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第32話:魂のデジャブ!? Fランク令嬢と麗しの至宝、理不尽な世界をハックする覚悟

深夜の魔導測定室での、規格外【SSSクラス】事件から数時間後。

東の空が白み始める早朝。

私は地下要塞の自室ではなく、学園の旧校舎裏、朝霧の立ち込める中庭のガゼボにいた。


石造りのテーブルの上には、二つの湯気を立てるハーブティーのカップ。

そして、購買で確保したばかりの秋の限定補給食――『ソルティ・ルミナス(焼き塩マロン味)』のプレート。


「……ふぅ。糖分補給、完了」


塩チョコを一粒口に放り込み、カリリと噛み砕く。

脳内のCPUがようやく適正温度までクールダウンしていく。


(……SSSランク。測定不能の化け物スペック)


思い出すだけで胃が痛い。

あの規格外の数値を絶対に隠し通しつつ、学園上層部と結託した国家暗部を内側からハックして解体する。

作業量は膨大。リスクも極大。

……それでも、私には退けない理由があった。


「お待たせ、ホナちゃん」


朝霧を割って現れた姿に、私の思考回路が一瞬で息を呑む。

ルミナリアだ。


シックなグレーの新制服。

安価なはずのコスパ制服なのに、あの方が纏うと高級メゾンのオートクチュールに見えてしまう。

すらりと伸びた手足。涼やかで、完璧な美貌。

世界で一番綺麗な人が、私だけに向けてふわりと微笑んでいた。


「ル、ルミナリア様……! こんな朝早くにお呼び出ししてしまい、申し訳ありません……」

「いいのよ。ホナちゃんからのお茶のお誘いだもの。断る理由なんてないわ」


ルミナリアは私の向かいに腰掛けると、細い指先でティーカップを持ち上げ、小さく息を吹きかけた。

絵になりすぎる。

この尊い光景を守るためなら、学園のシステムどころか国家機関ごと粉砕したって安いものだ。


「それでね、ホナちゃん」


ルミナリアが、カップをソーサーに戻した。

カチャリ、と澄んだ陶器の音が響く。

その紫紺の瞳が、じっと私の顔を見つめていた。


「昨日の夜ね……測定室の前の廊下で、ホナちゃんを抱き起こした時」

「ひっ……!?」


心臓が跳ね上がった。

背筋を冷たい汗がツツーと流れ落ちる。


(ば、バレた……!? あの時漏れ出たSSSランクの余剰魔力に、ルミナリアが気づいていた……!?)


言い訳をデプロイせねば。

コンマ一秒の超速演算で脳内が真っ赤にオーバーヒートしかけた――その時だった。


「なんだか、すごく……不思議な気持ちになったの」

「……え?」


ルミナリアは、自分の右手をそっと胸の前に当てていた。

どこか遠くを懐かしむような、切なくも穏やかな瞳。


「ホナちゃんの手を取った瞬間……胸の奥が、ぎゅっと締め付けられるみたいに温かくなってね。……ずっと昔、どこか別の場所で、こうして君の隣にいたような……そんな気がしたの」

「っ…………!」


息が、止まった。


名前が出たわけじゃない。

具体的な過去の記憶が蘇ったわけでもない。

ただ――魂の深いところで、あの方は私を覚えていてくれている。


「変よね、私たち、この学園で出会ったばかりなのに」

「そ、それは……っ」

「でもね、もしこの学園の窮屈な身分制度や、誰かのくだらない思惑が……私たちのこの時間を邪魔しようとするなら」


ルミナリアの瞳の奥に、ふっと冷徹で、かつてないほど強大な光が灯った。


「こんな理不尽な学園のルールも、世界の構造も……全部、私が壊してあげてもいいのよ? ホナちゃんとなら、それも悪くないと思わない?」

「る、ルミナリア様……っ!?」


全肯定のレベルが限界突破していた。

冗談ではない。このお方、本気で世界を更地にするつもりだ。

背中を悪寒が走ると同時に、泣きそうなほどの愛おしさが胸を満たす。


(壊させるわけにはいきません……! ルミナリアの手を汚す前に、私が裏から完璧にハックして、学園の暗部だけを全部始末してみせます……!)


「だ、大丈夫ですルミナリア様! 世界を壊すなんてそんな非効率な手間、私が許しません!」

「ふふ、ホナちゃんは本当にしっかり者ね」


ルミナリアはクスクスと楽しそうに笑い、テーブルの上のソルティ・ルミナスをつまみ上げた。


「ほら、お茶会を続けましょう。この塩チョコ、やっぱりホナちゃんと一緒に食べるとすごく美味しいわ」

「は、はい……!」


安堵の息を漏らす私。

魂のデジャブ。そして、二人でこの理不尽な世界を生き抜くという無言の共鳴。

胸を温かい決意で満たしながら、私は立ち上がった。


「ではルミナリア様、始業時間までまだ余裕がありますので、温かい紅茶のおかわりを淹れてまいりま――きゃっ!?」


ツルゥゥゥッ!!


「ふぎゃああああっ!?」


何もない。

本当に何一つ障害物のない、平坦なガゼボの敷石。

朝露でわずかに濡れていた一点に、なぜか私の右足のローファーが完璧な角度で滑り込んだ。


ドッシャァァァン!!


重度のドジっ子属性、神域の覚悟の直後に大炸裂。

私は豪快に宙を舞い、背中から地面へダイブして盛大にひっくり返った。


ガシャン! とティーポットが空を飛び、ポケットから飛び出した「暗号解読用ピンセット」と予備のソルティ・ルミナスが、芝生の上をコロコロと派手に転がっていく。


「うぅぅ……! な、なんで……! 朝露の……表面張力と摩擦係数の……計算ミスですぅぅ……!」


腰を強打して涙目になりながら、四つんばいで芝生を這い回り、必死に塩チョコとピンセットをかき集める私。


その無様な姿を優雅に見下ろしていたルミナリアは、涼やかな瞳を細め、心底愛おしそうに小さく吹き出した。


「……ふふっ。やっぱり、ホナちゃんはいつ見ても退屈しないわね」


手を差し伸べてくれる、大好きな人の優しい温もり。

世界の構造をハックする前に、まずは自分の足腰の安定性をハックしなければならないと、痛む腰をさすりながら固く誓う私だった。


(第33話に続く)

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