第28話:学院祭最終日の大混乱! 撤収作業と、YARENDEZ監査部の包囲網
三日間にわたる秋季・王立魔法学院祭も、いよいよ最終日の夕刻を迎えていた。
狂乱の祭典が終わりを告げようとする中、講堂前広場には異様な緊張感が張り詰めていた。
「おい、例の非公認小説……『床落ち13』の海賊版原稿が、王都の地下出版ギルドから早くも街頭デプロイされたらしいぞ!」
「学園長室の地下金庫に保管されていた国家機密級の原盤だぞ!? 一体誰が持ち出したんだ!」
上級貴族の教師陣や風紀委員たちが青ざめた顔で右往左往している。
さらに事態を悪化させていたのは、学園の正門前に横付けされた数台の漆黒の魔導大型リムジンだった。
車体に刻まれた銀のエンブレム——巨大グローバル企業『YARENDEZ』。傘下に最高級ポンコツ魔道具ブランド『VALKANOR』を従え、学園を裏から牛耳る真の支配者たちだ。
「本社特命監査部だ。情報流出ルートを特定する。通信ログの全パケットを遮断し、関係者を洗い出せ」
漆黒のスーツに身を包んだエリート監査官たちが、冷徹な足取りで講堂へ踏み込んでいく。
(……やれやれ。企業監査部の初動が予想より四分十二秒早いですね)
広場の隅で、作業用エプロンを着けた私——ホナ——は、ゴミ回収用の巨大な手押しリアカーを傍らに置き、冷徹に脳内クロックを回転させていた。
前日、電撃魔導文庫へ鮮やかにデプロイした『床落ち13』のデータ。手に入れた報酬四千万ヴァルカは、すでに安全な多重ダミー口座を経由し、ルミナリアとの地下要塞共同生活基金(現在残高:七千五百万ヴァルカ)へと完璧に着金させてある。
だが、プロの運び屋たるもの、現場に一切の痕跡を残してはならない。
現在、Fランク生徒に課されているタスクは「学院祭会場全体の完全撤収・清掃労働」。
(撤収作業を隠れ蓑にし、YARENDEZ監査部の追跡ビーコンを無効化。所要許容時間は三分ジャストです)
私は腰回りのタクティカル革ポーチに手を滑らせた。
取り出すのは、自作の「超音波指向性スクランブラー」と「微弱物理衝撃波照射ピンセット」。
モップを片手にゴミ拾いをするふりをしながら、広場の四隅に設置された監査部の通信中継アンテナへ、ノーモーションで不可視の衝撃波を微細投射する。
パチン。パチン。
コンマ数秒の指先手技により、監査部が展開したパケット監視網の周波数を、学園の配水管ノイズへとすり替え完了。
彼らの探知モニターには「流出源:旧校舎地下の配管詰まりによる魔力漏洩」という偽のログが永久ループで表示されるはずだ。
「よし。情報撹乱プロトコルのデプロイ完了。あとは残存するダンボールと木枠の撤収作業です」
私は時間管理魔法を加速させ、時速八十キロ相当の神速ステップで広場中の巨大なゴミ箱をリアカーへ放り込んでいく。
周囲のFランク生徒たちが「重くて運べないよぉ」と泣き言を漏らしている巨大な木製テントの骨組みすら、重心の作用点を指先一つで突いて軽々とリアカーへ積み上げる。
「な、なんだあいつは!? リアカーを牽いたまま残像を残して走っているぞ!?」
「Fランクの地味子が……一人で屋外ステージの解体を五分で終わらせただと!?」
ざわめく周囲の声など聞こえない。
午後六時までにこの広場を更地に戻せば、夜は地下要塞でルミナリアと静かな後夜祭を過ごせるのだ。
「……ホナちゃん?」
不意に、秋の夕暮れの風に乗って、鈴を転がすような美しく涼やかな声が届いた。
息を呑むほど完成された気配。
サロンの貴族席から抜け出してきたルミナリアが、新制服のグレーのベストを完璧に着こなし、夕陽を背にして佇んでいた。黄金色に染まる長髪と琥珀色の瞳は、荒れ果てた撤収現場にあってそこだけ別世界の神殿のように神々しい。
「る、ルミナリア様……!? なぜこのような埃まみれの現場に……!」
「祭りが終わって、君の姿を探していたんだよ。……また、一人で無理な重労働を引き受けているんじゃないかい?」
ルミナリアが優雅に歩み寄り、私の乱れた前髪を細い指先でそっと梳いてくれる。
その温もりに脳内CPUが熱暴走を起こしそうになるが、私の目の前には山積みの木材と、撤収用の重厚なリアカーがあるのだ。
「それに……ホナちゃん。そのリアカーの荷台の底、妙な電子ノイズと紫色のシールド波が漏れ出していないかい? まるで、YARENDEZの監視網を強制ジャミングしているような周波数だが……」
(ヒィィィッ!? ルミナリアの天然センサー、どうして企業の最高機密コードまで感知できるんですか!?)
リアカーの底に貼り付けたスクランブラーの遮蔽がコンマ数ミリ甘かった。
ここで正体が露呈すれば、裏の運び屋であることがバレて、ルミナリアとの平穏なモブ生活が全損する!
【緊急回避:コンマ一秒で言い訳をデプロイせよ】
「ち、違いますルミナリア様! これは『作業効率を極限まで引き上げるため、リアカーの車軸に仕込んだ低周波・自動荷物軽量化バランサー』です! 紫の光は……そう、摩擦を抑える最高級の潤滑油コーティングです!」
「……リアカー専用の、自動軽量化バランサー……? そんな画期的な荷車があるのかい?」
「は、はい! これでどんな重量ゴミも羽のように軽くなります! ルミナリア様とのティータイムの予定時刻に一秒たりとも遅れないよう、爆速で撤収するための工夫です!」
「そうか。私のためにそこまで……。ふふ、ホナちゃんのそういう一所懸命なところ、本当に好きだよ」
完璧なまでのピュアな全肯定。
その聖母のような微笑みに全細胞が浄化され、私は深々と安堵の息を吐き出した。
「ふぅ……! ではルミナリア様、私は集積所へ最終ゴミの投棄に向かいます!」
完璧な時間管理。YARENDEZ監査部の網を完全に欺き、学院祭の撤収も最短記録で完了。
これで今夜は、購買で予約しておいた秋限定の『ソルティ・ルミナス(焼き栗塩チョコ仕立て)』を、地下要塞でルミナリアと二人きりで心ゆくまで堪能できる——!
勝利を確信し、満面の笑みでリアカーの引き手を握り直して華麗にダッシュを踏み出した、その瞬間。
ぎゃりぎゃりぎゃしゃぁぁぁん!!
「ふぎゃあああっ!?」
何もない平坦な広場の敷石。
自ら軽量化しすぎて「慣性モーメントの計算が狂っていた」巨大リアカーの急速旋回に私の足が追いつかず、エプロンの裾を車輪のスポークへ盛大に巻き込んで、そのまま前のめりに大横転。
ガッシャーン!!とけたたましい轟音とともにリアカーがひっくり返り、荷台からダンボールの山、そして腰ポーチから「スクランブラー端末」と「ソルティ・ルミナス(焼き栗味)」の引換券が夕空高く派手に舞い散った。
「うぅぅ……! こ、転がり摩擦係数の……演算ミスですぅぅ……!」
砂埃まみれのエプロン姿で涙目になり、四つんばいでツルツル滑りながら、地面に散らばった塩チョコ引換券を両手で必死にかき集める私。
「ひ、引換券があぁぁ! 午後六時を過ぎたら購買のシャッターが下りてしまいますぅぅぅ……!」
自分のスカートを引っ張り出しながら、涙目の爆速ハイハイ疾走で集積所へと猛突進していく私を、夕陽の中で見送っていたルミナリアは、涼やかな瞳を細めてくすりと小さく吹き出した。
「……ふふ。本当に、ホナちゃんはいつ見ても退屈しないな」
こうして幕を閉じた秋季魔法学院祭。
YARENDEZの追跡網を完璧に欺きつつ、自ら盛大に自爆したモブ令嬢の日常は、今夜も予定調和(?)のスケジュールで進んでいくのだった。
(第29話に続く)




