導回路を――ほんの少しだけ、解放した。
ゴオォォォッ……!!
空気が軋むような重圧。
青白い閃光が、測定室全体を一瞬で真昼のように染め上げる。
(えっ……ちょっと待って。出力、まだ二割も出していないのに……!?)
水晶の内部で、複雑な数値盤が目まぐるしい速度で回転を始めた。
カチカチカチカチッ! とけたたましい機械音が鳴り響く。
【測定限界値:Aランク(魔力90〜)】――瞬時に突破。
【測定限界値:Sランク(魔力300〜)】――軽々と粉砕。
【特例区分:SSランク】――針が振り切れ、内部歯車から火花が散る。
バシィィィッ!!
水晶の土台が激しい軋み声を上げた。
そして、空中に浮かび上がった燐光の文字盤に、信じられない表示が焼き付いた。
――【判定:測定不能/規格外【SSS】クラス】――
――【推定魔力値:9999+(計測不可)】――
「……は?」
思わず、素っ頓狂な声が漏れた。
(SSS……? 三じゃなくて、三桁どころか計測不能……!?)
心臓がドクンと跳ねる。
背筋に冷や汗がツツーと流れ落ちた。
こんな数値、この国の歴史上でも存在しないはずだ。
もし入学式の測定で手を抜いていなかったら、モブどころか国家の最重要軍事機密として一生幽閉されていたに違いない。
(あ、危なすぎる……! こんなの学園の誰かに知られたら、私の平穏なモブ生活もお茶会の時間も、何もかもが完全に崩壊します……!)
何食わぬ顔でFランクを名乗っていたけれど、私はとんでもない化け物スペックだったらしい。
読者……じゃなくて、私と神様しか知らない秘密だ。
絶対に、誰にも――特にルミナリアには死んでもバレてはならない。
「急いで証拠隠滅を……!」
私はピンセットを振るい、測定器のメモリ水晶に物理衝撃波を照射。
今夜のログをコンマ1秒で完全消去し、前回の『Fランク(魔力3)』のダミーデータへと書き戻した。
「よし、現状復帰完了。現場を即座に離脱します」
自分の予想外すぎるスペックに心臓をバクバクさせながら、私は測定室の扉をくぐり、誰もいない廊下へ飛び出した。
ポケットの中には、緊張で渇いた喉を潤すための『ソルティ・ルミナス』が一本。
(早く地下要塞に戻って、冷たい塩チョコを食べて精神を落ち着かせないと……!)
一刻も早くこの場を立ち去ろうと、私は華麗にステップを踏み出し――。
ツルゥゥッ!!
「ふぎゃっ!?」
何もない。
本当に何もない、完全にフラットな磨き上げられた廊下。
なぜか右足のローファーの踵が、綺麗に滑り抜けた。
「ど、わわわわっ!?」
ドッシャァァァン!!
重度のドジっ子属性、深夜の廊下で大炸裂。
私は美しい放物線を描いて宙を舞い、背中から豪快にひっくり返った。
「い、痛たたた……っ! な、なんで……SSSランクの魔力があっても、平地で転ぶ物理法則は防げないのですかぁ……っ!」
腰を強打して涙目になりながら、四つんばいで這い回る私。
ポケットから飛び出したソルティ・ルミナスのボトルが、カランコロンと虚しく夜の廊下を転がっていった。
その時。
「……あら? こんな時間に、誰かしら」
静寂を破る、涼やかで息を呑むほど美しい声。
廊下の曲がり角から、月の光を浴びて現れたのは――ネイビーの高級ルームウェアを完璧に着こなした、ルミナリアだった。
「ひっ……!? る、ルミナリア様……っ!?」
心臓が止まるかと思った。
よりによって、一番遭遇してはいけないタイミング。
「ふふ、やっぱりホナちゃんね。大きな音がしたから見に来てみれば……どうしてこんなところで、床とお友達になっているの?」
ルミナリアは至極楽しそうに目を細めると、床に転がったソルティ・ルミナスを優雅につまみ上げ、私のもとへ歩み寄ってきた。
そして、床に這いつくばる私の手を取り、そっと抱き起こしてくれる。
「怪我はない? まったく、夜のお散歩にしては派手な転び方ね」
「あ、ありがとうございます……っ! ち、違うんですルミナリア様、これはその、深夜の床材の耐久テストでして……!」
顔を真っ赤にして弁解する私。
ルミナリアは「はいはい」と優しく微笑みながら、私の乱れた前髪を整えてくれた。
だが――私を抱き起こしたその瞬間。
ルミナリアの紫紺の瞳が、ほんのわずかに見開かれた。
(……ホナちゃんの体から、微かに漏れているこの気配……。測定室の防壁を分子レベルで震わせるほどの、規格外の純粋魔力……? ふふ、本当に面白い子)
ルミナリアは何も言わず、ただ慈しむように私の頬に手を添えた。
「夜風は冷えるわ。風邪を引かないうちに、温かいお茶でも飲みに行きましょうか、ホナちゃん」
「は、はい……!」
測定器をぶっ壊しかけたSSSランクのモブ令嬢。
己の規格外すぎる正体に冷や汗を流しながら、今夜も憧れのお方の優しさに胃を痛めるのだった。
(第32話に続く)




