第26話:修学旅行中止の悲劇!? 学院祭の絶対階級制度と、本気すぎるガチメイド労働
「——全校生徒へ緊急通達! 大型熱帯性魔導ハリケーンの直撃予測に伴い、本日予定されていた秋季学外魔導実地巡検(修学旅行)は全面延期とする!」
早朝の王立魔法学院。
講堂に鳴り響いた学院長による拡声魔法アナウンスを聞いた瞬間、私の脳内クロックはコンマ0秒で完全停止した。
(……え? 私が昨夜、深夜の線路点検ミッションを血眼でこなして調達した特等列車アップグレード権利は……? 私の1,000万ヴァルカはどこへ消えたの……!?)
魂が抜け落ちた私の絶望を置き去りに、学院長は悪びれもせず高らかに続けた。
「代わって、本日より三日間の日程で『秋季・王立魔法学院祭』を急遽前倒し開催する! 各クラス、割り振られた出し物の準備へ直ちに取り掛かるように!」
講堂内が瞬く間に怒号と歓声の坩堝と化す。
だが、生徒たちが動揺している理由は、急な日程変更に対してだけではない。
この王立魔法学院には、他国の生ぬるい学園物語のような自由など微塵も存在しない——そう、「絶対階級制度」が敷かれているのだ。
一般的な学園モノであれば「みんなで仲良くカフェや演劇を決めよう!」となるはずである。
しかしここでは、出し物すらも身分ランクで強制指定される。
「きゃあ! S・Aランクの私たちは中央貴族サロンで優雅な観劇とお茶会よ!」
「B・Cランクは模擬店や研究展示か。まあ妥当だな」
「そして……ぶははは! Fランクの落ちこぼれ共は、例年通り『学院全域のリアル清掃・給仕・雑用を担当するガチメイド&執事労働』だとよ!! ぎゃははは!」
突き刺さる上位貴族たちの嘲笑。
そう、Fランクに与えられる役割とは、オタク文化に見られるような「美味しくなあれ、萌え萌えキュン♡」などと微笑みながらオムライスにケチャップで絵を描く生ぬるいメイド喫茶などでは断じてない。
広大な敷地内のゴミ拾い。
上位貴族へのガチ配膳。
油まみれの魔導器具洗浄。
足場を組む会場設営——。
朝から晩まで無休で学院を支える、完全無欠の「ガチメイド強制労働」なのだ。
「うぅ……腰が死ぬやつだ……」
「今年も雑巾掛けだけで学院祭が終わるのか……」
周囲のFランク生徒たちが絶望に打ちひしがれる中。
私——裏社会最強の運び屋であるホナの瞳に、静かな暗黒の炎が灯った。
(……ふざけないでください)
私の脳内時間管理コンピューターが、爆速で逆転の最適解アルゴリズムを構築し始める。
(特等列車で行く極上リゾートが消滅した今、私に残されたミッションはただ一つ。この不条理な強制労働を『裏社会の超絶効率デプロイ』で秒速完遂し、ルミナリアとのプライベート時間を1秒でも多く確保すること……!)
即座に支給された、フリルもレースも一切存在しない「極厚キャンバス生地の作業用メイドエプロン」を装着。
だが、今の私には新制服導入時に魔改造を施した【腰回り魔導革マルチポーチ】がある。
カチリ、カチリとプロ仕様の専用ギアがパッキングされていく。
自作の超音波振動モップ。
油汚れをコンマ1秒で分解する物理衝撃波スプレー。
魔導自動回収ピンセット。
そして、非常用糖分補給ユニット『ソルティ・カザフ(塩チョコ)』。
「これより、第1区画から第8区画に及ぶガチメイド清掃タスクを開始。許容作業時間、各フロア2分30秒です」
シュババババッ!!
時間管理魔法のクロックを限界まで引き上げ、突風と化して廊下を疾走する。
すれ違った上位貴族が投げ捨てた空き缶をノーモーションで背後回収。
壁の落書きには物理衝撃波をピンポイント照射して分子レベルで消滅。
床の雑巾掛けは摩擦係数を魔導で完全にゼロ化し、時速60キロで滑走しながら鏡面反射レベルまで磨き上げる。
「な、なんだあいつは!? モップを構えたまま残像が見えるぞ!?」
「Fランクの地味子が……一人で講堂全体のワックスがけを3分で終わらせただと!?」
呆然と立ち尽くす上位貴族たちを置き去りに、私は息一つ乱さずタスクを消化していく。
完璧だ。これぞ裏社会仕込みの現場処理オペレーション。
このペースなら午前中ですべての重労働を片付け、午後はルミナリアと二人きりで中庭のベンチで過ごせる!
「……ホナ?」
凛とした鈴の鳴るような声に、ハッとして顔を上げた。
サロンのテラスから見下ろしていたのは、眩いばかりのオーラを纏うルミナリアだった。
豪奢な貴族ドレスを完璧に着こなしたその佇まいは、まるで神話の絵画から抜け出してきたかのように息を呑むほど美しい。
「ル、ルミナリア様……! お見苦しい姿を……今、雑用労働の真っ最中でして……!」
作業用エプロン姿の自分が恥ずかしくて思わず縮こまる私へ、ルミナリアがテラスから優雅に歩み寄ってくる。
「いや、とても似合っているよ、ホナちゃん。君の無駄のない動きと、機能美に満ちたメイド姿……とても誠実で、誰よりも素敵だ」
「ル、ルミナリア様……っ!」
全細胞が融解しそうな極上の褒め言葉。
しかし次の瞬間、ルミナリアは琥珀色の瞳をわずかに細め、私の腰回りにぶら下がった黒光りするノズルをじっと見つめた。
「それにしても、その背中に背負っている高圧魔導タンクと、手元の衝撃波ノズルは何だい? まるで要人暗殺部隊の特殊掃討兵器に見えるのだが……」
(し、しまっ——!? 清掃効率を極限まで追求した結果、完全武装の運び屋スタイルになっていた!?)
【緊急警報:コンマ1秒で言い訳をデプロイせよ】
「ち、違いますルミナリア様! これは『頑固な茶渋を一瞬で粉砕するための、超高圧ソルティ・カザフ希釈洗浄ポッド』です! 決して要人制圧用ではありません!」
「そうか。お茶の汚れにそこまで真剣に向き合うとは……やはり君は素晴らしいな」
圧倒的かつ完璧な天然納得。
その底知れぬ包容力に救われ、私は胸を撫で下ろした。
「よし……! あとは特別講堂のゴミ回収を済ませれば、念願のお茶会タイムです!」
労働を光の速さで終わらせた全能感に満たされ、私はバケツと高圧ノズルを抱えて華麗にターンを決め——。
ずしゃぁぁぁぁん!!
「ぎゃふんっ!?」
自分が完璧に磨き上げすぎたせいで「摩擦係数が完全にゼロ」になっていた廊下に自ら足を滑らせ、盛大に大開脚しながら前のめりに大激突。
ガッシャーン!とけたたましい金属音とともに、バケツの泡とポケットから飛び出した「塩チョコ」が廊下一面を埋め尽くす。
「うぅぅ……! 自、自分の完璧な床磨き性能に……足元をすくわれましたぁぁぁ……っ!」
泡まみれのメイド姿で涙目になり、ツルツル滑る床を四つんばいでジタバタ暴れながら塩チョコをかき集める私。
その哀れでコミカルな姿を見下ろしていたルミナリアは、涼やかな瞳をふっと緩め、誰にも聞こえない声で静かに呟いた。
「……ふふ。本当に、ホナちゃんは退屈させないな」
ガチメイド強制労働の学院祭。
時速60キロで床を磨いて自爆するモブ令嬢の、波乱に満ちた三日間が幕を開けた。
(第27話に続く)




