第22話:新学期早々の政略結婚!? 完璧な時間管理で破局をデプロイし、裏の利権を回収します
新学期初日の朝。校庭の木々が少しずつ秋の色を帯びはじめる中、私は学園の中庭で、人生最大級の「不要なデータ処理」に直面していた。
「光栄に思うがいい、Fランクの地味女。この僕——アルベルト・ヴァルバトス・ヤレンデズが、直々に君を妻にしてやろうというのだからな」
私の目の前で、金髪を嫌味なほどワックスで固めた男が、あごを突き出して高飛車に言い放つ。
(……ヤレンデズ……!)
私の脳内データベースが一瞬で検索を完了する。
ヤレンデズ。学園を裏で操り、ポンコツ魔道具ブランド『VALKANOR』を傘下に収めるあの巨大グローバル企業の一族。目の前のアルベルトはその分家筋の権力バカだ。
「……あの、ヴァルバトス様。私はただのFランクモブですので、そのような大層なお話は……」
私は俯き、ぼそぼそとした暗い声で返答する。周囲からは「またFランクの地味子が絡まれている」とヒソヒソ声が聞こえるが、それでいい。私は地味で影の薄いモブなのだから。
「ふん、謙遜など不要だ! 君の実家が所有する古い領地の権利と、この僕の地位を結びつける。これこそ完璧な政略結婚だ!」
アルベルトの目的は明白だった。私の実家が持つ古い領地には、実はまだ未採掘の古代魔導鉱脈が眠っている。それを格安で巻き上げようという腹づもりだ。
(……冗談ではありません)
私の心の中で、完璧な時間管理計算機が冷徹なアラートを鳴らす。
結婚などして自由を奪われれば、先輩との将来の「地下要塞共同生活基金(目標:100億ヴァルカ)」の積立計画が完全に崩壊する。なにより、私の完璧なタイムスケジュールが乱されるなど許容できない。
【処理優先度最高:政略結婚の即時破局デプロイを策定】
「まあ、これを見たまえ。結納の品として用意した『闇の赤魔導石』だ。この美しさは君のような地味女には勿体ないほどだがね」
アルベルトが自慢げに差し出した紫のケース。そこに鎮座する赤く輝く宝石を見た瞬間、私の指先に装着された超精密魔導センサーがかすかな異常波長を捉えた。
(……ん? この魔導波長、どこかで……)
脳内メモリーをコンマ01秒でスキャン。直近の裏社会暗号通信のログと照合する。
『極秘手配書:YARENDEZ非公式裏ルートから盗難された「闇の魔導核」。闇ブローカーを経由して物資ロンダリング中。懸賞金:2,000万ヴァルカ』
(……あいつ、裏社会の盗品を洗うために私の実家を利用する気か!)
ヤレンデズの分家という立場を利用し、裏の闇組織と繋がって盗品を回収・隠蔽しようとしている。あまりにもお粗末で、あまりにも私を舐めた計画だった。
「どうだ、言葉も出ないだろう!」
「……あ、あの……すごいです……」
私は蚊の泣くような声で呟きながら、袖の中に仕込んだホナ自作の「超小型物理衝撃波発生器」を指先で微調整する。コンマ2秒のノーモーションで、アルベルトの手元にある宝石の裏面へピンポイントの衝撃波を微弱照射。表面の光学偽装膜を薄く剥離させた。
すると、赤魔導石の側面に、肉眼では見えないはずの「闇組織のシリアル刻印」がうっすらと浮かび上がった。
(よし。証拠の可視化完了。あとは同時デプロイ(情報拡散)です)
私は指先の精密ピンセット型端末を操作し、学園風紀委員会、さらにYARENDEZ本社のコンプライアンス監査部門、ついでに裏社会の追跡部隊の専用アドレスへ、匿名で同時に画像データを送信した。
送信完了までの所要時間、わずか1秒45。
「……ホナ?」
その時、静かで美しい声が背後から聞こえた。
振り返ると、中庭の木陰からルミナリアが姿を現した。相変わらず浮世離れした美しさと、周囲の時間を止めるようなクールビューティな佇まい。
(げっ……! ルミナリア様!?)
私の背中に冷や汗が吹き出す。裏社会の手技を使っていたところがバレただろうか?
「ホナ、その男と何をしているんだい? 何か高価なものを見せられているようだが……」
ルミナリアがほんの少しだけ眉をひそめる。
「ち、ちちち違いますルミナリア様! これは『不用品および有害廃棄物の現地分解検証』のフィールドワークです! 決して怪しい者でも、政略結婚の相手でもありません!」
「そうか。君が変な男に騙されていないならいいんだ」
ルミナリアは私の支離滅裂な言い訳を、なんの疑いもなく静かに受け入れてくれた。圧倒的な信頼と、天然の包容力。心が洗われるようだ。
その直後だった。
「アルベルト・ヴァルバトス・ヤレンデズ! 風紀委員会およびYARENDEZ本社監査部だ!」
ドカドカと押し寄せてきた風紀委員と黒服の監査員たちが、呆然とするアルベルトを取り囲んだ。
「な、なんだ君たちは!? 僕はヤレンデズの——」
「貴様が所持しているのは裏社会からの盗難品『闇の魔導核』だな! 内部告発の匿名データと完全に一致した! 横領および密輸の容疑で連行する!」
「なっ……なぜだ!? 隠蔽は完璧だったはず——ぐはっ!?」
アルベルトは一瞬で取り押さえられ、悲鳴を上げながら連行されていった。
政略結婚の申し出は、コンマ1秒の狂いもなく完全破談。同時に私の端末には、裏社会の懸賞金管理口座から『2,000万ヴァルカ着金』の通知が届く。
(ふふふ……完璧です。面倒な政略結婚は破談デプロイ完了、さらにルミナリアとの地下共同生活基金へ2,000万ヴァルカの積立成功。完璧なタイムマネジメント……! これで学園食堂の『ソルティ・カザフ・秋の限定マロン塩チョコ味(先着10名限定)』の販売開始時間(12時00分00秒)に、余裕で間に合——)
ホッと胸を撫でおろし、勝利の余韻に浸りながら歩き出そうとした——その瞬間。
すてーん!!
「ひゃう!?」
何もない平坦な中庭の石畳で、私は自分の靴ひもを思い切り踏みつけ、盛大に派手に転んだ。
ドサッと地面に伏せると同時に、ポケットからジャラジャラジャラ!と「ヤレンデズの男からさっき指先手技でくすねた裏の暗号キー」や「食堂の限定味整理券」が派手に散らばる。
「うぅ……ひ、膝が……膝が痛いです……っ!」
涙目になりながら、ぼそぼそと悲鳴を上げ、四つんばいになって散らばったアイテムを大慌てで拾い集める。
「きゃ、キャンセル待ちは許されません……12時00分00秒に遅刻したらマロン塩チョコ味が……!」
自分のスカートの裾を盛大に踏みつけながら、私は涙目で爆速のハイハイ疾走を開始した。
その哀れでコミカルな姿を、木陰から見つめていたルミナリアは、どこまでも優しく涼やかな瞳を細め、静かに呟いた。
「……相変わらず、ホナちゃんは元気で可愛いな」
地下要塞共同生活基金の目標額まで、あと99億8,000万ヴァルカ。
裏社会最強の運び屋であり、同時にとびきりドジなモブ令嬢の日常は、今日も完璧に(?)スケジュール通り進んでいく。
(第23話に続く)




