第27話:発禁小説をデプロイせよ! ガチメイド強制労働と『床落ち13』のデータ強奪ミッション
(……それにしても、なんて奇妙なタイトルの小説でしょうか)
私は首を傾げた。
派遣? 床落ち? マスターライセンス……?
この格式高き魔法王国において、国家を私物化するなどという突拍子もない題材が、なぜ「風紀を乱す」として発禁処分にまで追い込まれているのか。
裏社会最強の運び屋である私をもってしても、この作品が秘める「本当の恐ろしさ」まではまだ知る由もなかった。
(まあ、小説の内容など運び屋の知ったことではありません。依頼された荷を時間通りに届ける——それが私のプロトコルです)
目標額100億ヴァルカに対し、現在の口座残高は3,500万ヴァルカ。
ここで報酬4,000万ヴァルカを上乗せできれば、ルミナリアとの「地下要塞共同生活基金」は一気に倍増し、大台へと跳ね上がる。
「よし。清掃作業偽装型データサルベージ作戦、開始です」
【午前11時40分00秒:学院長室前】
私はモップとバケツを構え、いかにも真面目なFランクメイドの顔で床を磨きながら学院長室へ接近する。
警備兵が学院祭の見回りに出払う「警備の空白の3分間」は、時間管理魔法によりコンマ1秒の狂いもなく算出済みだ。
パチン、と小さく指を鳴らす。
袖口から滑り出た超精密魔導ピンセットが、重厚な三重結界の魔力回路をコンマ3秒でバイパス。微弱な物理衝撃波を鍵穴へピンポイント照射し、完全無音で解錠する。
滑り込んだ学院長室の奥、隠し金庫の魔導端末へ指先を走らせた。
液晶画面に浮かび上がる目的のフォルダ名——【王国非公認・封印指定原稿『クビになった派遣の床に落ちたのは、国家を私物化できる13のマスターライセンスでした』】。
「データ抽出開始……進捗100%。専用魔導クリスタルへパッキング完了」
所要時間、わずか1分12秒。完璧なオンタイム。
クリスタルを腰ポーチの最深部、ソルティ・カザフ(秋限定マロン味)の隙間へねじ込み、施錠。何食わぬ顔で廊下のモップ掛けへと復帰する。
あとは正午ジャスト、外壁の裏で待機している出版ギルドの工作員へ転送すればミッション完了だ。
「……ホナ?」
心臓が跳ね上がった。
裏廊下の曲がり角から、息を呑むほど涼やかで美しい気配がすっと現れる。
上位貴族専用サロンを抜け出してきたルミナリアだった。制服を優雅に着こなした美貌は、薄暗い廊下の空気すら一瞬で浄化してしまう。
「ル、ルミナリア様……!? なぜこのような埃っぽい裏廊下に……!?」
「君の姿が見えたからね。学院祭の雑用で、無理をしていないか心配だったんだ」
ルミナリアが静かに歩み寄り、私の乱れた前髪を指先で優しく整えてくれる。
その温もりに蕩けそうになるが、今の私の腰ポーチには国家機密級の発禁小説データが眠っているのだ。
「それに……ホナちゃん。君のエプロンのポケット、先ほどから妙に怪しい紫色の光を放っていないかい? まるで、上層部が隠蔽している発禁魔導書のような波長だが……」
(ヒィィィッ!? ルミナリアの探知センサー感度が高すぎる!?)
マロン味塩チョコで挟んだだけでは、クリスタルの遮光シールドがわずかに甘かった。
ここで発覚すれば、風紀紊乱の重罪で私まで一発退学。ルミナリアとの薔薇色の未来が全消滅する!
【緊急回避:コンマ0秒で言い訳をデプロイせよ】
「ち、違いますルミナリア様! これは『床に落ちた、学院の埃を私物化できる13のマイクロファイバー雑巾』です! 光っているのは……そう、最新の抗菌・防カビ魔導コーティングです!」
「……床に落ちた、13の雑巾……? そんな便利な掃除用具があるのかい?」
「は、はい! これでどんな頑固な汚れも一発です! ルミナリア様のために中庭のベンチを磨き上げる準備をしていたのです!」
「そうか。相変わらず、君の掃除に対する情熱とネーミングセンスは独特で……とても可愛いよ」
どこまでも澄んだ瞳で微笑み、1ミリの疑いもなく納得してくださる。
世界一の美少女にして、世界一騙されやすいピュアなルミナリア。絶対にこの純粋さを私が守り抜かねばならない。
「ふぅ……! では、私は外壁の清掃へ向かいます!」
正午まで残り3分。
出版ギルドへのデプロイを完遂し、報酬4,000万ヴァルカを掴み取るため、私はバケツを片手に華麗に身を翻し——。
どっぎゃぁぁぁん!!
「ふぎゃあああっ!?」
何もない平坦な石畳。自分が先ほど水拭きしたばかりの「乾ききっていないワックスゾーン」へ全力で突っ込み、盛大に宙を舞って背中からスライディング大転倒。
ガッシャーン!とバケツが派手にひっくり返り、腰ポーチから「発禁クリスタル」と「マイクロファイバー雑巾」と「秋限定マロン味塩チョコ」が廊下一面にぶち撒けられた。
「うぅぅ……! こ、腰が……! 水分蒸発時間の計算ミスですぅぅ……!」
メイド服をびしょ濡れにし、涙目で四つんばいになりながら、必死にクリスタルと塩チョコを両手でガサゴソとかき集める私。
「しょ、正午のデプロイに遅れると出版社の原稿落ちがぁぁぁ……!」
濡れた床をツルツル滑りながら、涙目のハイハイ爆速疾走で廊下の先へと消えていく私を、木陰から見送っていたルミナリアは、愛おしそうに小さく吹き出した。
「……ふふ。本当に、ホナちゃんの動きは誰にも予測できないな」
こうして無事に(?)出版ギルドへデプロイされた王国非公認小説『クビになった派遣の床に落ちたのは、国家を私物化できる13のマスターライセンスでした』。
この小説がやがて王国全土を揺るがす大騒動を引き起こすことを、ドジっ子モブ令嬢はまだ何も知らないのだった。
(第28話に続く)




