第29話:秋の体育祭と理不尽な格差! ブルマ絶対拒否プロトコルと、神速の障害物デプロイ
秋風が心地よく吹き抜ける王立魔法学院の大グラウンド。
学院祭の興奮も冷めやらぬ中、全校生徒を集めた朝礼台の上で、学院長が髭を震わせながら高らかに演説をぶっていた。
「諸君! 魔法を操る上で真に重要な三要素とは何か! それは——『知識』『適性』そして基礎たる『体力』である! 魔力の出力は強靭な肉体と心肺機能に宿るのだ! したがって本日、秋季魔導大体育祭を開催する!」
グラウンドの隅に整列していた私——ホナ——は、前髪の奥で小さく頷いていた。
言っていること自体は、極めて真っ当で科学的な事実だ。どれほど高度な術式も、術者の肉体耐久性と時間あたりの酸素摂取量が追いつかなければ脳内CPUが熱暴走を起こす。
……そう、校長の理論自体には一滴の瑕疵もなかった。
問題は、その直後に更衣室で支給された「ランク別・指定体操着」の仕様だった。
「——は? なんですか、この犯罪的な布面積の欠陥構造は」
更衣室のロッカーの前で、私は手渡された学校指定の運動着を見つめ、静かに、だが沸騰寸前の怒りで拳を震わせていた。
この学院の腐りきった階級制度は、体育着にまで露骨に侵食していたのだ。
Sランク特権階級: YARENDEZ傘下『VALKANOR』特注、上品な光沢を放つ最新型の高級上下ジャージ。防風・透湿・紫外線完全カット。
A〜Cランク中流貴族: 動きやすい機能性ジャージ上着に、標準的なハーフパンツ。
Fランク(男子): 旧世代の体育会系めいた、ペラペラの半袖シャツに丈の短すぎる短パン。
Fランク(女子): 上は薄手の半袖白シャツ、下は……ガチの学校指定・濃紺ブルマ。
「きゃはは! 見てよ、今年のFランクの体操着!」
「足の露出度すごーい! 貧乏モブにはお似合いの布地節約エコ仕様ね!」
周囲の上位貴族令嬢たちの下品な嘲笑が飛ぶ。
男子の短パンも大概だが、女子のこの仕様は完全に人権侵害の領域だ。
(……ふざけないでください)
私の脳内演算回路が、コンマ1秒で過酷な現実と危険度を弾き出す。
【警告:体型露出度が許容限界値を突破】
【システム判定:水着絶対拒否プロトコルから派生——『ブルマ絶対拒否プロトコル』即時発動】
水着ですら「平坦なモブ体型を晒すなど美観へのテロ行為」として頑なに拒否してきた私が、こんな脚の付け根まで丸出しのブルマなど穿けるはずがない!
だが、指定着の未着用は即座に減点・停学処分となり、ルミナリアとの「地下要塞共同生活基金(現在残高:7,500万ヴァルカ)」の積立計画に支障が出る。
(穿きます……穿きはしますが、ただで晒し者になるなど絶対に許容できません。即座に自作ガジェットで『ステルス改修』をデプロイします)
私は個室へ駆け込むと、腰ポーチから超精密魔導ピンセットと光学迷彩繊維を取り出し、コンマ3秒の神速の手技でブルマの表面に微弱な「空間歪曲・認識阻害フィールド」をエンチャントした。
これで他人の網膜には「なんかぼんやりとした灰色の影」にしか見えなくなる。モブの尊厳はギリギリで死守した。
「……ホナちゃん?」
グラウンドへ出た瞬間、秋の柔らかな陽光を浴びて、息を呑むほど美しい声が降ってきた。
振り返ると、そこにいたのはSランク専用の高級上下ジャージに身を包んだルミナリアだった。
——息が止まるかと思った。
ネイビーに金糸のラインが入ったVALKANOR製ジャージを完璧に着こなし、すらりと伸びた手足と抜群のプロポーションが、ただ立っているだけで最高峰のスポーツブランドのポスターのように輝いている。
「る、ルミナリア様……! ジャージ姿、もの凄くお似合いです……!」
「ありがとう、ホナちゃん。でも……君、その格好は……」
ルミナリアの涼やかな瞳が、私の下半身へと注がれた。
認識阻害をかけているとはいえ、足が剥き出しであることには変わりない。私の脳内温度が一瞬で沸点に達する。
「ち、違いますルミナリア様! これは学院の非人道的なハラスメント制度による不可抗力であり、決して私の趣味嗜好ではありません! 構造的に欠陥だらけの布地です!」
「うん、分かっているよ。……酷い扱いだね。風邪を引かないといいけれど」
ルミナリアは怒ることもからかうこともなく、心配そうに眉を寄せ、そっと自分のジャージの上着を脱いで私の肩にかけてくれようとした。
その聖母のような優しさに全細胞が蕩けそうになる。世界一の美少女にして、世界一優しいルミナリア様。
その時、校内放送が鳴り響いた。
『これより午前のメイン競技、全ランク混合・障害物魔導競走を開始する! 優勝者には購買の秋限定スイーツ1ヶ月無料パスを授与!』
(……秋限定スイーツ……! つまり、あの『ソルティ・ルミナス(焼き芋&マロン塩チョコ味)』の優先確保パス……!?)
さらに、私の腰の隠し端末がツツッと震えた。裏社会からの緊急ドロップ。
【裏社会特命:障害物競走のゴール手前に埋設された「YARENDEZ製の不正賭博用・重力妨害トラップ」の撤去】
報酬:2,000万ヴァルカ(共同生活基金へ直結)
(ブルマの屈辱を晴らし、裏の報酬2,000万ヴァルカを回収し、さらにルミナリアのために限定ソルティ・ルミナスを勝ち取る……! 全タスクの同時デプロイを決定!)
パンッ!と号砲が鳴り響いた。
「どけよFランク! ブルマ女は観客席でブルブル震えてな!」
先行する上位貴族たちが魔力加速で砂煙を巻き上げる。
だが、私の時間管理魔法の敵ではない。
シュババババッ!!
「失礼、最速のオンタイムで通過します」
私は空気抵抗をゼロにする流線型ステップを踏み、時速100キロ相当の神速で飛び出した。
第一の障害(巨大ネット)をノーモーションの跳躍で飛び越え、第二の障害(泥沼トラップ)の表面を物理衝撃波で瞬間硬化させてスケートのように滑走。
「な、なんだあいつは!? ブルマのFランクが音速で泥の上を走っているぞ!?」
観客席がどよめく中、私はゴール直前の地面に仕掛けられていた「YARENDEZ製・不正重力トラップ」の座標へ滑り込んだ。
指先から放った超微弱な物理衝撃波が、地中の不正基盤をコンマ1秒で分子分解。トラップを完全無力化すると同時に、裏口座へ2,000万ヴァルカの着金を完了させた。
(よし! 基金は累計9,500万ヴァルカ! あとは一等賞のテープを切って、限定ソルティ・ルミナスを確保するだけです!)
栄光のゴールテープは目の前。ルミナリアがグラウンドの脇で優しく手を振ってくれているのが見えた。
勝利の確信に満たされ、私は完璧なフィニッシュを決めるべく最後の一歩を踏み出し——。
ずびゃぁぁぁぁぁん!!
「ふぎゃああああっ!?」
何もない平坦なトラックの白線。
自作した認識阻害フィールドの魔導出力が高すぎて「足元の摩擦係数がマイナス」になっていた白線の上に自ら突っ込み、盛大に空中を一回転して顔面からトラックに大スライディング。
土煙が派手に舞い上がり、ゴールテープの柱に頭から激突。
腰のポーチから「トラップの解体パーツ」と「非常食のソルティ・ルミナス(塩チョコ)」がパラパラパラッと宙を舞った。
「うぅぅ……! は、白線の炭酸カルシウムと……魔力場の反発係数の計算ミスですぅぅ……!」
体操着のシャツを泥だらけにし、真っ赤な顔で涙目になりながら、手足をジタバタさせてトラックを這い回る私。
「しょ、賞品の……ソルティ・ルミナス引換券があぁぁぁ……!」
這いずりながら泥にまみれた塩チョコを必死にかき集める私の姿を、ジャージ姿のルミナリアは愛おしそうに目を細め、静かに呟いた。
「……ふふ。やっぱり、ホナちゃんはどんな競技よりも見ていて楽しいな」
理不尽な格差に抗い、ブルマ姿で時速100キロを叩き出したモブ令嬢。
裏の資金を稼ぎつつも自爆して泥まみれになる、騒がしい秋の一日はこうして幕を閉じたのだった。
(第30話に続く)




